第7話 『friend’s』
「ちょっと沙耶、あなた大丈夫なの?」
ライブ当日、全体を通して最終の音合わせ。
聖羅以外のメンバーが各々の配置に付き、再生されるキーボードの音源に合わせて、それぞれが演奏する。
今回聖羅は時間の都合上、エアーで参加するため、今は私の隣で全体練習を眺めている。
「大丈夫、ちょっと眠いけど私の役目はもう残ってないから」
流石にラスト3日は無茶をしすぎた。全く寝ていないという分けではないが、睡眠時間をきりに切り詰め、今日の朝方にようやく納得の出来るものが完成。その後軽く仮眠を取って、現在最終調整を見守っている。
「眠いって、何時までやってたのよ」
「えっと、7時ごろだったかなぁ」
「7時って、今10時よ!? 移動の事を考えたら、2時間程しか寝ていないじゃない」
今の私は余程ひどい状態なのだろう、普段は気にする処か嫌みすら向けてくる聖羅が、恋敵でもある私を気遣ってくれる。
「ホントに大丈夫よ。明日は休みだし、今日は早めに寝るつもりだから」
4月の月末という事もあり、ゴールデンウィーク前半が始まっている。企業勤めのように、10連休というわけには行かないが、それでも徹夜で疲れ切った体を休めるには、十分な日数がある。
「もう、なんで貴方はこうも他人を気遣うのよ。どうせ私のパートを編集していたからなんでしょ? だったら嫌みの一つぐらい言いなさいよ」
聖羅にしてみれば自分のせいで私が疲れていると、責任を感じているのだろう。事実一番編集に時間が掛かったのは、変更を余儀なくされた曲初めの演出。
元々テンポのいいロック調な曲だったので、最初にキーボードの音源を持って行くと、どうしてもバラード色が強めになってしまう。
なので私はその認識を覆えさせるため、最初にキーボードのソロを付け加え、フェイドアウトから一気に音を爆発させる演出を取り入れた。
「聖羅はさ、将来の夢とかある?」
「何よ急に。…そうね、今の所は特に考えていないわ」
とりとめもないただの世間話。突然問われた質問になど、適当に答えればいいだろうに、聖羅は少し考える間を取りながら答えてくれる。
私達はまだ中学三年生になったばかり、ぼんやりとした目標はあるかもしれないが、明確な夢を持っている子は恐らく少ないだろう。
「私はね、あるのよ」
きっかけは当時たまたま見ていたテレビ番組。
当時私達姉妹は両親の希望もあり、共にピアノを習っていたが、ある時を境に妹は母の仕事に興味を持ち、いまだ何にも興味がもてない私は、ただ従うままにピアノに没頭した。
そんなある日偶然見かけたテレビ番組で、私は自分のやりたいことを見つけてしまった。今となってはその番組内容も、あやふやでしか思い出せないし、単純に妹に先を越されていると、躍起になっていただけかもしれない。
それでも両親におねだりして、初めて買って貰った音楽ソフトに、私は次第にのめり込んでいった。
今じゃ目指す学科がデジタルミュージック科なのだから、我ながら大したものだと関心してしまう。
「私の夢は、自分が手掛けた曲を大勢の人に聞いてもらう事。楽器もろくに弾けないの生意気でしょ?」
「ふふふ、そうなのね。つまり目の前の状況は目標の一つと言うわけね」
「そういう事」
曲作りのこと、目指す高校のこと、そしてぼんやりとだが将来の夢のことを話し、今の状態は私の自己満足なのだと、決して聖羅のせいじゃないんだと分かってもらう。
「だからね、聖羅が責任を感じ必要はない。それに私が目指している芸放では作品提出が必須でね、実績がある方が私にも都合がいいの。どう? 結構打算的でしょ?」
聖羅の気を紛らわす意味もあるが、いま言葉しにた内容は曲を作りだす前からずっと考えていた事。もし何かの拍子に彼らのバンドが人気となり、私が作った曲が評価されるような事になれば、高校入試を手助けしてくれるに違いない。
一樹達を利用しているようで余りいい気はしないが、そのぐらいの見返りぐらいは、許してくれるんじゃないだろうか。
「いいんじゃない? 打算結構。そもそも何でもかんでも自分を犠牲にしている貴女より、今の打算的な貴女の方が私は好き」
そう答えてくれる聖羅は、少し照れくさそうに教えてくれる。
「さーやんどうよ!」
聖羅と話している間に全体合わせが終わった綾乃が、自分のベースを『ジャン!』と流しならが、自慢げに演奏の出来をアピールしてくる。
私は仕方ないなぁという風に椅子から立ち上がり。
「綾乃、ちょっと音が走り過ぎてる。皐月と九条君が困っていたわよ」
「えー、さーやん厳しくない?」
「夏目君、サビのところだけど…」
「あっ悪い。少しアレンジ加えた」
「いえ、大丈夫よ。私もその方がいいって思ったからそのままで」
いつもはこんな指示なんて出さないんだけど、今回は私が曲を作った関係、気になった部分を指摘していく。
それにしてもわずか数日でここまで合わせられるのは、日頃から個々のスキルアップをしてきた賜だろう。まだ若干気になる部分はあるが、全体を通して合格ラインといってもいい。
「一樹、歌詞の方はどう? なるべく一樹が書いた歌詞をベースにはしたんだけど、どうしても全体的に触らないといけなくて」
ぶっちゃけコンセプトからほぼ全面的に書き直したのだけれど、それを言うと一樹が拗ねてしまうので、やんわりと元の歌詞を直してたらこんな感じに仕上がりましたと、ぼやかしながら話を持って行く。
「問題無い、俺の書いた歌詞通りだ」
一樹の一言に、綾乃は何ともいえない笑みを浮かべ、聖羅を含むメンバー達は、一樹の見えないところで笑いをこらえている。
恐らく一樹以外の全員がこう思っているはずだ、「どこがだよ!」と。
「そうだ、この曲のタイトルってまだ決めてなかったよね?」
このままじゃ誰かが笑いの声を上げてしまうと心配したのか、綾乃が話題を変えようと話を振ってくる。
「タイトル…、タイトルねぇ」
「さーやん、何か考えてたんじゃないの?」
「まぁ、曲を作るにあたり、仮のタイトルはつけてたけど…」
結果的に作詞も私が手がける事になった訳だが、実はこの歌のことで、綾乃達には言っていない事実が一つある。
今回私はこの曲を作りにあたり、一つのコンセプトを元に作り上げた。そしてそのコンセプトは歌詞にもそのまま反映され、結果的に曲と歌詞、それぞれ同じコンセプトを元に作られている。
「ねぇ、その仮のタイトルって?」
「いや、ファイルに保存するために付けただけだから、大したものじゃないのよ?」
「私も聞きたいな。沙耶、白状しないさい」
「うーん、別に言ってもいいんだけど…」
今回曲をつくるために考えたコンセプト、それをそのままデータを保存するフォルダに付けていたのだが、まさかここで晒す事になるとは思ってもみなかった。
「変なタイトルだけど笑わないでね」
私はそう前置きをしながら、今回曲を作るにあたり考えた、一つのコンセプトを口にする。
「friend's」
大切な友人、大好きな友人、支えてくれる友人、見守ってくれる友人、そして私を気遣ってくれる友人。
そんな今の居場所を想い、私はそう名付けた。
「friend'sか…うん、いい!」
「私もいいと想う。この歌詞にもあってるし」
「いいんじゃないか? 今の俺たちにピッタリだ」
「一樹もいいよな」
「ま、まぁ、そうだな…」
綾乃達が順番に曲名を褒め、最後に夏目君が一樹に反論させる道を防ぐ。どうもまた変なタイトルを付けられるんじゃないかと、心配してのことだろう。
最後に聖羅も「いい曲名ね」と口にしたことで、『Snow rain』初のオリジナル曲のタイトルが決定した。