第41話 『Mステ(後半)』
「それでは間もなく本番始まります」
ADさんの案内でスタジオ内に流れるMステの定番曲。
バックヤードに用意されたモニターには、司会者の男性と女性アナウンサーが映し出され、番組開始の挨拶が行われている。
「こんばんわ、モリタです。今夜は凄いゲストお向かえしております」
「デビューよりずっと謎のベールに包まれてきた、あの歌姫の登場ですね」
「聞けば番組側から何度もオファーを出していたらしいね」
「そうなんです。それがようやく実現した形となります」
オープニングトークと言うものなのだろう、司会者と女性アナウンサーが今夜登場するゲストを臭わす。
実際のところ、今日の新聞のテレビ欄にも私の名前が書かれていたし、SASHYAの公式HPにも今日の出演は告知されているので、そこまで引っ張らなくてもいいじゃないとかと思うのだが、番組側としてもやはり強調したい部分なのだろう。
「それでは登場です」
スタジオ内に流れる私の新曲と共に、ひな壇の上から慎重に階段を降りていく。
「幻の歌姫、SASHYAさん。今夜Mステ初登場です」
抽選で選ばれた観客から拍手を受け、司会者の隣へと歩いて行く。
「続いてアイドルプロジェクトから誕生した新グループShu♡Shu、今夜のゲストでもあるSASHYAさんが、デビュー曲を手がけた事でも話題になっています」
Shu♡Shuのメンバーが会釈をしながら私の横へと付く。さらに続く出演者の方々。
「こちらも初登場、『Sister's』のお二人です」
先ほど控え室で挨拶は交わしたが、どうやら今夜は初出場のグループが多いらしい。
Sister'sと呼ばれた女性二人組は、そのまま私の隣…Shu♡Shu達がいる反対側の位置へとつく。
今夜出演するグループは全部で7組。そのうち初出場が4組で、残り3組は何かしらの曲でデビューされている方々。その中でソロのミュージシャンは私を含めた3人のみ。
「今夜は初の出演者が多いねぇ。その中でもSASHYAさん、なんだか初めましての気が全然しないんだけど」
「そうですか? 私はモリタさんとお話させていただくだけでも、すごく緊張しています」
「SASHYAさんは3月のデビュー以来、常にランキングに名前が掲載されていましたからね。恐らくその影響かと」
リハーサル通り、司会者の男性が積極的に私に話題を振り、女性アナウンサーの方が補足を加える。
多少やらせ感は拭えないが、放送事故を防ぐためと考えれば仕方がない処置だろう。
「SASHYAのその衣装はジャケットのイラストそのものだね」
「すみません、こんな姿とマスク姿で」
「いやいや、かわいらしいよ。今度ドーム公演をするんだって?」
「そうなんです。今日はその辺りも宣伝させて頂きたくて」
「それは楽しみだ」
「SASHYAさんにはその辺りの事ものちほど詳しくお伺いしましょう」
オープニングトークは時間との闘い。まだまだ話し足りないが、私ばかりが独占するわけにはいかず、切りが良さそうなところで女性アナウンサーが言葉を挟み、トークは隣にいるShu♡Shuへと変わっていく。
「こちらも初登場、Shu♡Shuのみなさんです」
「「「よろしくおねがいします!」」」
「元気が良いね。SASHYAとも仲がいいんだってね」
「はい、楽曲を提供して頂いた事を切っ掛けに仲良くなりまして」
Shu♡Shuを代表して、澪が司会者の質問に答える。
「SASHYAは何でも熟すね」
「私は映像に映るのが初めてなんで、Shu♡Shuの皆には色々助けて頂いています」
「Shu♡Shuはテレビ慣れしていそうだもんね」
「そんな事ありませんよ、私達もめちゃめちゃ緊張しています」
番組側の配慮なのだろう、Shu♡Shuに話をする過程でも、私を絡めようとしてくださる。
実際Shu♡Shuのメンバーとは、全員歳が近いと言う事もあり、連絡先を交換するほどには仲が良い。今はお互い忙しいので、オフで会えたりはしていないが、いつか皆で遊びにいければとさえ思っている。
「続いてSister'sのお二人。こちらも初登場って事だけど」
「Sister'sのお二人は実の姉妹との事です」
オープニングトークはそのまま続き、3番目に紹介されたのは女性二人組のユニット、『Sister's』。女性アナウンサーが司会者の言葉に説明を補足する。
「もしかして双子なの?」
「「そうなんです」」
一卵性の双子なのか、容姿どころか息もピッタリ。年齢は少し判断が付きにくいが、恐らく年上の方なのだろう。どこか落ち着いた風にも見える。
「先ほどSASHYAさんが楽屋まで挨拶に来て下さって」
「素顔のSASHYAさん、凄く可愛かったです」
リハーサル通りとは言え、こうも正面から言われると、照れるを通り越して恥ずかしくなってしまう。
「挨拶なら私の所にも来てくれたよ、若いの礼儀正しいよね」
「お話の途中申し訳ございませんが、Sister'sのお二人にはスタンバイの方をお願いします」
思いのほかトークに時間がかかってしまったのか、目の前のADさんがスタンバイを急がせるカンペを見せてくる。
その後Sister'sは笑顔でスタンバイへと向い、番組はそのままオープニングトークが続く。そして準備が整ったタイミングで、モニターには演奏を始めるSister'sの姿が映し出され、私たちはその間用意されたひな壇へと移動。やがてSister'sの歌がおわり、番組は一旦CMへと切り替わった。
「Sister'sの皆さんありがとうございました」
CMが開け、画面にはひな壇に座った私達が映し出される。
「改めまして今夜のゲスト、まずはSASHYAです」
「こんばんわ、本日はよろしくお願いします」
今夜の放送のメインは、間違い無く私。
他のゲストの事を考えると、何とも申し訳ない気持ちにはなるのだが、番組あってこその私達なので、ここはプロとして現状を受け入れさせていただく。
「一つ聞きたいのだけれど、その衣装とマスクは自前なの?」
「いえ、衣装はドーム公演用に作って頂いたもので、このマスクはマネージャーさんに用意していただいたんです」
「へー、マネージャーさんに。やぱっぱり素顔を隠す為に?」
「そうですね、それもありますが、SASHYAのイメージを壊したく無いのと、学業を優先させたいって理由が一番ですね」
番組側には事前にこの姿とマスクの事は伝えて有る。司会者の方もその辺りを知った上で、不自然にならないよう話を振ってくださっているのだ。
「そういえば、まだ学生さんなんだって?」
「はい、今高校生です」
「高校生!? いやー若いね」
「SASHYAさんは中学生の時にVtubで話題になり、その後Kne musicの方からデビューされました」
司会者の方が積極に質問を投げかけられ、足りない部分を女性アナウンサーの方が補足を加える。
番組側は視聴率を気にされている関係、出来るだけ私の情報を表に出そうとされているのだろう。
事前にトーク内容の確認や、NGワードなどはお伝えしているので、私としては安心して受け答えが出来ている。
「高校生でもうドーム公演なんて、ホント凄いね」
「そうなんです。これも応援してくださる皆さんのおかげで」
「チケットは明後日から発売なんだっけ?」
「はい。ファンクラブ用の先行予約は始まっているんですが、明後日から一般席の販売が始まるので、今日はその宣伝も出来たらと」
「ははは、SASHYAならすぐに完売するんじゃない?」
「だといいんですけど…、皆さんぜひ買ってください!」
今日の出演目的はドームチケットのPR。ここまで言っておけば、本日のお仕事はほぼ達成できたと言ってもいいだろう。
その後も出演者の方を交え、トークと歌とを繰り返しながら、番組は中盤へと差し掛かる。
「続いて週間ランキングに移りたいと思います。まずは10位から4位まで一気にご覧ください」
女性アナウンサーの案内で、モニターには10位から4位のランキングが写し出され、ランクインされた出演者には拍手が送られる。
そしてそのまま3位の発表。
「3位はSister's、『マリオネット・ドール』」
モニターにはSister'sの二人が映しだされ、全員から拍手が送られる。
「デビュー曲で3位とは凄いね」
「「ありがとうございます」」
司会者の言葉に、笑顔で対応するSister'sの二人。
私は始めて二人の曲を聞いたが、私とはまた違う音色の曲で、機会があれば曲作りの事でいろいろ話したいと思ったほど。
ただコミュ障の私には少々敷居が高いのが難点だが…。
「Sister'sの二人、おめでとうございます。では続いて2位の発表です」
女性アナウンサーの方がSister'sにお祝いの言葉を掛けつつ、、モニターには2位の結果が映しだされる。
「2位はSASHYAさんのローズマリー、先週からワンランクダウンです」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「こちらはアニメ、『ローズマリーへようこそ』の主題歌としても話題の曲です」
出演者の方々から拍手を送られ、お礼の為に軽く会釈を返す。
ローズマリーは発売から2週間以上経過しているので、2位という結果に別段悔しいという気持ちは沸かない。
「では最後に1位の発表です」
ミュージックと共にモニターに映し出されるShu♡Shuの名前、喜ぶメンバー達に、私を含め出演者達から拍手が送られる。
「1位を取りましたShu♡Shuさんの『きらら』ですが、こちらはSASHYAさんから楽曲提供された事でも話題となりました」
「Shu♡Shuの皆さん、おめでとうございます」
「「「ありがとうございます」」」
モニターにShu♡Shuのメンバーが映しだされる。
「Shu♡Shuは番組の企画で生まれたんだって?」
「そうなんです。『アイドルプロジェクト』という番組から生まれました」
「Shu♡Shuさんは総勢20万人というオーディションから、最終選考を勝ち残り、最後は視聴者投票で選ばれたアイドルグループです」
「20万人!? 凄い人数だね」
司会者の方が20万人という数字を取り上げ、Shu♡Shuの誕生秘話を盛り上げる。
改めて思うが、みちるも澪も、ホント凄い人数を勝ち残ったのだと改めて感じてしまう。
「聞いた話じゃ、SASHYAがこっそり潜入して、歌詞を書いたってはなしだけど、本当なの?」
「本当です。最初は会社の研修生って聞いてたんですが、後で聞かされて皆で驚いたんです」
「なんでまたそんな事を?」
「えっと、私が曲や歌詞を作るときって、歌う人達の事を一番に考えるんです。だから無理を言って練習中の現場に立ち会わせて頂いて。お陰で皆と仲良くなれました」
アイドルプロジェクトの番組を見ていれば分かる内容だが、敢えて知らない人向けへの配慮なのだろう。
この後Shu♡Shuは女性アナウンサーの案内でスタンバイへと向かい、モニターには三度私の姿が写し出される。
「それにしても凄いねSASHYAは、1位2位を独占だからね」
「いえ、私は彼女達が頑張っていたのを見ていましたので、1位を取られたのは皆が頑張った結果です」
別に偽善者を装うつもりはないが、みちる達が頑張っていた姿は目にしているので、1位を取ったのは間違い無く彼女達の努力の結果。
そうで無ければただ曲が良いからと言って、簡単に1位など取れる分けもないだろう。
「それではShu♡Shuのデビュー曲でもある『きらら』、そしてSASHYAさんにはこの後特別ステージにて歌っていただきます」
番組にはShu♡Shuの前奏が流れ始める。
私は画面が切り変わったタイミングで一旦スタジオを抜け、別の部屋に用意されたステージへと向かう。
ホント何から何まで特別扱いをされて、何だかいたたまれない気持ちに晒されてしまう。
本当はあのままShu♡Shuの曲を聴いていたいのだが、放送時間の都合上、ステージの切り替えが間に合わないそうで、私だけ別の部屋でセットが組まれてしまった。
「では間もなく始まります」
ADさんの案内でスタンバイへと付く。
用意されたモニターには番組自体が映し出されており、女性アナウンサーが、丁度私の紹介をしている様子が流されている。
『ではいよいよSASHYAさんに歌って頂きます。曲はアニメの主題歌でもある『ローズマリー』、そしてSASHYAさんの代表曲でもある『Jewel the Heartー 心の宝石 ー』、2曲続けてどうぞ』
スタジオ内に流れ出す前奏、数台のカメラが角度を変えながら私を捉え、背後のモニターには特別に編集されたアニメの映像が流れ出す。
「貴方がいるこの世界で 二人が出会えたのは偶然なんかじゃない 少しほんの少しづつ 積み重なった奇跡の結晶…」
この歌は一人の少女が異世界で懸命に生きる愛の賛歌。両親を失い、暮らしていた屋敷を奪われ、家族同然の使用人達とも別れてしまう。
けれども少女は生きることを投げ出さなかった。懸命に生き、前世の知識を頼りにスィーツショップを始める。やがて少女の元には嘗て別れた人達が集い、そして一人の男性と恋に落ちる…。
『ありがとうございました』
モニターを通して聞こえる拍手の喝采。
このあと最後の出演者の演奏中に私はスタジオへと戻り、エンディングではShu♡Shuメンバーと一緒に手を振る仕草で幕を閉じる。
そして翌朝のニュースにはこう流れるのだった、仮面の歌姫SASHYAと。




