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第66話 『三者面談』

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

気づいたら9,000文字を越えてました、許して!

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



「沙耶、窓の外なんて見て、何かあるの?」

 放課後、文化祭が近いこともあり、教室にはまだ多くの生徒達が残る中、一人窓の外を見つめていると、話しかけて来たのは今年もクラス代表に選ばれたみちると鈴華だった。


「今日はやけにゆっくりしてるわね、仕事じゃないの?」

「今日はちょっと予定があって、妹の三者面談なのよ」

「あぁ、もうそんな季節なのね」

 ここ最近、佐伯さんにビッシリ予定を入れられてしまったせいで、今日のようにゆっくりしている日はほとんどない。そんな経緯もあったので、理由を聞いて鈴華が妙に納得してしまう。


「それで何みてたの? 結城君でもいた?」

 いやいや、窓の外を見る=蓮也がいる、とはいささか私に失礼ではないかと反論したい。

「違うわよ。そらぁ蓮也とは最近会えてないけど…ごにょごにょ…」

 最後の方は聞き取れないほどの音量だったが、そこは1年以上も一緒にいる友人。私の口の動きから読み取られたのか、ふふふと生暖かな笑いだけが送られてくる。


「実はね、最近気になることがあるのよ」

「気になる事?」

 私は窓の外を見つめながら、最近の悩み事を口にする。

「気のせいかもしれないんだけど、最近道を歩いていると変な視線を感じてね。前に知り合いの子が雑誌の記者に自宅を張られてたって話を聞いて、ちょっと怖くなったのよ」

 私は格闘漫画の主人公ではないので、相手の気配を感じたりは出来ないのだが、ただここ数週間、妙に視線を感じたり、誰かに後を付けられている気がしてならないのだ。


「ちょっと、それヤバイじゃないの? 警察には連絡した?」

「いや、ただそんな気がするってだけだから」

 慌てたようにみちるが尋ねてくるが、あくまでも『気がする』程度の範疇なので、これで相談しても警察は困るだけだろう。

「大丈夫なの?」

「今のところは…。仕事があるときには車で送り向かいをしてもらってるし、家は高層マンションの上の方だから覗かれる心配はないんだけど、今日みたいに直接帰るときがちょっとね…」

 最近は忙しかったので、直接帰宅するというパターンは少なかったが、それでも校門から佐伯さんとの待ち合わせ場所にいくまでとか、道路際からマンションの入り口に入るまでとか、とにかく視線や足音が気になってしかたがないのだ。


「そうね、沙耶は素顔を隠しているとはいえ、流石に2年近くも立つと、気づいている記者は何人もいるでしょうね。ただでさえこの学校には、芸能界で働いている子が何人もいるんだから」

 そうなのだ。私の友達でもあるみちるは現役のアイドルグループに所属しているし、鈴華だって一応は芸能事務所に所属している。

 これで実は気のせいでした、視線を送られていたのは別の人でした。では恥ずかしくて顔を隠して逃げ出してしまうだろう。


「まぁ、最近色々あったから、気にしすぎって事もあるからね。じゃ、私そろそろ向かわないとだから」

 沙雪の三者面談までの間、少し時間を潰していたが、流石にそろそろ向かわないと遅刻してしまう。

 私はみちる達クラスメイトに挨拶をし、一人教室を後にする。


「こうして一人で帰るのも久しぶりね」

 辺りをキョロキョロしながら足早に駅へと向かう。

 高校生活も今年で2年目、1学期の中旬まではわりと電車に乗って帰宅することが多かったが、2学期になってからはほぼ毎日と言って良いほど会社に顔を出している。お陰で依頼を受けた曲作りが遅れてしまっているので、そろそろ真剣に時間を作ってもらわないと、納期が大変な事になりかねない。

 そもそもちょっと音楽番組の出演を了承したら、詰め込めるだけ詰め込む、佐伯さんが悪いのだ。

 一度当初の約束、学業優先を忘れていないかと問いただしたい。


「あれ、沙耶?」

 駅の改札口に着いたとき、声を掛けて来たのは蓮也だった。

「今帰りか? こんな時間に帰るとか珍しいな」

「ちょっと妹の三者面談があってね、少し時間があったから教室で少し潰してたの」

「あぁ、ユキちゃんのか」

 蓮也にはこちらの事情を伝えてあるから、今の言葉だけで理解してもらえたのだろう。『ちゃんとお姉ちゃんをやってるんだな』と、小さく小声で褒めてくれる。


「蓮也はどうしたの? 今から仕事?」

 蓮也は帰宅するにも会社に行くにも、普段から電車を使っている。

 一度佐伯さんに、蓮也のマネージャーは学校まで迎えに行かないのかと尋ねた事があるが、女の子じゃあるまいし迎えになんて行かないわよ、とのことだった。

 どうやら毎回迎えに来てくださるのは、私になにかあってはいけないからの配慮だそうだ。


「あぁ、今から向かうんだが、スタジオの時間が取れなくてな。さっきまでそこの喫茶店で歌詞を書いてた」

 聞けば新曲用の歌詞を書いているらしいが、どうも他のメンバーが一緒だと集中出来ないらしく、時間を見つけては一人静かな場所で進めているとのこと。

 多分晃さんと凍夜さん辺りがうるさいんだろうなぁと、想像がついてしまう。


「それより沙耶、さっきからキョロキョロして、何か気になる事でもあるのか?」

 恐らく辺りを警戒しながら歩いていた姿でも見られたのだろう。

 同じように周りを見渡しながら蓮也が尋ねてくる。


「最近ちょっと視線を感じてね。気のせいだとは思うんだけど、妙に気になっちゃって…」

「視線? 雑誌の記者か?」

「それがわかんなくて」

 蓮也にも経験があるのだろう。私達みたいな仕事をしていると、雑誌の記者に追いかけられるのはよくあること。

 幸い私は素顔を隠している事もあり、追いかけられるといった経験は無かったのだが、流石に1年以上も経過すれば、SASHYAの素顔程度はバレていても不思議ではない。


「まぁ、沙耶も最近色々あったから、スクープ狙いの記者がいてもおかしくないが、ともとトラブルを引き寄せる体質だからなぁ」

 蓮也の急所をついた一言が妙に心に突き刺さる。

 そりゃ、最近は問題だらけで周りに迷惑を掛けまくったが、決してトラブルを望んでいるわけじゃないと、口を酸っぱくして否定したい。


「それってまるで私がトラブルメーカーみたいじゃない」

「自覚はあるだろ?」

「うぐっ」

 それを言われると反論のしようもない。

 なんだかんだと蓮也との付き合いも2年以上が経過している。最初の出会いが倒れる寸前だったわけだし、2度目の再会はガッツリ一樹との喧嘩に巻き込まれ、極めつけは今年の夏に湧き上がった盗作疑惑。

 他にも蓮也が知らないだけで、小さなトラブルが私の周りで常に発生している。

 『姉ちゃんは自らトラブルに突っ込んで行くから心配なの!』、とは沙雪の言葉だ。


「やっぱ自覚はあるんだな」

「う、うるさいわね。向こうの方からトラブルがやってくるのよ」

「それがトラブルメーカーって言うんじゃ無いのか?」

「うぐぐっ」

 ますますごもっともな事を言われ、返す言葉も見当たらない。


「まぁ、警戒はしているようだから敢えて俺から注意はしないが、ヤバくなったら相談しろよ。雑誌の記者ならまだいいが、ストーカーって線もあるんだからな」

 ストーカー…、考えなかったわけではないが、改めてその言葉を聞くと背筋がゾッとしてしまう。

 確かに蓮也の言うとおり、雑誌の記者なら普段から振る舞いを注意しているだけでいいが、ストーカーだとそうはいかない。

 最近はニュースでも女性が襲われたと騒がれているし、本人しか知らない事が、SNSでつぶやかれたりする事もあると聞く。

 考えたくはないが、今まで以上に注意した方がいいのかもしれない。


「分かった…。心配してくれてありがと」

「おぅ、じゃ気をつけて行けよ」

「うん」

 あいにく電車の向かう先が違うので、改札口を抜けた先で蓮也と別れる。

 流石にストーカーでも人が大勢いる場所では襲って来ないだろう。

 私は蓮也から言われた言葉を胸に留め、足早に到着したばかりの電車に乗り込んだ。






「おぅ、雨宮じゃないか。中学からやり直しに来たか?」

 学校に着くなり懐かしい顔が見えたので、挨拶がてらに声を掛けたのだが、返ってきた言葉がコレだった。

「先生、私これでも成績はいい方なんですよ? 忘れたんですか?」

「おっと、そうだったな。ははは、悪い悪い」

 そう言いながら悪気もなく笑うのは、中学3年の時に担任だった橋本先生。

 多少お調子者に見えるが、これでも心優しい先生で、私が事故で入院中のときも、何度も病院まで足を運んでくださった恩師でもある。


「先生は相変わらずですね、元気そうで何よりです」

「おっ、一丁前に生意気な口を聞けるようになったな。噂は聞いているぞ、随分有名になったそうじゃないか」

「ふふふ、おかげ様で」

 私がスカウトされたのは中学3年の12月末。デビューこそ卒業した後だったが、それまでの約2ヶ月間はまだ学生だった。

 その関係で橋本先生にはKne musicへの所属の件と、ソロのミュージシャンとしてデビューすることを伝えていた。


「しかしあの雨宮がなぁ、歌手デビューすると聞かされた時には大丈夫かと心配したが、まさかここまで有名になるとはな。テレビで姿を見たときは、サインでも頼んでおくんだと後悔したもんだ」

「えへへ、少しは見直しましたか? 私のサインは高いですよ?」

「バカもん、教師から金を取るな」

 はははと、笑いながら先生が軽く頭を小突いてくるから、舌を出して悪戯を謝っておく。


「それで今日はどうした? 懐かしくて学校に来たわけじゃないだろ?」

 先生をからかったお詫びとして、資料などを挟む綴じ込み表紙に描いたサインを見つめながら、改めて今日学校へ来た理由を尋ねられる。

「実は妹の三者面談があるんです」

 先生は私の言葉を聞くと、ほんの少しだけ優しそうな笑顔に曇りが差す。


「そうか、立派に妹を支えているんだな」

「はい、これも先生のおかげです」

 先生には私の死んだような姿を見せてしまっているので、思うところが色々あるのだろう。

 ぽんっ、優しく私の頭に手を置くと、先生のぬくもりが大きな手のひらを通して伝わってくる。


「それじゃ先生、私そろそろ行かなければいけないので」

「おぅ、引き留めて悪かったな」

「いいえ、これでも今日先生に会えるのを楽しみにしてたんです。あの時のお礼も言いたかったので」

「バカもんが、生徒が先生に気を遣うな。ほら、さっさと行け」

「はい、サイン大事にしてくださいね」

「おぅ、生徒達に自慢してやる。俺の教え子はあの有名なSASHYAなんだってな」

 もう、これでも私は正体不明のアーティストなんだけどな。

 でもまぁ、先生なら別にいいか。friend'sの一件で、私はSnow rainのメンバーと同じ中学という事がバレているし、会社もSASHYAの正体に関しては、いつまでも隠し続けられるとは考えていないので、それほど強い締め付けは言われてはいない。


 私は恩師と別れ、沙雪が待つ3年生の教室へと向かう。


「雨宮さん…、のお姉さん?」

 やや戸惑い気味に、私の方を見ながら尋ねて来られるのは、沙雪の担任でもある女性の先生。

 見た目は二十代半ばと思われる若い先生で、こういった場にまだ慣れていないのか、言葉の端々に迷いと自信の無さがうかがえる。


「はい、沙雪の姉で雨宮 沙耶といいます」

 これで『お母さん?』、と言われた日には3日間部屋に閉じこもれる自信があるが、あいにくと学校から直接足を運んだ関係、私の服装は学校指定の学生服。

 さすがにこの姿でお母さんと言われたら、怒りのあまりちゃぶ台返しをやりかねない。ちゃぶ台ないけど。


「えっと、ご両親がいらっしゃらない事は聞いていたけれど、ご親戚の方はいらっしゃらないのかしら?」

 むむむ。

 先生も悪気があって尋ねられたわけではないのだろうが、私を前にしてその言葉はあまりにも失礼。

 一言なにか言ってやろうかと考えていると、隣から沙雪のフォローが入る。


「先生、これでもお姉ちゃんはずっと家計を支えてくれてるんです。見た目は頼りないし、トラブルに自ら飛び込んでいく人ですが、しっかりとしたお姉ちゃんなんです」

 うん、褒められているのは分かるけど、何故か目から汗が溢れてちゃう。


「ご、ごめんなさい、悪気があって言ったのではないのよ。手元にある資料には、ご親戚の方が保護者になっているものだからつい……」

 年齢の関係、私じゃ保護者としての役割を得ることができない。そのため叔父さんに代理人をお願いする事があるのだが、恐らく先生の手元にある資料には、私ではなく叔父さんの名前が書かれているのだろう。

 だからといって私を軽んじてもいい理由にはならないのだけれど。


「先生、これでも私は一家を支える大黒柱です。学校に通いながら仕事もしていますし、生活費なんかも私が出しています。それでも妹の保護者としては不服でしょうか?」

 自慢じゃないが、稼いだ金額は軽く9桁を超えているし、すき焼きのお肉だって、ただの切り落としじゃなく、100g800円は超えるものを使っている。

 あえて高級ブランドの肉を使わないのは、単純に貧乏性が抜けないだけだとご理解いただきたい。


「その…、気を悪くさせてしまったのなら謝ります。立派なお姉さんなんですね」

「はい、自慢のお姉ちゃんです」

 少しきつく言いすぎた気もするけど、妹から自慢の姉という言葉が聞けただけでも収穫はあった。

 沙雪ったら普段家では余り甘えてくれないのよね。あの子もあの子なりに私を支えようとしてくれているみたいだし、ご飯なんかも積極的に作ってくれたりもしてくれる。

 さっきは保護者なんて偉そうな事を言ってしまったが、私は二人でようやく一人前なんじゃないかと思っている。


「それにしてもお仕事をされているんですね。参考までにどういったお仕事を?」

「お姉ちゃんはアイドルなんです」

「アイドル?」

 いやいや、違うから。

「ユキ、アイドルじゃないっていつも言ってるでしょ」

「えー、世間での評価はアイドルだよ?」

 まぁ確かに、雑誌やテレビなどでは『新世代アイドル』として取り扱われているが、私個人としてはあくまでもソロのミュージシャンだと言い張っている。

 そもそも私のどこがアイドル顔だというのだ、だって仮面だよ仮面。素顔を隠すために初めた仮面姿だったが、今じゃすっかりイメージとして定着してしまって、グッズや人形、はたまたSASHYAのフィギュアまで仮面をつけているのだ。

 ちなみにSASHYAのフィギュアは非公式のものなので、ご購入の際には自己責任でお願いしている。


「雨宮さんのお姉さんがアイドル? うーん、私も最近の歌はよく聞く方だけど、ごめんなさい勉強不足で」

 先生がなんとも申し訳なさそうに謝って来られるが、そもそも素顔を隠しているんだから気づかれるほうがおかしい。

 戸惑いの中、正体をばらそうかどうかと迷っていると、沙雪が横から言葉を挟んでくる。


「先生、先生って普段どんな曲を聞くんですか?」

「どんなって、…そうね、いま流行の曲は一通りは聞くわね。最近の一押しはやっぱりSASHYAかしら?」

 ぷふっ。

 えっと、その本人が目の前にいますが?

「この前の全国ツアーはチケットが取れなかったんだけど、昨年のドーム公演にはいったわよ。ラストのキズナは本当によかったわ」

 先生は当時の事を思い出されているのか、ほんの少し頬が赤く染まっている。


 コホン。

 一瞬ぼけてしまった姿が恥ずかしかったのか、先生が咳払いを一つしながら「少し話がずれましたね」と、ようやく本題に入られる。

「まず雨宮さんの進路ですけど、都内にある私立の美術高校でいいのよね?」

「はい」

 あれ? 都内の美術高校?

 話題がようやく本題に戻ったのはいいが、私が想像していた進路と異なっている。

 机の上に置かれた進路表には、見覚えのある高校名が書かれているが、それは確か一つ前の希望高だったはず。1ヶ月程前、祖父母の実家へと赴いた時、沙雪の興味は横浜市内にあるお母さんの母校へと変わっていた。

 そこは都内の高校と同じく美術科のある学校で、条件的にも沙雪が希望する内容と合致していた。

 ただ県外という事で、自宅からではなく祖父母の実家から通う事になり、私とは離れて暮らす事になるのだが、私自身が普通の学生生活を送っていないため、沙雪の希望は出来るだけ尊重しようと覚悟をしていた。それなのに…


「ユキ、いいの? この学校で」

「うん、ここなら今の家からも通えるし、授業の内容も希望に添えるものだから。それにこの学校のグラフィックアート部って凄いんだよ、雑誌にもよく特集で取り上げられてるんだから」

「でもユキ…」

 気持ちは痛いほど嬉しい。

 だけど祖父母の家でお母さんの話を聞いた時、沙雪の表情は見た事もないほど輝きを放っていた。だからこそ、私も笑顔で送り出してあげようと決心がついたのだ。


「お姉ちゃん、私はもう決めたの。そもそも今のお姉ちゃんを一人にしたら、誰が家の事をするのよ。ご飯だって、外食やコンビニ弁当ばっかになっちゃうでしょ!」

「うぐっ」

 そらぁ、ここ最近は帰りが遅くなることが多かったし、家にいるときは仕事部屋に籠ることが多いけど、私だって一人になったらなったでご飯やお掃除ぐらい…、無理かもしれない。


「お母さんとお父さんがいなくなって、お姉ちゃんが私を支えようとしてくれるのは嬉しいよ。だけど私だってお姉ちゃんの仕事を支えたいの。それに私だって仕事が入ってきてるんだよ。私がいなくなったら、誰がお姉ちゃんのイラストを描くのよ」

 言われてみれば確かにその通り。私とは契約内容が異なってはいるが、沙雪もSASHYAのイラストレーターとして仕事が入ってきている。

 その大半はオンラインで行われているらしいが、いつ呼び出しがあるかも分からないので、都内で暮らしている方が安全だろう。


「そうね、そうだったわね。私はユキがいて、ようやく一人前の存在になれるんだからね」

「そういうこと」

 私はべつに沙雪の全てを背負おうなんて思ってはいない。むろん支えになろうと努力はしているが、所詮は何の力も持たないただの小娘。

 それは沙雪も同じ思いで、お互い足りない部分を補おうと、今まで二人で頑張って来たのだ。今更かっこ付けたところで笑われるのがオチだろう。


「うん、わかった。ユキが決めたんならもう何も言わない」

「ありがとうお姉ちゃん」

 沙雪の気持ちも聞けたところで、改めて先生に進路の事を相談する。

「先生、ユキの成績でこの学校は大丈夫ですか?」

 いくら本人が希望していたところで、実力が届いてなければ意味がない。

 沙雪は決して成績は悪い方ではないが、正直私と比べると若干見劣りする部分が確かにある。

 本当は塾なんかに通わせてあげたかったのだが、本人が希望しなかったことと、絵の方に時間を割きたかったこともあり、授業以外は個人の学びに任せている。


「そうですね、授業態度も問題ありませんし、成績の方も水準を越えています。ただ……」

「ただ?」

「私立の高校ですから、資金の方が……」

 あぁ、そういうこと。

 先生がなにか言いにくそうにしていると思えばお金の話か。

 沙雪が希望している学校は私立の高校。中でもこの美術科のある高校は、全国から受験を希望する生徒が多いらしく、学費が他の高校と比べて頭ひとつ飛びぬけていることでも有名なのだ。


「お金なら心配いりません。私の稼ぎで十分ですから」

「お姉さんの稼ぎって…」

 そうか、先生はまだ私が無名のアーティストだと思われているのだろう。

 どうやって説明しようかと迷っていると、再び沙雪が割り込んでくる。


「お姉ちゃん、先生にサインを書いてあげたら?」

「えっ、サイン?」

「そう、お姉ちゃんがサインを書いてあげたら先生きっと喜ぶと思うんだ」

 いや、それ絶対確信犯でしょ。

 さっき先生は私のファンだと言っていた。

 SASHYAが書くサインはなかなかレアなもので、ほとんど世間一般に出回っていないことでも有名。一応私のサインは、公式のホームページに掲載されてはいるものの、直筆のサインはごく限られた人しか持っていないのだ。


「ユキ、幾らなんでもからかいすぎ。先生だって困ってるじゃない」

「えー、いい案だと思ったんだけどなぁ」

 この子、絶対先生と遊んでるでしょ。

「すみません先生、妹が困らせてしまって」

「いいのよ、私も勉強不足だったから。それにしてもお姉さんはなんて名前のアイドルグループに所属しているのかしら?」

 いや、さっきソロのミュージシャンだって言ったじゃないですか?

 沙雪がアイドルだなんていうから、先生が完全に勘違いしちゃってる。


「先生、お姉ちゃんはグループじゃないんです」

「グループじゃないの?」

「はい、お姉ちゃんはSASHYAって名前で活動していて…」

「えっ!?」

 まったくこの子ったら…、先生の反応を見て楽しんでいるわね。


「SA、SASHYAって、あのSASHYA!? えっ、そんなまさか!?」

 もう仕方ないわね。

 ここまで来たら名乗らなければとは思っていたけど、こんな形になるとはなんだか複雑ね。

 私はいつも持ち歩いている鞄から、真新しい名刺入れを取り出すと、そのまま先生の前へと差し出す。


「今更なんですが、Kne music所属のアーティストで、SASHYAと言う名前で活動しています」

「えっ、ウソ! 本物のSASHYA!? キャーーーー!!!」

 先生は何度も受け取った名刺と私の顔を交互に見つめ、最後に興奮のあまり大声で叫ぶ。

 この名刺は最近会社から持たされるようになったもので、Kne musicのロゴとSASHYAの名前が書かれている営業用のもの。もちろん個人の情報などは一切書かれておらず、連絡先などはすべて会社宛てとなっている。


「キャー、どうしましょう、どうしましよう。そうだサインサイン!」

 そう言いながら慌てて紙を差し出してこられるが、それはどこからどう見ても沙雪の成績表。

「先生、これユキの成績表ですよね?」

「いいの、先生は困らないから」

「いやいや、私とユキが困りますから」

 興奮されているのはわかるけど、この先生、大丈夫なの?


「そうね、そうね。じゃあこれに」

 その後、先生が落ちつくまで優に5分はかかった。




「コホン、私としたことが取り乱してしまってごめんなさい」

 先生、今更取り繕おうとしてもダメですよ。

 頑張って平静を装おうとされているがが、その両腕には先ほど私がサインを書き込んだペンケースとノート、そして先生愛用のスマホが大事そうに抱え込まれている。


 別れ際、「妹さんの事は私にお任せください。なんとしても高校に合格させますので」とか言われたので、慌てて平等に扱ってくださいと釘を刺しておきました。


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