第42話 『文化祭実行委員』
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〇登場人物紹介 その9
★星乃 澪
芸能学校、東京芸術放送高等学校(通称、芸放)の生徒。
学部は音楽科に所属
「アイドルオーディション」のオーディションで、7人組アイドルグループ『Shu♡Shu』としてメジャーデビュー。
自分たちのデビュー曲が『SASHYA』の書き下ろしだと知らされるも、聞いた曲が自分たちが通う文化祭で展示されていた曲と似ている事から、沙耶が『SASHYA』ではないかと疑う。
後に沙耶の秘密を知る数少ない友人となる。
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沙耶ぁー、助けてー!
ある日の朝、教室に入るなりいきなり泣きついて来たのは、クラスメイトでもある由香里と数人の女子達。
入学当時はそれほど接点のなかった子達とも、1学期も一緒に過ごせばそれなりに話すようにはなり、今ではみちると鈴華以外ともそれなりに話せる関係には育っている。
「どうしたのよ急に」
「実は文化祭用の曲がまだ出来てなくて…」
そういえば由香里達は文化祭の実行委員だったわね。
芸放の文化祭は普通の学校とは少し異なっており、当日は体育館に用意されたメインステージと、学校中に設営されたミニステージとで、音楽と演劇が彼方此方で行われる。
基本これらの出演は、申請さえ出せば誰でも出場は可能だが、メインステージで行われる演目では、音楽系の学科はオリジナル曲での演奏を、演劇系の学科では演劇の公演をと決められており、私がいるデジタルミュージック科では、クラスの有志が曲を作り、選ばれた代表がステージで歌を披露することが決められている。
「曲が出来てないって、文化祭までもう一カ月ちょっとしかないじゃない。大丈夫なの?」
文化祭の準備は1学期の頃から既に始まっており、本来ならばもうそろそろ曲作りが完成し、歌詞を付ける作業が始まっていてもいい頃合い。それがまだ出来ていないとなると、少々急がなければいけないだろう。
「大丈夫じゃないから紗耶にお願いしているの!」
いや、そう言われてもねぇ…。
私は文化祭では表立って行動するつもりはなかったため、役割も当日の準備担当に立候補している。
これは別に私がサボっている分けでは無く、芸放の文化祭には業界関係者の方が多く来場されるため、既にデビューしている者は、暗黙の了解で裏方に徹するのが礼儀とされている。
「協力してあげたいのは山々だけど、正直余り手伝える時間は無いわよ? 放課後はちょっと忙しいし、休みの日も出かける事が多いから」
学校にいる間ならば手伝う事も可能だろうが、放課後や休みの日までともなると、正直時間的に厳しいと言わざるのが現状。
再来月にはドーム公演が控えているし、ドームでお披露目する新曲も進めなければいけない。
何より一番苦労しているのが、今まで必要の無かった曲の振り付けという作業。流石に棒立ちで歌うわけにも行かないので、私でも出来る簡単な振り付けを教わっている最中なのだ。
「勿論わかってる。ドーム公演前で忙しいのは凄く分かってるんだけど、そこを何とか!」
「バカ由加里、沙耶が頑張って隠しているんだから言っちゃダメでしょ」
「あっウソ、今の無しで!」
うん、クラスメイトの生暖かい心遣いに、どことなく赤面してしまう。
でも確か実行委員には美羽も入っていなかったけ?
私の記憶が正しければ、美羽は実行委員の中心的な役割を背負っていたはず。それがいま目の前にメンバーを見ても美羽の姿は見当たらず、誰からも彼女の名前しら上がってこない。その事を由加里に尋ねてみると…。
「春日井さんはその…」
「何かあったの?」
「それが私達にもよく分からなくて」
「突然実行委員を辞めるとか言い出したのよ」
「えっ?」
実行委員を辞める?
確かに美羽はどこか自分勝手な所もあるが、誰よりも音楽業界で働く事を望んでいたはず。だからこそ、この文化祭にも積極的に参加しているんだと思っていたのだが。
「いつ辞めたの?」
「えっと、創立祭が終わった辺りだったかなぁ」
うぐっ…。それは何というか、心当たりがめっちゃある。
すると美羽が文化祭の実行委員から抜けたのって、私のせいだったりするのだろうか。
「沙耶、この通り! 絶対に迷惑を掛けないし、放課後はお仕事の方を優先させてくれて良いから」
由加里をはじめ、全員からお願いされれば断る事も出来づらい。
文化祭が由加里達の将来に繋がればとは思うが、元をたどればクラスの行事。流石に自分には関係無いとは言いづらいし、美羽が抜けたのは私のせいかもしれないので、ここは協力するべきなのだろう。
決して後ろめたい気持ちからでは無いとご理解頂きたい。
「ま、まぁ仕方が無いわね」
「ホント!? ありがとう沙耶、愛してる!」
若干言葉に詰まった事は是非とも見逃して欲しい。
「でも手伝うって何をすればいいの? 曲を作れって話だと、ちょっとややこしい手続きをしなければならないんだけれど」
私の色よい返事に喜び合う由加里達だが、正直手伝えると言ってもその範囲は限られてしまう。
前にも言ったかもしれないが、私が作る曲はKne musicに第一の使用権があり、文化祭用に作ったとしても会社がダメと言えば使用出来ず、それらを回避するには少々めんどくさい書類を用意しなければならない。
「うん、分かってる。流石に沙耶に曲を作って貰おうとは思ってないから」
聞けば曲自体はある程度出来ているらしいのだが、全員が部分的に作ってしまった為、1曲に繋げるところで苦戦しているのだと言う。
いやいや、そんな割り振りじゃ繋ぎ合わせるのなんて不可能でしょ。
如何に曲の趣旨を決めていたとは言え、各々浮かび上げるイメージは全くの別物。それをそのまま曲に乗せてしまえば、繋ぎ合わせるのは不可能に近い。
「えっと、凄く言いにくいんだけれど、そのやり方は間違ってると思う」
「や、やっぱりそう思う?」
「実は私達もそうなんじゃないかなぁって…」
「で、でもね、最初は皆の良い部分を合わせれば良い曲にって…」
どうやら皆、薄々は気づき始めていたのだろう。
どんなに頑張っても繋ぎ合わせることが出来ず、これはもう根本的に作り直した方が早いんじゃ無いかと思いつつも、もしかして私なら何とかなるんじゃないかと、相談しに来たといったところか。
全く仕方ないわねぇ。
「取りあえずその皆が作った曲ってのを聞かせて貰ってもいい?」
「勿論!」
既に準備をしていたのか、由加里から曲が入ったと思わせるUSBメモリを受け取る。
私は休み時間を利用して、曲を一通り聴いてみるからと一旦由加里達と別れ、お昼休みに再び由加里達を集めて対策会議を開く。
「それでどう? 何とかなりそう?」
「うーん…」
曲を一通り聴いてみて、頭を抱えてしまったというのが本音。
部分部分の曲としては良いのだが、これを1つにまとめるなんて誰にだって不可能。ぶっちゃけ一から作り直した方が余程早いだろう。
「やっぱ、沙耶でも無理かぁ」
「ごめんね、流石にここまで曲調が違うと繋げるのは難しいかな」
せめて一つの曲に絞って、他の曲は曲調だけをのこしつつ、一から作り上げるしか私には出来ない。
その事を皆に伝えると…
「そのやり方なら出来るの!?」
「出来る…って言えば出来るけど、皆の曲の痕跡が残らないかもしれないわよ?」
今の提案のやり方では、恐らく全体の8割は書き直すことになってしまう。そうなれば皆が頑張って作った曲が台無しになる事だろう。
「大丈夫、沙耶が直してくれるなら皆納得してくれるから!」
「それならまぁ…」
由加里の勢いについつい返事をしてしまったが、流石に佐伯さんに話は通しておいた方がいいだろう。
その日は一旦家へと持ち帰り、後日返事をすると言う事で開放される。
そして数日後…
「取りあえず自分なりに作ってみたんだけど…」
幸い佐伯さんからの返事は、学校行事に関わる事なら会社としては問題ないとの事で、私は数日の時間を掛け、1曲のメロディーを完成させた。
「沙耶、まだ3日しか経ってないんだけど」
由加里達に呆れられた表情を向けられながら、まずは曲を聴こうと言う事になり、全員でパソコンの前へと集合する。若干興味を示したクラスメイトと担任の先生までもが視聴に参加しているが、そこは気づかない振りをしながら再生ボタンをぽちり。
教室内に流れるピアノのメロディー。楽器などの装飾は何一つ加えていないが、何とか聞ける曲に仕上がったのではないかと自負している。
「どう? 結構触っちゃったんだけど、イメージには合っている?」
一応当初の予定通り、由加里の作った曲をベースに、皆の曲調から使える部分を抜き出し、テンポやメロディーに違和感が無いように作り直した。
少々由加里以外の曲は、ほぼほぼ全て書き直しているので、原型を留めていない子の曲もあるのだが、そこはまぁ、この後の楽器演奏を付け加える過程で頑張って貰うしか無いだろう。
「沙耶、凄く良い!」
「流石沙耶、イメージも全然あってる!」
どうやらお気に召した様で一安心。
思わず予想以上に集中してしまい、若干寝不足気味ではあるのが、これだけ喜んで貰えれば疲れなど吹っ飛ぶと言うもの。
この後は由加里を中心に、楽器の音源などを肉付けしていくそうなので、私の役目は一旦ここで終了。
後日行われた文化祭では、学年を通して2位という結果を貰い、全校生徒に1-Cの名前を轟かせる事になる。




