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第6話 『Time limit』

「えっと、今なんて言ったの?」

 流石に昨日の今日で全ての歌詞が書けるわけがなく、「修正にもう少し掛かりそう」とかで、今日の現場を乗り切ろうと考えていたのだが、突如一樹から出てきた一言で部屋中が凍り付く。


「今月末の土曜に、出来た新曲でライブをする」

 いやいや、まだ出来てないって。

 それに今月末って期間ありそうあな言葉を使ってるけど、もう一週間を切ってるから!

「一樹、今月末じゃなくて今週末だろ、流石に無理だって」

「俺たち昨日楽譜を貰って、今日から練習を始めるんだぞ、お前だって歌詞を全部覚えてねぇだろ」

 夏目君の言うとおり、歌詞は現在絶賛制作中だ。一樹が覚えられる筈もない。

 チラリとスタジオ内に飾られているカレンダーを見れば、土曜日まで今日と当日を含め残り6日。現在の進捗状況は、曲は最終調整の段階、歌詞はいいところ6割程度、バンドメンバーの練度はゼロといったところだ。

 それで残り6日、しかも学生という立場上、練習が出来るのは放課後のみで、メンバー全員のお小遣いの都合上、スタジオで練習が出来るのはいいとこ週に2・3回が限界。

 幸と言ってもいいのか、ライブは夕方らしいので、当日の昼間までは練習出来るが、所は詮付け焼き刃程度にしからないだろう。


「一応確認なんだけど、キャンセルは出来ないのよね?」

「もう出演のスケジュールが、ライブハウスに張り出されている」

「本来は部外者だけど、今回は新曲に携わっているから、理由くらいは聞いてもいい?」

「元々出演予定だったグループに欠員が出て、どうしても出てくれって先輩に頼まれた」

 ふむふむ、私は一樹の機嫌を損なわないよう、慎重に言葉を選びながら、何処か妥協点がないか探りを入れる。

 どうやら昨日、ライブに誘われたとい言う先輩と会い、次週のステージに急遽出てくれとでも言われたのだろう。

 それがどうして、一樹達のバンドに白羽の矢が刺さったかまでは知らないが、どうせ一樹が新曲を作っているとでも自慢したのだろう。


「それじゃこれが最後の質問、新曲を無くして、今まで練習してきた曲だだけではダメなの?」

 一樹達も全くの素人というわけではない。バンド結成から2年以上は経過しているし、有名曲のコピーならレパートリーもある。さらに実績で言えば、昨年の文化祭ステージや、いくつかのライブハウスで演奏したことも一度や二度ではない程だ。

 つまりは何も新曲にこだわる必要はないってこと。


「それはその…とにかく新曲じゃないとダメなんだ」

 これは多分、調子に乗って適当な事を言ってしまったって感じか。

 恐らく先輩とやらに「今新曲の練習をしてるんです」とでも、ほざきやがったのだろう。

 なんと考えもなしに迷惑な発言をしたものかと呆れるも、今回はどっぷり関係者に加わってしまった為、このまま放置するわけにもいかない。


「うーん、綾乃。スタジオってどれだけ予約入れてるの?」

「今日と明後日だけだけど、まさかさーやん本気?」

「仕方ないじゃない、キャンセル出来ないって言うんだから」

「いやいや、無理だって」

 皆から否定的な言葉があがるも、今までの経験上、一樹がやると言えばやらないという選択肢は一度ない。

 私は頭の中でスケジュールを組み立て。

「とりあえず今日は全体的な音合わせ、スタジオを借りていない日は各々個人練習をして、明後日に再度全体練習。出来れば土曜日の昼間に最終の合わせをしたいんだけど、スタジオ空いてたりするのかなぁ」

 取りあえず今重要なのはバンドメンバーの練習。各パートの楽譜は出来ているのだし、最悪楽譜を持参してでも、弾けるレベルには持って行きたい。

 そんなスケジュールを提示してみるものの、珍しく聖羅が悲鳴をあげる。


「待ってよ、私には弾けないわよ」

「弾けないって、なんで無理なんだよ」

「一樹には分からないでしょうけど、この曲ものすごく難しいのよ。それをたったの6日でって、無茶に決まってるでしょ!」

「じゃキーボードは無しだ!」

「待って待って、二人ともストップ」

 突如発生した二人の言い争い。流石の聖羅も今回ばかりは抑えきれなかったのか、珍しく…、いや初めて一樹とぶつかってしまう。


「落ち着いて聖羅も一樹も」

 そう言いながら間に入り、興奮気味の二人を落ち着かせる。

「時間があるって思ってたから、聖羅のパートが特に難しくなっちゃったのよ。だから聖羅が無理っていうのは一理あるの。一樹だって本心では皆でステージに立ちたいと思っているんでしょ?」

 今ここでバンドのメンバーに亀裂が入るのは最悪の展開。

 自分でも嫌になるほどの偽善者ぶりだが、ここは誰かがその偽善者役を演じなければ、纏まるものも纏まらない。

 私は一樹も好きならば、聖羅や綾乃達がいるこの空間が好きなんだ。


「悪かった、言い過ぎた」

「その、私の方こそゴメン」

 私の一言が効いてくれたのか、高ぶってしまった二人の感情が下がっていく。

「でもさーやん、実際のところどうするの?」

 この状況で解決策なんてないよね? とでも言いたいのか、不安そうな様子で綾乃が尋ねてくる。


「皐月、ギターを弾くのは難しそう?」

「そうよね、最初は驚いたけど、冷静に考えればギターとベースは、似たようなコードの繰り返しだから、2・3日練習すれば行けそうな気はするわね」

「ドラムの方も何とか形にはなるとは思う。最悪アドリブで誤魔化すこともできるしな」

「すると残る問題は…」

 各々少し冷静になってきたのか、今自分たちが出来ることを見つけていく。

 だがやはり最大の問題は聖羅のキーボードだろう。


「うーん、全く手が無いわけではないのよ」

 私が用意したのはデジタル音源。元々それぞれの見本になればと、各楽器のパート別に音源を用意しているし、最悪一樹以外は全員エアーで、客席から見えないところで誰かが曲の再生ボタンを押せばいい。

 私が一人冷静で前向きに考えられたのは、この仕組みを事前に想定していたから。

 ただこの場合、ロックバンドではなく、ただのエアーバンドに成り下がってしまうという点。言うなれば綾乃達のプライドを傷つけてしまうのだ。


「それってどんな方法よ」

 手があると聞かされ、立ち直った聖羅が私に詰め寄る。

「多分聖羅のプライドを傷つける」

「別にいいわよ、私のプライド一つでバンドが成功するなら」

「ホントにいいのね?」

「だから良いって言ってるの。まさかステージ上で裸になれとでも言うつもり?」

「流石にそれなないけど」

 そう良いながら、私は考えていた案を伝える。


「……盲点だったわ、エアーキーボード。確かにこれなら足を引っ張らずにすむ」

「でもキーボードだけエアーっていうのは逆に難しくないか?」

「そうだよな、出だしさえ合えばいけるとは思うけど、最初で躓いたら取り戻すのは難しいな」

 そうなのだ、始から全ての楽器が混ざった音源ならば、音ズレを起こさずにすむが、キーボードの再生タイミングがずれてしまえば、最後まで修正が厳しくなり、他の全員がズレを合わそうとすれば、最悪そこから音の崩壊を起こしてしまう。


「実は私もそこが引っかかってね。だから曲の頭を少し直して、キーボードのソロから始めるのよ。で、皆はキーボードの音を聞いた後に弾き始める。そうすれば早々音ズレが起こる事もないと思うのよ」

「なるど、それならいけそうだ」

 要はズレても修正が効かないんだったら、修正が効かない曲の方に皆で合わせるという事。キーボードの曲だけズレてしまえば修正は難しいが、キーボードの曲を基準にすれば、例えズレたとしても修正は可能なはず。


「よし、それでいこう」

 九条君がそう口にすると全員が頷きながら賛同する。

 あとの残された問題は私だけ…。

 この場ではあえて口にはしなかったが、まずは最優先で歌詞を書き終え、次に変更がかかる聖羅のパートを修正、最後は全体的な調整を加え、より良い曲へと完成させる。

 本来調整個所を各担当パートへと変更依頼をするのだが、今回はそこまで時間の余裕がないため、セーラのパートで流す曲に付け加える方向で考えている。

 少々邪道なやり方ではあるが、今回一回きりなので、この際大目に見て貰うしかないだろう。


「一樹、歌詞の方だけどあと1・2日待って。明後日の合わせまでには必ず間に合わすから。あと誰か悪いんだけど、土曜日にスタジオが借りられるか確認してもらえる? 私はこの後帰って歌詞を完成させるから」

 この後の方向性は決まった。私は簡単な指示をだして素早く帰り支度をすませる。

「スタジオの方は私が確認しておくわ。他にも金曜日に空きが無いかも見ておく」

 只一人する事が無くなってしまった聖羅が自ら志願してくれる。

 私は「ありがとう、よろしくね」とだけ告げ、スタジオを後にする。

 そしてライブ当日を迎えるのだった。

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