第5話 『一樹の扱い方』
「さーやん、早くない?」
曲作りを初めて1週間、デモ曲が出来たよという事で、近くのカラオケに集まっての試聴会。そこで出てきたのが綾乃の今の言葉だ。
「それがね、思いの外調子がよくって、自分でも正直驚いてるのよ」
今までは曲を作るにあたり、あやふやな完成イメージしか持ってなかったが、今回はハッキリと一樹達のバンド曲という目的があった為か、スラスラといい感じのメロディーが沸いてきた。
いやー、自分でもこんな才能があっただなんて知らなかったわ。(自惚れ)
「取りあえず流すね」
そう言いながら、持参したノートパソコンをテーブルに置いて、音楽ソフトから音源を再生する。
うん、我ながらに良いでき。まだデモ曲という事で、各楽器の肉付け作業は終わっていないが、歌詞を書く事になっている一樹にはこれで十分。
お互いこの曲を元に完成形へと近づけ、最終的に1曲の歌へと持って行く。
「さーやん、めっちゃいい!」
「私も良いと思う。何だか分からないけど、かなり興奮してる」
「俺も良いと思うよ」
「俺も俺も、サビの部分が凄く好きだ」
一樹と聖羅を除くメンバーが、各々の感想を口にする。
「一樹はどう? 何処か直す部分があったら言って」
未だに一言も感想を口にしない一樹は、うーんと少し考え込み。
「最初をドンって感じで、終わりをバンッって感じで終わりたい」
うん、何をいっているかサッパリ分かんないね。
私は少し悩みながらも、マウスを使いながら指摘された部分の、音調レベルを調整していく。
「いくつか試すね、良いのがあれば教えて」
私はそう口にすると、まず一つ目として音調レベル上げて流し、二回目は若干下げ、三回目は更に下げるという調整を繰り返す。
「コレだよコレ、俺が求めているのは!」
何度か言われた部分を直しならが、一樹が思うイメージへと直していく。
その間綾乃達は、初めてみる音楽ソフトが珍しいのか、私の操作を興味深く見つめてくる。
ときどき「何やってるの?」「すごーい!」「うわ、そんな事も出来るんだ」とやること見ること、どれも驚いてくれるので、私としては少々気恥ずかしい気分に苛まれてしまう。
そして直し終えた曲を再び再生後、どうやら一樹のイメージにあう感じに調整できたようだ。
「だいぶん音源を弄っちゃたから、全体的なバランスを整えるのに一日頂戴。明日には一樹に渡せると思うから」
「OK、分かった」
もはや一樹の口癖なのか、英語と日本語で同じ意味を繰り返す。
歌詞の方は一樹に任せるとして、残りの仕事は各楽器の音をどう付け加えるか。幸いな事に、最近じゃ生成AIに音を取り込めば、自動で楽譜に変換してくれるシステムがあるらしく、一度試した時にはちゃんと想像通りのものが出来上がった。
もとっともそのサイトの書き込みを見た限りでは、変な変換をするカ所があったり、指が6本ないと弾けないコードがあったりと、出来上がった楽譜を一度目視で確認する必要はあるが、ゼロから楽譜に起こすことを考えれば、大きく手間が省ける。
その後、今後の予定をざっくり打ち合わせをし、その日はお開きとなる。
そしてさらに数日が経過する。
「どうしたの? なんだかみんな微妙な顔をしてるけど」
綾乃達の各パート曲が出来たので、彼女達がいつも練習しているスタジオへとやって来たのだが、何故か一樹以外が妙な顔をしており、当の一樹は一人不機嫌そうな顔をしている。
聖羅まで綾乃達と同じ表情って、どういう事?
「さーやん、助けて!」
「助けるって何を?」
そう言いながら差し出してくる一枚の紙。
その紙を受け取り、書かれている文章を声を出しながら読み上げていく。
「えっと…、突如起こる事件、盗まれた現金…、えっ、お金盗まれたの?」
衝撃の内容に驚きの表情を皆に向けると、一樹以外の全員が、無言で首を横に振りながらその続きを読めと、視線だけを向けて来る。
私は何だと思いながらも先へと読み進む。
「やがて俺とユウジは犯人を追い詰め…、ユウジって誰?」
「いいから続き」
もう何だというのか。
私の反応に早く続きを読めと、綾乃が無言の圧力をかける。
「やがて助けだした彼女に俺は言う、愛してるぜベイビーと。えっ、ベイビー?」
あれ、このセリフどこかで聞いた気が…、うーんこれってアレよね?
「演劇のシナリオ?」
「なんでそうなるのよ!」
「違うの?」
私の記憶が間違ってなければ、この文章の内容は一樹がハマった昭和の刑事ドラマ。
昨年当たりだったか、昔に流行った地上波のドラマが、何年かぶりにリバイバル作品として上映され、私と一樹は見に行く機会があった。その後やけにハマった一樹が、過去に放送されたDVDを全巻踏破し、私も付き合いで一緒に見たことがあるのだが、その内容がまさに今読んでいる演出にそっくりなのだ。
なのでてっきり演劇でもやるのかと思ったのだが…。
「歌詞だよ歌詞、いっくんが書いてきたさーやんの曲の歌詞!」
「…………………えっ?」
一瞬脳が、綾乃が放った言葉の意味を理解出来ず、ショートする。
えっ、いま歌詞って言った? いやいや、きっと聞き間違えだ。
「わ、私はいいと思うよ、一樹が書いた歌詞」
あー、うん、間違えじゃなかった。
別に私が歌うわけではないので、一樹がどんな歌詞を書いてこようが気にするつもりは無かったが、流石のこれは歌詞という次元の話ではない。
先ほどから微妙な空気の原因はこれだったのだろう。
「いっとくけど聖羅、ステージ上でコーラスとしてあなたも一緒に歌うのよ。愛してるぜベイビーって」
「うぐっ…」
皐月の言葉に流石の聖羅も、そのこっぱずかしい歌詞をステージ上で歌うのには、抵抗があるのだろう。
いったいなんてものを書いてくるのよ。
「一応確認なんだけど、書いてきた歌詞ってこれだけ?」
「何だよ、悪いのかよ」
「いや、悪くはないけど」
うーん、私まで綾乃達側に立つと一樹は拗ねるだろうし、かといってこの歌詞で頑張れとは流石に言いにくい。
恐らくこの微妙な空気感も、いま私が考えていることと似たようなものなんだろう。
私は少し悩んだ末、とびっきり笑顔をつくり。
「うん、すごくいい歌詞」
「あ、さーやんが裏切った」
最後の切り札とも言うベき私があっさり裏切った事で、全員が悲痛な表情を私に送ってくる。
あ、聖羅まで若干涙目だ。
もう、仕方が無いわね。
「一樹、この歌詞で少しだけ気になるカ所があるんだけど、聞いてもらっていいかな?」
「何だよ、お前もかよ」
結局お前まで俺の歌詞が気に入らないのか、という視線を向けてくる一樹に対し、隣の椅子に座って優しく声を掛ける。
「少しだけよ少しだけ、ほらここ、『光に照らされた太陽』ってなってるけど太陽は光ってるわけだし、照らされたっていう表現も太陽と意味が被るでしょ? だからここは『光に包まれ進み出す』みたいな感じが良いんじゃないかな?」
「確かに…、言われてみればそうだな」
「あとここ、『愛してるぜベイビー』ってのは少しだけ古いかな。私もあのドラマは好きだけど、歌を聴いてくれる全員が、あのドラマを知っている分けじゃないでしょ? だからここは『恋の歌を囁く』とかに変えるのはどうかな?」
「『恋の歌を囁く』か…、悪くはないな。他には何処を直せば良い」
「次はこことか…」
そんな感じで一つづつ根気よく修正を加えていく。
その様子を近くて眺めていた綾乃は、一樹の見えないところから激励を送ってくる。
やがて窓から暗闇がさしかかる頃に、「悪い、今日は先輩のライブに呼ばれてるから先に帰るわ。沙耶、他に直すところがあれば一通り直しておいてくれ」と、告げて一樹だけが先に帰って行く。
その様子を見届けた全員が。
「疲れたぁーーー」
「もう誰よ、一樹に歌詞を頼んだのは!」
「大和、あんたでしょ」
「俺じぇねぇよ、光輝だってば」
「俺を巻き込むなよ、結局今日も練習できてねぇー」
と、各々溜め込んでいた言葉を口にする。
ちなみに一樹の名前を出して、一番ひどく抗議しているのは聖羅である。
余程いやだったんだろうなぁ、愛してるぜベイビーが。
「それにしても流石はさーやん、いっくんの扱い方を一番理解してる」
「ホントあの歌詞を見せられた時は『何の冗談?』って思ったもの」
うんうん、と男性陣の二人が綾乃と皐月の言葉に同意する。
「でもねぇ、根本的に作り直さないと、難しいと思うわよ」
これが『そこそこな歌詞』ならば良かったのだが、一樹が書いてきたのは歌詞のレベルにすら到達していない。いや、そもそもこれは歌詞ですらない別のもの。それをいくら直したところで、歌詞にはなりえない。
『直しておけ』って言われてもなぁ、根本的に主軸から変えて行かなければ、その歌詞に込められた想いを伝える事は難しい。
「さーやん、私はやっぱり曲を作った本人が、作詞をするべきだと思うんだよ」
「いやー奇遇ね、実は私もそれが一番じゃないかと考えてたとこだよ、ワトソン君」
いや、ワトソン君って誰やねん。とか心の中で突っ込みながら、何とも言えない表情になる。
まぁ、曲の編集も思いの外順調で、残るは全体的なバランスを見ながらの微調整だけなので、歌詞に手を出す事も出来なくはないのだが、それでいいのかバンドメンバー。
「どう聖羅、歌詞書いてみる?」
純粋に聖羅なら書けるんじゃないかと振ってみるも、返って来た言葉は…。
「い、嫌よ。私は忙しいのよ。この楽譜だってめちゃめちゃ難しいじゃない。それに貴女が作った曲なんだから、貴女が書くのが筋ってもんでしょ」
それはごもっとも。
今回作った曲は、ギターやドラムは一定のリズムを繰り返すだけだが、曲にメリハリを付けた為、キーボードだけは特に難しい仕様となっている。楽譜を見ながら演奏出来なくもないが、それでも。一長一短で弾けるものではないだろう。
そう考えると聖羅の言い分は確かに筋が通っている。
私はもう諦め気味に。
「九条君と夏目君もそれでいい? 後で一樹の歌詞の方がやっぱり良かった、なんて言わないでよ?」
「任せた」
「流石に一樹を超える事はないから大丈夫だ」
自分で言っておいて何だが、それは大丈夫だろうとは確信して言える。
後は一樹にどう説明するかだが、その辺りは当日本人に会ってから考えればいいだろう。
そう思いながらその日は各々帰路につき、そして事件は翌日起こった。