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第47話 『周防の陰(後半)』

「沙耶ちゃん、そちらの方は?」

 4月も半ばに差し掛かった頃、改めて先日私が告げた内容を相談しようと言う事になり、叔父さん夫婦と、最近お世話になっている顧問弁護士の方が我が家に訪れた。


「初めまして、沙耶さんのマネージャーを務めております、佐伯 香といいます」

 今日の話し合いに向けて、私の方も色々準備を進めてきた。

 だけどたかが高校生に出来る事など少なく、佐伯さんにそれとなく相談してみたのだが、思いのほか事が大きくなってしまい、最後はKne musicの社長まで巻き込んでしまった。


「マネージャー? そういえば沙耶ちゃんは音楽の仕事をしているんだっけ?」

 私のマネージャーだと紹介され、なぜか戸惑う様子をみせる叔父さん夫婦。

 あれ? そういえば叔父さんに私がSASHYAだってこと、話したっけ?

 頑張って思い返すも、叔父さんに仕事の内容を話したという記憶が一切思い出せない。あるとすれば、仕事を始める際の相談と、契約書の保護者欄に記載してもらっただけ。


 サァーーーーーーーーーーーーッ!!!

 冷たい汗が溢れるのは仕方ないと思うんだ。


「沙耶ちゃん…あなたもしかして…」

「きゃーーー、すみませんすみませんすみません」

 冷たい視線を向けてくる佐伯さんを無視し、叔父さん夫婦に平謝りをする私。

 そうか、私の収入の事を知らなかったから、あれほど心配してくださったのか。


「実は…」

 結局話し合いの前に、私の事情を説明する羽目に。

 SASHYAの事は叔父さん夫婦もご存じだったようで、私の正体を告げると大層驚かれてしまった。

 因みに顧問弁護士さんは私のファンだったそうで、サインを欲しそうにされていたので、喜んで対応させていただいた。


「まさか沙耶ちゃんがあのSASHYAだったなんて」

「ほんと、ビックリだわ」

「本当にすみません。てっきり話していたものだとばかり思っていたので」

 これは本当。もともと叔父さん夫婦には隠し事をするつもりなど無かったし、隠す必要もなかったので、てっきり話している事を前提でお世話になっていたのだ。

 まさか根本的な部分が抜けているとは思ってもいなかった。


「すみません、お姉ちゃんしっかりしていそうで、結構抜けているんです」

 ユキ、フォローしているんだと思うけど、それ全然フォローになっていないからね?


「まぁ、状況はわかったよ。これでも姉さんには随分振り回されて来たからね」

 んん? もしかして私、お母さんと同類だと思われている? お母さんはしっかりしているようで、どこか抜けているところがあり、いつも周りが振り回されていた。

 いい意味で言えば飽きることがなく、悪い意味で言えばトラブルメーカーだと、よくお父さんが笑いながら話していたのを思い出せる。


 うん、私と全然似ていないじゃない。


「さて、沙耶ちゃん…コホン、沙耶さんの事情をご理解して頂いたところで、私が本日立ち会った理由をご説明させて頂きます」

 佐伯さんが営業モード入り、ここに至るまでの説明をしてくださる。


「ご存じかもしれませんが、沙耶さんは現在当社を代表するアーティストです。私達としまして出来るだけ表に出さず、穏便に事の解決をしたいと考えています」

 アーティストの一番の懸念は、恐らくスキャンダルだろう。

 どこに記者の目があるか分からないので、会社としても速やかに解決させたいと思うのは当然のこと。

 幸い私は素顔を隠しているので、すぐにバレると言う事はないが、お家騒動に巻き込まれていると知れば、マスコミのいいネタになることだろう。


「それはこちらとしても同じです。沙耶ちゃんとユキちゃんは嫌と言うほど苦しみを味わっています。出来る事なら平穏な日常を過ごして欲しい、それが私達の願いでもあります」

 やはり叔父さん達は私達の事を大切に思ってくださっている。

 私達姉妹がこうして過ごせているのは、間違いなく叔父さん夫婦のおかげだろう。


「それを聞いて安心致しました。では今後の対策を提案する前に、一つ確認した事がございます」

「なんでしょうか?」

「大型連休に、ホテル開業のパーティーが開かれるそうですね?」

「えぇ、それが何か?」

 質問の内容に戸惑いを見せる叔父さん。

 今回佐伯さんに相談した際、社長の紹介でKne musicの顧問弁護士さんを紹介して頂いた。

 そこで念入りに対策を考え、ひとつの結論に到達した。


「そのパーティーに、沙耶さんと沙雪さんを参加させられませんか?」

「パーティーに参加…ですか?」

 叔父さんは一度叔母さんと顔を合わせてから、不思議そうに再びこちらに顔を向けられる。

「私達と一緒にいればそれは可能ですが、その…正直気分のいいものにはならないと思いますが…」

 それは当然だろう。パーティーといえば祖父母も出席するだろうし、その場にいる大半は恐らく周防の関係者。ぶっちゃけ参加しろと言われても、参加したくないというのが本音だ。


「もちろん理解しております。理解した上でお願いしているのです」

「…目的をお聞きしても?」

 流石に警戒されたのだろう。

 嫌な思いをするというのに、私達姉妹に参加させろと言っているのだ。叔父さんじゃなくとも警戒するのは当然だろう。


「沙耶さんからお聞きしていると思いますが、二人が置かれている状況は大人から見ても恥ずかしいものです。そしてその原因が何かも分かっております」

「………つまり、元凶の前で原因を潰す……と?」

「ご理解が早くて助かります」

 そう、Kne Musicの顧問弁護士さんが考えた策は、元凶が集まるパーティーで、原因となっている事案をぶっ壊すという提案。

 以前叔父さんが提案してくださったのは、一人一人近づくなという注意喚起。今は何とか落ち着きを取り戻しつつあるが、この先もこのままという保証はどこにもない。それに一人一人注意したとしても、全員が従うとも思えないので、それなら多くの人が集まる中で、大々的に相続を放棄すると告げれば、一気に解決できるのではないだろうか。


「そうですか…。いえ、我がままかもしれませんが、沙耶ちゃん達には生活に困らないようにしたかったのです……」

「お気持ちは察します。沙耶さんからも、お二人にはご迷惑を掛けたくないと強く希望されていますが、現状では大元を絶たなければ本当の解決には至りません。幸い沙耶さんには収入面での心配はなく、本人も遺産には興味が無いとお伺いしていますので、平穏な生活を取り戻すにはこの提案が最善なのです」

 叔父さんには悪いが、私の意思はすでに決まっている。

 もともと祖父母の遺産には興味がないし、生活面での心配も殆ど無い。それに今まで全く祖父母の存在すら知らなかったのだ。今更相続する権利があるからと聞いて、我が物顔で貰おうとなんて考えてもいない。


「沙耶ちゃん、本当にいいんだね?」

「はい、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」

「…はぁ、謝るのは私の方だ。こんなにも自分が無力だなんて思わなかったよ」

 叔父さんの気持ちだけは素直に感謝したい。

 自分を苦しめるほど、私達姉妹の事を考えてくださっているのだ。そのお礼はいつかお返ししたいと心に誓う。


「ではこちらの書類に。立ち会いはそちらの顧問弁護士さんにお願いしても?」

「構いません。もともとその可能性も配慮して同席しておりますので」

 相続や金銭の貸し借りなど、正式な書類を用意する場合、第三者として弁護士さんなどに立ち会いをお願いするのが通例。

 当初はこちら側も、顧問弁護士さんに立ち会いをお願いしようかとも考えたが、それでは叔父さんに失礼だという事になり、佐伯さんのみ立ち会いをお願いした。


「確認いたしました。それではこの書類はそちらの弁護士さんにお預けしても?」

「もちろんお預かりします」

 やはりこういうやり取りを見ると、佐伯さんは本当に凄いんだと改めて実感してしまう。

 事前の打ち合わせでは、相続放棄の書類は私でも叔父さんでもなく、あちら側の弁護士さんにと決めていた。理由は私が保管していても信用されないだろうし、叔父さんに預けていても、いざその時になれば躊躇されるかもしれない。

 最悪叔父さんが偽装したとか言い出す者も出てくるかもしれない。そのため証人が多いこの場で、弁護士さんに預けるのが一番なんだそうだ。


「それでは次の議題を」

「まだ何か懸念が?」

「はい、むしろこちらが本命と言っても差し支えないかと思います」

 佐伯さんが今日同席してくださった本当の目的。

 叔父さんと叔母さんは佐伯さんの話を真剣に聞き入り、その表情を次第に曇らせていく。


「まさか彼がそんな事を…。いや、それよりも沙耶ちゃん、君たちは本当にそれでいいのかい?」

「私もユキも同意の上です」

 佐伯さんから内容を聞き、困ったように様に表情曇らせる叔父さん夫婦。

 恩を仇で返すようで申し訳ないのだが、こちらの懸念を全て排除しようとすれば、避けては通れない道でもある。


「よかれと思ってしてきたことが、よもや二人を追い詰めることになるだなんて…」

 流石に叔父さんも、事実を告げられて気落ちしてしまったのだろう。

 それほどこの提案は酷く過酷なものなのだ。


「叔父さんも叔母さんも、私達の事は心配なさらないでください。これでもこれでも結構貯め込んでいるんです。むしろお二人の気持ちをおろそかにしてしまう事が申し訳なくて…」

「いいんだ沙耶ちゃん。だけどこれだけは覚えていて欲しい、少しでも私達が無理だと判断したら、力ずくでも介入させてもらう。二人は姉さんの大切な娘だ、二人に何かあれば合わせる顔がないからね」

 私達はなんて恵まれているのだろう。叔父さんも叔母さんもこれほどまで、私達姉妹の事を思ってくださっている。

 私は自分の力だけで生活を送っていると思っていたが、二人の存在があったから今の私達がいるのだ。


 だからこそ、ここまで追い詰められる事になった原因を私は許せない。


「それで佐伯さん、もう一度確認しますが彼が情報を漏らしていたと言うのは事実ですか?」

 それは叔父さんの自宅にも出入りできているという一人の男性。


「こちら側でも調べましたが事実です」

 佐伯さんはそう口にすると、一枚の紙と数枚の写真を叔父さんに手渡した。

 私は紙に書かれている内容の事はよく知らないが、恐らくリークした人の名前が書かれているのだろう。


「先に申しておきますと、確固たる証拠はございません。お渡しした写真も、ただ会っていただけど言わればそれまでです。ですがここ数日、沙耶さんの所に押し掛けて来た人物達と、毎日のように代わる代わる会っていたようで、何かしらの見返りに金銭を受け取る様子も確認できております」

 それは私の情報が何処からか漏れていると相談した結果の報告。

 佐伯さんがどのように調べられたのかまでは知らないが、これが本当ならば、高校に提出した出願書の内容が、美羽の両親に筒抜けだった事も説明ができる。


 ただ私がSASHYAだとバレていなかったのは最後まで謎のままだったが、そこは単純に叔父さん達も知らなかっただけなようで、これで全ての疑問が解決するに至った。

 おお、こんなところで私のおっちょこちょいが役立つなんて! 全然うれしくないやい、グスン。


「分かりました、後はこちらで調べさせていただきます」

 叔父さんはそう言うと、紙を弁護士さんに手渡した。


「それで、書かれているもう一つの事案に関しては?」

「私の口からは伝えておりません。その役目はご親族でもあるお二人の役目でしょうから」

 ん? 何のことだ?

 話の内容から察するに、先ほどの紙には別の何かが書かれていたんだと推測できるが、その内容も二人が口にする意味もまるで分からない。


「何から何までご配慮に感謝いたします。この事はいずれ私達から二人に伝えますので」

「その方がよろしいでしょう」

 どうやら私達に関係しているようだが、二人とも今は話す気がないのだろう。

 私は叔父さんも佐伯さんも信用しているので、二人が話す時期じゃないと判断したのなら、その時が来るまで待つしかない。


「以上となります。先ほどお願いしました件は後日改めてという事で」

「分かりました。私達も覚悟を決める時なのでしょう。ただパーティーの件ですが…」

 叔父さんはそう告げると、一度私のほうを向きながらこう続けた。


「実は祖父は少し体を壊しておりまして、パーティーには出席出来ないのです」

 そういえば倒れられたとおっしゃっていたっけ。

 年齢的にそれほどご高齢と言う訳ではないが、やはり疲れでも溜まっていたのだろう。叔父さんも貧血だとおっしゃっていたし、しばらくは休養していても不思議ではない。


「その辺りについては問題ございません。目的はあくまでも元凶に事実を見せつけられればいいのですから」


 こうして来るべき日に向けて、秘密裏に準備が進められていく。

 これで私ができる事は残り僅か、大きな部分ではどうすることも出来ず、一時的ではあるが平穏な日常を取り戻せた。

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