第44.5話 『外伝 聖羅編3』
「ねぇ、せーらん。私達本当に来てもよかったの?」
部屋の様子を見て、不安そうに綾乃が尋ねてくる。
知らないわよ! 私だって内心不安なんだから、皆で人の背中に隠れないでよ!!
今から3ヶ月ほど前、私達の初ライブに沙耶が応援に駆けつけてくれた。
お陰で初のライブは成功、SNSで告知していた事もあり、Snow rain時代のファンも多く駆けつけてくれた。
「「「お疲れー!」」」
近くのファストフード店に集まり、全員ジュースで乾杯。
初めて自分たちで作曲をお披露目したが、観客からの反応を見るもそこそこ上々。沙耶からはところ何処でダメ出しを言われたが、概ね好評価を貰っている。
「そういえば今度私もライブをするんだけど、みんな見に来てくれる?」
「沙耶、ライブするの?」
「うん」
こうして普通に話しているが、沙耶の正体はいま世間を賑わせている歌姫、SASHYAご本人。
その素顔はデビューから一切謎に包まれており、未だにその全貌がSNSなどで騒がれている。
「でも沙耶って、顔出しNGじゃなかった?」
私の知っている範囲でも、沙耶は一切メディアには素顔を晒していない。
時々テレビや雑誌などでインタビュー映像などが流れるが、その全てが何らかの形で映らないよう配慮されている。
「まぁ、そうなんだけど…」
何故か言いにくそうな沙耶。
理由を聞けば、夏休み前から始まったファンクラブの会員数が10万人を越えており、Vtubのフォロワー数に至っては50万人を越えているんだとか。
そのせいで、多くの人達から初ライブはまだかと迫られているんだと言う。
「10万人って…」
「私達のファンなんて精々100人いるかどうかだよ? 10万人って言われも規模が大過ぎてよくわからないよ」
綾乃じゃないが、正直桁が大き過ぎてピントこないと言う方が正しいだろう。
「二人ともそんなに驚かなくても。ほらSnow rainの時だってあるんだし」
「Snow rainにファンクラブなんて無いわよ」
沙耶が思っているほどSnow rainのファンは多くない。その大半の原因が一樹の態度の悪さだが、世間での認識は一発屋の学生バンドといったところだろう。
「取りあえず理由は分かったわ。沙耶がライブをするんだったら勿論応援に行くわよ」
「ホント!? ありがとう聖羅!」
沙耶は喜んでくれるが、SASHYAのライブともなれば、即日完売したって不思議ではない。
一体どの会場でライブをするのかは知らないが、流石に私達みたいに小型のライブハウスと言うわけではないだろう。
「じゃこれ、4人分のチケットと地図」
「準備がいいわね。でも地図って?」
渡されたのはプレミアムと書かれたチケットっと、会場の入場口を案内する地図。
あれ? この地図の形って…
「このチケットはちょっと入り口が違うの。いわゆるVIP席…みたいな?」
どうやらこのチケット、普通には入手出来ないものらしく、通常の入場ゲートとは別に、専用の入り口が用意されているんだとか。
まさか自分がVIP席に招待される日が来るとは思わなかったわ。
「ねぇ沙耶、気のせいかもしれないんだけどこの地図…東京ドームの形に見えるんだけど」
やはり皐月にもそう見えるのね。
先ほど渡された地図は、どう角度を変えても東京ドームにしか見えない。
私は野球観戦などはしないが、ドームの形ぐらいなら小学生でも分かるだろう。
「えへへ、実はそうらしいの」
えへへで済ますような話じゃないわよ!!
全くこの子は一体どれだけ驚かせれば気が済むのよ。
よくミュージシャンの夢は、日本武道館でのコンサートと言うけれど、それは単純に収容人数が多い少ないの違いだけ。
日本武道館の収容人数はおよそ1万4千人に対し、東京ドームはアリーナ席を含めると、約8万人が収容出来ると言われている。
いやいや、初ライブで東京ドームってありあえないでしょ。
本人はこれからチケットを宣伝するため、Mステの出演が決まっているとか言っているが、どう考えても8万人なんて数を集められるとか思えない。
あの時はそう思ってたんだけどなぁ。
VIP席から見えるドーム内の様子。既に一般の入場が始まっており、全ての席が徐々に埋め尽くされている状況。中には手作りなのだろう、数人がかりで横断幕を用意しているファンまでいる。
「ねぇパパ、サーシャはまだ?」
「もう少し時間掛かるかなぁ」
「今準備してくれてるから、申し少し大人しく待とうね」
家族サービスか何かなのだろうか。現在この部屋には数組の家族が来ており、始まりの瞬間を今か今かと待ち続けている。
「ねぇ聖羅さん、あの人が首から提げているカードに、Kne musicの代表取…むぐっ」
卯月が全部を言う前に、皐月が口を塞いで阻止をする。
知ってるわよ! あえて見ないふりをしているのに、自覚させるような事を言わないでよ!
どうやら皐月も同じだったようで、無言の笑顔で卯月を黙らせている。
「と、取り合えず座る?」
VIP席というだけあり、この部屋は十分と言っていいほどのスペースと、ご自由にお召し上がりくださいと書かれたケイタリング食。
座席はどこからでも見やすいよう、三階に分かれたひな壇があり、それぞれ座り心地のよさそうなソファー席と、飲み物や食べ物を置けるサードテーブルが用意されている。
「あれ? 貴女確か沙耶の…」
ソファーで見えなかったが、そこにいたのは以前沙耶から紹介された鈴華という女性。時々送られてくる沙耶からのLINEには、彼女の事もよく書かれており、二人が仲のいい事が伝わってくる。
「く、来るのが遅いわよ」
約束もしていないのに、その言われはどうかと思うが、ぶっちゃけ彼女の置かれた状況を考えると、素直にゴメンと言いたくもなる。
「その…なんていうか。大変だったのね」
今のところ、どこぞのお偉いさんの家族を除けば私達だけ。沙耶のご家族は妹だけだし、その妹も『E-SHYA』としてやることもあるだろう。
SASHYAのイラストを描いているのは妹だと聞いているし、コスプレをして姿を誤魔化すとも聞いているので、恐らく今頃は沙耶の近くにいるんじゃないだろうか。
「あれ、聖羅さん?」
声を掛けられ振り向くと、そこにいたのは見知らぬ大人の女性に連れられた7人の女子達。
「えっと確かみちるさん?」
「そうです、みちるです。覚えていてくださってありがとうございます」
以前紹介された沙耶の友人の一人。鈴華さんとは別に来たのか、大勢の友人たちを連れているようだ。
「ちょっとみちる、Snow rainの聖羅さんじゃない。なんで知り合いなのよ」
「あー、えっとね、みんな驚かないでね。聖羅さん達は沙耶の友達なの」
「「「えーーーっ!!??」」」
案の定、事実を知らされ驚く面々。それにしても彼女達、どこかで見たことがあるような…。
「初めまして、Shu♡Shuのリーダー務めています、星乃 澪です」
ぶふっ。
Shu♡Shuですってーーーー!? それって今人気のアイドルグループじゃない!
そういえば沙耶が楽曲提供したとかで騒がれていたんだったけ。
こちらの様子を見ていた女の子が、「パパ、Shu♡Shuがいるよ」と、こちらまで聞こえる声で話している。
ちょっと、コレ完全に私達場違いじゃないぃぃぃ!!!!
巨大会社の役員に、人気絶頂の有名アイドルグループ。一方私たちは小さなライブハウスで歌う、しがないガールズバンドと、最近全然見ない元小学生アイドル。
この際だから彼女を道連れにしたって文句はでないだろう。
「さーやん、あれで結構抜けてるところがあるから…」
「そうだったわね、すっかり忘れていたわ…」
どうやら綾乃達も似たような考えなのだろう。何とも居たたまれない表情ですっかり諦めきっている。
それにしても沙耶はすっかり別世界の住人ね。一時でも彼女と張り合おうなどと考えていた自分が恥ずかしくなる。
今の沙耶は間違いなくこの国を代表するアーティスト。そうでなければ、東京ドームを埋め尽くすほどのファンは集められないだろう。
まったく一年ほど前は私達の方が有名だったというのに、これほど差を見せつけられれば悔しささえ感じられない。
たとえSnow rainの全盛期でも、今の沙耶には太刀打ちできないだろうが…。
結局今更逃げることもできず、鈴華とShu♡Shuのメンバーと共にライブを観戦。
始まった当初はなんだかんだと緊張していたが、会場が盛り上がっていくと同時にVIP席の様子も徐々に変化を見せ、中盤辺りからは家族に連れられた女の子達と共に盛り上がっていた。
「聖羅さん…ですよね?」
そう声を掛けられたのは、沙耶が衣装を変えるために下がった時だった。
「そうだけど…」
見た感じは私達より年下。どことなく沙耶を感じさせる容姿から、彼女が妹であること証明している。
「あれ、ユキちゃん。どうしたの?」
「お久しぶりです綾乃さん」
そういえば綾乃は沙耶のお宅に行ったことがあるんだったわね。
ちょっぴり嫉妬心が目覚めてしまうが、当時の私は沙耶を恋敵と認識していた。今思えば正々堂々と対峙していれば、もっと違う形で親しくなれたと言うのに…。
「これ、お姉ちゃんから手紙です。できれば今読んで欲しいとの事です」
沙耶の妹にしてはしっかりしているわね。
いや、沙耶があんなだから、妹のほうがしっかりするしかなかったのか。
本人が聞けば大いに否定されそうだが、現実そうなのだから納得してもらうしかないだろう。
「今読めばいいのね?」
沙雪ちゃんから手紙を受け取り、さっそくその場で開封する。
手紙は全部で3通、私と綾乃、そして皐月と、それぞれ別の内容が書かれているようで、封筒の表にはそれぞれの名前が書かれている。
『親愛なる友人へ あの日、聖羅に言葉を掛けられなければ、私は自分の命すら放棄していたかもしれません。聖羅が言ってくれた『夢が途絶えたわけじゃない』の言葉に、何度も何度も助けられました。今ここで歌えるのは、間違いなく聖羅のおかげ。私は聖羅達のファン第一号であり、最愛の親友でもあります。少し、ほんの少しだけ皆の前を走っていますが、仮面を外せばただの一人の女性です。だからこれからもずっと今の聖羅でいてください。追伸、サプライズを用意しました。喜んでも貰えると嬉しいです』
「まったくあの子ったら…」
読み終わると自然と涙があふれてくる。
まさか命を放棄しようと考えていた事には驚いたが、それほど辛い経験をしたのだから納得もできる。
もし私が沙耶の立場なら、同じような事を考えていたことだろう。
それなのに私たちは…。
あの日、沙耶が見せた苦痛の表情が、未だに忘れられない。
沙耶は怒るかもしれないが、親友を苦しませた中でのデビューだと言うのに、楽し事など一つもなかった。
だからなのだろう、私は心のどこかでSnow rainを辞めるタイミングを探していたのだ。
「せーらん…」
声を掛けられ振り向くと、私と同じように涙腺が崩壊した綾乃と皐月がいる。どうやら似たような事が書かれており、二人とも涙が止まらないのだろう。
あのバカ…、なんてものをプレゼントしてくるのよ。
「えっと、お姉ちゃんからの伝言です」
みっともなく年上の3人が泣いているという失態を見せてしまったが、これもすべて貴女の姉である沙耶が悪い。
本人が聞けば怒りそうな事ではあるが、間違いなく私達を泣かせたのは沙耶の手紙が原因だ。
沙雪ちゃんはいったんここで言葉を止め、私たちにこう告げる。
「これが私の今の気持ち、3人に向けた応援ソング、だそうです」
えっ、それってどういう…
そういえば手紙にはサプライズがどうとか書いていたわよね。
綾乃達と何の事だろうと顔を合わせたとき、ステージに再び沙耶が登場する。
そして語られる彼女の過去と、私達3人に対する感謝の気持ち。
バカ、バカバカバカ!!!
『キズナ』って何てタイトルつけているのよ。
その歌は沙耶と私達3人との絆を歌ったもの。自分は3人とは違う人生を歩むことになったが、結ばれた絆は今も昔も変わらず同じだと伝えてくる。
そのうえ、これからの私達を応援までしてくるのだ。
綾乃なんて涙を隠すことを諦め、大泣きした姿を晒してしまっている。
もう、いったいどれだけ私たちの涙腺を崩壊させれば気が済むのよ!
「ユキちゃん、沙耶に伝えて。この借りは絶対返してあげるからって」
見ていなさいよ沙耶、今度は私たちが貴女を泣かせてあげるんだから。




