第51話 『仮面の少女達』
「えっと、これは一体どういう状況?」
目の前に現れた4人の女性、それだけなら驚きもしないが、その4人の女性全員が、SASHYAの時に着けるマスクで素顔を隠している。
新手のいじめ?
大型連休が明けた最初の休日、佐伯さんから夏の全国ツアーに付いて打ち合わせをしたいと連絡を受け、Kne musicの本社ビルまでやってきたのだが、そこで紹介されたのが怪しさ満載4人組。
うん、これは佐伯さんの悪戯ね。
「沙耶ちゃん、紹介するわね。彼女達は…」
「ちょっと待って下さい!」
佐伯さんが話し終えるのを待たずして、割って入る私。
いろいろツッコミどころ満載なのだが、まず最初にハッキリさせておかなければいけない事が一つ。
「なぜマスクを?」
「あら、気づいた? 謎の女の子グループみたいでカッコいいでしょ?」
そら気づくわ! そもそも謎の女の子グループとか言っておいて、正体バレバレでしょうが!!
「取りあえず、いろいろ言いたいことはあるんですが、見ていて可哀相なので、マスクを取ってもらっても?」
4人のうち2名は恥ずかしがり、残り2名はノリノリで自らの姿をアピールしてくる。
特にそのうちの一人が、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆ってしまっているので、見ているこちらとしても何ともいたたまれない。
「それじゃ謎の女の子グループの意味が無いじゃない」
「いや、謎とかいってますけど、正体隠す気ないですよね? どこからどう見ても私の友人達なんですけど」
そう、怪しげなマスクを付けてはいるが、どこからどう見ても私の友人、聖羅を含めた『Girlish』のメンバー4人。
「やっぱり沙耶ちゃんには気づかれると思っていたわ」
いやいや、私じゃなくても気づきますって。
SASHYAの場合、メイクやらウィッグやらで別人のように加工しているが、今の4人は普段の姿にマスクを付けているだけ、これでは変装ではなくただの仮装と言っても差し支えない。
「正体はバレているんだし、取りあえずそのマスクを外したら?」
色々聞きたいところではあるが、聖羅の恥ずかしがり様が可哀想になり、まずはその妙なマスクを外してもらう。
「嫌なら断ればいいのに」
「し、仕方ないでしょ。いきなりマスクを渡されて、沙耶を驚かせたいからこれを付けろって言われたのよ」
じとぉーーっと、佐伯さんに視線を送るも、本人は悪気がないのか笑顔を向けて来るのみ。
これ絶対面白がってるよね! って言うか、綾乃と卯月ちゃんはマスクを外そうともせず、妙にノリノリなんだけど!
「それで聖羅達が何故ここに?」
取り合えず全員が適当な席に座り、改めて打ち合わせを始める。
「スカウトしたのよ」
「えっ?」
いま佐伯さん、今スカウトって言った? それってもしかしてGirlishとしてメジャーデビューするって事?
「本当ですか!? それって聖羅達が…」
「沙耶ちゃん、落ち着いて。多分沙耶ちゃんが考えていることとは違うから」
かなり興奮気味に前のめりになるが、なぜか佐伯さんに止められてしまう。
「前にバックバンドを探しているって言ってたでしょ?」
それは今年に入って間もなくの頃、夏に全国ツアーをすることは昨年から決まっていたが、そのツアーに協力してくれるバックバンドが決まらずにいた。
その原因は極めて単純、単発のドーム公演とは違い、拘束される期間と全国に遠征するという理由から、予定が合うバンドが見つからなかったのだ。
夏と言えば全国各地で野外ライブが開催され、それらの日程が1日でも被れば引き受けてもらえない。しかも佐伯さんが気を利かし、全国を回るなら女性限定で集めるのもいいわね、との理由からかなり苦戦をされていた。
私としても今回は受験の関係で妹は連れていけないし、お泊まりともなればやはり話せる相手も欲しい。
佐伯さんはそういった辺りを含め、女性のバックバンドを探していたのだ。
「それで聖羅達が選ばれたって事ですか?」
「そう、正直かなり苦戦をしていてね、連日ライブハウス巡りをしていたのだけれど、そこで偶然彼女達を見かけたの。それでよく見れば『Snow rain』の元メンバーじゃないか、演奏していた曲もSASHYAのコピーだったから、その日のうちに声をかけちゃったってわけ」
確かに現役のプロが見つからないとなると、インディーズバンドに頼るしかない。だけどそれほど上手くプロ並みのバンドと出会えるわけもなく、佐伯さんもダメ元でライブハウスを巡っていたところ、偶然にも聖羅達を見つけたという話だ。
「沙耶に教えてもらって、私達のオリジナル曲も幾つかはあるのよ。だけど曲数もまだ少ないから、SASHYAのコピーを幾つか練習していてね、その日も偶然SASHYAの曲を演奏してたのよ」
聖羅が言うには大型連休はライブハウス巡りをしていたらしく、そのうちの一件で偶然佐伯さんと出会えたらしい。
まさか私がお休みをしていた大型連休の間に、そんな出来事があったとは思いもしなかった。
「それでどう? 沙耶ちゃんがいいならこのままお願いすることになるけど、彼女達の実力を見たいって言うなら、演奏を見た後の判断でも構わないわ」
答えなんて決まっている。聖羅達の演奏は何度かライブハウスで聴いているし、卯月ちゃん以外は全員プロとしての経験も備えている。
これが中学生時代の彼女達なら、プロのミュージシャンとしてすぐには答えを濁すだろうが、今の彼女達は十分プロとしてもやっていける。
そうでなければ、佐伯さんがただ私の知り合いという理由だけでは連れて来ない筈だ。
だけど…
「聖羅達はそれでいいの? こう言う言い方は好きじゃないんだけれど、スポットライトが当たるのは私一人よ?」
SASHYAの単独ライブなので当然ファンは私の歌を聞きに来られる。
聞く人が聞けばただの自惚れにしか聞こえないだろうが、スポットライトも会場の演出も、全て私を輝かせるために用意されるので、見方を変えればGirlishには辛い現実を突きつけるかもしれない。
聖羅達も一度はスポットライトが当たったプロだ。今は新しいバンドを始めた関係、インディーズでライブハウス巡りなんてやっているが、その目的はGirlishとして再びメジャーに返り咲くことのはずだ。誰かのバックバンドなんて、彼女達のプライドを傷つけるようですぐには返事ができない。
「沙耶のことだから、私達の事を気遣っているんでしょ? あの時みたいに」
それは聖羅にエアキーボードを提案したときの話だろう。
あのときは一樹のバカが、まだ出来てもいない新曲でステージに立つとか言い出して、聖羅の練習が間に合わなかった時があった。
そのとき私は彼女に解決策として、デジタル音源をそのまま流すエアキーボードを提案した。
結局聖羅は提案を受け入れライブは成功。その後は練習の遅れを取り戻すかのような勢いで、彼女はめきめきと実力を伸ばしていった。
「だったら答えは一緒よ。そんな程度で傷つくプライドなんて要らない。これは私達Girlishとしてもチャンスなの。今回の仕事が上手く行けばメジャーデビューに近づけるし、成功すれば自信にもなる。それに何より、沙耶と同じステージに立てるなんて夢のようじゃない」
「そうね、聖羅の言うとおり、沙耶は考えすぎなのよ。確かに悔しいか、悔しくないかって聞かれると、少しは悔しいって気持ちもあるけれど、それ以上に沙耶と同じ景色を見られるっていうのは、これ以上にない思い出になるわ」
「そうそう、さーやんはすぐに他人の事を気にするんだから。それにね、私はさーやんと一緒にバンドを組めるのが夢だったんだよ。まぁ実際は歌姫とバックバンド関係だけどね」
「ですです。沙耶先輩と一緒にステージに立てるのは、これ以上にない光栄なことなんです。なんていっても、天下のSASHYAさんですよ!? そのバックバンドを出来るってだけで幸せなんです」
「みんな…」
聖羅に皐月に綾乃、そして卯月ちゃんまで。
それぞれの気持ちが聞けて私の迷いが晴れていく。
「沙耶はどうなの? 私達と一緒のステージに立つのは嫌?」
そんなの聞かれるまでもない。
何度も何度も夢に描き、決して叶うことはないと分かっていても、諦めきれなかった私の憧れ。
卯月ちゃんがグループに加わったと聞いた時、なぜ私はドラムを練習していなかったんだと、後悔するほど悔やんだ夢の景色。
「そんなわけない…、そんなわけないじゃない。私だってどれだけ皆と一緒にステージに立ちたかったか、その気持ちだけは絶対誰にも負けていない!」
例え一時的な関係だとは言え、夢にまで描いていたステージだ。私に断る理由があるなんて、絶対にあり得ない。
「それじゃ採用って事でいいわね」
「「「はい!」」」
佐伯さんは「それじゃ打ち合わせを始める前に、契約を結んでしまいましょ」と、用意していた契約書を4人に差し出し、内容の説明を始められる。
「契約期間はSASHYAの全国ツアー終了まで。追加公演やトラブルによる延期はその時に要相談。報酬の方はこちらの紙に書いてあるから目を通しておいて」
佐伯さんの説明に真剣な顔つきで聞き入る4人。
私の時もそうだったように、人生を左右する契約の時って妙に緊張してしまうのよね。
やがて全ての説明を聞き終え、聖羅達はそれぞれの契約書にサインを記入する。
「じゃこちらは貴女達の控えね。あと皆はまだ未成年だから、こっちの紙にご両親からハンコかサインを貰ってきて」
佐伯さんから用紙を受け取る4人。
これで暫定的ではあるが、GirlishはKne musicに席を置くことになる。
「沙耶ちゃん、アルバムの進捗具合はどう? 彼女達も練習が必要になるから、なるべく早く渡したいのだけれど」
そうだった…。
聖羅達と同じステージに立てると喜んでいたが、次のコンサートは今進めているアルバムが基準となっている。
既にCDとして発売しているものなら、すぐにでも楽譜を提供できるが、流石に現在制作中の曲まではどうにもならない。
「すみません、前回お伝えした状態からはあまり…」
「まぁ、先週までは大変だったものね。取りあえず今出来ている分だけでも練習を始めて貰いましょ」
佐伯さんはそう言ってくれるが、メンタル面で先月まるまるダメにしてしまったのは私の責任だ。
元々アルバムの発売は7月中旬と決まっていたので、時間的にはまだ余裕があるが、これは聖羅達の為にも早めに完成させなければいけないだろう。
「そういえば聖羅、私…っていうか、SASHYAの曲を演奏していたって言うけど、どの曲が弾けるの?」
聖羅は「私達の前で、わざわざ言い直さなくてもいいわよ」と笑いながら、少し考えるようにして教えてくれる。
「そうね…、カップリングを除けば、シングルはキズナまでは全部弾けるわね。あとは沙耶がドームで歌っていた曲も大体弾けるかしら?」
えっと、それってほぼ全部って言わない?
もちろん全部が全部、最高の演奏と言うわけでもないのだろうが、友人達がここまで私の曲を練習してくれているとは思いもしなかった。
なんだか嬉しいを通り越して恥ずかしいとすら感じてしまう。
「よくそんな沢山の曲を練習したわね、大変だったんじゃないの?」
曲数もそうだが、毎回その時のイメージに合わせて曲調を変えており、バラードにJ-POP、中にはロック調の曲なんかもあり、全てが同じ感覚で弾けるというわけではない。
「そうね、最初は沙耶の曲を演奏してみたいってだけだったんだけど、何と言うのかしら? リズムというかテンポというか、とにかく弾きやすかったのよ」
「弾きやすい?」
あれ? 私の曲ってそこまで簡単って訳でもないんだけれど。
楽譜の方は本屋さんにも並んでいるし、ネットで検索すれば誰かが書き起こしたアレンジ版の楽譜も出て来る。
私は楽器の演奏がほぼ出来ないので、難易度の事を言われるとそこまで詳しくはないのだが、少なくとも一朝一夕で弾けるほど簡単な曲には仕上げていない。
「たぶんfriend'sのせいじゃないかしら? 聖羅さん達はずっと沙耶ちゃんの曲を演奏してきたんでしょう? どれだけ曲調やメロディーを変えても、一人の人間が手掛けているんだから、リズムのようなものがしみ込んでいるのよ。friend’sとキズナが繋がるようにね」
「知っていたんですか!?」
まさか佐伯さんに、キズナの秘密を知られているとは思ってもいなかった。
聖羅達Snow rainの為に書いたfriend's、そしてその続きとして書いたのがキズナという曲。これは誰にも言っていないが、キズナはfriend'sの曲が存在してこそ、初めて本当の曲に仕上がるよう、ある秘密を隠してある。
「わかるわよ、私は沙耶ちゃんの一番の理解者よ。前にも言ったように、私がどれだけ沙耶ちゃんの曲を聞いていると思っているのよ」
毎回驚かされてばかりだが、やはり佐伯さんは本当に凄い。改めてこの人に出会えたことを感謝するばかりだ。
「沙耶、二つの曲が繋がるってどういう意味?」
「まさかfriend'sとキズナがくっつくとか言わないよね?」
まぁ普通はそう思うわよね。
どんなに似てようが、もともと違う曲が一つにくっつくなんて誰も考えつかない事。私だってあの時までは考えもしなかったもの。
「そのまさかよ。friend'sの1番終わりの間奏から、キズナの2番に繋がるの」
「えっ?」
「うそ!?」
「そんな秘密が!?」
「流石沙耶先輩…考えることが斜め上過ぎて、私じゃ思いもつかないです」
卯月ちゃん、それ褒め言葉じゃないからね。
私がこのギミックを思いついたのは昨年の文化祭を手伝った時。
由香里達がそれぞれ描いた曲を、無理やり1つの曲に仕上げようと悪戦苦闘していた事があった。
結局行き詰った彼女たちは私に泣きつき、由香里の曲をベースにしながら、皆の曲をほぼ作り直すという力業をつかったのだが、その時ふと頭によぎってしまったのだ。
もし今ある曲を、途中から別の曲にくっつける事は出来ないだろうかと。
そして一カ月以上もの時間をかけ、出来上がったのがキズナという曲。
「タイトルは付けてはいないんだけれど、敢えて言うならキズナフレンズってところかしら?」
friend'sは出会いや友情の事を歌い、キズナは再会や永遠の友情の事を歌っている。
そしてこの2曲はワザと曲調やリズム感を合わせており、繋げて歌う事で新たな曲が仕上がる。つまりキズナフレンズという、決して表に出る事が無い秘密の曲が完成するのだ。
「何となく、friend'sに似てるなぁとは思ってたけど…」
「まさか二つの曲がくっつくだなんて。キズナに込められたメッセージは、全部受け取ったつもりだったんだけど」
「私だって知らなかったわよ…、いえ、全然気づきもしなかった。キズナにそんな秘密が隠されているだなんて」
聖羅達もまさかそんなカラクリがあるとは思っていなかったのだろう。
私もキズナという曲を作ろうと思うまで、そんな無茶な発想は浮かばなかった。
正直製作期間もめちゃくちゃかかっており、もう一度同じ事をしろと言われても、お断りしたいほど苦労したのだ。
「言っておくけどこの曲のことは秘密よ。私がキズナフレンズを歌う事はないし、そもそもその資格すらもない。半分は遊びみたいなものだから、聖羅達も外では歌っちゃダメよ?」
本音を言えば聖羅達にこそ歌って欲しいが、それはfriend'sの秘密を暴露するようなもの。身内だけで楽しむ分には構わないが、ライブハウスなどで歌うのは流石にまずいだろう。
「分かったわ。ちょっと残念だけど、私達だけで楽しむに留めておくわ」
「そうしておいて」
いつか聖羅達に気づいて貰えればと思い、仕込んでおいた秘密だったが、まさか佐伯さんにバラされるだなんて。
でも気持ちはたぶん通じ合っている。キズナフレンズを歌う資格があるとすれば、それは私では無くGirlishなのだから。
「聖羅、綾乃、皐月、そして卯月ちゃん。改めてバックバンドの方、よろしくお願います」
「えぇ、いいライブにしましょう」
この日、期間限定ではあるがSASHYA with Girlishが結成される。




