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第70話 『小さな約束』

 冬休みが終わり新学期が始まった頃、叔父さんから祖父が倒れたと連絡が入る。

 幸い祖母が近くにいた為、すぐに病院へと運ばれたので大事には至らなかったそうだが、しばらくは入院することになり、私と沙雪は学校を休み、横浜にある国立の病院へと向かった。


「303、303…」

「お姉ちゃんあそこじゃない?」

 病院の受付で祖父が入院する病室を尋ね、沙雪と一緒に向かう。

 以前私達が入院していた病院も大きかったが、こちらの病院も負けないぐらいの大病院。廊下の端々で案内図が表示されていたので、思いのほか迷わずにたどり着くことができた。


 コンコン

「失礼します」

 部屋の前に張り出された名前を確認し、ノックをしながら病室へと入る。

 部屋の前の名札で何となく予想は出来ていたが、病室にはベッドが一つだけ用意されており、その上に祖父が一人で横たわっていた。


「わざわざ来たのか」

「えぇ、来ましたとも。お爺ちゃんが倒れたと聞けば、普通くるもんでしょ?」

「ふん、そんな常識、ワシは知らん」

 頑固じじい…とは少し違うが、祖父の冷たい態度は今に始まった事ではない。

 出会った頃の私だと、ケンカ腰に出ていたかもしれないが、叔父さんから祖父の性格を聞いた後なので、これが単なる照れ隠しだと分かっている。

 どうやら祖父は、私達姉妹にキツく当たったことを悔やんでおり、どう接していいのかいまだ分からないのだろう。

 実際祖父の口からは嫌みの言葉しか出てこないが、裏ではあれやこれやと手を回し、先日訪ねたときには、帰り際にタケノコの水煮や数の子をいっぱい持たせてくれた。

 会話の中でたまたま出ただけだと言うのに、それをきっちり聞いており、翌日の帰りには用意してくださっていたのだから、私達への孫愛は相当なものだろう。


「叔父さんはまだ来られてないんですか?」

 それほど狭くない部屋なので、見渡せば誰がいるのかは把握できる。あいにくとこの部屋にいるのは3人だけで、昨夜から来られているはずの叔父さんの姿もなければ、一緒に暮らしている祖母の姿も見えない。


「あいつらは今、医院長に呼ばれて席を外しておる」

 どうやら叔父さんと祖母は既にこちらに来ており、今は病院の先生に話を聞いているのだとか。

 お爺さんもそろそろいい年なので、これからの事など相談しているのだろう。私はこのまま待っているのもなんなので、持って来た切り花を飾る為に準備する。


「ユキ、私ちょっと花瓶に花を活けてくるから、その間お爺ちゃんのことをよろしく―」

「わかったー」

 昨日の今日で、お見舞いはまだどなたも来られていないのだろう、お花が大量に飾られていたらどうしようという心配もあったが、幸い据え置きの花瓶が幾つか置かれているだけ、私はその中から一番小さな花瓶を選び、一人水洗い場へと向かう。


「もう少し豪華な方がよかったかなぁ」

 お祝い事ではないので華美にならないよう、お花屋の店員さんに相談しながら選んだ花束だが、思いのほか慎ましく収まってしまった姿に若干後悔してしまう。

「まぁいいか、気持ち気持ち」

 出てしまった廃棄物を近くのゴミ箱へと片付け、生けたばかりの花瓶を持って病室へと戻る。

 すると先生との話が終わったのか、叔父さんと祖母の姿がそこにあった。


「沙耶ちゃん来てくれたんだね」

「そりゃもうお爺ちゃんが倒れたって聞いて、慌ててきましたよ」

 病院で湿っぽい会話もなんだかなので、ワザとらしく明るく振る舞う。

 昨夜の電話ではお見舞いは休みのときでいいよとは言われたが、休みの方が忙しいという不思議な生活を送っている私。学校の方は芸能関係が通っている学校という事もあり、休みがとても取りやすいという、これまた不思議な環境となっている。

 おかげで電話一本入れるだけであっさりと休みが取れてしまった。

 まぁ最後に、『お仕事頑張ってね』と言われたときには、慌てて訂正させて頂いたが、それほど自由度が高い学校だとご理解いただきたい。

 ちなみに沙雪は試験があるものの、推薦枠での受験が認められているので、ほぼほぼ合格は確定しているようなものである。


「それよりお爺ちゃんの容態は大丈夫なんですか? 先日お会いしたときよりも痩せられた気がするんですが」

 新年最初にお会いしたのが1週間程前のこと、それからあまり日が経っていないというのに、何だかさらに痩せられたような感じ。

 会話の方は特に問題なさそうなので、私も明るく振る舞えているのだけれど、なんだか顔色の方もよくない感じもしてしまう。


「大丈夫、少し気温のせいで体調を崩されただけだよ。最近特に寒いからね」

「そうなんです? でも前にも倒れたって聞きましたよ?」

 あれは確か一年前の春先頃、祖父が倒れたとかいう噂が流れて、私達のもとに周防の親族と名乗る人達が大勢押し寄せた。

 結果的にあの出来事があったから、今こうして祖父母と話せるようになったのだから不思議なものだ。


「そうか…、そうだったね。あの時はホント悪い事をしたよ」

「いえ、そのことはもういいんですが、お爺ちゃん体調が心配で」

「あー、うん、そうだね…」

「くだらん、気にするな。2・3日入院すればすぐに退院出来る」

 隣で会話を聞いていた祖父が、叔父さんの言葉をさえぎって口を挟む。

 入院患者だと言うのに、相変わらずの傲慢な態度。可愛い孫娘として、少し叱っておこうかと思うも、その手に持つお菓子で沙雪を餌付けしている姿に、思わず笑みがこぼれてしまう。


「お爺ちゃん、この際だからちゃんと検査してもらった方がいいよ」

「いらん、お前達はワシの事なんぞ気にせずに、自分達の事だけやっておけ」

 まったくもう、そんな事を言って周りを困らすんだから。


 結局その日は何事もなく、私達は病院を後にした。

 だけど祖父の退院は1週間経っても、2週間経っても実現せず、とうとう沙雪の卒業式を迎えても叶わなかった。




「教えてください叔父さん、お爺ちゃんは何の病気なんですか!?」

 祖父が入院する病院の休憩エリア、沙雪を病室に残して、私は偶然お見舞いに来ていた叔父を捕まえて連れ出した。

 この約2ヶ月の間、お見舞いに来るたびに痩せ細って行く祖父を見て、何度も何度も容態の事を聞き続けてきた。だけどその度にのらりくらりと誤魔化され、未だその病名すらも教えてもらえない。


「お爺ちゃんが何かの病気なんだってのはもう分かっています。多分もう……、助からないんだって事も…薄々…気づいています…。叔父さんは今年の初め、私がお爺ちゃんに今年は紅白に出るんだって言ったときのことを覚えていますか?」

 あの時は何とも思わなかった。だっていつも通りの日常がやって来て、来年も同じように皆で集まり、ワイワイするんだろうと思い込んでいたから。

 だからなのだろう、祖父は楽しみにしているとも、必ず見るとも言わずに、ただ頑張りなさいとだけ声を掛けてくれた。

 つまり叶うはずのない言葉を言えなかったのだ。


「私は今年で18になります、世間では立派な成人です。ユキもああ見えて強い子です、覚悟も既にできています。教えてください叔父さん、お爺ちゃんはあとどれぐらいの命なんですか!?」

 分かっている。いや、分かってしまった。

 みるみる弱って行く祖父の様子に、何かを隠そうとする祖母や叔父さんの態度。更には先の見えない入院生活と来れば、幾ら鈍い私でもある程度の予測は付けられる。

 よくテレビなんかで耳にするが、人間歩くことが出来なくなれば、急激にやつれてしまうのだ。


「……そろそろ潮時なんだろうね」

 叔父さんはじっと私の話を聞き、諦めたかのように口を開く。

「あと3ヶ月。担当医の先生からはもってあと3ヶ月と言われているよ」

「3…ヶ月……」

 覚悟はしていた、していたが、その事実を耳にすると急激に胸が締め付けられるように苦しくなる。


「昨年の春先の事は覚えているよね? 沙耶ちゃん達を巻き込んだ騒動の事を」

「はい」

「あの時、先生からは1年はもたないだろうと言われていたんだ」

「!?」

 1年…もたない?

「通告されたのは昨年の2月、その事が内々から漏れてしまってね、あの騒ぎに繋がってしまったんだ」

 昨年の春先に突如わき起こった問題。

 1人の周防関係者という人物をきっかけに、大勢の人達が私達姉妹を引き取ると、押し寄せてきた事があった。

 その時は両親が亡くなった時の再来かと思っていたが、どうやら原因は祖父の死期が迫っているからで、我先に分配される遺産の一部を手に入れようと、躍起になっていたからだという。


「でも昨年の2月で余命1年って…」

「二人のお陰だよ、父さんがここまで頑張ってくれたのは」

「私達のお陰?」

 叔父さんが言うには、私達姉妹と誤解が解けた事で、生きたいという意欲沸いてきたのだと教えてくれる。


「本当のところは、誤解が続いたまま別れさせたくないっていう、私の我が儘だったんだ。父さんも母さんも、沙耶ちゃんに酷いことを言ってしまった事をずっと悔やんでいてね、姉さんとも結局ケンカ別れのまま、あんな事になってしまったから、今度こそ悔いが残らないようにって。沙耶ちゃんに内緒で彼女にも協力してもらっていたんだ」

「彼女? もしかして佐伯さんの事ですか?」

「うん、その通り」

 そう言うことか。

 叔父さんが私のマネージャーでもある佐伯さんに、コンタクトを取っていたことは薄々分かっていた。

 春先の出来事からすぐに周防系列の仕事が入ったり、夏休みに行った全国ツアーで、叔父さんが祖父母を連れて来ていた事も聞いている。

 私はてっきりスポンサーの権限で、会社側がご招待したのだと思っていたが、どうやら佐伯さんが裏でこそこそ何かを仕掛けていたのだろう。

 結局どんな計画だったのかは分からないが、不意に湧き出た盗作疑惑で、私と祖父の距離が急激に近づいたのだから、ある意味叔父さんの目論見は成功したと言えるだろう。


「どうして…、どうして今まで教えてくれなかったんですか? 誤解が簡単に解けなかったとしても、時間は十分にあったはずですよね」

 両親が亡くなってから今年で3年目、簡単に誤解が解けなかったとしても、少しずつ歩みよれていれば、もっと早く今の関係が築き上げられた可能性だって十分に考えられる。

 それがたった1年すら続かないなんて……


「止められていたんだ」

「止められていた?」

「沙耶ちゃんは気づいている? 父さんが何故いまも頑固な態度を崩さないか」

「頑固な態度ですか? それはもともとそういう性格なのでは?」

「ははは、違う違う。父さんが頑固なのはその通りだけど、孫にまで冷たくは当たらないよ」

「そういえば、叔父さんのお子さんには口調からも甘々でしたね」

 叔父さんのお子さんにお会いしたのは2回だけ、その両方が祖父母のいる実家だったので、二人が孫に甘々だったのは良く覚えている。

 現に口では何だかんだといいながらも、祖父母の家には私のCDやらDVDが全種類揃っていたり、こっそり沙雪を餌付けしている場面を何度も見ている。

 私はてっきりツンデレなのかと思っていたが、つくづく考えれば私達姉妹にだけ、冷たい態度を見せるのはなんだか違和感を感じてしまう。


「あれはね、二人に嫌われたいと思っているからだよ」

「どうしてそんな事を?」

「その方が二人にこれ以上悲しい思いをさせたくないから。沙耶ちゃん達は両親を亡くしたばかりだったから、これ以上身内の死で悲しませたくなかったんじゃないかと、私はそう思っているんだ」

「……」

 今まで見てきた祖父の態度。

 私はただ単純に嫌われているだけだと思っていたが、それが誤解から来たものだと言う事は既にわかっている。

 それがもし、ワザと私達姉妹から嫌われようとしていたとすれば? 春先に起こった出来事も、もともと祖父母が出席をする予定がなかったというのに、ワザワザ病気の体で無理をして顔を出した本当の理由は?

 これはあくまで推測の域を出ないが、あの時私達姉妹の事を心配して、様子を見に来たのではないだろうか?


「二人には本当に申し訳なかったと思っている。だけど父さんが亡くなった後に、二人が真実を知ってしまったらって思うと心苦しくてね。どうせ死を目の当たりにするんだったら、せめて後悔だけはさせたくないって、そう思ったんだ」

「……」

 ずるい…、ずるいよそんな話を今頃するなんて……

 自分が聞き出した答えだと言うのに、私はいま無性に自分が許せない。

 不自然な点は幾つもあった。真に私達姉妹の事が嫌いならば、一切関わらないようにすればいいのだ。

 それなのに叔父さん達との接触を見過ごしたり、仕事を私に振ってくださったり、あまつさえ私が窮地に立たされた時には、救いの手を差し伸べてくださったのだ。

 言葉とは裏腹に、祖父は私達姉妹に色々手を施してくださった。表では必死に嫌われるように、裏では私達が生活で苦しまないようにと。


「正直何度も話そうとはしたんだ。父さんを説得したことだって何度もあった。だけどね、二人が悲しむ姿を思い浮かべると、どうしてもあと一歩が踏み出せなかった」

「……」

 叔父さんは悪くない。私がもし逆の立場なら同じように尻込みしていたに違いない。

 ふと見れば、叔父さんの両手が僅かに震えているのが目に入る。


 叔父さんだって苦しいのだ。徐々に弱っていく祖父の姿に、悲しいと思わない訳がないじゃないか。

 それなのに何一つ誤魔化すことなく話してくれた。

 ならば今は私が出来る精一杯の事をするべきだろう。


「ありがとうございました、話してくださって」

 私は最大限の感謝を込めて、叔父さんにお礼の言葉を口にする。

 一番苦しいのは祖父であり、ずっと身近におられた祖母と叔父さんなんだ。私一人が悲しんでいたら、それこそ亡くなった両親に顔向け出来ない。


「私の方こそ、ずっと話せなくてすまなかったね」

「いえ、今日聞けて良かったと思っています」

 世の中、突然明日死ぬとも分からぬ世界。

 くしくも両親とはそんな別れだったが、今回はまだ時間が残されている。


 私が今できること…

 ふと頭に過ぎる考えは、ただの自己満足にすぎないのかもしれないが、やらないで後悔するより、やって後悔した方が余程ましだろう。

 ぐるぐると色々な事を考えながら、祖父が休息している病室へと戻る。


「なんて顔をしている」

「寝ていたんじゃないんですか?」

 病室へと戻り、代わりに沙雪を叔父さんのもとへと送り出す。

 今頃は叔父さんから祖父の容態の事を聞いていることだろう。


「可愛い孫娘に向かって何言ってるんですか? いつも通りの笑顔ですよ」

「バカもんが、ワシのことなんぞ気にする必要もないと言うとるのに」

 あんな話を聞いた後だ、必死に我慢していたと言うのに、祖父の寝顔を見た瞬間気が緩んでしまった。

 私は涙顔のまま、取り繕った笑顔を向ける。


「聞いたのだな?」

「えぇ、聞きましたとも。それはもう無理やりに聞き出してやりましたよ」

 一番苦しいのは祖父だ、そんな人の前で私が真っ先に泣くなんて相手をただ悲しませるだけ。

 出来るだけ取り繕って振舞うために無理やり感情を押し殺す。


「すまなかった。お前に向けた言葉も、今までずっと放置していたことも」

 初めて祖父の口から出た謝罪の言葉に、我慢していた涙があふれ出す。


「昨年余命を言われたときには、これはワシに下された罰だと受け入れた。それだというのに、あいつが裏でコソコソ動き回って、今じゃ1日でも長く生きてやろうと思う様にまでなれた。1日でも長く生きて、お前たち姉妹の行く末を見たいと思う様になれたのだ」

 祖父にすれば長い間苦しみ続けたことだろう。

 娘との仲たがいで空白の時間を作ってしまい、その娘からは恨みの感情を向けられていたのだ。

 本人が望んでいたことだとしても、あまりにも苦しい時間だったに違いない。


「昨年の春、あいつから一つの曲を聞かされた、今はやりの曲だといってな」

 当時の事を思い出しているのだろう、少し天井を見つめながら穏やかな顔をみせている。

「いい曲だった。歌なんぞほとんど聞かないワシでも、その曲がどれだけ素晴らしいかは感じられる。Jewel The Heart、アレはお前たちの家族を歌ったものなんだろう?」

「……はい…」

「それだけで、どれほど幸せな家庭だったか目に浮かぶようだった」

 私が書く歌詞は、実体験を模したものがほとんどだ。その中でもJewel The Heartは別格で、両親を亡くし、幸せだった日々を思い返すと言う、私自身を描いたもの。

 曲のタイトルをJewel The Heartにしたのも、サブに心の宝石と添えたのも、多くの人の心に、私の叫びを聞いてほしいと願ったから。


「この一年は幸せだった。これまでの人生を吹き飛ばすほど、思い出深いものが多く出来た。一度は諦めた人生だというのに、世の中なにが起こるかわからないものだな」

「なに…、なに言ってるんですか、まだまだこれからじゃないですか。お爺ちゃんには長生きしてもらって、これからもずっと私のファンでいてもらわないといけないんですよ。今年は紅白だって出るつもりだし、全国ツアーだってもっといっぱい回る予定なんです。お爺ちゃんは特等席から見てもらわないといけないんですからね」

 だめだ、泣いたらダメだと分かっているのに、溢れ出す涙が抑えきれない。


「残念だがその願いは叶えられそうにない」

「もう、またそんな弱気なことを。頑固者のお爺ちゃんらしくないですよ」

 分かっている、その願いは叶えられない事は分かっている。

 叔父さんの話では今まで元気だったのが奇跡なぐらいで、担当医の先生からも驚かれていたと聞いている。

 そしてもう、それが限界に近付いているという事も…。


「ワシはもう十分に幸せな時を受け取った。叶うはずの夢が叶い、いまもこうして沙姫の娘達が近くにいてくれる、これ以上の幸せを願うのは、贅沢というものだろう」

 気づけばいつの間に戻っていたのか、涙顔の沙雪が私にしがみ付いてくる。


「歩みを止めるなよ、お前たちはワシの自慢の孫なんだからな」

 あぁ、もうお爺ちゃんは覚悟が出来ているんだ。

 やるべきことを全て終え、望んだ未来を手に入れてしまった。

 もう、私がお爺ちゃんにしてあげられることは一つも残っていないんだ。

 だけど…


「お爺ちゃん、一つ私と約束してください」

「約束?」

「はい約束です」

 私の紅白出演を見てもらえるのは恐らく不可能。

 不可能な約束を押しつけるのは祖父をただ困らせてしまうだけ、ならば今叶えられる夢を提示して、1日でも長く生きたいと思ってもらわなければいけない。


「曲を作ります、紅白に出場できるほどの最高の曲です。その曲をお爺ちゃんに聞いてもらいます。いわば紅白で歌う前の予行練習です」

 間に合うかどうかはわからない。曲を作ると言っても、今の私は来月発売予定のアルバムで今が一番忙しいとき。

 しかも曲が出来たとしても、入院中の祖父にどうやって歌を届けられるかもわからない。

 

「……長くは待てんぞ」

「可愛い孫娘のお願いですよ? 岩にしがみついてでも、一日でも長く生き続けて下さい」

「ふん、言い寄るわ。だが、約束が叶えられなくとも文句は言うなよ?」

「言いませんよ、お爺ちゃんこそ私の曲が聞けなかったからといって、化けて出てこないでくださいよ。あぁ、お父さんとお母さんを連れての観覧なら大歓迎です」

「ふ…ふははは、それもよいな。いいだろう、約束だ、精々お前たちの両親が悔しがるほどの曲を作って見せろ」


 残り3ヶ月、私は祖父との約束を果たすため、最高の曲を作ると決意する。

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