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第49話 『お金の話』

「うぎゅーーー」

 大型連休が明け、ようやくいつもの日常が戻ってきたが、私の心は曇り空。

 今日も朝から憂鬱な気分で、意味不明な言葉を吐きながら机の上に身をゆだねる。


「休み明けになんて声を出しているのよ。連休中の仕事はなかったんでしょ?」

 朝から心配して声を掛けてくれたのは、元小学生アイドルをしていた親友の鈴華。その隣にはアイドルグループ『Shu♡Shu(シュシュ)』のメンバーでもあるみちるもいる。


「仕事は無かったんだけど、忙しかったのよ」

「忙しかったって、私達の曲でも作ってたの?」

「残念ながらそれも違うわ」

 みちるが言っているのは、Shu♡Shuが歌う事になる三枚目のシングル曲。私が作詞作曲を担当した、一枚目のシングルが予想以上に評判がよく、そのまま二枚目のシングルも引き続き依頼されたのだが、ちょうどその頃ドーム公演やら、デビュー一周年ライブやらで、結局一つとばして三枚目の曲としてお受けした。


「だったら何に悩んでいるのよ。先月出した新曲も売れているみたいだし、Mステのスペシャルだって上手くやっていたじゃない」

 先月リリースした新曲、『はじまりの歌』。デビュー一周年ライブ用に書き下ろした曲で、改めて初心を忘れないため、嘗て抱いていた夢をコンセプトに作り上げた。

 因みにこちらの曲は、4月から始まった朝のニュース番組にも採用されている。


「仕事は順調…って訳でもないんだけど、予定の範囲内には進んでいるのよ」

 先月がほぼ仕事にならなかった分、仕事が溜まっているのは否定しないが、佐伯さんが新規のお仕事を入れないようにしてくださったので、結果的に予定通りには進んでいる。

 いま依頼があるのは、先ほども言ったShu♡Shuの新曲だけだし、空いた時間にセカンドアルバムに収録する曲を作るぐらいなので、珍しく時間的には余裕があるのだ。


「じゃ何に悩んでいるのよ」

「それがその…生まれて初めて借り入れをしちゃってね…」

「借り入れ? 何を買ったのよ」

「それがその…マンションを…」

 仕方がなかったとは言え、人生でもっとも高い買い物をしてしまい、その借り入れを返せるかどうかが、今の私の悩みの種だ。

 私としては安い賃貸のアパートでもよかったのだが、佐伯さんと叔父さん夫婦に、年頃の女の子が暮らすのにそれじゃセキュリティが弱い! とか言われてしまい、最後はKne musicの社長の紹介で、あれよあれよと今のマンションに決まってしまった。


「あ、あなたねぇ…、高校生が買い物するレベルじゃないわよ!」

「で、ですよねぇ…」

 分かってる、分かってはいるのよ。でも仕方がなかったのぉぉ!!

「それで、いくらのマンションを買ったのよ」

「えっと、それがその…………5億円ほど………」

 ぶふっ。


「ご、ご、ご、ごおくえん!!!!!?????」

 鈴華は驚きのあまり声には出来ず、みちるは教室中に聞こえるような大声で叫んでしまう。

「ちょっと、みちる、声が大きいって!」

 慌ててみちるの口を塞ぐも、流石に今のは聞かれてしまったようで、何事かと視線が集まってしまう。


「あなた、何考えてるのよ! 5億円のマンションなんて、普通の高校生に払えるわけないでしょ!!」

「でも沙耶は普通じゃないよ?」

「そ、そうだったわね…」

 本人は何も言っていないのに、何故か納得してしまう友人の二人。

 いやいや、普通の高校生なんですけど!?


「こんな事聞いたらダメなんでしょうけど、いくら稼いでるのよ」

「えっと…その…昨年だけでおよそ9千万ほど…」

 詳しい額は伏せさせてもらうが、昨年出したシングル4枚とアルバム1枚が、全てが週間ランキングで1位を取っており、中でもJewel the Heartはミリオンを達成してしまった。


 これはその人の人気度と、会社との契約によっても異なるのだが、CD1枚辺りの割り振りは、レコード会社が50%、販売するCDショップが26%、商品に加工するプレス会社が17%、音楽出版社が3%、印税やらを管理するJASRACが1%、残り3%を作詞した人、作曲した人、そしてアーティストに1%ずつ割り振られると言われている。

 つまり私の場合、1,000円のシングルが1枚売れれば30円の収益となり、単純に計算すると、Jewel the Heartだけでおよそ3千万を頂いている事になる。


「きゅ、9千万って、ほぼ1億円も稼いでるじゃない!」

「そ、そんな興奮しなくても」

「興奮するわよ! …でもそうね、シングル4枚にアルバム1枚、そのすべてが週間ランキング1を取っているんだし、どうせVtuberの収益も相当なものなんでしょ? 年末にはドーム公演もしてるんだから、それぐらいあっても不思議じゃないわね」

「えっと、ドーム公演の収益は今年にまわってて…」

「入ってないの!?」

 驚きというか、呆れというか、何とも複雑な表情を向ける鈴華。

 だって仕方が無いじゃない、ドーム公演は年末にあったんだし、関係各所への支払いから、グッズやスポンサー企業からの収益に加え、ライブの様子を収録したDVDなんかもあり、私の手元に振り込まれたのは2月の下旬頃だったのだ。

 コンサートではそれほど収益が出ないと言われがちだが、流石に8万人の来場が3日間も続けば、それなりの額が出るみたいで、結構な額が私の口座へと振り込まれている。


「凄いだろうなぁ、とは思ってたけど、沙耶ってそんなに稼いでたんだ。私と比べるのも何だけど、2つぐらい桁が違うよ」

「私は曲も歌詞も自分で書いているからね、『きらら』の売り上げも幾らか私の方に入っているし、CMなんかのスポンサー企業からも入ってくるから、純粋な歌の売り上げだけじゃないのよ」

 みちるの場合はデビューしたのが9月頃だし、CDの売り上げも1%を7人で割るようなものなので、恐らく曲自体の収益は殆ど見込めないはず。

 その代わりShu♡Shuには、番組の側から出演料として幾らか入るので、スポンサーが付くまでの間は、採算度外視で頑張るしかないだろう。


「それだけ稼いでるのなら、数年で払えるんじゃないの?」

「佐伯さん…、私のマネージャーもそう言ってたんだけど、人気が落ちたらって思うと怖くなっちゃって」

 明日は我が身、いつ何時人気が落ちるとも限らないし、怪我等をして急に休まなければならなくなったと考えると、支払いが確実に滞る。

 そうなれば、私は沙雪と一緒に橋の下で凍える日々を過ごさなければならなくなる。…ちょっと大げさ?


「心配しなくても今のSASHYAなら大丈夫よ。怪我だって会社で保険に入らされているでしょう?」

「そういえばそうね」

 保険とか言われてもよく分かっていなかったので、すべて佐伯さんにお願いして私はサインをするだけだった。

 それに借り入れも全部悪い事ばかりではなく、佐伯さんが言うには毎年払う税金対策にもいいらしいとの事。


「まぁいいわ、それだけ稼いでいるなら、次からアップルパイ一つぐらい迷わず注文しなさい」

「そ、それは今関係無いでしょ!」

 二人には私達がよく行くファストフード店で、毎回アップルパイを追加で頼むかどうかを見られているので、恐らくその事をいっているのだろう。

 若干恥ずかしくて大声を出してしまったが、根が貧乏性なので多めに見てもらいたい。


「それより沙耶、今年の夏に全国ツアーをするんでしょ? アルバムの方は順調なの?」

 それは夏休みを利用した日本の7か所を回る全国ツアーのこと。先日ファンクラブを通して告知された最新の情報で、今のところ会員限定のサイトでしか詳細は見ることが出来ない。


「よく知っているわね、まだ表の公式サイトでは発表もされていないのに」

「鈴華って沙耶のファンクラブに入っているからね」

「そうなの!?」

 SAHSHAのファンクラブには年に一度会費が発生するが、会員全員にパスワードが書かれたカードが発行され、専用のサイトにアクセスできるほか、そこでしか見れない動画や公演で扱ったグッズなども販売されたり、コンサートがあるときにはチケットの先行発売なども行われている。


「いいでしょ別に」

 そう言いながら、若干テレ気味にプイっと顔を反らす鈴華が妙に可愛い。

「それで実際のところどうなの? 前回のアルバムはVtuberの時代に発表した曲が含まれてたけど、今回は殆ど書き下ろしなんでしょ?」

 おっと、そうだった。鈴華が可愛くて聞かれていた内容をすっかり忘れてしまった。

 一般的にコンサートをする前にアルバムを出す事はよくあること。昨年は1枚目のアルバムを基準にドーム公演を開いたが、今年の全国ツアーはこれから出る、2枚目のアルバムを基準に構成される。


「妙に詳しいわね。鈴華の言うとおり今回は6曲が書き下ろしよ」

 1枚目のアルバムには全9曲が収録されており、その内の2曲はシングル用に書き下ろしたもので、『Jewel the Heart』を含む5曲は、デビュー前にVtuberで発表したもの。

 さらに収録されている『Brand New World!』は、『Fleeting love』のカップリングだったので、実質新しく書き下ろしたのは1曲のみとなる。


 今回2枚目のアルバムとなる『SASHYA the 2nd』には、4枚目のシングルである『ローズマリー』と、5枚目の『キズナ』、そして先月発売した『はじまりの歌』の3曲が、既に収録されることが決まっており、今回も前回同様9曲の収録を予定しているので、残り6曲は書き下ろさなければならない。


「今のところ進捗状況は8割程度ってところかな。書き溜めていた曲も幾つかあったし、何曲かは既にレコーディングも終わっているのよ」

「書き溜めていたって、あのスケジュールでよくそんな事が出来たわね」

「そこはまぁ、空いた時間に?」

「普通貴女ぐらいのアーティストなら、時間なんて空かないわよ」

 鈴華はそう言うが、私はメディア出演を控えていたと言う事もあり、平日は比較的自由だった。

 たぶん学業を優先させたいという私の言葉から、佐伯さんが上手く調整してくださっていたんだとは思うが、その代わり休みの日にはみっちり予定を組まれていたので、どこまで信用していいのかは怪しいところ。

 そのおかげでマンションも買えたのだから、一概に悪い事ばかりでないのだが…。


「でも、だからこそSASHYAが一流のアイドルになれたんでしょうね」

 いや、アイドルじゃないんだけれど。

 世間ではSASHYAは次世代アイドルと言われてたりもするが、私自身はミュージシャンだと思っている。

 何がどう違うかと問われると答えを窮するが、要は心の持ちようだと思って欲しい。


「まぁ、そんなところだから、アルバムの進捗も順調。Shu♡Shuの曲も今月中には完成させる予定だから、もう少しだけ待っていて」

「りょ! 期待しながら待ってる」

 Shu♡Shuは振り付けの時間も必要だから、デモ曲だけでも早めに渡せるようにした方がいいだろう。

 佐伯さんにはホントに感謝ね。私の事情を汲み取り、先月は仕事を入れないようにしてくださったおかげで、随分余裕が出来た。

 この後一気に仕事を入れられそうで怖いけど、たぶん…きっと…無茶な予定は組まれない…筈よね?

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