第71話 『アレの話』
「沙耶!」
「ん? 蓮也、ひさしぶり。会社で会うなんてめずらしいね」
Kne musicの本社にある収録用のスタジオ。私は来月発売されるSASHYAの3枚目のアルバム、『SASHYA the 3rd』のレコーディングのために、最後の追い込みに入っていた。
「そっちもレコーディング? 忙しそうね」
「お互いにな」
現在蓮也が所属するAinselは、間もなく公開予定の映画の為に、あちらこちらに引っ張りだこ。
もともと映画の主題歌を担当するだけだったらしいが、突如監督がAinselを劇中に出すとか言いだし、蓮也達は映画の中に登場するバンドとして出演している。
今はその映画に合わせて、リリース用の最終仕上げといったところだろう。
「来週だっけ? 映画の公開」
「らしいな」
「評判もいいみたいじゃない。リンスタで試写会に参加したって人のリスが流れて来てたよ」
「人気が出るのはいいが、映画は俺たちの求めるステージじゃないからなぁ、正直複雑だ」
「確かに」
蓮也も私と同様、人付き合いはあまり得意な方ではないので、映画の様なステージは望むものではないのだろう。
アーティストとしてどうなの? とは思うが、その気持ちは私にも痛いほど分かるので、お互い『ふふふ』自然に笑いが生まれてしまう。
「沙耶もこれからレコーディングか?」
「そう、アルバムの為の最後の追い込み。今回はホント大変だったわ、結局2ヶ月の間に6曲も作る羽目になっちゃって」
「2ヶ月で6曲って、相変わらず仕事が早いな」
「学校に通いながらじゃなければ、もう少し早くは仕上がったんだけどね」
他の人はどうか知らないが、私の場合ベースとなるコンセプトが出来れば、自然と曲のイメージが湧いてくる。
その湧いたイメージを、今まで溜め込んだ音源からピタリと当てはまる曲を探し、一つの曲へと作り出す。
私としては曲のメロディーよりも、作詞の作業の方が大きく時間を割くことが多いほどだ。
「そう言えば引っ越ししたんだっけ? 凪咲ちゃんとの生活はどう?」
「あれやこれやと、毎日がうるさい」
「ふふふ、可愛い妹なんだからしっかりしなきゃね、お兄ちゃん」
4月から都内の学校へと通う蓮也の妹。私はまだ会ったことはないのだが、妹の為に住み慣れたワンルームマンションから、この度2LDKの賃貸マンションへとお引っ越し。
お部屋探しの際も、妹にあちらこちらと連れ回され、LINEのメッセージで愚痴っていたことは記憶に新しい。
現在は引っ越し作業を終え、ちょっと早い新生活を満喫しているんだと聞いている。
「今度なにか引越祝い贈るわね。何がいいかなぁ」
「別に気を遣わなくてもいいぞ」
「気持ちよ気持ち、凪咲ちゃんとも仲良くしたいし」
「まぁ、そういうことなら」
お菓子やお花、ギフトカタログといったものが一般的なんだろうが、私達世代はそんな物をもらっても嬉しくない。
やはりここは相手側に喜んでもらい、長く愛用してもらえるものがいいだろう。
「なんだか蓮也と話すのも久しぶりね」
「そうだな、学校の中だとなかなか会えないしな」
「学校で話してたら、また蓮也のファンに嫉妬されちゃうじゃない」
「あー、あの時はマジで悪かった」
もともと女性ファンが多い蓮也。登下校の際に何度か一緒になることはあるが、その都度ファンとおぼしき女性が周りを囲っている状態。
以前蓮也と一緒に下校した事があったのだが、その翌日にはファンの人達に呼び出され、抜け駆けは禁止だと注意されたのは苦い思い出だ。
なんでも近くから見守るのはいいが、二人並んで歩くのはダメなんだそうだ。
「別にいいわよ、ファンの子達の気持ちもわからないでもないし」
「沙耶の正体が知れ渡ったら、逆に俺が敵視されそうだけどな」
「あはは、それはあるかもね」
私が敵視されるのは、私の正体がまだ学校内で知れ渡っていないから。
もともと結束力の強いクラスだが、丸二年も私の正体が外に漏れなかったのは、ひとえにクラスメイトのお陰だろう。
「沙耶、少し雰囲気がかわったか?」
「そう? 自分ではよくわかってないんだけど」
「なんていうか、一回り強くなったとか大人になった感じがして」
それって以前の私が子供っぽかった事?
……いや、蓮也が何を言おうとしているのか、なんとなく分かった。
恐らく祖父に残された時間を知り、私なりの覚悟が出来たからだろう。
両親とは急な別れになってしまったが、せめて祖父には私の立派な姿を見てもらい、なんの憂いもなく送り出したいと思っている。
「何かあったのか?」
「ん~、ちょっとね。泣き顔を見せるよりも、笑って見送る方がいいんじゃないかな、って思っただけ」
「そう…か、沙耶なら出来るさ」
「ありがと」
祖父の事はあくまでも身内での話。
蓮也にしても、他人の家庭の話をされても困るだろうし、あちらも今は大変な時期。
いつか話せる時が来るかもしれないが、今は私の心の中だけにしまっておこう。
「それで沙耶、実は沙耶に確認したい事があってな」
今までの会話がまるで前座だったかのように、少し表情を変えながら蓮也が尋ねる。
「確認したいことって?」
「あぁ、クリスマスの時にも聞いただろ?」
「クリスマス?」
クリスマス、クリスマス、クリスマス………あっ
忘れていた、クリスマス以降バタバタが続いていたので完全に忘れていた。
私って…、私って、蓮也にキ、キスしちゃったんだったぁーーーー!!! ほっぺだけどぉぉ!!!
急に時が遡ったかのように当時の状況が思い浮かび、さっきまで普通に話していたというのに急に蓮也の顔が見れなくなる。
それはどうやら蓮也も同じだったようで。
「ち、違う! そっちじゃなくて!!」
慌てて蓮也が否定するものの、私の頭はキスの事で埋め尽くされ、まともに顔も見れない状態。
きゃぁーーーー!!! 覚えてる、蓮也めっちゃ覚えてるよぉーーー!!
どうしよう、どうやって誤魔化す?
必死にグルグルと思考が巡るも、この状況を脱する妙案が浮かばない。
しかしその助けは意外な方からやってくる。
「いたいた、蓮也ぁー……と、沙耶ちゃん?」
恐らくレコーディングの為にやって来たのだろう、蓮也を除くAinselのメンバー達が廊下の向こうからやって来た。
その中で声を掛けてきたのは晃さんだった。
「おっ、沙耶ちゃん久しぶり!」
「お、お久しぶりです」
ここでクリスマス以来ですね、と言わないのが先ほど学んだばかりの教訓。
「そっちもレコーディング?」
「は、はい、お互い忙しいですね」
「嬉しい事ではあるんだが、こうも忙しいと流石にな」
「たまに『まだ高校生だ!』って叫びたくなりますよね」
「全くだ」
Ainselのリーダーでもある雪兎さんと、他愛もない会話で心を落ち着かせる。
彼方も聖羅と付き合い始めて、ろくに時間も取れていないだろう、Girlishも順調な出だしを過ごしてはいるが、私やAinselほど時間に追われるような仕事量は入っていない。聖羅にとっては今頃歯がゆい思いをしている頃だろう。
「そ、それじゃ私はこれで。あまりお仕事の邪魔をしてはいけないので」
雪兎さん達の登場を機に、まずはこの場からの戦略的撤退を選択。
出来るだけ平静を装いながら、この場を立ち去ろうとするも、何故か蓮也に呼び止められる。
「沙耶、ちょっと話があるんだ」
「は、話ぃ!?」
若干声が裏返ってしまうのは仕方がないと思うんだ。
「あっ、いや、その事じゃなくて…」
一瞬さきほどの続きかと思い顔を真っ赤に染めるが、慌てて訂正を促す蓮也。
そういえばさっきもアレとは違うとか言ってたんだっけ?
出来ればこのまま何事もなかったかのように、ダッシュで逃げたいところだが、流石に呼び止められたら立ち止まるしかないだろう。
私は一度心を落ち着かせるように小さく呼吸を整える。
「実は例のスト…」
「なぁ、沙耶ちゃんちょっと様子が変じゃない?」
「えっ?」
蓮也が何かを言いかけたとき、割って入って来られたのは晃さん。
こっちはいっぱいいっぱいだと言うのに、このうえ何を言い出すと言うのだ。
「へ、変って何がです?」
「いやぁ、沙耶ちゃんさっきから顔真っ赤だし、蓮也の様子も何か変だからさぁ、何かあったんじゃないかって思って」
鋭い、普段はおちゃらけな人だと言うのに、妙なところで鋭すぎる。
これが次郞さん辺りなら、何か気づいてもそっとしてくれるというのに。
私は必死に平静を取り繕うが、次の言葉を聞いた瞬間、事態が一変する。
「もしかして蓮也と沙耶ちゃん、キスでもしちゃった?」
「「///////」」
「「「「……」」」」
私と蓮也の顔が真っ赤に染まり、晃さんを除くAinselのメンバー揃って顔を反らす。
一時気まずい沈黙が辺りを埋め、結果的に晃さんの指摘を認めることに繋がってしまう。
「あー、何て言うかマジでゴメン」
「あ、晃さんのバカぁーー!!」
顔を真っ赤に染め、ダッシュでその場から逃げ出す私。
平手打ちをしなかったのは我ながら褒めてあげたいところ。
結局蓮也の話は聞けなかったが、その時の私に考える余裕はなかった。
私がダッシュで逃げ出した後、残されたAinselのメンバーはというと…
「な、なぁ、やっぱ俺のせいだったりする?」
「最低だな」
「最低だね」
「やっちまったな」
「ど、どうすればいいと思う?」
「とにかく謝れ」
「土下座でゆるされるかどうか」
「とりあえず埋まっとく?」
雪兎、次郞、凍夜の順に、バサリと切り捨てられる晃。
俺たちの中じゃよくある光景だが、今回は被害者でもあるので、フォローのしようが見つからない。
「埋まっとくってなんだよぉー! ちょっとは助けてくれよー」
メンバー全員に見捨てられ、一人で嘆く晃。
ようやく沙耶と話が出来る機会が巡って来たと言うに、こんな事になってしまうなんて。
「蓮也、沙耶ちゃんに話があったんじゃないのか?」
「あぁ、ちょっとな」
俺の様子が心配になったのか、雪兎が声をかけてくる。
「電話では話せないことなのか?」
「まぁな、会って確かめたいことがあったんだ」
クリスマスの出来事は衝撃的だったが、その後お互い仕事が忙しかったので、完全に忘れてしまっていた。
正直、あの時の事を聞いてみたい気もするが、今回のように逃げられてしまうかもしれない。そう考えると晃の言動はある種の教訓といえるだろう。
俺が沙耶に聞きたかったこと、それは……
「何もなけりゃいいんだけど」
なんの確証もなければ、俺の見間違いかもしれない。
そもそも同じ学生なのだから、彼があの時間帯にいるはずもない。




