第73話 『天使の唄』
「やっぱりダメですか」
祖父の為に作った曲が完成した。だけど祖父の容態は日に日に悪化していき、日中も眠り続ける日が続いている。
そんな中、祖父に聴いて貰うために病院でミニライブができないかと、佐伯さんに相談していたのだけれど結果は×。病院は騒ぐところではなく、療養する場所なのだと断られてしまった。
「仕方ないわよ。あそこも大きな病院なんだし、いろんな理由で入院されている方も多いのだから」
「ですよね」
小さくても防音効果のあるホールがあればいいが、生憎と病院にそんな施設はなく、私用で入院患者用の休憩スペースを独占するわけにもいかないし、ましてや音楽を流して歌うなんてことが出来るはずもない。
せめて駐車場か中庭かを使わせて貰えればとも考えたが、色好い返事は頂けなかった。
「他の方法を考えるしかないか」
現状病院でのライブは不可。ゲリラ的に強行すれば会社にも迷惑を掛けてしまうし、祖父もいい気はしないはず。
すると残された方法は病室で映像を流す程度だが、正直それは最終手段。これは私が最初で最後となる祖父への贈り物なのだ、どうしても生の声と姿を届けたい。だけどこれ以上の妙案が思い浮かばない。
「そう落ち込むもんじゃないわよ」
「ですが病院でのライブがダメとなると打つ手が…」
現状祖父の外出はかなり難しく、一時的に自宅へ帰る事すらままならない状態。
だから病院でライブが出来ないかと相談していたのだけれど、結果は先ほど説明した通りの絶望的。これで他に妙案があれば、是非とも教えて貰いたいほどだ。
「まだ焦る段階じゃないわよ、方法なんてね、道を切り開いてこそ生まれるものなの。ほらね」
まるで示し合わせたかのようなタイミングで、会議室の扉がノックされ、扉から現れたのはまさかの叔父さん。
「やぁ、お待たせしたみたいで」
「こちらこそ無理を言いまして。それでどうでしょうか?」
「1時間だけならという事で、外出の許可が下りました」
私だけが完全に蚊帳の外、ここに叔父さんが現れた事にも驚いたが、今の口ぶりからすると、佐伯さんが叔父さんに何かを頼んだ様子。しかも内容から察するに、祖父の外出が認められたのだろうか?
「沙耶ちゃん、なんとかライブが出来そうよ」
「本当ですか!?」
「えぇ、いくつか条件が付くけどね」
「条件ですか?」
佐伯さんはそう言うと、ミニライブの詳細について教えてくれる。
場所は祖父が入院している病院から、車で10分ほどの距離にある小さなライブハウス。
この先1ヶ月ほど空きはないらしいのだが、その日はライブハウス主催の合同ライブがあり、たまたま出演予定だったバンドが、急遽出られなくなってしまったのだとか。
持ち時間も歌える曲数も少なく、店側が提示した条件付きではあるが、ステージだけは確実に確保出来るとのこと。
お店側が提示した条件は下記の通り。
1.ミニライブを行うのはSASHYAではなく、無名のソロミュージシャン、雨宮 沙耶として。
そこには当然変装もコスプレも除外されており、私は初めて素の顔でステージに立たねばならない。
まぁ当然よね、世間を賑わせているSASHYAが突然ライブハウスで歌うとなれば、混乱騒ぎでは収まらない。
ライブハウス側としては集客は見込めるものの、どう考えても明らかなキャパオーバー。合同ライブと言うことで、他の出演者にも迷惑が掛かるし、お店側も余計な混乱は避けたいところだろう。
2.出演の詳細は当日お店に張り出される看板のみ。
本来は出演者の名前が載った、チラシやポスターが張り出されるらしいのだが、急遽出演が変更になった為、印刷物などは既に各所に張り出されている。
お店側としては、本来出演する予定だったバンドが急遽変わってしまい、私への批判や一時的にも観客の人数が減る事を心配されているそうだが、こちらとしては寧ろ観客が減る方が好都合。
祖父が観覧出来るよう、ポールで囲んだりご配慮していただけるとのことなので、例え観客がゼロになったところで大した問題でもないだろう。
3.出演料はゼロ、早い話が無報酬。
今回はライブハウスが主催の合同ライブの為、基本的に出演者への報酬は、事前に配られたチケットの販売枚数に比例する。
本来ライブハウスで歌うとき、各々に振り分けられたチケットノルマが存在する。
合同ライブの時は会場使用料こそ必要ないが、収入を得たいのであれば、割り振られたチケット以上の枚数を売り切る必要があるのだ。
だけど私はこのチケット販売を一切しておらず、当然割り振られたノルマも存在していない。
その代わり自主製版したCDや、お手製のグッズなどは物販が認められており、そちらで稼ぐこともできるそうだが、生憎と今回の目的には関係がないので、私は完全なる無報酬となる。
以上がお店側から提示された条件となる。
うん、全くと言っていいほど問題はない。
もともと病院で歌う事を決めた時から、素顔でステージに立つ事は覚悟していたし、告知や報酬に関しても本来の目的とは異なるので、さほど気にする事もないだろう。
寧ろこちら側からステージ料をお支払いしたいぐらいだ。
「じゃ決定ということでいいわね?」
「はい」
佐伯さんは私の返事を聞くと、そのまま愛用のスマホを取り出し、先方へと出演の連絡を取り次いでくれる。
「それにしても叔父さん、お爺ちゃんの外出許可がよく取れましたね」
「前々からこんな日が来るんじゃないかと、ずっと交渉していたからね。担当医の先生も近場で1時間だけならと、認めてくれたんだよ。もっとも当日は先生も同伴するというのが条件なんだけどね」
「それはまた、ご迷惑をお掛けしたようで」
正直いまの祖父の容態では、たった1時間の外出でもかなり厳しいだろう。
移動も車椅子は必須だし、車の乗り降りだって誰かの介護がなければままならない。
それでもなんとか許可が下りたのは、祖父の最後の願いを聞き届けてくださったからではないだろうか。
「沙耶ちゃん、あとは君次第だ。頑張って」
「はい!」
こうして祖父の為の最後のステージが整う。
あとは私がいま持てる力の全てで、お爺ちゃんを安心して送り出してあげるんだ。
ーー ライブ当日 ーー
「えっと、雨宮さんだっけ? 本当に順番を変わってもらってもいいの?」
「はい、皆様にご迷惑が掛からないよう、最初に歌う方が都合がいいので」
出演者用の控え室。
控え室と言ってもMステの様な個人部屋は一切無く、四畳ぐらいの小さな部屋に、折りたたみ式のテーブルと、使い古された椅子が数脚置いてあるだけ。
そこに既に私を含めた三組の出演グループが、ギュウギュウの状態で詰め込まれている。
「でもなぁ、俺たちにしたら嬉しい提案だけど、雨宮さんは今日が初めてのステージなんだろ? 正直合同ライブの一番手は中々にキツいぜ?」
「そうそう、前回も俺たちが一番手だったんだけど、見に来てくれた観客なんてたったの五人だぞ? 人気のある奴らは全部後半に固まってるから、それまで外でCDを買ったり、目当てのバンドと写真を撮ったりしてて、会場の中に入ろうともしやがらねぇ」
「悪い事は言わないから、今からでも順番を元に戻して貰ったらどうだ?」
この人達はいい人なのだろう。
新人の私に気を遣い、ガッカリさせないように自分達の後に歌うよう促してくれる。
だけどもう、外に置かれた看板には私が一番に歌うよう書かれており、ステージのセッティングも私に合わせてチューニングされている。
それをひっくり返せば、それこそご迷惑をお掛けすることだろう。
「大丈夫です。こちらとしても無理を言ってステージに立たせていただいている訳ですし、感謝の気持ちこそあれ、恨むような事は一切ございませんので」
「うーん、まぁ本人がそう言うのならもう止めないけど…」
「お気遣いありがとうございます」
私の気が変わらないと分かって頂いたのか、渋々といった様子で引き下がってくださる。
それにしてもライブハウスの合同ライブというのは、こういうものなのね。
Snow rainのインディーズ時代は何度か足を運んだ事はあったが、メンバーでない私は楽屋へと入った経験が一度もない。
さて、時計を見ると開演時間までもう少し。
お化粧やら着替えやらはここへ来る前に済ませているし、自分でも驚くほど緊張もしていない。
これが雨宮 沙耶として初めてのステージだとしても、私にはドームや多くの会場で歌った経験があるので、今更気後れすることもないのだろう。
プルルと鳴るスマホの画面を見てみると、佐伯さんから叔父さん達が無事に到着したと連絡が入る。
よし、後は後悔しないよう私が頑張るだけ。
改めて気合いを入れ直していると、突然控え室の扉がノックされる。
「やっほー、来たよー」
この場にはそぐわない、のーてんきな声とともに現れたのは、綾乃を含めたGirlishのメンバー4人。
しかもこれからステージにでも立とうというのか、綾乃と皐月は愛用のギターとベースまで背負っている。
「ちょ、なんで皆がここに居るのよ」
突然の状況に戸惑う私。今回の一件は完全に私用なため、祖父絡みの話は一切聖羅達には伝えていない。
これが地元のライブハウスなら、こんな偶然があるかもしれないが、ここは遠く離れた横浜の会場、間違えても聖羅達が歌いに来るはずもないだろう。
「なんでって、沙耶のバックバンドをしに来たんでしょ」
「えっ、私の!?」
「さーやん水くさいよ、こんな大切なライブを相談しないなんて」
聖羅達の突然の申し込みで戸惑う私だが、正直彼女達の存在は私にとっては心強い。
もともと今回はカラオケスタイルで歌う予定だったため、どうしても迫力の面では劣ってしまう。
だけど今日私が歌う曲は、この日の為に書き下ろした新曲、当然聖羅達には伝えていない。
「さーやん安心して。今日歌う曲は全部演奏出来るように練習したから」
「練習って言っても新曲よ? なんで知ってるのよ」
「実は前々から佐伯さんから話は聞いてたのよ。その時にデモテープも受け取っていて、事前に練習をしていたってわけ」
「沙耶、言っとくけど佐伯さんに頼まれたわけじゃないから。私達が率先してバックバンドをしたいってお願いしたの」
「沙耶先輩にはいっぱいご恩がありますから、いつか少しでもお返しできればと思っていたんです」
「聖羅、綾乃、皐月、卯月ちゃん…」
私はなんていい友人達を持ったのだろう、グループは違えどこんなにも親身になってくれる友がいる。
本当ならばプロである彼女達は、こんな場所で私のバックバンドなんてしている暇も無いはずだ。それなのに…
「ここで恩を売っておいたら、またさーやんが私達の為に曲を書いてくれるかもしれないでしょ?」
「綾乃…、あなたねぇ…」
せっかくの感動を最後の一言で台無しにしてくれるなんて。
でもまぁ、これも私に気を遣わせないようにする、綾乃なりの気配りなのだろう。
「仕方ないわね、佐伯さんと聖羅の許可が下りたら、いつか作ってあげるわよ」
「えっマジ!? 冗談で言ったつもりだったんだけど」
「佐伯さんと聖羅の許可が下りたらだからね」
聖羅達にはfriend'sとキズナフレンズを託しているのだ、二人の許可が下りれば一曲や二曲ぐらいは書いてあげてもいいだろう。
因みに聖羅の名前を挙げたのは、彼女がGirlishのリーダーだからという意味合いである。
「「改めて。本日はよろしくお願いします」
「任せて」
「最高のライブにしよう」
「お爺ちゃんに思い出が残るステージを見せてあげよう」
「私も頑張りますね!」
『雨宮さん、スタンバイお願いしますー』
「じゃ、行こう!」
「「「おー!!」」」
気合い十分、みんな揃って楽屋を後にする。
「おい、あの子何者だ? さっきのってGirlishだよな?」
「曲を作るとかどうのと言ってなかったか?」
「なぁ、俺たちもしかしてもの凄い勘違いをしてるんじゃ…」
若干この状況について行けてない人達を置き去りにして…
初めて立つ小さなステージ。私と観客との間にはほとんど距離もなく、ステージの高さも一歩踏み出せば簡単に乗り越えられるほど低い。
「初めまして、雨宮 沙耶と言います。本日は突然の参加とはなりますが、どうぞ最後まで聞いていただけると幸いです」
パチパチパチ。
まばらな拍手、100名ほど収容できる会場には20人程度の観客しかおらず、その半数が身内という何とも寂しい状態。
佐伯さん達はなるべく邪魔にならないよう、会場の入り口近くに固まっており、その中に車椅子に座ったお爺ちゃんの姿もある。
叔父さん叔母さん、影から応援してくれてありがとう。ユキ、今日の為にいっぱい手伝ってくれたよね。佐伯さん、ホントいつも私の事を一番に思い、今じゃ返せないぐらいのご恩が貯まってしまった。
お婆ちゃん、私はもうあの時の事は何とも思ってないからね。先生、今日は無理を聴いて下さりありがとうございます。
そしてお爺ちゃん、しっかりと今の私の姿を心に刻んで。
「一曲目、『ーJewel the HeartーETERNITY』!」
私が発する声と共に、聖羅達の演奏が始まる。
Jewel the Heart ETERNITY、曲自体はJewel the Heart と同じだが、この日の為に歌詞を全面改修した特別版。
従来であれば私達家族の愛を歌ったものだが、今回は祖父母と母達の想い出を詰め込ませて頂いた。
この歌詞を書き上げる為、私は叔父さんや叔母さん、お婆ちゃんや親戚の楓さん達に話を聞き、幼かった頃の母やお爺ちゃんの思い出を聞かせてもらった。
そして出来上がったのがこのETERNITY。お爺ちゃんの心に永遠に残るよう、心を込めて書き上げた。
「続いて2曲目、今日の為に書き上げた新曲。『True Tears』」
真実の涙と名付けたこの曲は、自らの死を知りつつも私達を悲しませないと苦しんだ祖父の代弁。
歌詞の中には祖父の苦しみと、真実の愛を知った姉妹の葛藤を描いた物語で、歌詞の中には祖父に宛てた私と沙雪のメッセージが込められている。
そして曲はそのまま3曲目へと繋がる。
「もう届ける事が出来ないこの手紙 伝える事も感じる事も出来ないけれど この思いはきっと必ず届けられる……」
亡き母が、祖父母へと送る最後の手紙。
実際そんな手紙は存在しないが、もしお母さんが生きていればこんな手紙を書いていたんじゃないかと、想像だけで書いた心のメッセージ。
この曲のタイトルは『Last letter』、今日の為に書き上げた2つ目の新曲。
「いよいよ次が最後となります」
今回私に与えられた時間はたったの4曲。曲数もMCの時間も、全国ツアーに比べると物足りなさは感じるけれど、私の気持ちは十分に伝わったはず。
そしてこのメッセージを込めたストーリーは、最後の曲で完結する。
「聴いて下さい、『明日へのstep』」
前3曲はバラード調を基本とした悲しい楽曲。本来ライブでは、盛り上がりのある曲を最初に歌い、バラード曲は中盤に挟んでくるのが一般的だが、今回私は異例とも言える4曲のうち3曲にバラード系を持って来た。
「Ahーー どんな悲しみだって 乗り越えるよ だけどね あなたを思い出す度 流れる涙は 明日へと続く力になるんだ…」
間もなく死を迎えようとしている祖父に向けた、最後のメッセージ。
悲しくて悲しくて、弱い私は泣いてしまうだろう。それでも悲しみを乗り越えて、強く強く生きていくんだ、お爺ちゃんを悲しませないために、前を向いて歩いて行くんだと、明日へと向けた小さなstep。
ワァーーーーー!!!
気づけば会場内には溢れんばかりの観客がひしめきあい、大きな声援がステージ上の私に送られている。
最初はただ、物珍しさにGirlishの演奏を見に来ただけかもしれない。だけど1曲1曲進む度に、1人また1人と増えていき、最後の曲が終わる頃には、入り口近くにいる祖父の姿が見えなくなるほど、大勢の人で溢れていた。
「ありがとうございました」
私は大きく頭を下げ、聖羅達と共に初のステージを後にする。
後日、その日のライブはSNS等で騒がれ、『SASHYA二世の誕生』『天使の歌姫』『SASHYAの中の人』等と、噂の中には真実を突くような内容も見られたが、その日以降、彼女がステージに立つ事は無かったという。
そして、この日から5日後、まるで私のライブを待ってくれていたかのように、祖父は笑顔のまま天国へと旅立っていった……。




