表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/5

番外編1:十年分の手紙(神殿から戻って数日後)

「あの……それ、本当に読むの?」


 爽やかな朝の光が差し込む執務室。

 アルフレードは困ったように眉を下げ、そわそわと視線を彷徨わせた。

 その顔は、珍しく真っ赤だ。


 エレナは両腕いっぱいに抱えた手紙を抱きしめていた。

 それは、アルフレードの記憶の中で見た、十年間届く事のなかった、エレナ宛の手紙達だった。


 エレナは満面の笑みで言った。


「もちろんです! 全部、絶対にお返事を書きますから、楽しみに待っていて下さいね!」


 そう言って執務室を後にすると、早速エレナは自分の部屋に篭って、手紙を読み始めた。







 手紙を読み始めて二十分もしないうちに、誰かが扉をノックした。


 エレナが返事をすると、扉を開けたのは、笑いを堪えたブルーノだった。


「どうしたの?」


 目を丸くしたエレナに、ブルーノは言った。


「エレナ様、宜しければ、執務室にお越し頂けませんか?」


「いいけれど……さっき行ってきたばかりよ?」


「はい、存じております。手紙を受け取って下さったんですよね? それで、読んだらお返事を書くと」


「ええ、そうよ」


 エレナの返事に、ブルーノは肩を振るわせながら楽しそうに目を細めた。


「アルフレード様が、お返事がいつ届くのか気になり過ぎて、ずっとソワソワしているんです。あれでは、全く仕事になりません。宜しければ、お席をご準備しますので、執務室で読み書きして頂けないでしょうか?」






 

 執務室の扉をノックすると、勢いよく扉が開いた。


「──エレナ!?」


 出迎えてくれたアルフレードを見て、エレナは心が温かくなった。

 ブルーノが言った通り、エレナの返事を心待ちにしてくれていた事がわかったのだ。

 彼の耳はほんのりと赤く、瞳には気恥ずかしさと期待、それから僅かな不安が滲んでいた。


 エレナはにっこりと笑うと、淡い水色の封筒を差し出した。


「ちょうど、最初のお手紙のお返事が書けた所なんです。受け取って下さい」


「──ありがとう」


 アルフレードは破顔すると、本当に大切そうに手紙を受け取り、エレナを部屋に招き入れた。






 それから暫くの間、エレナはアルフレードの執務室で手紙を読んでは返事を書き、すぐにアルフレードに渡すというのを繰り返した。


 アルフレードはいつもそれを嬉しそうに受け取ると、顔を赤くしながら、甘やかに目を細めてすぐに手紙を読んだ。


 その顔をちらと盗み見るのが、エレナは凄く好きだった。


「ねえ、エレナ。これ、返事を書いてもいい?」


 アルフレードの可愛らしい申し出に、エレナは笑みを溢した。


「ええ、もちろん。でも、全部にお互いがお返事を書いていたら、いつまで経っても、最後のお手紙まで辿り着けませんよ?」


 まだ読み終わっていない手紙は何通も残っている。

 エレナが書いた返事に、アルフレードがまた返事をくれるのなら、エレナだって、さらにその返事を書きたいのだ。


 エレナの指摘に、アルフレードはへにゃリと笑った。


「いいんだ。君といつまでも、手紙を交換していたいから」


 




 何度も返事を渡し合い、季節を跨いでも、やり取りが終わることはなかった。

 

 エレナが快適に過ごせるようにと、簡易で用意された机と椅子は、彼女に合わせたサイズとデザインのものに変更され、アルフレードの執務机の隣が定位置になった。


 二人で街へ出かけた時は、必ず一緒に新しい便箋を選んで買ったし、時には美しいペンを贈り合った。


 アルフレードは、執務机の引き出しの中を、幸せそうに眺めた。

 受け取って貰えなかったエレナ宛の手紙は、もう一通も入っていない。

 新しくそこに詰まった、たくさんの手紙の宛名に書かれているのは、全て、アルフレードの名前だ。


 エレナの柔らかく伸びやかな筆跡をそっとなぞって、引き出しを閉める。


「返事が貰えるって、なんて素晴らしいんだろう」


 そう呟いたアルフレードに、エレナは優しく微笑んだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ