第40話 『Mステ(前半)』
「うん、いいんじゃない?」
私の姿を見て、満足げに評価を口にする佐伯さん。
現在私がいる場所は、Mステの出演者用に割り振られた控室。そこで出来上がったばかりのステージ衣装に袖を通す。
もともとドーム公演用に準備を進めていた衣装だったが、急遽Mステの出演が決まってしまい、無理を言ってなんとか今日という日に間に合わせてもらった。
「動きにくいところはありませんか?」
着付けを担当してくださったスタッフさんが、衣装を整えながら確認してくるで、試しに体を動かしてみる。
うん、大丈夫そう。
まだメイク前という事もあり、鏡に映る姿は私のままだが、衣装は完璧といっていいほどSASHYAそのもの。
よほど費用を掛けてくださったのか、表地の手触りもよく、裏地に関しては肌触りが心ち良い。
正直ただの衣装としてはもったいないぐらいの完成度だが、夏の暑い日には是非ともご遠慮したいほどの生地の厚さで、重量感はそれなりにある。
「大丈夫です。サイズの方は色々キツイ気もしますが、動けなくはないです」
「キツイところって胸とお腹周り?」
「そうですけど、よくわかりますね?」
これは別に私が太っているわけではなく、イラストのSASHYAを再現しようとすると、どうしてもこう…ボンキュボンの理想的な体系となってしまう。
決して私の体系が寸胴という分けではないことはご理解頂きたい。
「それは仕方ないわね。ステージ衣装って言うものは着心地よりも見た目重視になっちゃうから、どんな服を着たところでそんな感じよ」
「それは理解してるんですが…」
この衣装はもともと私のサイズに合わせたフルオーダー。イラスト通りのデザインとは言え、本人が着れなければ意味がないので、ギリギリのサイズで作られていると聞いている。
ただ悲しい事に胸回りは重ねられたパットに締め付けられ、お腹周りは最近少し太った事が原因で…げほげほ。
「とりあえず衣装の方は問題ないようね」
佐伯さんが念のためにと私の周りをくるくると回りながら、衣装の出来栄えを確認される。
ここで問題があればその場でお直しをしてもらう予定だったが、どうやら取り越し苦労だったようで一安心。
私はいったん着ていた衣装を脱ぎ、着付けをしてくださったスタッフさんに手渡すと、そのままメイク台へと座らされ本格的なメイクが始まる。
「沙耶ちゃん、この後の予定を言うからそのままで聞いて頂戴」
鏡に映る佐伯さんが、自前の手帳を片手にこの後の工程を教えてくれる。
「メイクと着付けが終わったらまずは挨拶周りね。私も一緒に回るから、ちゃんとご挨拶をするのよ」
本来あいさつ回りはメイク前に行うものだが、今回初めてSASHYAの変身をする為、学校から帰宅をせずに直接スタジオ入りをした。その関係で他の出演者さんより早く到着しているので、挨拶をする相手が来られていないのだ。
一応こちら側の理由を事前にお伝えしているので、大きな失礼には当たらない筈。
「その後18:30からリハーサル。伝えているとは思うけど、今回沙耶ちゃんが歌うのは、『ローズマリー』と『Jewel the Heart』の2曲ね」
今回私の出演にあたり、番組側からも色々ご配慮をいただいている。その一つが発売されたばかりの新曲『ローズマリー』と、私の代表曲ともいえる『Jewel the Heart』の2曲同時紹介。
特別扱いと言えばその通りなのだが、別に私が初めてという分けではなく、今までも2曲同時に紹介されたミュージシャンもいれば、手持ちのメドレーで華を咲かせた方もおられる。
とどのつまり番組側の演出の一貫だと言えばわかりやすいだろうか。
その後カメラテストや出演の順番、ひな壇での座る位置など、事細かく説明を受け、ようやくメイクが終わりかけとなったタイミングで、控室の扉からノックオンが聞こえてくる。
「お疲れ様です。本日はよろしくお願いします」
やってこられたのは城戸さんをはじめ、すっかり顔なじみとなった『Shu♡Shu』のメンバー。その姿はまさにアイドルそのもので、全員がかわいらしい衣装に身を包んでいた。
「こちらこそよろしく。そちらもずいぶん早いのね」
「人数が人数ですから、早めにスタジオ入りをしたんです」
まだ時間に余裕があるからなのだろう、簡単な挨拶を交わした佐伯さんと城戸さんが、「お互い初出場だと大変ね」と簡単な世間話に花を咲かせるので、Shu♡Shuのメンバーを招き入れ、こちらもガールズトークを楽しむ。
「沙耶…だよね?」
つい先ほどまで一緒に授業を受けていたというのに、みちるが恐る恐る尋ねてくる。
「そうよ、私以外にこんな姿をしている人なんでいないでしょ?」
「いやいや、分かんないって」
「みちるから話は聞いてたけど、ホントに全然わからないわ」
鏡に映る私を見て、澪も関心するように言葉を掛けてくる。
確かにメイクさんの技術は凄く、パッと見た目では私ですら確認したくなるほど、本人だとは分からない。
二人の反応を見る限りでも、それだけ完成度が高いと言うことなのだろう。
「はい、少しなら動いてもいいですよ」
メイクが終わり、ウィッグを被せてもらったところでメイクさんが声を掛けてくれる。
このあと髪型と整えてくださる事になっているが、友人達が尋ねてくれているので、気を遣って下さったのだろう。
私はその言葉に甘え、Shu♡Shuのメンバーの前でくるり回ってみせる。
「えへへ、どう?」
「うん、いつもの沙耶だ」
「なんか安心した」
自分では可愛く見せようとしたのだが、何故か澪とみちるからは悲しい評価を受けてしまう。
「どういうことよ」
「沙耶は可愛いってイメージじゃないのよね。もっとこう、おっちょこちょいな感じ?」
「あー、凄く分かる。一見凄くは見えるんだけど、中身は少しポンコツなんだよね」
コラコラ、本人の前で軽くディスらないでもらいたい。
でもまぁ、多少は自覚があるので大きく反論出来ないのがつらいところ。
結局Shu♡Shuのメンバーからも似た様な事を言われ、皆で和気藹々とバカな話で笑い合う。
「そう言えば沙耶は何時に入ったの?」
「私は学校から直よ。佐伯さんに迎えに来てもらったの」
「そんなに早く? 私たちはいったん事務所に集合してからよ」
どうやらShu♡Shuのメンバーは一度事務所に立ち寄り、メイクとヘアセットをした後にスタジオ入りしたのだという。
「じゃこっちでは衣装に着替えただけ?」
「そう、人数も人数だし、私たちの控室って共同だから」
「共同?」
聞けばShu♡Shuに割り振られた控室は、女性アーティストが共同で使用する部屋らしく、大人数でメイクをすると迷惑がかかるからと、着替え以外は事務所で一通り準備してきたのだとか。
「知らなかったわ」
私はてっきり出演者ごとに部屋が用意されていると思っていたが、どうやら認識不足だったらしい。
「それじゃ時間までこの部屋使う? どうせ私一人だし」
「ありがとう、でも気を使わなくてもいいわよ。みんな自分たちがSASHYAと同列だなんて思っていないから」
Shu♡Shuのメンバーに気を使ったつもりだったが、代表して澪に断れてしまう。
でも確かにそうよね、番組側が配慮して部屋割りをしてくださったのだ。扉の前には『〇〇様控室』と張り紙がしてあるので、勝手に部屋割りを変えるのは、番組の進行に支障をきたすかも知れない。
これは私の失策だろう。素直に謝り澪の心遣いに感謝する。
「それじゃ私たちはもう行くわね」
「沙耶、また後で」
佐伯さんと城戸さんの話しもひと段落ついたようで、澪をはじめ『Shu♡Shu』のメンバーは部屋を後にする。
残された私は再びメイク台へと向き合い、最後の仕上げとばかりに髪型をセットしてもらい、再びSASHYAの衣装を羽織りようやく完成。
その後佐伯さんに連れられ、出演者の方や番組スタッフさん達に挨拶を終え、リハーサルへと突入。
番組が始まる前に流れるインサート撮影には、私一人が後ろを向き、その周りをShu♡Shuのメンバーが囲うという、なんとも妙な映像がお茶の間に流れた。
そしていよいよ本番を迎えることとなる。




