第45話 『嵐の予兆』
東京ドーム公演を無事終えた私は、その興奮が冷めぬままレコード大賞へと出演、そこでその年の最優秀新人賞を受賞。年末に行われた白紅歌合戦こそお断りしたが、Kne music主催のカウントダウンライブに出演するなど、忙しい年末を過ごす。
年が開けると、5枚目のシングルとなる『キズナ』のレコーディングを開始。もともとシングルとして出す予定は無かったのだが、ドーム公演での様子がSNSなどで騒がれ、多くの要望が殺到したため、急遽シングルとしての発売が決定した。
その後も一周年記念ライブとして、2日間の東京ドーム追加公演が行われ、両日共に大盛況の中終了。特に大きな問題もなく、私達はまもなく高校2年生を迎えようとしていた。
「お待たせ蓮也」
「いや、全然待っていない。寧ろ早いぐらいだ」
学年が入れ替わる春休み、年明けから兎に角忙しい日々を過ごしていたが、たまには休みも必要だろうと言う事で、偶然誘われた蓮也からのデー…コホン、お買い物の付き添いで、商業施設がいっぱい入ったショッピングモールへとやってきた。
「悪いな、せっかくの休みだというのに」
「全然、特に予定もなかったし、家に居てても結局お仕事をしていたと思うから、誘って貰ってよかったぐらいよ」
私って友達が少ないから、急に休めと言われてもやることがないのよね。家に居てても沙雪に「邪魔」とか言われそうだし、家事をやろうとしても「お姉ちゃんは休んでて」と、無理矢理道具を取り上げられてしまう始末。
沙雪も私を気遣っての事だとは思うが、これじゃ働くお父さんが、たまの休日に邪魔者扱いされているのと同じじゃない、と一言いいたい。
「それで妹さんへの誕生日プレゼント…、だっけ?」
LINEに書かれていた内容では、妹さんの誕生日が近いそうで、何をプレゼントしていいか分からないので、一緒に選んで欲しいとの事だった。
「俺が選んだものだといつも怒るんだ。子供あつかいするなって」
「あぁー、年頃の女の子は難しいからなぁ。ちなみに何をプレゼントしたの?」
「うさぎのぬいぐるみ」
うん、それは怒られても仕方ないわね。
以前聞いた話じゃ蓮也の妹は沙雪と同じ歳。女の子は中学生にもなれば、少し背伸びをしたいお年頃となり、ぬいぐるみや子供っぽいものは、返って逆効果になる場合がある。
「やっぱダメなのか?」
私の反応が鈍いことに違和感を感じたのだろう。雪兎さんの言葉を借りるなら、蓮也は女性への対応がダメダメらしいので、ここはやんわりと女の子の扱い方を教えておいた方がいいのかもしれない。
「ぬいぐるみを貰って嬉しいのは小学生までかかな」
「そうなのか? でも店員さんがこのぬいぐるみなら喜ばれますよ、と言われたんだが」
「あー、たぶんそれは渡す相手を勘違いしたんだと思う」
「どういう事だ?」
お店の店員さんならその辺りの事はよく分かっているだろう。たぶんその店員さんは、彼女へのプレゼントだと勘違いしていたはずだ。
「そのぬいぐるみを買うとき、誰にプレゼントするかちゃんと言った?」
「言ってない…が…」
「やっぱり…。いい? ぬいぐるみをプレゼントしていいのは彼女だけ! それも誕生日みたいな記念日じゃなくて、何気ない日にそれとなくプレゼントする方が点数がたかいのよ。例えば買い物にいったついでとか、クレーンゲームで取ってあげるとかね」
もし私がそのシチュエーションでプレゼントされたら、絶対胸の辺りがキュンとしてしまうだろう。
「そういうもんか?」
「そういうものなの。じゃ取りあえず色々お店を回ってみよ」
「そうだな」
蓮也は「よくわからん」とかつぶやきながら、ポケットから取り出したメガネを付ける。
「あれ? 蓮也って目、悪かったっけ?」
私は基本コンタクトレンズを使用しているが、蓮也から目が悪いと聞いた事はなかった。そもそも目が悪ければ普段から付けている筈なんだけど。
「コレか? 雪兎から出歩くなら変装しろって言われてな。ただの伊達メガネだ」
あぁ、そういう事。
出会った時から気にはなっていたが、今日の蓮也の服装は、カジュアルな装いにメッシュのキャップを被っている。
蓮也との付き合いもそろそろ1年以上になるのだが、今まで彼が帽子を被る姿を見たことがなく、趣味の一環で集めているという話も聞いた事がない。
するとその帽子も恐らく変装用と言う事なのだろう。
うん、全然変装になっていない。
たぶん今メガネを付けたという事は、待ち合わせで私が蓮也と認識できないとでも思われたのだろう。だが残念な事に、メガネと帽子を付けたところで、見る人が見れば一発でバレてしまうほどお粗末なもの。
流石に直接本人には言いづらいので、今日の買い物でそれとなく変装グッズを勧めればいいだろうと心に決め、早速デート…げほげほ、ショッピングを楽しむとする。
「それじゃ行きましょうか」
道すがら蓮也の妹さんの話を聞きながら、良さそうなお店を一軒一軒見て回る。
「それじゃ妹さんは、来年東京の方に出てくるの?」
「どうやらそうらしい」
蓮也の妹…凪咲ちゃんと言うらしいが、来年の受験で都内の高校を志望しているらしく、もし合格することが出来れば、蓮也のアパートで一緒に暮らすことになるんだとか。
でも蓮也が今暮らしているアパートってワンルームだったわよね?
「一緒に暮らすって、部屋は大丈夫なの?」
「流石に今のアパートじゃ無理だろうなぁ」
「だよね」
蓮也のアパートにお邪魔した事はないが、学生が一人暮らしをする部屋だ。お風呂も脱衣所など無いだろうし、寝るところだって同じ部屋で過ごすことになる。
如何に兄妹だといっても、年頃の女の子には厳しい環境だろう。
「たぶん、もう少し大きな部屋に引っ越しだろうな」
「まぁ、そうなるわよね」
ご両親にとっては負担になるだろうが、蓮也もそれなりに稼いでいるはずなので、家賃の方はそれほど心配することもないだろう。
音楽の収入はグループで均一ではなく、カラオケなどの影響をうけてしまうので、どうしても作詞作曲を担当する蓮也は、他のメンバーより飛び抜けてしまうのだ。
「それじゃお兄ちゃんとしては、可愛い妹の為にもっと人気にならないとね」
Ainselの人気は順調に上がっているという話だし、来月には初のアルバムをリリースする予定らしいので、ますますお仕事の方は忙しくなることだろう。
「そういえば来月Mステに出るんだろ?」
「えぇ、断ろうかと思ったんだけど、KANAMIさんに寂しいから一緒に出てって、せがまれちゃって」
来月放送される春のミュージック・ステーションズ・スペシャル。年に2度ある3時間の生放送で、多くの有名アーティストが多数出演する事でも話題の特番。
前回出演はドーム公演の告知が目的だったので、今回のオファーはお断りするつもりだったが、私が姉と慕うKANAMIさんから駄々をこねられ、仕方なく出演することが決まってしまった。
「沙耶は相変わらずだな。凄いと言うか、大物だというか」
「どういうこと?」
「KANAMIさんの事もそうだが、普通Mステのオファーが来たら断らないだろ?」
うーん、凄いとか言われても正直ピンと来ないのよね。
KANAMIさんはマネージャーが同じと言う事もあり、デビュー前からよくして貰っているし、Mステの出演だって元が裏方志望だった事もあり、自ら表舞台に立ちたいとう願望も殆どない。
もっともファンの方々には、こんな姿勢ではいけないとは思っているので、いつかは表舞台に立たないとは考えている。
「何はともあれ沙耶とは初の共演だな」
「そうね、それは私も楽しみよ」
番組は3時間の生放送と言う事もあり、人気上昇中のAinselやShu♡Shuも当然出演。ここにSnow rainまでいれば完璧だったのだが、残念な事に彼らは出演者リストには入っておらず、昨年出した2枚目のシングル以降、まったく表舞台に姿を現してはいない。
「あれ、沙耶? …と結城君? ぷっ、なにその格好。全然隠せてないわよ」
買い物の途中、声を掛けられたので振り向くと、そこに居たのはおしゃれなサングラスを掛けた一人の女性。
服装はおとなしい春色のワンピースに白色のカーディガンを羽織っており、髪は後ろで結んでかわいらしいバックを肩から提げている。
「もしかして澪?」
「正解」
澪は少しだけサングラスをずらし、私達だけに素顔を見せてくれる。
「こんなところで奇遇ね、二人はデート?」
「ちちちちちち違うって」
突然の事で、言葉がどもってしまった事は是非とも見逃して欲しい。
「ちょ…ちょっと、蓮也が妹の誕生日プレゼントを一緒に見て欲しいって言うから」
「ふふ、そんなに焦らなくてもいいわよ。でもそう…、二人ってそういう関係だったのね」
なんだか変な誤解をされている様だが、下手に誤魔化すと返って不自然に思われかねない。ここは平静を装いながら、大人の姿を見せつけるべきだろう。
「み、澪はお買い物?」
「そうよ、新学期で必要な物をね。それより裕城君、そのメガネと帽子は変装用?」
「そ、そうだが…そんなに変か?」
そういえば澪と蓮也は同じクラスだったわね。
二人とも音楽科を選考しているという事もあり、1年生の間は同じクラスだったと聞いている。
「うーん、変て言うか変装になっていないわよ」
蓮也が身につけているメガネと帽子は変装用。別に似合っていないかと問われると、インテリ風でかっこいいとは思うけど、見る人が見ると一目瞭然。せめて色付きのサングラスならば別人だと言い訳もできるが、流石にただの伊達メガネでは誤魔化しきれない。
「やっぱりそうか…。沙耶と出かけるって言ったら、晃と凍夜に勧められたんだが…」
「あー、あの二人かぁ」
普段はAinselのムードメーカー的な二人だが、どんなことでも笑いにもっていきたがる癖がある。
どうせ私とのデー…、コホン、出かけると聞いて、連也をからかおうとでも思ったのだろう。
「丁度いいからサングラスでも見に行く?」
「いいのか?」
「そのぐらい全然大丈夫。何だったらSASHYAのマスクを貸してあげてもいいわよ」
「いや、流石にそれは…」
ちょびっと連也のマスク姿を想像してしまい、若干興奮してしまう。
連也って元がいいから、何をしてもカッコいいのよね。二人でおそろいのマスクを着けてステージに立つとか、想像しただけでも赤面してしまう。
「沙耶、今えっちな事を考えてるでしょ。顔が真っ赤よ」
「ちょっ、何言ってるのよ」
確かに変な想像をしてしまい、若干頬が熱を浴びているが、間違ってもえっちな事など考えてはいない。
「ふふ、冗談よ冗談。それじゃ私は行くわ」
「えっ、もう行くの?」
偶然とは言え、こんな機会はめったにないのだから、このまま3人でお買い物でもいいかと思っていたのだけれど。
「せっかくのデートなんだからお邪魔しても悪いでしょ?」
「だ、だからそう言うんじゃないんだってば」
「照れない照れない、顔を真っ赤にしながら言っても説得力はないわよ。それじゃ結城君、また学校でね」
煽るだけ煽り、澪は笑いながら颯爽と去っていく。
残された私達は変にお互いを意識してしまい、何となく気まずい雰囲気に。
その後のお買い物では、初デートだとでも思われたのか、すれ違うカップルからは生暖かく応援され、店員さんからは彼氏さんへのプレゼントですかと尋ねられ、思わず二人とも赤面してしまう始末。
結局サングラスは、日ごろのお礼として私からプレゼントさせていただいた。
「それじゃまた新学期で」
「あ、あぁ…サングラス、ありがとうな。それじゃ」
駅で別れ、それぞれ違う方へと帰路につく。
最後まで意識しあっていたが、別段嫌という感じではなかった。
私は火照った頬を冷ますため、駅から自宅まで歩いて帰る。
凪咲ちゃんへのプレゼントは迷いに迷った末、以前メイクの月城さんから教えてもらったスキンケアセットで落ち着いた。
「喜んでくれるといいんだけれど」
中3ともなればお化粧などにも興味を示すお年頃。学校によってはお化粧を禁止しているところもあるので、日ごろからお手入れをしていれば、あれだけも十分もちもちのお肌を保てるだろう。
今日一日の出来事が脳裏によみがえり、高揚しながら帰路を歩む。すると自宅のアパートに差し掛かろうとしたとき、一台の車から見慣れぬ夫婦が立ちふさがった。
「お久しぶりね」
ん? お久しぶり?
あたりが暗いこともあり、夫婦の顔がよくわからない。お久しぶりと言うからには初対面でないのだろうが、二人の顔がまったく思い出せない。
「どなたですか?」
「あら、忘れられてるなんて悲しいわ。これから家族になろうというのに」
その夫婦は突然とんでもないことを言い出すのだった。




