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第54話 『似た者同士』

「どうする?」

「どうするって言われても、どうにもならないんじゃないの?」

「そうよね」

「「「うーん…」」」

 Kne music本社にある練習用のスタジオ、少し気分を切り替えようという事になり、同じ階にある休憩スペースで、それぞれ飲み物を手に、現在進行している悩みの種を相談する。


 今から遡ること数日、夏の全国ツアーを控え、私とバックバンドを務めるGirlishのMステ出演が決定した。

 当初このオファーが来たときにはお断りする方向で進めていたが、佐伯さんからGirlishのメディア出演は、彼女達のメジャーデビューに繋がるのだと言われ、皆がデビューに近づけるならばと、出演者を確認したうえで出演を承諾した。

 だけどその数日後、送られてきた出演者リストを見て私達は驚愕する。そこにはSnow rainの名前が追加されていたのだ。


「はぁ、絶対バレるわね」

「モニター越しならともかく、隣に座れば流石に一樹でも気づくんじゃない?」

「だよねぇ」

 幾らメイクとウィッグで素顔を隠しているとはいえ、染みついた話し方や動きの癖なんかは隠せない。

 例えその場をしのげたとしても、私のバックバンドにかつてのバンドメンバーが全員揃っていれば、嫌でも気づくはずだ。

 ただ救いなのは、出演者が座るひな壇には私だけが参加し、聖羅達は演奏の時にしか姿を現さない事だが、果たしてどのタイミングで気づかれるかがターニングポイントとなる。

 せめて生放送終了後だと助かるんだけれど…。


「あれ? 沙耶ちゃんがこんな場所にいるだなんて珍しいね」

「蓮也、…と晃さん」

 休憩中の声を掛けて来たのは、蓮也を始とするAinselのメンバー5人。

 普段私は練習用のスタジオを使わないので、ここに居るのがめずらしいのだろう。


「沙耶ちゃん、声を掛けたのは俺なのに、その扱いは酷くない?」

「だって晃さんはそういうキャラでしょ?」

「ひど! でもハッキリと否定出来ないのも辛い!!」

 『ははは』と、Ainselのメンバーからも笑いが起こるが、こんなおふざけが出来るのも、一年間共に良い関係を築いて来れたからこそ。

 私だって親しくも無い人達に、こんな失礼なことは言うつもりはない。


「沙耶、もしかしてその子達ってSnow rainの?」

 そっか、蓮也には面識があるんだった。

 前に一度、クリスマスケーキを買って帰るときに、偶然Snow rainのメンバーと鉢合わせした事があった。

 あの時はお互い自己紹介を出来る雰囲気でなかったので、改めて蓮也達にGirlishのメンバーを紹介する。


「初めまして…というのも変ですが、Girlishのリーダー兼、キーボードを担当しています神代 聖羅です。いつかの時は大変失礼いたしました」

「ベース担当の皇 綾乃です、あの時はご迷惑をお掛けして、ホントに失礼しました」

「ギターボーカルの一葉 皐月です。沙耶がいつもお世話になっています」

「えっと、新メンバードラム担当の一葉 卯月です。よろしくおねがいします!」

 聖羅をはじめ、Girlishのメンバーが順番に自己紹介をしてくれる。

 聞けばライブハウスで何度か顔を合わせる事はあったらしいが、こうして名乗り合うのは初めてなのだとか。

 そういえば私が初めて蓮也達、Ainseのメンバーと出会ったのも合同ライブだったわね。


「仲直り出来たとは聞いてたけど、Girlishって?」

 セカンドシングル以降、Snow rainはメディアには一切出演してこなかったからね。ファンでもなければメンバーが入れ替わっている事など知らないだろう。


「実は聖羅達がSnow rainを辞めちゃってね、今は女の子4人でバンドを組んでいるの」

「辞めたって、また思い切ったことを…。もしかしてここに居るって事は、沙耶のバックバンドで?」

「そう、彼女達がそのバックバンド。しばらくはここで練習しているから、よかったら仲良くしてあげて」

 私はアルバムのレコーディングやら、コンサートでお披露目する新曲の準備やらで、毎日来れるわけでもないので、蓮也達Ainseのメンバーが近くに居てくれると何かと心強い。


「了解だ。何かあったら声を掛けてくれたらいい」

「俺たちはいつも8番スタジオにいるから」

「そうそう、差し入れなんかもいっぱいあるから、気軽に来てくれてもいいよ」

 晃さんが失礼な事をしないか若干不安だが、まぁ雪兎さんが居てくれれば大丈夫だろう。

 何だかんだとAinseのメンバーはみんないい人達なので、聖羅達もすぐに親しくなれるはずだ。


「それで何の話をしてたんだ? なんか悩んでるようだったけど」

 遠目から見ても、そんな風に見えていたのね。

 念のため聖羅達に話していいものかと確認するも、「沙耶の問題でしょ」と振られてしまったので、意を決して蓮也達にこれまでの経緯を伝える。


「Snow rainと共演か…、それは悩むな」

「いやいや、その前に沙耶ちゃんの元カレの方が驚くでしょ」

 そうだった…。

 蓮也には前に伝えてあるので、何気なく伝えてしまったが、普通は晃さんのような反応はするわよね。


「あの、晃さん。付き合っていたって言っても中学の時よ? 恋愛を楽しむって言うより、恋にあこがれるって言う方が正しいかな?」

 恋愛に抱く感情はひとそれぞれ。だけど中学という心が成長途中の少年少女は、未来にあこがれるという性質を持っているんじゃないかと、私はそう思っている。

 俗に言う、恋に恋する乙女心、と言うものだ。


「なるほどね。じゃその一樹って男の事は何とも思っていないと?」

「もちろん。酷いフラれ方もしてるし、今思い返しても本当に好きだったのかも怪しいかな?」

 なんでそんなの事を聞くのよ、と思っていると、晃さんが明らかに蓮也をからかうように、「よかったな、蓮也!」と背中を叩きながら笑いの声を上げている。

 お陰で私も蓮也恥ずかしくなってしまい、お互いの顔が見れなくなってしまう。

 もう、晃さんのバカ!


「しかし、なんで急に出演者が変更したんだ?」

「聞いた話では、出演予定のバンドにセクハラの告発があったとかで、急遽出演を取り消されたらしいのです」

 私と蓮也が使い物にならなくなる隣で、雪兎さんと聖羅が話を進めてくれる。


「セクハラって、またバカな事を。それでSnow rainに白羽の矢が立ったってわけか」

「はい、本当は翌週の出演予定だったらしいんですが、一週間前倒しになったって佐伯さんが」

 番組側からすれば、スポンサーのイメージダウンに繋がるような事は避けねばならず、所属のレコード会社も、事実関係がハッキリするまで全ての出演を控えるとの事で、急遽Snow rainが一週間前倒しで繰り上がって来たらしい。


「なるほどな。ちょうど夏の歌が出そろうシーズンだからな。人気が不調のSnow rainは一週間ずらされていたのか。まったく運がいいのか悪いのか」

「ホントにそうです。せっかくメジャーで活躍していると言うのに、こんなくだらないことでダメにするなんて」

「全くだ」

 あれ? 聖羅と雪兎さんって意外と気が合うのかな?

 二人とも根は真面目だし、お互いバンドのリーダーと言う事でしっかりしている。今も周りの視線など気にしない様子で、完全に二人の世界に旅立ってしまっている。


 これはもしかして…?


「沙耶、話聞いてる?」

「えっ、ゴメン、なんだっけ?」

「もう、あなたのことでしょ、ちゃんと聞いてなさいよ」

 二人の様子を見ていたら、いつかダブルデートとか出来たら楽しそう、とか考えてしまって、すっかり話を聞き逃してしまった。


「それで何だっけ?」

「一樹にSASHYAの正体がバレて、結局何が困るのかって話よ」

「何が困るか? それは当然……あれ? 何が困るんだっけ?」

 この前も話していたことだが、一番の理由は一樹が自分より私のほうが有名になっていたことを妬み、聖羅達に当たり散らす事だったが、それは3人が脱退したことでクリアされた。

 もし怒りの対象が新メンバーに向かったとしても、そこは私が関与できる範囲ではないため、残った九条君と夏目君がなんとかするだろう。

 他にも素顔を隠した理由は存在するが、そちらは完全に個人的な問題なので、一樹にバレたとしても一切関係がない。

 流石にfriend'sのことは、私より一樹の方がダメージが大きいので、そのネタで脅されるような心配は無いと言ってもいい。


「ない………わね」

 改めて考えてみると、ものすごく困るという理由が思い浮かばない。

 もちろん正体がバレて、めんどくさい事にはなるかもしれないが、いつまでも隠し通せるものでもないし、バレたところで今の関係が変わることもない。

 仮に私の素顔の写真でも出回れば問題だろうが、それでSASHYAがダメになる事もない筈だ。


「でしょ? それに沙耶がSASHYAになっている時って、正直遠くから見ている分にはわからないのよ。もちろん皐月の様に、声を聞いただけで気づく人もいるんでしょうけど、正面から顔を合わせなければ、案外気づかれないんじゃないかしら?」

 変装している本人からすれば、これでなんで気づかないの? って思ってしまうが、聖羅が言うのなら恐らくそうなのだろう。

 声の質だけはどうしようもないが、私がSASHYAになっているときは、SASHYAという架空のキャラクターを演じている。

 沙雪からは『お姉ちゃんそのものじゃない』なんて言われるが、それはより近しい存在だからこそ分かるのだろう。


「うーん、綾乃はどう思う?」

「そうだなぁ、いっくんって自分が興味があるもの以外は関心がないからなぁ。寧ろ九条君や夏目君の方が先に気づくんじゃない?」

「それはあり得そうね…」

 私に全く興味がない、とまではいかないだろうが、少なくとも2年ほどほとんど顔を合わせていないのだ。

 もし私だと気づけば、多少は気があったのだと感じるだけで、まったく気づかなければ、やはり私はただの都合の良い道具だったというだけ。

 もし番組中に正体がバレても、知らぬ存ぜぬで番組終了まで引き延ばせれば、困るような事にはならないだろう。


「するとあと問題なのは…」

「私達、って事よね?」

 私と違い、聖羅達は素顔を晒す。

 流石にあの恥ずかしがりようを見た後では、私と同じマスクを付けろとも言えないし、4人が全員メイクで誤魔化すというのも違う気がする。

 私の時と違い、聖羅達が姿を隠すという理由がそもそも存在しないのだ。


「沙耶ちゃん、その一樹って男性に正体がバレてもいいんだよね?」

「いいって訳じゃないんですが、最終的に気づかれるのは仕方が無いとは考えています。流石に番組中に本名を言われるのは困りますが」

「聖羅さん達は最初から誤魔化す気は無いと?」

「はい、私達の目的はGirlishの4人でメジャーデビューをすることなので」

 雪兎さんは改めて、順を追って状況の確認を行っていく。

 そうか、私は自分の事ばかり考えていたが、これは聖羅達Girlishにとってはチャンスなんだ。

 こちらの都合でマスクを付けて貰おうとか、一瞬でも考えた私が情けない。

 綾乃と卯月ちゃんはノリノリで付けてくれそうだけど…。


「なら答えは簡単だ、事前にそれとなく伝えれば良い」

「伝える? 私の正体をですか?」

「いや、沙耶ちゃんじゃなくGirlishの出演をだ」

 雪兎さんは自身が考えた理由を教えてくれる。

「まずSASHYAが沙耶ちゃんだと気づかない事を前提とする。GirlishはSASHYAのバックバンドでスカウトされ、そのリハーサルを兼ねてのMステ出演、その情報をSASHYAとGirlishとで、放送前にSNSでそれとなく流しておくんだ。人というのは本人を目の前にしたとき、その時気づいた情報よりも、事前に伝えられていた情報の方を信じるものだ」

「なるほど、下手に嘘で誤魔化すより、それとなく真実を混ぜておくってことですね」

 雪兎さんの説明に、聖羅だけが納得出来たように返事をする。

 うん、全然分かんないや。


「つまりね、私達は私達、SASHYAはSASHYAだと切り離すの。普通考えてもみなさいよ、人気アーティストのSASHYAが、偶然私達と友達だった、なんて誰が考えるのよ」

「うーん、そういうもの?」

「そういうものよ。少なくとも、事前に私達がSASHYAのバックバンドとしてMステに出演する、って情報だけを流しておけば、一樹の意識は私達にだけ向けられる。SASHYAが素顔を隠しているのは周知の事実だし、そのSASHYAが自らバラすような事を、自身のSNSで呟くと思う?」

 なるほど、今のは少し理解出来た。

 雪兎さんが言いたかった事は、一樹の意識を聖羅達に向けさせ、Girlishとは仕事だけの付き合いですとアピールしながら、私は隣でしれっとSASHYAを演じておけって事なのだろう。

 Mステには事前に原稿のようなものが用意される。司会者からGirlishの事をフラれても、佐伯さんが私の為に女性バンドを探してくれたんです、とか言えばいいだけだし、深く追究されるような会話はNGとしておけば、番組中に聞かれることもないはずだ。


「つぶやく内容はそうだなぁ、SASHYAは『コンサートで一緒にステージに立って頂くバンドと出演する』とかで、Girlishの方は『この度SASHYAさんのバックバンドをすることになりました』とかでどうだろう?」

「つまり沙耶はただ決まったことを伝えるだけで、私達はSASHYAのバックバンドができるを喜んで、温度差を付けってことですね」

「その通りだ」

 うん、今の説明でどうしてそこまで深読みできるの?

 周りを見れば、聖羅しか理解できていない様子で、全員頭の上に?マークが浮かんでいる。


「さすが雪兎さんです」

「いや、聖羅さんこそ理解が早くて助かる」

「ふふふ、私達気が合いますね」

「そうだな」

「「はははは」」

 なんだか急に二人の仲が深まっているが、その様子を見ていた全員はこう思ったはずだ。

 あの説明でどうしてそこまで深く理解できるんだと。

 後日連也から聞いた話では、雪兎さんは理屈っぽいところがあるらしく、それについて行けてた聖羅を大層褒めていたことを覚えている。


 この二人、もしかして似た者同士なのだろうか。

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