第65話 『立ち向かう勇気に変えて』
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明けましておめでとうございます。
先週は更新出来ずにすみません!
年末のバタバタで完全に忘れてました(>_<)
本年最初の更新となりますが、今年もどうぞよろしくお願いします。
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「みんな、昨日はお疲れ様」
Mステ出演の翌日、今後のスケジュール合わせのため、私とGirlishのメンバーはKne Musicの本社へとやって来た。
「沙耶ちゃんは残念だったわね」
佐伯さんが言う『残念だったわね』とは、恐らく昨夜の番組内で発表された週間ランキングの事だろう。
ただ『残念』とか言いながら、その表情には笑顔が表れている。
「別に『残念だった』、とは思っていませんよ? ほんのちょっぴり悔しいって気持ちはありますけど」
記録というのはいつまでも続くわけがないし、常にトップに君臨したいという感情も持ち合わせてはいない。
そもそも今まで有名アーティストと被らなかっただけで、いつ2位に転落してもおかしくはなかったのだ。
「ちょっぴり悔しいって、沙耶…」
「あれはちょっぴりってレベルじゃなかったよね?」
「帰る途中も、次は負けないってセリフを何度も聞いたね」
「沙耶先輩って、感情が表情に出やすい…むぐっ!」
なにやら慌てて皐月が卯月ちゃんの口を塞いだようだけど…、うん、卯月ちゃん、あとでちょっと二人っきりで話そうか。
「ふふふ、やっぱり気にしてるんじゃないの」
「気にしてません! 悔しいだけです」
これは強がっているわけでもなく、私が抱いている心からの本心。
Girlishが1位を取れた事は純粋に嬉しいし、1位を取れるように編曲にも力を入れた。
お陰で私の新曲にはカップリングが用意出来なかったが、曲自体に手を抜いたとか、妥協したつもりは一切無い。
「それでいいのよ。沙耶ちゃんにとっても、会社にとってもね」
「ん? どういう意味ですか?」
いままで会社は、私を売り出す為に過大な宣伝費を投資しており、私もそれに答えるようと、自分が納得のできる曲を作り続けてきた。
そのお陰で、デビューから週間ランキング1位の記録を伸ばし続けられたのだ。それなのに負けた事が私にも会社にもいいって、どういう事?
「会社も心配だったのよ。変なプレッシャーに押しつぶされるんじゃないかって。沙耶ちゃんだって気にはしていたでしょ?」
「それはまぁ、そうなんですけど…」
「だからね、この辺りで一度気持ちを切り替えて、いい方向へと成長してくれればって思いがあったのよ」
「じゃ、会社が私の見方を変えるってことは?」
「ふふ、そんな事を気にしていたわけ? あるわけないでしょ」
「うぐっ…」
そこまで会社が私の事を気遣ってくださっていたなんて…。
てっきり会社の期待を裏切ったとかで、これからはGirlishに力を入れよう! とか思われたら、どうしようかと内心ビクビクだった。
Girlishに注目が集まるのは嬉しいが、やはり私も人の子なので、誰にも負けたくないという気持ちは常に持っている。
「それにね、負けたって言ってもキズナフレンズは沙耶ちゃんの曲よ? 星くずのロンドも、White Albumも、売り上げ枚数が下がったわけじゃない。むしろ上がっているぐらいよ? ただ今回はあまりにもキズナフレンズに注目が集まりすぎたってだけ。聖羅さん達もそれは理解出来ているわよね?」
佐伯さんはそう言うと、聖羅達は当然分かっているとでも言いたげに、そろって頭を下げてうなずく。
「沙耶、昨日も言ったけど、私達は誰もSASHYAに勝っただなんて思っていないわよ」
「そうそう、さーやんを悔しがらすなら、自分たちの曲でないと」
「ぶっちゃけ、いまのSASHYAに勝てる気は全くしないんだけどね」
「沙耶先輩って、やっぱり負けず嫌い…むぐっ」
うんうん、やっぱりあとで二人っきりで話そうね、卯月ちゃん。
「悔しいって気持ちは大事だけど、いつまでも気にする必要はないわ」
「…はい、分かりました」
もしかして会社はこうなる事を予想していたのだろうか? 初めての敗北が自分の曲で、それを歌うのが私の大切な友人達。
これがもし別のアーティストなら、私はもっと別の感情を抱いていたのかもしれない。
「なんだか悪いわね、SASHYAの記録を止めてしまって」
聖羅からすればそれが一番の本音だろう。
1位を取れた事は嬉しいだろうに、心のどこかで私への罪悪感を持ってしまったのだろう。そのせいで彼女達はいまだ一度も喜びの感情を見せていない。
「聖羅さんが気にすることではないわ。そもそも原因は沙耶ちゃんにもあるんだから」
「沙耶にですか?」
「えぇ、身に覚えはあるでしょう?」
「うぐっ」
佐伯さんはそう言いながら、私が秘密にしていた内容を暴露してしまう。
「……だいたい自分の曲も出来ていないのに、キズナフレンズの楽曲の方まで手を出したのが悪いのよ。クライアントからの要望は、男性バージョンと女性バージョンの歌詞変更だけよ? それなのに編曲までしちゃって…、お陰で自分のカップリング曲が間に合わなかったんだから、自業自得よ」
佐伯さんは最後に「こだわりを持つ事はいいことだけど、期間内に仕事を全うしてこそのプロよ」と、ダメ出しをしてくる。
だ、だって…、聖羅達のデビュー曲なんだから、生半可な状態では渡せないじゃない!
「そうだったの!?」
「ごめんさーやん、そんな事になっていたなんて知らなくて」
「おかしいとは思ってたんだ、コンサートの音源がカップリングとして入ってたから」
聖羅達が何とも言えないという表情で、落ち込んでしまう。
だから隠していたっていうのに、佐伯さんがバラしちゃうから皆が落ち込んじゃったじゃない。
実際、佐伯さんの言うとおりなのだが、この話にはまだ続きがあり、わりと早い段階から、コンサートの音源を使うという案を提案されていた。
少し考えてもらいたい、活動再開からCDの発売まで、1ヶ月も期間があるといっても、そこにはレコーディングやら編集やらがあり、工場でCDに音源を焼き付けるという行程まであるのだ。
さすがに佐伯さんも、2週間程度で2曲も作れというのは無茶だと思われたらしく、会社側にかけあって、コンサートの音源を使うことを承諾してもらったというわけ。
たぶん佐伯さんはこう言いたいんだと思う。1位を取ったからといって、それは自分たちの実力ではないんだぞと。私だけじゃなく、もっとたくさんの人達の支援があったからこそ、この結果なのだと。
もしここで満足してしまえば、聖羅達は所詮そこまでの存在。佐伯さんの言葉を受け止め、心が挫けてしまってもそこまで。
全てを受け入れ、立ち上がれた者だけがこの世界で生きていけるんだぞと、佐伯さんは言いたいんだと思う。
「じゃ打ち合わせを始めるわよ」
隠してきた秘密を聞かされ、なんともいたたまれない空気の中、打ち合わせが始まった。
「はぁ…」
「どうしたの皆、そんなため息をついて」
一通りの打ち合わせが終わり、休憩エリアでくつろいでいると、やはりと言うべきか、聖羅を含む4人が重いため息を吐いている。
「改めて思い知らされたのよ、私達と沙耶との間にある差をね」
今回Girlishが私の打ち合わせに呼ばれたのには理由がある。
この度めでたくGirlishにもマネージャーが付いたのだが、そのお相手というのが私と同じ佐伯さん。
佐伯さんにはすでにKANAMIさんとSASHYAという、2組の大物アーティストを担当されているのだが、今年の春頃KANAMIさんがご結婚をされ、お腹にお子様がいらっしゃるとかで、現在は活動を休止されている。
どうやらKne musicでは、スカウトした者が責任をもって最初のマネージャーを務める、というルールがあるらしく、KANAMIさんが産休を取られているということもあり、佐伯さんがGirlishのマネージャーも兼任されているというわけ。
まぁ、会社としてもしばらくは私と一緒に売り出そうという考えがあるらしく、打ち合わせが合同になることもよくあるのだ。
「うーん、そう言われてもなぁ」
先ほどの打ち合わせは、ほぼ私への内容ばかりだった。
もちろんGirlishの音楽番組の出演話などもあったが、その全てが私との出演が大半を占めていた。中には無理矢理Girlishの出演をねじ込んだ番組もあるらしく、その現実がみんなの表情をさらに暗くした。
「そんな悲観するものでもないわよ? 私だってデビュー当時は挨拶回りをしていたし、KANAMIさんと一緒に取材なんかも受けさせてもらっていたから」
ただ映像メディアへの出演は全面的に断っていた事もあり、GirlishのようにKANAMIさんと共演した事は全くない。
「でも沙耶は自分で曲を作ってたじゃない。私達とじゃ比べるレベルが違うわよ。はぁ……」
「あー、うー、それはまぁ、そうなんだけど…」
佐伯さん、ちょっとやりすぎ!!
佐伯さんの目的は分かっている。さっきも私との差を見せつけるために、普段は佐伯さんのところで断っている仕事の案件まで持ち出し、SASHYAはこんなにも仕事が来てるんだぞとワザと見せかけていた。
その大部分はGirlishの成長を期待してのことだとは分かるが、いくら何でも少々やり過ぎたと思っている。
どうやら本人も同じ事を感じてしまったらしく、部屋から出る際に私の耳元で、『あとのフォローはお願い』とか言って来たのだ。
おにょれ、やっかいな部分を全部私に押しつけないでよ、と文句を言いたい。
「佐伯さんがさっき言ってたことだけど、全部Girlishの事を思ってのことよ。現実を見せつけて、成長してくれる事を期待しているの」
そうでなければ私の打ち合わせまで、聖羅達を付き合わせる必要なんてないんだから。
「分かっている…、いえ、分かっていたつもりだった。けれど、甘かったわ」
「私も知らなかった、さーやんがあんなに仕事をしてるなんて」
「Snow rainの時には、スポンサー側からオファーなんて来なかったしね」
聞けばどうやらSnow rainの時は、それほど仕事が来なかったらしく、2枚目のシングルに関してはスポンサーが一切付かなかったらしい。
これは私の憶測だけど、テレビ出演の際に一樹の態度が映ってしまい、スポンサー企業がスキャンダルを警戒したのではと考えている。
「スポンサーかぁ」
私の時は会社側が積極的にアピールしてくださったおかげで、それほど困った記憶はないが、蓮也達Ainselもデビュー当時は苦労したとは聞いている。
今回Girlishが歌うキズナフレンズは、『アンダー18 冬のアジア大会』の公式テーマソングとして起用されているが、元々は私への依頼だったらしく、夏頃に湧き起こった盗作疑惑で、一度見送られてしまったという経緯がある。
ただ私の後釜に決まったアーティストが飲酒運転で捕まったとかで、決まっていた契約が白紙に戻ってしまい、私のコンサートでキズナフレンズを聴かれた担当の方が、再びオファーをされてきたと言う事らしい。
ちなみに男性バージョンと女性バージョンが用意されているのは、男女の競技で使い分けるからだそうだ。
「はぁー、私達の曲でこの先スポンサーなんて付くのかしらね」
「さーやんの新曲、2曲とも知らない間にスポンサーがついてたもんね」
「2ヶ月近くも一緒にいたのに全然知らなかった」
「沙耶先輩って、デジタルが弱そうに見えるのに、意外にもSNSを活用されてるんですよね」
うん、卯月ちゃん。私をなんだと思ってるのかな?
彼女が言っているのは、VTuber配信やリンスタへの投稿の事だろう。
デビュー前のように生放送は出来なくなったが、VTuberのSASHYAは健在だし、リンスタやX'sの公式サイトもあり、中でもファンクラブ専用のページには、他では見れない動画や、ボツになった曲なんかも聴けるようになっている。
「ハイハイ落ち込まない。White Albumは随分前からラッテの『雪だるまだいふく』のCMソングに決まっていたし、星くずのロンドは、夏のプールの評判がよかったらしく、引き続き温泉施設のCMとして決まっただけよ。そもそも『Happy Dream 愛ランド』は叔父さんの会社よ?」
コネがあるとは言わないが、多少の優遇はあるのだとは思っている。
「えっ、叔父さんの会社って、さーやんってお嬢様だったの!?」
「いや、違うから」
ただ母の実家がそうだっただけで、私の家族はごくごく一般的な家庭そのもの。
何かをしてもらったような事もなければ、つい最近まで詳しく知らなかったのだ。
「とにかく佐伯さんが言いたかったのは、こんなところで挫けるんじゃないわよってこと。聖羅も綾乃も皐月も、一度プロを引退して今回で2度目なんだから、最後のチャンスだと思って気合いを入れなさいって激励よ」
もしここで私との差を見せられ、このまま沈んで行くようであれば、佐伯さんや会社に見捨てられる前に、ファンからも見限られてしまう。
ファンの応援はそのまま自分への力と変わるが、その応援がいつ鋭いナイフとなって返ってくるかもしれないのだ。
「……そう…ね、せっかく沙耶が私達にチャンスを与えてくれたんだもの、こんなところで沈んでいてはいけないわ」
聖羅はなんとかそう言うと、少し落ち込み気味にこう続ける。
「私ね、たぶんSnow rainの時は自分に言い訳をしていたんだと思うの。一樹の影に隠れていれば良い、失敗しても全部一樹のせいなんだって…」
聖羅は一度言葉を止めると、何かを決意したかのように私の方へと顔を向ける。
「でもそれは違っていた、私はただ逃げていただけだったのよ。憧れていたプロの世界が降って沸いたようにやってきて、全力で取り組むという意識が欠けていた。あのチャンスも沙耶がくれたって言うのに、ホント最低ね」
恐らくSnow rain時代の事は、聖羅の心に深く残っているのだろう。
もちろんキーボードの練習に手を抜いたとかいう話ではなく、その他への配慮という意味だろうが、私と佐伯さんの打ち合わせをみて、気づいた点は多いはずだ。
「それに気づけただけ、良かったと思うよ」
「そうね、これからは苦手ってだけで敬遠しないようにするわ。沙耶のお陰でファンへ気持ちを届けるって意味がわかったもの。この与えられたチャンスを、立ち向かう勇気に変えて」
まぁ私の場合、入り口がVtuberだった事もあり、直接ファンとふれ合う楽しさを知ってしまった関係で、今の形が出来上がったのだが、結果的によかったんだと純粋に思えてしまう。
「じゃここで、自称人気アーティストのSASHYAから一つアドバイスを…」
昨年ドーム公演で佐伯さんに言われた言葉。
その言葉を聞いた時、まったくその通りだと思えたし、今もその言葉が私の原動力になっている。
「一番大事なのは自分たちが楽しくないとダメってこと。いい曲をつくっても、心に残る歌詞を書いても、自分が楽しくなければ気持ちはファンには届かない。心って言うのはね、通じ合うんだよ」
「……」
自分でも非科学的な事を言っていると思うけど、この言葉は間違っていないと考えている。
聖羅は…、いや聖羅達はまるで私の言葉を心に刻むよう、胸元に手を当てるような仕草を行う。
「…覚えたわ。それが今の沙耶の…、SASHYAの原動力なのね」
「そう言うこと。いつか今のことが、笑いながら話せる時が来るといいわね」
「えぇ、そうね」
いつか遠くない未来、この出来事が思い出として語れる日が来ると信じて…
「沙耶ちゃん、ちょっといい?」
打ち合わせが終わり、聖羅達と一緒に部屋から出ようとした時、私だけ佐伯さんから呼び止められる。
「なんですか?」
「実は紅白から出演の打診が来ているのよ」
「あぁ、もうそんな時期なんですね」
「昨年はご両親の喪中ということでお断りしたんだけど、今年はどうかしら?」
『わたし、この人達みたいな歌手になりたい!』
「その…、すみません…」
「まだ心の整理がついていないのね」
『恥ずかしがり屋のお姉ちゃんが、人前で歌をうたえるわけがないじゃん』
『うぅ…、じゃ曲を作る。私が曲をつくって、すごい有名な歌手の人が私の作った曲を歌うの!』
「大した理由ではないのは分かってるんですけど、まだちょっと無理そうです…」
私が曲作りを始めるきっかけになった番組。毎年家族そろってテレビを見ながら、お母さんが作ってくれたおそばを食べる、そんな当たり前のように送ってきた恒例の行事。
今はもう、どれだけ望んでも訪れることがない大切な想い出。
『それじゃ沙耶は未来の作曲屋さんか』
『ふふ、いつか沙耶の作った曲が、紅白で流れるのを楽しみにしているわ』
「いいわ、今年も上手く言っておお断りしておくから」
「ありがとうございます」
「ほら、そんな顔をしない。歌っていうのはね、苦しみながら歌うものじゃないのよ」
自分では平静を装っていたつもりだったが、顔にでも出ていたのだろう。佐伯さんは私を抱きしめるように慰めてくれる。
「いつかご両親の夢を叶えられる日が来るといいわね」




