番外編1:十年分の手紙(神殿から戻って数日後)
「あの……それ、本当に読むの?」
爽やかな朝の光が差し込む執務室。
アルフレードは困ったように眉を下げ、そわそわと視線を彷徨わせた。
その顔は、珍しく真っ赤だ。
エレナは両腕いっぱいに抱えた手紙を抱きしめていた。
それは、アルフレードの記憶の中で見た、十年間届く事のなかった、エレナ宛の手紙達だった。
エレナは満面の笑みで言った。
「もちろんです! 全部、絶対にお返事を書きますから、楽しみに待っていて下さいね!」
そう言って執務室を後にすると、早速エレナは自分の部屋に篭って、手紙を読み始めた。
手紙を読み始めて二十分もしないうちに、誰かが扉をノックした。
エレナが返事をすると、扉を開けたのは、笑いを堪えたブルーノだった。
「どうしたの?」
目を丸くしたエレナに、ブルーノは言った。
「エレナ様、宜しければ、執務室にお越し頂けませんか?」
「いいけれど……さっき行ってきたばかりよ?」
「はい、存じております。手紙を受け取って下さったんですよね? それで、読んだらお返事を書くと」
「ええ、そうよ」
エレナの返事に、ブルーノは肩を振るわせながら楽しそうに目を細めた。
「アルフレード様が、お返事がいつ届くのか気になり過ぎて、ずっとソワソワしているんです。あれでは、全く仕事になりません。宜しければ、お席をご準備しますので、執務室で読み書きして頂けないでしょうか?」
執務室の扉をノックすると、勢いよく扉が開いた。
「──エレナ!?」
出迎えてくれたアルフレードを見て、エレナは心が温かくなった。
ブルーノが言った通り、エレナの返事を心待ちにしてくれていた事がわかったのだ。
彼の耳はほんのりと赤く、瞳には気恥ずかしさと期待、それから僅かな不安が滲んでいた。
エレナはにっこりと笑うと、淡い水色の封筒を差し出した。
「ちょうど、最初のお手紙のお返事が書けた所なんです。受け取って下さい」
「──ありがとう」
アルフレードは破顔すると、本当に大切そうに手紙を受け取り、エレナを部屋に招き入れた。
それから暫くの間、エレナはアルフレードの執務室で手紙を読んでは返事を書き、すぐにアルフレードに渡すというのを繰り返した。
アルフレードはいつもそれを嬉しそうに受け取ると、顔を赤くしながら、甘やかに目を細めてすぐに手紙を読んだ。
その顔をちらと盗み見るのが、エレナは凄く好きだった。
「ねえ、エレナ。これ、返事を書いてもいい?」
アルフレードの可愛らしい申し出に、エレナは笑みを溢した。
「ええ、もちろん。でも、全部にお互いがお返事を書いていたら、いつまで経っても、最後のお手紙まで辿り着けませんよ?」
まだ読み終わっていない手紙は何通も残っている。
エレナが書いた返事に、アルフレードがまた返事をくれるのなら、エレナだって、さらにその返事を書きたいのだ。
エレナの指摘に、アルフレードはへにゃリと笑った。
「いいんだ。君といつまでも、手紙を交換していたいから」
何度も返事を渡し合い、季節を跨いでも、やり取りが終わることはなかった。
エレナが快適に過ごせるようにと、簡易で用意された机と椅子は、彼女に合わせたサイズとデザインのものに変更され、アルフレードの執務机の隣が定位置になった。
二人で街へ出かけた時は、必ず一緒に新しい便箋を選んで買ったし、時には美しいペンを贈り合った。
アルフレードは、執務机の引き出しの中を、幸せそうに眺めた。
受け取って貰えなかったエレナ宛の手紙は、もう一通も入っていない。
新しくそこに詰まった、たくさんの手紙の宛名に書かれているのは、全て、アルフレードの名前だ。
エレナの柔らかく伸びやかな筆跡をそっとなぞって、引き出しを閉める。
「返事が貰えるって、なんて素晴らしいんだろう」
そう呟いたアルフレードに、エレナは優しく微笑んだ。




