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第50話 『美羽』

「美羽、ちょっと待ちなさいよ春日井 美羽」

 昼休み、颯爽と教室から出て行こうとする美羽を見つけ、なんとか廊下で引き留める。


「こんな場所でフルネームで呼ばないでよ」

「美羽が無視するからでしょ」

 今朝から話す機会をずっと待っていたが、休み時間になるとすぐに消えてしまうので、結局捕まえるまで時間が掛かってしまった。


「それで何の用? これでも私は忙しいんだから」

「忙しいって、もしかして創立祭用の曲作り?」

 よくみれば学校支給のタブレットを持っているし、スカートのポケットからはコード付きのイヤホンが顔を出している。

 昨年は創立祭では張り合いもしたが、結局私の不戦敗で勝敗自体は美羽の勝ち。もともと私の特待生を証明するものだったので、結局勝ったのか負けたのかよく分からない結果で終わっている。


「そうよ、今年こそは私が勝つんだから。その為にこの1年を掛けて取り組んでいるのよ」

 うーん、やはり昨年の結果を気にしているのだろう。

 美羽の曲は評価こそそれなりにあったが、その内容は決していい結果だとは言い切れない。

 彼女も昨年は成績優秀で期待の新入生として注目されていたので、彼女なりのプライドが今の状況を許せないのだろう。


 そういえば昨年受けていた文化祭の仕事、美羽は創立祭の後に辞退したって言ってたっけ?


「もしかして、昨年文化祭の実行委員を降りたのって」

「それをあなたが聞く?」

「じゃやっぱり?」

 美羽はそれを私に言わせる? とでも言いたげな視線で睨まれ、ため息を一つついた後に答えてくれる。

「貴女に負けて悔しかったのよ。だから入試用の曲を作った時のように、じっくり時間を掛けて準備したかったの。貴女に勝つためにね」

 そういうことだったのね。創立祭は曲作りを主とする生徒にとっては、最高のステージ。昨年も数名の生徒がスカウトされたらしいし、展示した曲自体を契約した人もいると聞く。

 昨年の結果は残念なものとはなったが、そのとき美羽は既に今年に向けて動いていたのだ。


 だからこそ、ハッキリ伝えておいた方がいいだろう。


「その事なんだけど、今回私は見送るわよ?」

「えっ? なんでよ!?」

「なんでって言われても知ってるでしょ? 私がSASHYAだっていう事を」

 美羽は疑うような視線を送りながら、最後は諦めた様に一息吐くと。

「……本当にSASHYA…なのね…」

「もしかしてまだ信じてくれてなかったの?」

 美羽は私の言葉を聞くと、一度重そうなため息を一つつき、改めて私の方に向き合う。


「信じたくなかっただけよ。でもきっとそうなんでしょうね、正直いまだに信じられないというのが本音だけど、聖羅達がよく言っていたわ、私の友人に凄い音楽感性を持っている子が居るって。それがあなたね?」

 そういえばSnow rainのセカンドシングルで、聖羅達とは接点があったのよね。そこで私の話でも聞いたのだろう。


「聖羅が言ったのなら多分私よ。前にも言ったと思うけど、Snow rainのメンバーとはそれなりに関係が深いからね」

 流石にfriend'sの事までは知らないだろうから、その辺りは触れないようにしておく。

「まぁいいわ。納得はいかないけれど、どうやら今の私じゃあなたにライバルとすら認識されていないようだし。それで呼び止めた理由はなに? まさか創立祭に作品を出さないことをいいたかっただけ、ってわけじゃないわよね?」

「えぇ、お礼を言いたくてね」

「お礼?」

 美羽は私の言葉を聞き、何かを考えるような素振りを見せる。


「お礼を言われるような事は思いつかないけど?」

「この前のパーティーのことよ」

「この前って、貴女が乱入して大暴れたアレよね?」

 大暴れって…。

 乱入に関しては叔父さん達に同行をお願いしたとはいえ、招待もされていないので乱入を言われれば乱入だろう。だけど暴れた事もなければ喧嘩をしたこともない。精々迷惑な招かざる客といったところだろう。


「うーん、ますます分からないわ。逆に両親のことで文句を言われるならわかるけど、お礼ってどう言う意味?」

 美羽は再度考える素振りを見せるが、どうやら本当に心当たりがないのだろう。

 むしろ私に文句を言われるんじゃないかと、身構えている様にも感じられる。


「付きまといの件は美羽には関係無いでしょ? 」

 いくら彼女の両親がしたこととは言え、それは本人には関係のないこと。

 これが親子逆の立場なら、子供の不始末は親の責任として注意ぐらいはするが、本人が関わっていないのに文句を言うのは筋違いだ。


「お礼を言いたいのは、あなたのご両親に私がSASHYAだって事を言わなかったことよ。それを言われていたらもっとややこしい事になっていたもの」

 私に理由を言われ、ようやく何のことか理解出来たのだろう。美羽は「あぁ、そのこと」と何でもないように小さく呟く。


「別にお礼を言われる筋合いはないわ。さっきも言ったように信じたくもなかったし、その件は五十嵐さんからキツく注意を受けているから」

 美羽は最後に、クラスメイトにバラしたのは私じゃないからねと付け加えてくる。

 うん、それは知ってる。

 クラスメイトにバレているのは多分アイドルプロジェクトの番組と、私達の日頃の言動から気づかれたのだろう。

 最近じゃ聞こえているのに聞かなかったフリが、教室内には浸透しているので、もしかすると既に全員にバレているんじゃないかとすら考えている。


「とにかく、その件だけはお礼が言いたかったの。それだけ」

「相変わらずよく分からないわね、でもまぁいいわ」

 美羽はそう言うと、首をかしげながら私に質問を投げかけてくる。

「一つ答えて、貴女本当に実力で特待生を得たのよね?」

「初めからそういってるじゃない」

 私は特待生になった経緯を説明する。


「そう、Kne musicからの推薦…」

「年末にスカウトされて、そのまま契約を結んじゃってね。もともと一般入試で受けるつもりだったから、それじゃお言葉に甘えようかと。デビューの準備とかもあったから、正直助かったわ」

 あの頃は学校が終わればそのままボイストレーニングを受けに行き、夜はデビュー曲作りとVtuberの配信をこなし、休みの日は連日打ち合わせと関係各所に挨拶回りと、今よりも確実に忙しかったと言えるだろう。


「ねぇ、私からも一つ尋ねてもいい? 前に美羽が言っていたことが気になっちゃてね」

 それは昨年の創立祭に言っていた『お父さんの会社を』という言葉。

 そのあと彼女は動揺するように逃げて行き、その後も何度か尋ねようとしても、ずっと避けられていたので結局今までその理由を聞けていない。

「あの時言ったあの言葉、私には全く心当たりがないのよ」

 もし私が知らない間に何かをしていたのなら、謝罪しなければいけないのだろうが、まったくと言っていいほど心当たりが思い当たらない。

 仮に叔父さん絡みだとしても、私と直接関わる内容ではない筈だ。


 美羽はどこか諦めた様に、ため息を一つ吐きながら教えてくれる。

「あの件は私の誤解よ。兄から会社の仕事が飛んだのは、貴女の裏入学に、大輝さんがお金を使ったからだと聞かされていたのよ」

 彼女が兄と呼ぶのは、恐らくパーティーの時に美羽の隣にいた男性の事だろう。

 詳しく話を聞けば、美羽の父親が経営する会社で、叔父さんに新しい管理システムを売り込んだらしい。だけど結果は契約を結べず、その後もどこの会社とも取引がなかった事から、時期的に私にお金を使った為、資金不足から断られたのだと思い込んでいたらしい。


「何よそれ、勘違いも甚だしいわね」

「全くよ、貴女にも随分迷惑を掛けたわね」

 美羽にしては素直に謝って来るとは珍しい。私が持つ彼女のイメージは豪胆でわがまま、自分は全て正しいと思い込み、謝罪するなんてプライドが許せないって感じなのだが。


「何よその顔」

「いやちょっと驚いて…」

「はぁ…、相変わらず嫌な性格をしているわね。私だって悪いと思えば謝りもするわよ」

 もしかして私は美羽という子の存在を、大きく勘違いしていたのだろうか。

 音楽業界で花開く為の努力を惜しまず、ひたむきに夢へと向き合うその姿は、間違い無く彼女の魅力だ。


「この際だからついでに言っておくけど、私は周防家とは関係無いわよ」

 大体の事情はこの間のパーティーで伝えたし、叔父さんが出してくれていた費用も全てお返しした。

 利息云々までは含まれていないが、そこは親族なのだから多めにみてもらいたい。


「もしかして信用していない?」

「当たり前でしょ、あの状況をみてどう勘違いしろというのよ」

 あれ?

 美羽の様子から信じていない事は想像がついたが、まさか本当に本人の口から聞くとは思わなかった。

 私はてっきりツンデレ属性でも発動し、最後は「わかっているわよ」とかの返事が返ってくるものだと信じていた。


「貴女、あの後どうなったか知っている?」

「あの後? 私達が帰った後ってこと?」

「そうよ、あれほど怒鳴られたお爺さまを見たのは初めてよ」

 え、どういうこと?

 一応翌日一緒に行ったお墓参りで、叔父さんからその後の経緯は聞いた。

 だけど祖父が怒っていたという話は聞いていないのだ。


「祖父が怒った理由って、私に対して?」

「なんでそうなるのよ、逆よ逆。貴女達に付きまとったり、二人の生活を脅かしたとかで、お爺さまが関わった全員に、二度と顔を見せるな! っておっしゃったのよ」

「えぇーーー!?」

 その翌日には泣き疲れた親族から、叔父さんが仲裁へと入り、何とか関係を保つことが出来たらしいが、結局祖父の怒りを静めるために、取引内容が半分になったり、進めているプロジェクトからはずされたりとか、今も結構な騒ぎになっているんだとか。


 すぐに切り捨てなかったというのは叔父さんらしいが、やはり大きな会社の社長ともなると、相手側の社員なんかも気にされているのだろう。

 それにしても祖父がなぜ私の事で怒ったかというのが分からない。


「ねぇ、美羽。それって本当に私達のため? 周防の名前を傷つけたとか、そういう理由じゃないの?」

「違うわよ。ハッキリと孫達を苦しめるとは何事だ! っておっしゃっていたもの」

 美羽の言葉を借りるつもりは無いが、その理由が益々分からない。

 私達って祖父母に嫌われていた筈なんだけどなぁ。


「何を考えているのよ」

 私が急に黙り込んでしまったので気になったのだろう。

「いやね、私のお母さんって決まっていたお相手を無視して、お父さんと駆け落ちしたらしいのよ。だから祖父母には嫌われてて、会ったのもこの間で2回目よ?」

「えっ? 何その話、聞いたことないけど」

 どうやら美羽は知らない情報だったようで、少し考える素ぶりを見せながら、私にこう尋ねる。


「つまり貴女達はお爺さまに嫌われていると、そう言いたいの?」

「そう。事故で入院している時に初めて会ったんだけど、それはもう酷いものだったわよ。内容はあえて伏せておくけど、私はそれでどれだけ苦しんだか」

 少なくとも沙雪が助かっていなかったら、本気でどんな行動を起こしていたかも分からない。


「初めて聞いたわ…」

 美羽はそれだけつぶやくと、右手の拳を自分の顎に添えながらこう続ける。

「でもそれが本当だったとしても、俄には信じられないわね」

「信じられないって、どこが?」

「私の両親の事は知っているでしょ? その…さんざん迷惑を掛けたみたいだし…」

 美羽も事情は把握しているのだろう。後半部分は何とも言いにくそうに、最後は顔をそらしながら答えてくれる。


「父さんが経営する会社…、さっきも言ったけど、仕事を売り込みにいっただけで、別に取引関係とかじゃなかったのよ。親族としての関係も、お母さんのお母さんが周防のお嬢様だったとかで、お爺さまとは随分遠い親戚らしくってね」

 美羽は自分がお爺さまと呼んでいても、向こうは親族の一人としか認識していないはずよと付け加えてくれる。

「だから取引停止だって言われても、それほど困ることもあまりないのよ。だけどそれだけじゃ怒りの気持ちが抑えきれなかったんでしょうね、翌日に呼び出されて、貴女達に近づかないって念書を書かされた上で、二度と顔を見せるなと絶縁を言い渡されたそうよ」

「なっ!?」

 今回一番の加害者を挙げろと言われれば、私は間違い無く美羽の両親だと告げるだろう。

 聞けば美羽の両親は祖父からお金を借りているらしく、早期の返済をちらつかされた末、念書を目の前で書かされたらしい。


「それって一番ひどい罰ってことよね?」

「そうね、周防グループの親族会社ってだけでも意味はあるから、絶縁されたって噂が広まれば、取引をしているところからは警戒されるでしょうね」

 企業同士の駆け引きには詳しくないが、周防グループのネームバリューから考えると、大企業を怒らせないようにと今後の取引は慎重になるはず。

 流石にすぐに切り離す、なんてことはないとは思うが、どこかのタイミングで取引先を変える、なんてことぐらいはあり得るだろう。


「それだけうちの両親はお爺さまを怒らせたのよ。そんなお爺さまが貴女達のことを何とも思っていないと思う?」

 うーん、そう言われると祖父の怒りが伝わってくるが、正直ピンとこないと言うのが本音だ。

 そんな事で祖父母の見方は変わらないし、これからも会うことはないと思うので、いま考えたところで答えは出ない。


 一度叔父さんに尋ねてもいいのだろうが、もし本当に私達の事を想っていらっしゃるなら、いまも私の内にくすぶる怒りの感情は、いったいどこへ吐き出していいのか…。


「ごめん、やっぱりすぐには理解できない」

「別にすぐに答えを出さなくてもいいんじゃない? 貴女にもいろいろ事情があるみたいだしね」

「ありがとう、それで美羽の方は大丈夫なの?」

 ご両親が大変な状態になっているのだ、娘の美羽も影響は受けるだろう。


「さぁね? 兄はともかく、私は家を継ぐ気もないし、父が経営している会社の事もよく分からないから。…ただ売り込もうとしていた相手から、二度と顔を見せるなと言われたら、流石にキツいでしょうね」

 美羽の両親が経営する会社の事情はよく知らないが、あれほどしつこくお金お金と言ってきたのだ。祖父からもお金を借りていると言っていたし、経営の方は恐らく上手くはいっていないのだろう。


「ともかく、私の方は気にしなくてもいいわよ。今すぐどうにかなる状況ではなさそうだし、学生のうちにどこかのレコード会社から、契約をもぎ取る予定だからね。貴女にライバルだと認めさせるまで、立ち止まるつもりはないわ。せいぜい今の場所から眺めていなさい」

 私はまた美羽という一人の人間を、誤った認識をしていたようだ。

 彼女は私なんかよりもずっと強い。どんな状況でも努力を惜しまず、自分の考える通りの道をただひたすらと突き進む。


 私は音楽に携わる人達をライバルだとは認識できない。音楽なんてものは聞く人達の感性によって異なるのだし、数学のように正確な答えがあるわけでもない。

 いい曲はいい曲だし、悪い曲も人によっては響くものもあるだろう。

 もし私がライバルという言葉を使うなら、それは多分競い高め合う友人の事を指すのだろう。


「美羽、私に言われても嬉しくは無いでしょうけど、これはSASHYAからのアドバイス。無理にいい曲を作ろうって思わなくてもいいの、曲を演奏する人達のイメージに合わせ、伝えたい言葉を歌に乗せる。そして一番大事な事は自分が楽しむこと、自分が楽しくなきゃ、聞いてくれる人も楽しくないわ」

 美羽に足りないのは、恐らく曲を演奏するときのイメージが出来ていないこと。

 馬で例えるなら、どんなにいい馬でも騎手が下手なら成績は残せず、騎手が上手でも馬との相性が悪ければ結果は同じ。

 一番良いのは馬の気持ちをよく理解し、下手でも一緒に上位を目指そうとする想いが一番大事なんだと私は思う。昔の人の言葉を借りるなら、人馬一体という言葉が近いだろう。


「演奏するときのイメージと、自分が楽しむこと…ね。一応参考にはさせてもらうわ。SASHYAに伝えて、ありがとうって。それじゃもう行くわね」

 引き留めて悪かったわね、と彼女の背中を見送る。

 もしかすると、彼女がいつか私の前に立ち塞がる時が来るのかもしれないが、それはそれで友達になれる機会が増えると考えれば、案外悪くない未来なのかもしれない。

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