第9話 『悪夢』
ゴールデンウィークの中休み、久々の登校を終えた放課後に、私と綾乃は皐月が待つファストフード店へと向かう。
「お待たせ皐月」
バンドメンバーで唯一学校が違う皐月と合流し、カウンターでそれぞれ簡単な飲み物等を頼んでテーブルへと着く。
名目上はライブの打ち上げ & 女子会なので、一応聖羅にも声を掛けたのだが、彼女は新曲をエアーで過ごしたのが余程悔しかったのか、今日も帰ってからキーボードの連中をするんだと言っていた。
「やっぱり聖羅は来なかったか」
「今日は帰って自主練するからって断られて」
聖羅もこの先ステージに上がり続けていくのだろうし、今回のような惨めさを味合わないためにも、ひたすら練習を重ねていくしかない。
今日は残念だけど聖羅抜きでの打ち上げとなる。
「そういえばこの前のライブ、今日学校でも話題になってたよ」
ライブハウスであれだけの大勢を声援を浴びたのだ。中には直接見に行っていた生徒もいるようだし、ゴールデンウィーク中に別の学校に通う友人から聞いていた子もいた。
話題になるのも当然といえば当然だろう。
「もうね、なんだか急に有名人になった気分だよ」
聞けば今日だけでも、綾乃や一樹は何度も知らない生徒から声を掛けられ、中にはサインを頼んできた子もいたらしい。
「よかったじゃない、綾乃の夢に一歩近づけたんだから」
綾乃と一樹の夢はバンドでメジャーデビューを果たす事。その為の努力も練習も、積み重ねてきた様子を見てきている。
「これもすべてさーやんのお蔭だね」
そう言いながら、綾乃が私のトレーからポテト一掴み。
「そう思うのならもっと感謝をしなさい」
と言いながら、仕返しとばかりに綾乃のトレーからナゲットを一つ拝借。
あー! さーやんが私のナゲットを取った! とか言いながら、再び私のトレーからポテトを奪う綾乃。
それを見ていた皐月が、あんた達ホント仲がいいわねと笑う。
「それでさーやん、ゴールデンウィークの後半の話なんだけど」
ポテトとナゲットの奪い合いが落ち着き、改まって綾乃が話題を変えてくる。
「ライブハウスを廻るって話よね?」
大体の話はライブの翌日に、綾乃から送られて来たLINEで知っている。
なんでも私が参加できなかった打ち上げで、先輩から自分たちのライブにゲスト出演しないかと誘って来たらしい。
一樹達もライブ後で気分が高揚していたらしく、全員その場で参加の意図を示し、参加する方向で話が進んでいると聞いている。
私としては綾乃達が楽しんでくれたら嬉しいし、反対する理由もないので、大いに応援したいと思っている。
「さーやんも一緒にいかない?」
「うーん、誘ってくれるのは嬉しいんだけど、前にも言った通り、ゴールデンウィークの後半は家族旅行が入っているのよ」
毎年ゴールデンウィークを利用しての家族旅行。当初は予約が取れなくて諦めていたのだが、いつも利用している旅館から、たまたま1件キャンセルが出たからと、ワザワザ連絡を頂いた。
私も妹も楽しみにしている旅行なので、出来れば家族旅行の方を優先したい。
「そこをなんとか!」
「ダメなものはダメ」
中3にもなれば家族旅行より、友人を取るべき子も多いのだろうが、生憎と私の家族は仲が良く、誰か一人が欠けただけでも、楽しみはどうしても半減してしまう。
それに沙雪に買い物を付き合うと約束しているので、ここは綾乃に我慢して貰うしかない。
「うぅー、さーやんがいないとつまんない」
「はぁー、じゃ今度何か埋め合わせをするから」
まったくこの子は。
半ば諦め気味に適当な約束を提案すると。
「なんでも? なんでも言うことを聞いてくれる?」
「なんでもって、私に出来る範囲よ?」
綾乃の勢いにいったい何をたのまれるかのと身構える。
すると出てきた答えは私の予想を覆すものだった。
「じゃぁさ、今度また私達に曲を作ってよ。今度はさーやんの歌詞付きで!」
いや、今度は歌詞付きって、前回もほぼ私の作詞なんですけど。
「新曲を作ってあげたばかりでしょ?」
「そうだけど、さーやんが作ってくれた曲って凄く評判がいいんだよ。それに何だか皆も自信がついた感じで、これもさーやんの作ってくれた曲のお陰だと思うの!」
隣で皐月も「うんうん」と同調するようにうなずいている。
まぁ、私も作っていて楽しかったし、皆もこれほど喜んでくれるとは思ってもいなかったので、もう一曲ぐらいなら手伝ってあげてもいいかもと考えてしまう。
「ね、どう? どう?」
綾乃が私に詰め寄るように体を寄せてくるので、私は「分かった、分かったからと」強引に元の位置へと押し戻す。
「約束はできないけど、考えておくから」
「ホント、ホントに? 約束だよ!」
「だから考えるだけだからね」
前回は一樹のせいで大変な目にあったからね。さすがに私の様子を見たお母さんが、口うるさくお説教したのは言うまでもないだろう。
「ぶーぶー、さっきー、さーやんが冷たいよー」
私を押し切れないと思った綾乃は、今度は反対側にいる皐月に泣きつく。
「綾乃、無理を言わない。新曲を作ってもらったばかりなんだから、今は諦めなさい」
「さっきーのまさかの裏切り!?」
しかし常の中立の立場にいる皐月には効かなかったようだ。
「そんなに心配しなくてもいいでしょ。綾乃達の夢は私も応援してるんだから、悪いようにはしないわよ」
単に約束しなかったのは、私の自身の無さの表れ。今回はたまたまいい曲が書けただけだし、ホイホイといいメロディーが浮かぶものでもないので、ちゃんとした返事をしなかっただけ
ただ言えることは、私は綾乃達の夢を応援しているというだけだ。
その後は先日のライブの話で盛り上がり、別れ際に「次のライブも頑張ってね」と声援を送り帰宅する。
そして悪夢が訪れた。
私が目を覚ましたのは、真っ白な壁で統一された病院のベットの上。微かに思い出されるのは、ぐちゃぐちゃになった車内に、隣で血を流している妹の姿。外から聞こえてくる大人達の声を最後に、私の記憶は止まっている。
これは後から聞いた話だが、私達が乗る車に、飲酒運転をした車が猛スピードで正面衝突。
どうやら車線を大きくはみ出し、対向車線を走っていた私達にぶつかって来たのだと言う。
その結果、運転席と助手席に乗っていた両親は死亡、後部座席に乗っていた私と妹は、意識不明の重体で病院へと運ばれ、幸い私の方はまだ比較的軽傷だったらしく、翌日には目を覚ますことができた。
その後の事は正直思い出したくもない。
いろんな機材に繋がれ、全身に包帯が巻かれた妹。両親の姿はどこにもなく、目の前にいる老夫婦は何やら私に罵声を浴びせてくる。
そして事故を起こした犯人からは、悪いのはお父さんの運転だと責められ、警察の事情聴取でも未だ自らの罪を認めておらず、テレビのニュースは連日この事故の事で騒がれている。
そして私がベットから上半身を起せるようになったある日、現れたのは一組の見慣れぬ夫婦。
「沙耶ちゃんだね、来るのが遅れて申し訳ない」
私の前に現れた男性は自分の事を『周防 大輝』、女性は『周防 佳奈』 と名乗った。
私は二人が名乗った瞬間、また周防かと不快感が全身を染め上げる。
もともとお父さんは早くに両親を失っており、兄弟もいなかった事から近しい親族はおらず、お母さんの家系の事は両親からは何も聞かされていなかった。
それが今回の事故が報道された事がきっかけで、突如お母さんの祖父母が現れたのだ。
そして祖父母の登場を皮切りに、つぎつぎと現れる周防家の関係者だと名乗る人たち、時には私に罵声を吐き、時には両親が残した財産や保険金の話をし、酷いときには誰が私達姉妹を引き取るかで、罵り合いの喧嘩が始まる始末。
どうやらお母さんの実家でもある周防家は、いわゆる歴史ある華族の一族らしく、現在も不動産を生業とする日本屈指の資産家。テレビを付ければ経営するホテルのCMが流れ、街を歩けばクループ会社の看板が目に付くほど、大きな一族なんだと聞かされた。
そんな一族に生まれたお母さんだが、両親に決められた結婚から逃れ、お父さんと駆け落ち同然で結婚したのだという。
そんな両親は今まで一度だって祖父母を頼ることなく、彼方も両親に接触してくることは一度だってなかった。
それなのに私の前に祖父母が現れ、お前の父親はろくな人間じゃいとか、お母さんを殺したのはお前たちだとか、心身ともにボロボロな私に対し、酷い罵声を浴びさせ、親族を語る人間からは、お金お金と見にくい争いを見せられれば、二人を警戒するのはある意味仕方がないことだろう。
「なんの用ですか?」
私は自分の不機嫌さを隠すこと無く、半ば虚ろの視線を送ることで、責めてもの抵抗心を見せるのだった。