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第44話 『ドーム公演(後半)』

 ステージの裏側まで聞こえる会場のざわめきが、バックバンドの演奏が始まると同時に一瞬で静まりかえる。


 本来ならば、私のバックミュージックには生身の演奏は必要ないが、流石にコンサートでデジタル音源を流すわけにもいかず、佐伯さんがこの日の為に集めてくださった演奏者の方々が、現在ステージで私が登場するのを盛り上げている。


「時間ね、沙耶ちゃん。行って来なさい」

「お姉ちゃん頑張って!」

「うん、ありがと。それじゃ行って来ます」

 ここまで見送りに来てくれた沙雪と佐伯さんにお礼を言い、私は登場の為に用意された入り口に向かうため、細長い階段を上っていく。

 私が登場する場所は、ステージの中央に用意された大型階段一番上。なんでもステージを設計された方が、私をどこぞのプリンセスに見立てたとかで、さしずめ階段は晩餐会の主役が登場するメインゲートにあたるのだろう。


 会場内から伝わる熱気。私はステージ裏から登場ゲートをくぐり、一枚の黒いカーテンを隔ててその瞬間を待つ。

 やがて軽快に流れる音楽が、私のメジャーデビュー曲でもある『|Fleetingフリティング loveラブ』の前奏へと変わると、静まり返った会場からざわめきの声が沸き上がる。


「寂しい時 あなたへの想いが…」

 会場内に流れる私の歌声、目の前を遮っていた黒いカーテンが取り除かれ、そこへ無数のスポットライトが照らし出すと同時に、ステージに用意された巨大なスクリーンに、私の姿が映し出される。


 ワァァァァァァーーーーーー!!!!!!!!!!!!!


 会場内から大歓声が響き渡る中、私は『Fleeting love』を歌いながら、一段一段階段を降りていく。

 今回ドーム公演を行う過程で、最初に歌う曲を迷いに迷った。

 私の代表曲でもあり、Vtuber『SASHYA』のデビュー曲でもある『Jewel (ジュエル)the() Heart(ハート)』をとも考えたが、この歌はバラード色の方が強く、盛り上げるというよりしんみりと聞く方がより心に残るため、メジャーデビュー曲である『Fleeting love』の方を選んだ。


 やがてステージの中央に辿り着き、そのまま一曲歌いきったところでMCを挟む。


「こんばんわ、SASHYAです」

 ワァーーーーーー!!!

 私の挨拶に答えるよう、観客席から大きな声援が返ってくる。

「まずは、今日この会場へと来て下さった皆様に感謝を。そしてこの様な姿と仮面を付け、ステージに立つ事をお詫びさせてください」

 ここでステージから観客席に向かい、ペコリと頭を下げる。

 すると観客席から「気にしないで-」「謝らなくていいからー」と、優しい声が多く返ってくる。

 私は「ありがとう」とお礼を返し、予め決めていたMCをの内容を進めていく。


「昨年の今日、ある人から1通のダイレクトメッセージを頂きました。それは私をこの世界へと導くスカウトのメールです。それまでも似た様なメッセージは幾つも頂いていたのですが、当時の私は悪戯だと思い、その全てをスルーしていたのです」

 思い返せば佐伯さんからのDMが私の人生を大きく変えた。


「ですが、そのメールにはただ私を応援するだけではなく、曲に対するアドバイスや指摘が書かれており、私をよりよい方向へと導きたいという熱意を感じたのです」

 それまでただのVtuber『SASHYA』だった私を導き、この様な素敵なステージへと送り出してくれたのは、間違い無く佐伯さんのお陰。

 これは私を見守り、育ててくださった佐伯さんへの感謝の言葉。


「私は生まれて初めて、見知らぬ方へ返信を返しました。その方が今のマネージャーです。この場を借りてお礼をさせてください。私を見つけ、ここまで成長させて下さった佐伯さんに感謝を。そしてこれからもどうぞ、私を導いてください」

 ワァーーーーーー!!!


 今頃ステージ裏で聞いてくれているだろうか。佐伯さんの事だから、感動して泣いている…、なんてことは無いとは思うが、少しは気持ちが伝われば嬉しいかな。


「では次の曲です。これは私のたった一人の家族でもある妹の事を歌った曲です。聴いて下さい、『Princess(プリンセス) prism(プリズム)』」

 Vtuber『SASHYA』として、『Jewel (ジュエル)the() Heart(ハート)』の次に再生回数が多かった曲。今はファーストアルバムに収録されている曲で、シングルカットこそしてはいないが、Vtuberファンからは未だ熱狂的な支持を受けている一曲。


 私のたった一人の家族でもある沙雪。あの絶望の中で、生き続けなければいけないと思えたのは妹のお陰。もしあの事故で沙雪まで失っていれば、私は自らの命すら手放していたかもしれない。


 私が挫けそうな時、いつも支えてくれる優しい妹。文句を言いながらも、最後は手伝ってくれる頼りがいある妹。時には甘え、嫌いなピーマンを私の方へと除ける癖があるが、そんな妹を私は心の底から愛おしい。


 『Princess prism』を歌い終えた私は、その後2曲立て続けに歌いきり、一旦バックヤードへと姿を隠す。


「やってくれたわね沙耶ちゃん」

 バックヤードへと下がると、待ち構えていたのは佐伯さん。

 気のせいかもしれないけれど、目元が少し赤くなっているようにも見える。


「MCの内容は任せるとは言ってたけれど、まさかこう来るとは思っていなかったわ」

 事前の打ち合わせでは、大まかな内容のみ伝えていただけで、大元の部分はボヤかしていた。

 佐伯さんもまさかステージの上で、感謝の気持ちを伝えられるとは思っていなかったのだろう、その表情からは少しテレくささが混ざったような笑顔を向けてくれる。


「私の本当の気持ちですから」

 サプライズと言う分けではないが、一年前の今日は私にとっては忘れることが出来ない一日だった。もし佐伯さんではなく、他のスカウトメールに返事をしていたら、今の私は間違い無くここには居なかっただろう。

 そう考えると、運命の神様というのは、案外気の良い神様なのかもしれない。


「沙耶ちゃん、私の方こそありがとう。今日は貴女の為のステージなんだから、目一杯楽しんできなさい」

「はい、行って来ます」

 休憩と着替えを終え、再びステージへと向かう。

 私が居ない間のステージでは、バックバンドの方々の演奏と、巨大なスクリーンに映し出された、Vtuber『SASHYA』の映像が流れており、そこへ着替えが終わった私が再び登場する。


 ワァーーーーーー!!!


 再び私が登場した事で、一旦静まり返して会場に再び熱気が蘇る。

 現在私が着ている衣装は、沙雪が驚いていたメイド服。正直恥ずかしいという気持ちもあるが、ここで気後れしていたら最後の衣装でステージには立てない。

 若干VIP席に呼んでいる友人達の反応が気になるが、是非とも暖かな気持ちでスルーしてくれるのを望むばかりだ。


「まだまだ盛り上げていくよーー!!」

 ワァーーーーーー!!!

 私の声に応えるように、大歓声が響き渡る。


 曲は『ホワイト・ブリム』。私の3番目のシングル曲で、大好きなチョコである『紗々』のCMソング。

 私が書く詩は、悲しかったり嬉しかったり、時には愛しの人を歌ったりと、心に訴えかける歌詞が多いが、このホワイト・ブリムは純粋に楽しいという気持ちを前面に押し出したポップス曲。


 佐伯さんが先ほどいった『目一杯楽しんできなさい』という言葉。

 気持ちは人へと伝染する。私が楽しいと思えば、見に来てくれた観客も楽しくなり、私が苦しいと思えば観客にもそう伝わる。

 きっと佐伯さんは多分こう伝えたかったんだと思う、私が楽しめば楽しむほど、観客は私の気持ちに応えてくれるはずだと。

 

「みんなも一緒に!!」

 Sweet, sweet kiss!!!!


 まるで会場全体が一体化したような様子で、熱気と声援が会場内を埋め尽くす。

 続くローズマリーでは、巨大スクリーンに特別編集されたアニメの映像が流れ、5曲を歌いきった私は再び衣装を着替えるためにバックヤードへとさがる。


「ユキちゃんならもう行ったわよ」

 着替えながら沙雪の姿を探す私に、佐伯さんが教えてくれる。

「そうですか」

 沙雪にはこの後歌う曲であることをお願いしており、今頃目的地へ着いているところだろうか?


「沙耶ちゃん、ホントのにいいのね?」

「はい、ファンの人達には私の事をもっと知って欲しいんです」

 着替え終わった私は覚悟の言葉を口にし、再びステージへと舞い戻る。

 3着目に用意された衣装は、軍服を可愛くしたようなアイドル風のデザイン。スカートの上には後ろだけを隠す様なオーバースカートを履き、左肩には部分を覆うようなマントが施されている。


「いよいよ残り3曲となりました」

 私の言葉を聞いた観客からは惜しむ声が聞こえて来る。

 今回ドーム公演の構成を考える上で、全15曲が選ばれた。

 元々デビューして1年も経っていないため、シングル、カップリング、アルバムを合わせ、私の持ち歌はそれほど多くない。

 その為殆どの曲を総動員する形となったのだが、ただ次の一曲だけは別物。この日の為に書き下ろした新曲だ。


「次の曲ですが、皆さんに聞いて欲しい事があります」

 人の気持ちは伝染する。私の様子が少しおかしいと伝わったのか、ざわめきが続いていた会場が徐々に静まりかえっていく。


「昨年の5月、とある場所で不幸な出来事がありました。飲酒運転をした一台の車が、私達家族の乗る車に襲いかかったんです」

 あの日の事は今でも鮮明に思い出せる。


「突然の出来事、車の外から聞こえる大勢の声、隣にいる妹の顔には血が流れており、次に気がついたのは病院のベットの上でした」

 突然の告白に静まりかえる会場。ところ何処ではすすり泣く声も聞こえてくる。


「その事故で私達姉妹は両親を失い、助かった妹も長期の入院を余儀なくされ、それまで普通に描いていた音楽への夢を諦めました。ですが、一人の友人が私にこう言ってくれたんです。『例え目指す高校が違っていても、貴女の夢が途絶えたわけじゃないんだからね』と」

 会場の彼方こちらから私を励ます声が聞こえて来る。

 Vtuber『SASHYA』が生まれたのは、聖羅のこの言葉があったからこそ。そして綾乃と皐月が居てくれたから、ここまで成長できたのだと私はそう思っている。


「この歌は、そのかけがえのない友人と、私を支えてくれた2人の友人を歌った曲です。新曲です、聴いて下さい、『キズナ』」


「すれ違いも 傷だらけも…」

 今頃聖羅達はVIP席でこの歌を聴いてくれているだろうか?

 沙雪には3人に向けたメッセージを伝えてある。

 今更感謝の言葉を伝えるのは気恥ずかしいので、変わりに私の想いを手紙とこの歌に全てを込めた。

 この『キズナ』という歌は、私から3人へと送る友情の証。そして嘗て彼女達に送った『friend’s』から『キズナ』へと繋がる私の想い。


「ありがとうございます」

 歌い終わると同時にステージ上で一礼。

「皆さんはどうしてこの様な話をしたのかとお思いでしょう。私も正直どこまで皆さんにお伝えしようかと迷いました。けれどファンの皆さんには知って欲しかったんです。仮面を外せば私は無力で弱い一人の少女、けれども多くの人達に支えられながら、SASHYAという仮面を被る事で多くの人達に歌を届けられる。私の仮面はそんな決意と感謝の証です」

 そう、これは私から支えてくれた人達への決意と感謝の言葉…。


「残り2曲! Brand(ブラン) New(ニュー) World(ワールド)!!!!」


 ドォーーーーンっと、ステージの両脇から火薬の爆発音が鳴り響く同時に、再び会場内から歓声が沸き起こる。

 私にとっての新しい世界、Brand New World。デビュー曲でもあるFleeting loveのカップリングで、私のお気に入りの一曲でもある。


 会場は大いに盛り上がり、続くラストの曲を歌いきったところで大きく一礼。そこでステージを照らしていたライトが一斉に消える。


「もう沙耶ちゃんたら、何度泣かせば気が済むのよ」

 バックヤードで待機していた佐伯さんが、涙を流しながら迎え入れてくれる。

 一応『キズナ』の事と、それに伴うMCの事は事前に説明していたが、心に溜めていた想いが伝わったのだろうか。佐伯さんとはこの一年、ずっと一緒に歩んで来たので、心に響くものも人一倍多いことだろう。


「さぁ、いよいよ最後の仕上げね。天国のご両親に沙耶ちゃんの歌を届けてきなさい」

「はい!」

 最後の衣装へと着替え終わった私は佐伯さんに見送られ、一番最初に立ったステージの階段上にスタンバイ。

 現在会場からは溢れんばかりのアンコールが繰り返されており、今か今かと私の再登場を待ち望まれている。


「行きます」

 深呼吸を大きく一度。ゲート前に待機してくださっているスタッフさんに声を掛け、再びステージへと舞い戻る。


 ワァーーーー!!! SASHYA----!!!!!!!


「アンコール、ありがとうございます」

 スポットライトが私を照らし、感謝の気持ちを込めて再び大きく一礼。

 今回アンコール用に用意された衣装は、背中に小さな羽が付いた真っ白なドレス。髪は結ばずそのまま垂れ流し、頭に飾られた大きな花のコサージュからは、装着型のマイクが伸びている。

 これまで着た3着の衣装は、どことなく子供っぽさが残っていたが、最後に用意された衣装は、清楚でスカートも足下が見えないほど長くデザインされている。


 私は一段一段スカートを持ちながら慎重に階段を降りていく。

 今回ドーム公演を迎えるに考えた構成は、アンコール曲を合わせて全15曲。始まるときはどうなるかと思っていたが、泣いても笑っても残りたったの3曲となる。


 やがてステージの中央へと辿り着くと、会場全体を改めて見渡す。

 一時期はチケットが完売するかと不安にも駆られたが、蓋を開ければ発売から約一週間でsold out。急遽決まった追加公演もすでに完売しており、私のデビュー一周年ライブが、そのままドームの追加公演に当てられた。


「私は多くの人達に支えられ、今日この場に立てています。私をこの世界へと導いてくださったマネージャー。私をSASHYAとして生まれ変わらせてくれた大切な妹、私を励まし支え応援してくれた友人達。この会場の設営に関わってくださった多くの方々と、今も頑張って下さっているスタッフの人達。そして何よりこの会場に集まってくださったファンの方々に、もう一度お礼をさせてください。本当にありがとうございます」

 静まりかえる会場から、「SASHYAがんばってー」「私の方こそありがとー」と、励ましと感謝の声が聞こえて来る。


「これが本当の最後の3曲です………。天に届け! 『Jewel (ジュエル)the() Heart(ハート)』!!」

 前奏曲と同時に今日一番の大歓声がわき起こる!


 お父さん、お母さん見てくれている? 私が描いていた夢とはちょっと違うけど、こんなにも大勢の人達が私が書いた曲を聴いてくれてるよ。

 正直もう会えないのは少し寂しいけれど、もう二度と人生を諦めようとは思わないから。だからね…、もうちょっとだけ天国から私達を見守っていて。


「ラストーーーー!! Sweets(スィーツ) Sinfonia(シンフォニア)!!」

 ワァーーーーーーーーーーーー!!!!


 大歓声の中、私の初公演が幕を閉じる。

 翌朝のニュースではドーム公演の事が大きく取り出され、各社新聞の見出しにはSASHYAの文字が一面を占めた。ただ大半のメディアは、プライバシーの観点から私の素性は深く詮索されず、一部の週刊誌だけが過去の事故を取り上げるに留まった。


 また年末に放送されたレコード大賞では、その年の最優秀新人賞に選ばれ、代表曲でもある『Jewel (ジュエル)the() Heart(ハート)』は、近年では珍しくCDの売り上げだけでミリオンを達成。名実ともにトップアーティストとしての階段を上り続けている。


「沙耶ちゃん、行くわよ」

「はい、佐伯さん」


 私はこれからも多くの人たちに支えられながら歩つづけるだろう。仮面を付けた歌姫として。 


 そしてここから天使の歌姫と呼ばれた、SASHYAの伝説が始まった…。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


最終回ぽい終わり方ですが、まだ続きます。


ここまでお付き合い頂きありがとうございます。

このあと外伝を1話を挟み2章は終了となります。

3章からはバラまいた伏線の回収が始まりますので、楽しんで貰えたら幸いです。


またお知らせとはなりますが、このあと近況報告にて、ここまででた曲の一覧をまとめておりますので、ご興味のある方はご覧ください。


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