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第69話 『残された夢』

ーー 新年1月元旦 ーー

 本日は私と沙雪にとって、初めて母の実家で過ごすお正月。

 叔父さん夫婦と祖父母からお年玉を頂いたり、叔父さんのお子さん達に人生初のお年玉をあげたりと、思いのほか温かな空間を味わっていた。


「うわぁ、おせち料理だ!」

「お姉ちゃん、タケノコもあるよタケノコも!」

 目の前に広げられた色とりどりの豪華なおせち、お母さんが居た頃には市販のおせちを取り寄せていたが、ここ2年ほどは私が忙しかった事もあり、すっかりご無沙汰になっていた。


「雪ちゃんはタケノコが好きなの?」

「はい。私はタケノコで、お姉ちゃんは数の子が大好きなんです」

「そう、じゃあもう少し買っておいた方がよかったわね」

 嬉しそうにのぞき込む沙雪に、叔母さんである佳奈さんが笑いながら話しかけてくる。


「買っておいた方がって…もしかしてコレ、全部手作りなんですか?」

「ふふ、そうよ。今年は沙耶ちゃんと雪ちゃんが来るから、お義母さんと一緒に張り切っちゃって」

「!?」

 叔父さん達が昨日から実家に戻っているとは聞いていたが、まさかお二人でおせち料理を用意してくださっているとは思いもしなかった。

 私の中でのおせちは、お店で買うものだと認識していたのだ。


「すみません、私もお手伝いしなければいけないのに」

 知らなかったとは言え、一家の代表としてここはお手伝いをしなければいけなかった場面。

 以前祖父母の前で、啖呵を切って二人で生活をすると言った手前、これは明らかなマイナスのイメージではないだろうか。

 若干焦りながらお手伝い出来なかった事をお詫びすると、祖母と叔母さんに優しく笑われた。


「子供がそんな事を気にしなくていいのよ」

「そうそう、それに沙耶ちゃんは昨日までお仕事だったでしょ?」

「それは…そうなんですけど…」

 実際クリスマス以降の日程は、『鬼か!?』と叫びたいほど分刻みのスケジュールだった。

 年末に放送される音楽番組の収録に、一年を締めくくるレコード大賞への出演。昨年好評だったKne music 主催のカウントダウンライブが今年も行われ、聖羅達と一緒に合計5曲を歌いきった。

 流石の私も忙しすぎて、思わずお化粧を落とさずSASHYAのままコンビニに入ってしまい、軽い騒ぎになったのは記憶に新しい。


「その…、すみません」

「いいのよ、沙耶ちゃんはもう少し甘える事を覚えなさい」

 叔母さんから優しい言葉を掛けられ、胸の辺りがほんわりと温かくなる。

 少し前まであれだけ忌み嫌っていた祖父母に対しても、今はもう嫌な感情すら湧いてこない。

 自分でもなんて現金な人間だと思うが、この暖かな空間を求めている自分も確かにいるので不思議なものだ。


「ありがとう…ございます」

「はい、どういたしまして」

 叔母さんは優しくそう口にすると、暖かなお雑煮を手渡ししてくれる。


 お母さん…か。

 亡くなった母と叔母さんは、性格的にも見た目的にも、全くといっていいほど似てはいない。

 だけど忘れていた暖かな家庭の姿が蘇ってきて、懐かしいとさえ思えてしまった。




「ふぅ、お腹いっぱい」

「お姉ちゃん、すごい勢いで食べてたものね」

 食事も一段落し、広いリビングで皆とくつろぐ。

「仕方ないでしょ、昨日の夜から何も食べてなかったんだから」

 昨夜は日を跨ぐ前からカウントダウンライブに参加し、バックヤードに居るときには取材や挨拶回りに大忙しで、結局用意されていたお弁当にもありつけなかった。

 その後は自宅に帰りお風呂にも入らずベッドへ直行、お布団に入れたのが朝方だったので、叔父さんが迎えに来て下さるギリギリまで寝てしまった。


「ふふ、夕飯はお寿司を頼んであるから楽しみにしていてね」

「お寿司!?」

「もうお姉ちゃん、恥ずかしいからやめてよ」

 はしゃぐ私に対し、恥ずかしそうに注意してくる妹。

 なんだか立場が逆転しているようで、叔父さん達から笑いがわき起こる。


「いいじゃない、最近外食とか行けてないんだから」

 基本私は自宅で食事をとる。

 もちろん外でのお仕事中は、用意されたお弁当などを食べるときもあるが、沙雪が一人で食事を取っていると思うと、なるべく自宅に帰ろうと考えているからだ。


「相変わらず二人は仲がいいね」

「自慢の妹なので」

「もうお姉ちゃん、そういう恥ずかしい事を言わないでって言ってるでしょ」

 沙雪も年頃の女の子。私はもう卒業したが、甘えられることが恥ずかしいと思える年頃なのだろう。


 少し前はお姉ちゃんお姉ちゃんと、私の後を追いかけて来てたというのに、なんだか寂しさすら感じてしまい、からかい半分、寂しさ半分で、力いっぱい妹に抱きつく。

「もうおねえちゃん、恥ずかしいから止めてって!」

 割りと本気で嫌がられ、若干落ち込む私。

「ユキが冷たい」

「お姉ちゃんが悪いんでしょ!」

 ぐすん、妹に叱られ拗ねるというのもなんだか情けないが、少しだけ反抗期の娘を持つお母さんの気持ちがわかった気がする。


「そんなことよりお姉ちゃん、ちょっと痩せたんじゃない?」

「えっ、そうかなぁ。ちゃんと食べてる筈なんだけど」

「ちゃんと毎日体重量ってる? お仕事が忙しいからって、倒れちゃ意味ないんだからね!」

 生活習慣から体調の心配までされてしまう、不甲斐ない姉。

 これでも食事はしっかり取るようにしているし、睡眠もできるだけ取るようにしている。おそらく少し痩せてしまったのは、ここ最近のハードスケジュールのせいだろう。

 妹に心配されるというのも居心地がいいが、沙雪の言うとおり倒れてしまっては元も子もないので、ここはやはり可愛い妹の指示通り、少し生活習慣を見直した方がいいのかもしれない。


「そだ、体調管理で気になったんですが、お爺ちゃんも少し痩せました?」

 お母さんの実家に戻ってから、ずっと気にはなっていたのだ。

 以前お会いしたのは確か3ヶ月ほど前、その時よりも随分痩せ細って見えるし、昨年の春頃には体調を崩されていたとも聞いていたので、何気なく尋ねてみただけなのだが…。


「病院からもらっている薬のせいだろう、気にすることでもない」

 祖父のことだ、多少体調を崩していても素直には認めないだろうとは思っていたが、予想通り返ってきたのは当たり障りのない返事。

 話を聞けば定期的に病院にも通っているとの事なので、それほど心配することでもないのだろうが、私は亡くなったお母さんの代わりでもあるので、ここは一言言っておくべきだろう。


「お爺ちゃんもうお年なんですから、あまり無理なことはしないでくださいよ」

「心掛けよう」

 祖父にも素直なところがあるんだ。

 孫娘でもある私の言葉、という理由もあるのだろうが、なんだか少し拍子抜けしてしまう。

「そういえば沙耶ちゃん、沙耶ちゃんは紅白には出ないの?」

 もう少し祖父の話を聞いてみたかったのだが、この話はこれでおしまい、とでも言いたげに、叔父さんが横から話題を振ってこられる。


「レコード大賞で賞を貰うくらいだから、オファーぐらいは来てるんだろう?」

 叔父さんの言うとおり、一昨年は『Jewel the Heart』で最優秀新人賞を貰い、昨年は優秀賞こそ逃したが、『キズナ』でレコード大賞を頂いている。

 当然紅白の番組側からも出演オファーが届いているが、私は佐伯さんを通しそれらを断っている。


「その…、昨年…じゃなかった、デビューした一昨年からオファーは来てるんですけど…」

「ん、何か問題でも?」

「紅白は、その……名前とかに少し抵抗感があって…」

 理由はいろいろあるが、一昨年は両親の喪中年という事もあり、番組のタイトルに抵抗感があった。

 結局その年は、Kne music初のカウントダウンライブに出演し、その流れで昨夜もそちら側に参加したのだが……。


「そっか、そういう理由があったんだね」

 私の説明を聞くと、叔父さんは「不謹慎な事を聞いてしまったね」と謝罪してこられる。


「私の方こそ変に気を回してしまってすみません。でもなんで急に紅白の話を?」

 紅白と言えば一年を締めくくる日本伝統の音楽番組。家族そろって紅白を見るというのは珍しくもないが、私が出場しない事は前々から分かっていたはずだ。

 そんな叔父さんからの質問に疑問を感じてしまい、思わず問いかけてしまう。


「実はお父さんが楽しみにしていてね、沙耶ちゃんが出ないことは伝えていたんだけど、テレビの前から離れなくてね」

 お爺ちゃんが私の出演を楽しみにしていた?

 叔父さんの言葉を聞き、ふと祖父の方を見つめてみると、不機嫌そうに顔をそらす祖父の姿。

 聞けばお母さんがこの家に居た頃は、毎年の家族恒例行事だったのだという。

 それがお母さんが家を飛び出して以降、祖父は紅白を見なくなったらしいが、何故か昨夜はテレビの前から離れなかったのだとか。


「その…、すみません」

「ふん、別に謝るようなものではない」

「でも、私が出演のオファーを断ってしまったせいで…」

「なに気にするな。この先いくらでも出演の機会はあるだろ」

「それはそうなんですが…」

 祖父が楽しみにしていた紅白歌合戦、紅白という名前から出演のオファーを断ったのは本当だが、真実を全て語っていない罪悪感が、私の心の奥に深く突き刺さる。


 私が紅白歌合戦に出演しない本当の理由、それは……


 結局その場は、無理矢理笑顔を作って誤魔化したが、一瞬だけ見せた祖父の悲しそうな表情が、脳裏に焼き付いて離れなかった。




ーー その日の夜 ーー


「紅白かぁ」

 お母さんの実家にお泊まりした私は、外の空気を吸うため一人テラスへと出ていた。


 ガラガラガラ

「どうしたのお姉ちゃん、風邪引くよ」

「ん~、ちょっとね」

 同じようにテラスへ出てきた沙雪に、羽織っていたストールを半分掛け、先ほどリビングで話していた言葉を思い出す。


「私、おじさん達に嘘を教えちゃった」

「あー、あの話かぁ」

 さすがは妹、私がなんの話をしているかすぐに理解したようだ。


「でも満更嘘ってわけでもないでしょ?」

「それはそうなんだけど」

 一昨年、紅白の出演オファーが入って来たとき、私は両親の喪中年ということもあり、おめでたい番組のタイトルからこのオファーを断った。


『いつか沙耶の作った曲が、紅白で流れるといいわね』


 紅白歌合戦を見る、それは両親が存命だった頃の毎年のルーティン。

 私と沙雪は小さい頃からピアノを習っていたこともあり、音楽という存在は思いのほか身近にあった。

 今じゃ私も沙雪もピアノとは疎遠になってしまったが、毎年大晦日は家族揃って、おそばを食べながら紅白歌合戦を見るというのが密かな楽しみだった。


「お姉ちゃんが曲を作りたいって言い出したのも、紅白だったよね」

 それは子供の頃に抱いたただの小さな夢。その頃には既に沙雪は別の夢を追いかけており、取り残された私は単純に焦っていただけかもしれない。

 だけどその時の想い描いた夢が時を越え、今じゃ私の人生を変えるまでに成長してしまった。


『わたし、この人達みたいな歌手になりたい!』

『恥ずかしがり屋のお姉ちゃんが、人前で歌を歌えるわけがないじゃん』

『うぅ…、じゃ曲を作る。私が曲をつくって、すごい有名な人に歌ってもらうの!』

『ははは、それじゃ沙耶は未来の作曲屋さんか』

『ふふ、いつか沙耶の作った曲が、紅白で流れるのを楽しみにしているわ』


 父と母がつぶやいた他愛もない一言。おそらく両親も本気で言ったわけではないだろうが、どうしても『紅白』の名前を聞くたび、その時の光景がまぶたの裏側に蘇ってしまう。


「私ね、別に歌手になりたかったわけじゃないのよ」

 成り行きとはいえ、私は今の生活に充実感を感じているが、Vtuberを始めた当時は、ただ自分の作った曲を誰かに聴いて欲しかっただけ。

 自分で歌ったのは単純に他の表現方法がなかっただけで、私にもしボーカロイドの知識があれば、そちらに任せていたことだろう。


「知ってる、お姉ちゃんは人前で歌える性格じゃないってことも」

 そこは否定しなさいよと、心の中でツッコミをいれつつ、溜まっていた感情を吐き出す。


「それがどういうわけかスカウトされて、出す曲出す曲ヒットが続いて、気がつけば歌姫なんて呼ばれるようになっちゃって」

「『仮面の』って、頭に付いてるけどね」

「もう、いちいち揚げ足を取らないでよ」

「へへ、ごめん」

「でもそれが今の私なんだろうなぁ」

 臆病で人前でなんてとても歌える性格じゃなかった私が、大勢の人達の前でステージに上がっている。

 ほんの2年前ならば、考えもしなかった現実だ。


「覚えてる? 昔家族そろって紅白を見ていた時にお母さん達が言った言葉」

「お姉ちゃんの作った曲が紅白から聞こえてきたらいいね、ってアレのこと?」

「そう」

 夢でもなんでもない、何処にでもあるようなただの家族との会話。

 恐らくあの事件さえなければ、思い出すこともなかったような言葉が、今では私の心にトゲが突き刺さったように残り続けている。


「お父さんとお母さんの夢、って言うのは大げさだけど、もしこの夢を叶えてしまったら、私はこの先何処を目指せば良いんだろう…、って」

 自分自身の夢は叶えてしまった。新しい夢はまだ何も思い浮かびもしない。

 そんな中で両親の夢まで叶えてしまったら、私はこの先なにを目指せばいいのだろうかと。


「だから今年は紅白に出る、って簡単な言葉すら言えなかった」

 一瞬みせた祖父の悲しそうな表情、そこから何を思い浮かべたのかは分からないが、私は笑顔にさせてあげる事もできないちっぽけな人間。


「でもお姉ちゃんの中じゃ、大切なことなんでしょ?」

「……そうね、大切なこと。私がSASHYAでいられるためにも、とてもとても大切なこと」

 両親の夢を叶えてしまう事で、二人との思い出が遠くへ行ってしまうんじゃないか。今の私の姿を見て、魂のようなものが離れて行ってしまうんじゃないかと。


「SASHYAになれたのはユキのお陰、選んだのは私自身だし、SASHYAになれた事を後悔したことなんて一度もないけど、本音を言うとね、Vtuberをやり出したのも、聖羅や綾乃達に、私だけ置いて行かれたことによる嫉妬心もあったのよ」

 一樹達と過ごした約1年半、この先もずっと同じような関係で過ごしていくと思っていたのに、私だけが取り残されてしまった。

 あの日、一樹達がテレビの画面に現れたとき、私は嬉しさよりも、悲しさよりも、取り残されてしまった孤独感が一番強かった。


「私は皆が思うような人間ではないの」

 嫉妬もするし、わがままも言う。悔しいと思う感情は人一倍だし、負けたくないという気持ちだって強い方だと自覚している。

「だけどSASHYAを演じているときだけ、私は別の人間でいられるの」

 私が演じるSASHYAは、ちょっぴりドジで、誰よりも強く優しい心を持った一人の少女。仮面の裏に弱さを隠した、もう一人の私自身。


「ときどき思うんだ、今の私を見て、お父さんとお母さんは何て言うだろうって」

 妹の面倒をよくみるお姉ちゃん? 描いていた未来とは少し違うけど、夢を叶えたんだと褒めてくれる? それとも仮面を付けて人前で歌う姿をみたら、お腹を抱えて笑われるかもしれない。


「たぶん…だけど…、すごいねって、褒めてくれると思うよ」

「!?」

「お姉ちゃんはすごい。私が考えていたよりも、すごく高いところまで飛び立った。Vtuberのことだって、お姉ちゃんが元気になれば、って程度の考えしかなかったんだよ? それが今じゃ日本が誇れるアイドルになった」

「アイドルじゃないけどね」

「またそれ?」

 ふふふと、笑いながらお互い心の中に溜めていたものを吐き出す。


「私、少しは強くなれたかな?」

「なれたと思うよ。少なくとも私の知るお姉ちゃんで、今が一番強いと思う」

「お父さんとお母さん、私が紅白に出るって言えば喜んでくれるかな?」

「喜んでくれるよ」

「全ての夢を叶えた先で、私はまた新しい夢を見つけられるかなぁ」

「きっと見つかる、私が保証する」


「私はもう、…我慢しなくてもいいかなぁ」

「うん」

 私はその日、妹の前で泣いた。

 溜めていたもの、溜め込んでしまったもの、両親を言い訳にずっと逃げていた現実を見つめなおし、新たな意気込みで決意する。




「お世話になりました、それじゃこれで」

「気をつけて帰るのよ」

 翌朝、私はアルバム製作のお仕事と、沙雪は受験を控えているという事もあり、1泊2日の里帰りから帰宅する。


「たまには帰ってこい」

「はい」

 今じゃ冷たそうに放つ、祖父の言葉にも随分慣れた。

 アレはきっと、私達が帰る事による寂しさからきたものだろう。

 それが分かっているだけで、私の心が喜んでいるのだから不思議なものだ。


「お爺ちゃん、わたし今年は紅白に出場するからね、楽しみにしていて」

「!?」

 祖父の驚く様な表情に、隣から沙雪が「まだオファーが来るかどうかも分からないでしょ」と、苦言を差し挟む。


「いいの、取りあえずこれが今年の私の夢。今年が無理だったら、そのまま来年に持ち越すだけだから」

「もう、それはいい加減すぎ!」

 紅白の出演はその年の評価の象徴。単純に今まで以上に頑張れば、必ず叶えられると信じている。


「がんばりなさい」

「はい、それじゃまた来ます」

 沙雪と一緒に車の窓から手を振り、お母さんの実家から離れて行く。

 このときの私は、祖父との約束を必ず叶えられると、信じてやまなかった。


 数日後、祖父が倒れたと知らせが届くまでは…


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― 新着の感想 ―
> 父さんが迎えに来て下さるギリギリまで寝てしまった。 多分(叔父さん)なんだろうけど、限界で、お迎えが来たって意味にも取れたのが面白かったです。
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