第38話 『新学期』
「ちょっと沙耶、なんで隠していたのよ!」
新学期早々、若干涙目で私に訴えて来たのは、夏休みの間まったく連絡を取っていなかった鏡華。
理由はその…心当たりがあるので素直に謝罪しておく。
「テレビから貴女が作った曲が流れてきた時、私がどれだけ驚いたか分かる!?」
「いやぁ~、話そうとは思っていたのよ? でも中々タイミングがなくてね」
鏡華には何度も作曲途中の音源を聞いて貰っている。そこから編集を加えているとしても、分かる人にはやはり分かるものなのだろう。現に澪も同じ理由で気づかれたのだから、間近にいる鏡華ならば当然と言えば当然の結果。
どうやらすぐに連絡を取りたかったらしいが、生憎と連絡先の交換を忘れていたのだから仕方がない。
「私だけ仲間ハズレにするんじゃないわよ!」
「ゴメンって、ほら忘れないうちにアドレス交換もするからさ」
鏡華って結構さみしがり屋なのよね。普段の姿しか知らない人には分からないだろうが、近くにいるとその姿はただの虚勢なのだとよく分かる。
やがて二人で話しているとみちるが遅れて登校してきた。
「おはよう沙耶」
「おはようみちる」
みちると会うのは新曲のお披露目以来。私は4枚目の新曲作りで急がしかったし、みちるは連日撮影や練習などで予定がギッシリだったため、今日まで会う機会がなかった。
「どうせみちるには教えていたんでしょ」
いまだ機嫌が治っていないの鈴華が一人で拗ねる。
「鈴華、どうしたの?」
「バレたのよ」
「あぁーなるほど」
みちるは私の一言で全てを理解したのだろう。鈴華の機嫌を治すよう、手助けをしてくれる。
「ほら、沙耶があとでサインしてくれるから機嫌をなおして」
「そんなので誤魔化されないわよ。サインは貰うけど…」
そういえば鈴華って私のファンなんだっけ。
ちゃっかりみちるの提案を受け入れながら、少しは気持ちが落ち着いたのか、今度は鈴華がみちるに話しかける。
「それよりもみちる、遅くなったけどオーディション合格おめでとう」
「ありがとう鈴華」
そういえば二人も連絡先を交換していなかったんだわ。これを機会で3人でLINEなんかの連絡先を交換しておくのもいいかもね。
「それで、あの放送は本当の話なの?」
「あー、あれね…」
鈴華が言っている放送とは、アイドルプロジェクトの番組で、SASHYAがこっそり潜入して、最後に新曲をプレゼントをするという一連の話。
元々放送される予定はなかったのだが、思いのほか彼方のスタッフさんからの評判がよく、最後に新曲をプレゼントするシーンのところでは、感動の余り泣いている方も居られたほど。
結局プロデューサーさんからの強い要望もあり、私の顔にはSASHYAのイラストを貼り付けて誤魔化し、名前などの部分はモザイクを掛けるというので了承した。
ただ全ての映像が撮れていた分けではなかったため、一部再現映像として放送されている。
「私の演技も中々だったでしょ?」
「貴女隠す気無いでしょ」
鈴華が言っているのは、恐らくSASHYAが最後にみちるを抱きしめるシーン。あのシーンがあったからこそ、今回の放送が決定したようなもので、あそこだけは外せないと言うことで、取り直しなしのそのまま放送されている。
正直みちるが批判されるんじゃないかと心配したのだけど、意外と好意的なコメントの方が多く、逆にみちるの人気が上昇したほど。
いやー、人生どうなるかわからないもねぇ。
「まぁいいわ、みちるの人気が上がったのはいいことだしね」
「えへへ、今日もいろんな人から『おめでとう』っていわれちゃった。なんだか有名人になった気分だよ」
いや、気分じゃなく実際有名人になったんだから。
「これで3人ともめでたく同じ業界人だね、鈴華先輩」
「よろしくお願いします、鈴華先輩」
「貴女達ね…」
先輩と呼べば喜んで貰えると思ったが、どうやらからかわれている思われたようで、若干呆れ顔を返されてしまう。
実際からかってみたんだけど。
やがて予鈴のチャイムが鳴り、始業式へと進んで行く。
「どうして校長先生の話って長いのかしら」
今日は二学期初日と言う事で、授業は午前中でおしまい。
せっかく3人が揃ったと言うことで、帰りに近くのファストフード店に立ち寄る。
「二人とも今日はオフなの?」
「それ、私に聞く?」
この後の予定を考えるため、何気に聞いてみたのだけれど、返って来たのは不機嫌そうな鈴華の一言。
どうやら本気で仕事がないらしく、夏休み中もずっと一人で過ごしていたのだという。
いや、だってほら、現役だって言ってたからさ。
「私は午後から練習かな」
「頑張るわね、もう少しでデビューなんだよね?」
現在みちるが所属する『Shu♡Shu』は、デビューに向けて最後の追い込みの真っ最中。レコーディングも今週末だと言う話なので、今が一番忙しいのだろう。
「デビュー曲の発売は今月末なんだけど、その前にお披露目公演があってね、番組の収録もあるから忙しくって」
そういえば番組でもそんな告知があったわね。
中型のホールにはなるんだけれど、動画配信なんかも予定されており、当日は握手会やトークショーなどが企画されているという話だ。
「そういえば沙耶も新曲を出すよね?」
「私は今月の中頃だから、発売日自体は被らないわよ」
少し嫌そうな顔をするみちるだが、こればかりはどうしようもない。
私だって別に被せようとは思っていないが、クライアントの関係で、CDの発売日はどうしても調整が難しいのだ。
「今度は何に使われるの?」
「今回はアニメかな。こちら側から売り込んだ形になるんだけど、向こうも案外乗り気で、スムーズに話が進んでね」
「アニメって、また珍しいわね」
今やアニメは日本の一大産業。Kne musicでもアニメやゲームに力を入れており、主題歌やサウンドミュージックなどの仕事もよく入るんだとか。
元々親会社が大手の家電メーカーで、有名なゲーム機なんかも出しているので、意外とそちら方面にも強いらしい。
「なんてアニメなの?」
「『ローズマリーへようこそ』って異世界ものなんだけど、主人公の女の子が両親を失った挙げ句、暮らしていたお屋敷を追い出されちゃってね。偶然取り戻した前世の記憶を頼りに、ケーキ屋さんを始めるってお話」
両親を亡くして、残された妹と一緒に頑張っていくという設定が、妙に自分と重なり合ってしまったのよね。
そのお陰と言うべきなのか、良い感じのフレーズがスラスラと思い浮かび、自分でも納得がいく一曲に仕上がった。
「今回は挿入歌も担当しているから、両A面って感じになっているわ」
主題歌のデモを先方に出したところ、是非アニメの中で使われる挿入歌もと頼まれてしまい、結局2曲での契約となっている。
「ちなみに、出来栄えはどれくらい?」
「120%!」
「もぉ、SASHYAと発売日が近いだけでも驚異だというのに、出来栄え120%ってどういうこと!? 味方だと思っていた沙耶が敵に見えるぅー」
アニメは今期のクルーから始まるので、CDの発売はどうしても今月中になってしまうし、クライアントがいるのだから手抜きなんて出来る筈もない。
それに『Shu♡Shu』のデビュー曲だって私の作詞作曲なんだから、敵と呼ばれるのは少々反論したい気分だ。
「みちる、私に出来る事はもう無いわよ。セカンドシングルも私が担当するとは限らないし、プロになったんだから甘えも許されない。貴女は大勢の人達の応援と、多くの人達の上に立っているんだから、皆と力を合わせて頑張りなさい」
少しキツい言い方かもしれないが、彼女は多くの人達が流した涙の上にいるのだ。隙をみせれば叩かれる事もあるだろうし、応援してくれるファンを裏切るかもしれない。
みちるもそれぐらいは理解しているだろうが、改めて気を引き締めて貰うためにも言っておいた方がいいだろう。
「うぅ、分かってるけどさぁ」
「みちる、沙耶の言う通りよ。貴女の場合は顔もバレているんだから、日頃から言動や行動には注意するものよ。沙耶だって好きでこんな事を言ってるんじゃないって分かってるでしょ?」
流石先輩、説得力が私とは格段に違う。
若干ポテトを食べながらの姿が残念だが、経験値に関しては鈴華が一番だろう。
私をフォローしてくれたお礼として、手を付けていなかったアップルパイをそっとトレイに乗せておく。
「あー、鈴華だけずるい! 私もアップルパイ欲しい!」
ちっ、見られていたか。
気づかれないよう注意していたが、よもや見られていたとは不覚。
仕方ないので再びレジへと向かい、アップルパイを2つ追加で注文してから席へと戻る。
「結局自分も食べるんじゃない」
お礼を言うみちるに対し、私に冷たい視線を送ってくる鈴華。
だってアップルパイを食べる姿をみたら、やっぱり欲しくなったんだから仕方ないじゃない。
「そうだ鈴華、ドーム公演のチケットっている? VIP席の空きもあるんだけれど、佐伯さん…私のマネージャーから、一般席のチケットがいるなら、早めにって言われてて」
ふと思いだし、鈴華にチケットの事を尋ねる。
私の初となる公演は、雑誌や公式サイトで既に発表されており、間もなくファンクラブ会員向けの先行販売が開始予定で、その後一般チケットが発売される予定となっている。
「沙耶、私も私も!」
「みちるは心配しなくても、『Shu♡Shu』のメンバー宛にVIP席を用意するわ」
「マジ!? やったー!」
喜んで貰っているところ申し訳無いが、私に親しい友人が少なく、せっかく用意してもらったVIP席が勿体ないから、取りあえず私がSASHYAだと知っている人に声を掛けている最中。
『Shu♡Shu』のメンバーも親しい関係になった分けだから、アイドルプロジェクトのプロデューサーさん宛てに、チケットを送るつもりだ。
「いいの?」
「勿論。一般席も用意出来るけど、どうせなら皆がいるVIP席の方がいいかと思ったんだけど、どうかな?」
VIP席は四方を壁で囲まれた特等席。一般の人では利用出来ず、まずらわしい入場の順番待ちもない。
部屋にはゆったりとしたスペースに、飲み物や食べ物のケイタリングが用意された素敵な空間。
ただ会社のお偉いさん見に来ていたり、プロデューサークラスの人が家族を連れて来たりと、周りと一緒に叫んだりすることが出来ないので、純粋にコンサートを楽しむには一般席の方がいいとも言われている。
「じゃ1枚だけVIP席でお願い」
「1枚でいいの? 友達とか連れて来てもいいわよ?」
コンサートは1人で楽しむより友人と一緒に騒ぐ方が絶対にいい。席は十分空いているし、みちる達と同じ日になるとも限らないので、必要ならば数枚程度なら全然用意するつもりだ。
「い、いいのよ1枚で。元々一人で見に行くつもりだったから、助かるわ」
うーん、これはもしかして私と同じで友達が少ない?
見た感じ遠慮しているようにも見えないし、嫌がっている様にも感じられないので、純粋に一緒にいける友人がいないのかもしれない。
もう仕方ないわねぇ。
「じゃ鈴華が来るに日に合わせて、聖羅や蓮也達を呼んでおくわ」
沙雪も来るって言ってたし、KANAMIさんを招待するのも良いかもしれない。
これだけいれば鈴華も寂しくないよね?
指折り呼べそうな人を一人づつ上げていくと、鈴華の表情が徐々に引きつっていく。
「沙耶って、ときどき無意識に虐めてくるよね」
「みちるも苦労してるのね」
何故か二人から弄られるのであった。




