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第37話 『きらら』

「初めまして、雨宮 沙耶といいます」

 佐伯さんに連れられ、やってきたのはアイドルプロジェクトが契約しているスタジオ。

 現在ここでは決勝を勝ち残った7名の新人アイドルと、その練習風景を撮影するスタッフさん達が働いている。


「この度はうちのSASHYAの無理を聞いて頂き、ありがとうございます」

「いやいや、こちらこそ楽曲提供の依頼を受けて頂き感謝しております」

 佐伯さんと番組プロデューサーさんが社交辞令のような挨拶を交わす。

 今回お願いしたのは歌詞を書くにあたり、新人アイドル達の練習風景を見学させていただく事。そのお願いを番組プロデューサーさんは快くお受け頂き、今日のこの日を迎えた。


「それでお願いしていた件ですが…」

「えぇ、わかっています」

 佐伯さんが事前にお願いしていた事、それは私が映像に映らないよう配慮すること、私がSASHYAである事を彼女達に告げないこと。

 前者の配慮は、アイドルリアリティドラマとして放送される為、建物の至ることろにカメラが設置されてるからで、後者は単純に素の彼女達の姿を見たいため、このようなお願いをしている。


「こちらの城戸がSASHYAさん…、いえ、雨宮さんを案内します」

「城戸です、本日は私がご案内させていただきます。名目上はKne musicから派遣された研修生という扱いにはなりますが、ご要望があればその都度対応させていただきます」

 プロデューサーさんに紹介され、城戸さんという女性スタッフさんと挨拶を交わす。

 なんでも城戸さんは演出をプロデュースする立場だそうで、彼女達とは近しい関係なのだと教えてくれた。


「それじゃ沙耶ちゃん、夕方には迎えに来るから後はよろしくね」

 名目は新人作曲家の研修という扱いなので、マネージャーが近くにいては不自然。佐伯さんは佐伯さんで、ドーム公演の準備が忙しいらしく、本日私は見知らぬ場所で一人っきりというわけ。

 まぁ、昨年の夏休みには大人に混じってアルバイトをしていたので、同じようなものだと思えばそれほど苦にもならないだろう。

 佐伯さんを見送り、さっそく城戸さんに建物内を案内してもらう。


「ここが休憩室ね、新人アイドルとスタッフの両方が使うから、カメラは設置されていないわ」

 休憩室として案内された部屋には、所狭しと撮影用道具が置かれており、その中央に休憩できるように机と椅子が置かれている。

「アイドルさん達とスタッフさん達って、同じ部屋を使うんですね」

 私はてっきりアイドルになった瞬間、特別扱いをされるのだとばかり思っていた。


「あら意外? 大体どこも同じようなものよ」

 城戸さんが言うには、ドラマ等の撮影現場も似たようなもので、休憩部屋が用意されているだけまだましなのだそうだ。


「それに彼女たちはまだ卵の状態だから、スタッフたちと交流を持たせるためにこういう場所は貴重なのよ」

 私は今まで現場という場所で仕事は行っていない。せいぜい本社にあるスタジオで、ボイスレッスンやレコーディングをした程度。曲作りは基本自宅で作るし、打ち合わせも空いている会議室などで行ってきた。

 そう考えると私はずいぶん優遇されていたんだと改めて感じてしまう。


「それじゃ次は彼女達の練習しているスタジオに案内するわ」

 城戸さんに連れられ向かった先は、7人の新人アイドル達が練習するスタジオ。中では現在ダンスレッスンなのだろう、私が作った曲に合わせ、7人が真剣に振り付けの練習を行っている。


「はい、集合。皆に紹介するわ」

 曲の切れ目を見計らい、城戸さんが私を紹介してくれる。

「彼女はKne music所属の作曲家さん、今回研修生として5日ほどこちらで預かる事になりましたので、失礼のないように共に高め合ってください」

「雨宮 沙耶といいます、短い期間ですが色々学ばせて頂きますのでよろしくお願いします」

 簡単に自己紹介をし、私がここへと来た経緯などを説明する。


 今回研修生と名乗っているのには幾つかの理由があるが、最大の目的は番組の一番のスポンサーでもあるKne musicの名前を出し、問題を起こすなよという警告。

 彼女達は『アイドルプロジェクト』という事務所に所属しているが、CD自体はKne musicから発売される。そのKne musicから派遣されているとなれば、彼女達も失礼な事は起こさないだろうという配慮だ。

 他にもプロとして働いている私に敬意を示す事や、作曲家と名乗る事で今後の楽曲提供を臭わすなど色々あるが、要は私を守るための配慮だとご理解頂きたい。


「星乃さん」

「はい」

 城戸さんに名前を呼ばれ、一人の女性が前へと出る。

「雨宮さん、ご存じかもしれませんが彼女は星乃 澪(ほしの みお)。このアイドルグループ『Shu♡Shu(シュ シュ)』のリーダーです。私が居ないときは彼女に相談してください」

「星乃 澪です。よろしくお願いします」

 軍隊…という分けではないが、彼女達もまだ慣れてはいないのだろう。背筋を伸ばし、やや堅い挨拶をしてくれる。

 私は改めて名前を名乗り、しばらくの間お世話になることをお願いする。


「それでは雨宮さん、まずは彼女達の練習風景などを見学してください」

「分かりました」

 ここで一旦城戸さんとはお別れ。私はここのスタッフではない為、通常与えられている仕事はなく、基本は彼女達のサポートをやりつつ、頑張る姿や会話の中から聞き出せる事をメモに残し、そこから歌詞をつくる作業へと進める事が役目。

 若干私の正体を知るみちるとの距離感が取りにくくはあるが、彼女には予め今回の内容を伝えてあるので、うっかりしゃべらない限りは私がSASHYAだとバレる事はないだろう。


「それじゃ練習の再開します」

 ダンスの先生とおぼしき女性の一声で、7人のアイドル達が指定の場所に着き、再びダンスの練習が始まる。

 私はその間スタジオの端に陣取り、持参したノートを片手に練習風景を見学。時折ある休憩にタオルやドリンクを用意しつつ、簡単な会話交わしながら、思い浮かんだフレーズや個々の話の中で、心に残った内容などを書き留めていくと、やがてお昼休憩がやって来た。


「沙耶ぁー、疲れたよぉー」

 はいはい、暑いから引っ付かないでね。

 午前中の練習が予想以上に厳しかったのか、休憩室に入って来るなり抱きついてくるみちるを引き剥がす。

「あれ、みちるって雨宮さんと知り合い?」

 オーディションから2週間ほど経っているせいか、既に仲良くなったと思われるメンバー達が、不思議そうにこちらを見つめてくる。

 私がSASHYAである事は秘密にして貰ってはいるが、友達関係まで誤魔化すつもりはない。仮に隠していた場合、バレた時の事を考えると、贔屓していたんじゃないかと疑われるのも嫌なので、友達であるという事は伝えるつもりではいた。


「そうだよ、沙耶とは学校が同じでクラスメイトなの」

「もしよければ、皆さんも沙耶って呼んでください」

 先ほどは城戸さんやダンスの先生がいた手前、簡単な挨拶で済ましたけれど、お昼休みの時間は皆と会話出来るまたとない機会。私は最近培った会話術を駆使しながら、積極的に話に食い込んでいく。


「学校が同じって、雨宮…じゃなかった、沙耶さんも芸放なの?」

 『さん』も要らないですよと断りを入れ、みちるとの出会いを簡単に説明。デジタルミュージック科という少し変わった学科だが、Kne musicでその才能が認められ、CMなどで流れるミュージックを作っているんだと説明しておく。

 紗々のCMで流れているのは私が作った曲なので、嘘はいっていない。


「それじゃ澪とも同じ学校なんだ」

「澪?」

 澪さんって、さっき城戸さんにリーダーだと説明された星乃 澪さんの事よね? 私の記憶が正しければ、このグループで一番票を集め、トップでオーディションを合格したのが彼女だったはず。

 そういえば何処かで見たことがあると思っていたのよね。すると学校ですれ違ったりしていたのかもしれない。


「私は音楽科だから、沙耶とは学科が違うかな」

 澪は予め自分たちもお互い敬称なしでと断りを入れ、通っている学科の事を教えてくれる。

「音楽科だったんですね、もしかしたら学校の何処かですれ違っていたかもしれませんね」

 同じ学科同士なら、選択科目で顔を合わせたりもするだろうが、生憎とデジタルミュージック科は1学年に1クラスのみ。すでに入学して1学期が終わった今でも、他のクラスで知り合いなのは蓮也だけだ。


「ふふ、私は知っていますよ。沙耶は有名ですから」

「有名? 私が?」

 意外な答えに頭を悩ませるが、思い当たる節が見つからない。

 今のところ私がSASHYAだとはバレてはいなし、目立つような行動をとった覚えも思いつかない。それなのに私が有名?


「沙耶、たぶんアレだよ、迷惑っ娘ちゃん」

「あぁ」

 そういえば私が親のコネで入学したとかいうデマを流され、当の本人が生徒指導室に連れて行かれるとう事が何度かあった。

 恐らくその辺りで私の名前が知れ渡ってしまったのだろう。何ともはた迷惑な話である。


「あのぉ、アレはホントにデマなので」

「わかってる。裕城君も否定していたし、あの子の話は誰も信じてないから」

 聞けば美羽は音楽科でも問題を起こしていたとかで、誰も彼女の話をまともに聞いていないんだとか。

 それにしても蓮也私の事をフォローしてくれていただなんて、今度会った時にお礼をしなければならないだろう。


「もしよかったら、学校でも仲良くして貰える?」

「勿論です、こちらこそお願いします」

 思いもよらぬ形で友達が増えたが、学校生活を楽しく過ごすには願ってもないこと。

「ちょっと、澪だけずるいよ。私も学校は違うけど友達になって」

「あー、私も! 私も!」

 澪との交流が切っ掛けととなり、7人全員と友達になれた。

 最初は虐められたりするのかとも覚悟はしていたが、蓋を開ければ皆フレンドリーで、自分はアイドルだからと威張るような子は誰一人もいない。


 恐らくこれが視聴者投票の成果なのだろう。

 例え画面越しであったとしても、伝わってくるものがあるからこそ、この7人が選ばれたのだ。

 私はそんな彼女達の事を書き留め、僅か5日間という期間を終えることとなる。


 そして一週間後…




「お久しぶりです」

 再び佐伯さんと共に訪れた『アイドルプロジェクト』の撮影スタジオ。

 以前の挨拶のように、練習の合間で交わした簡易的なものではなく、事務所でプロデューサー立ち会いのもと、改めて自ら名乗りを上げる。


「今回皆さんのデビュー曲を担当するSASHYAです。本日は出来上がった新曲をお届けにまいりました」

 突然の告白にざわめく5名のアイドル達。若干約2名ほど驚いていない人も居るが、その辺りはある程度想定内。


「うそ、沙耶がSASHYAって」

「え、マジ?」

「ちょっと、なんで二人は平気なのよ」

 みんなプロデューサーの前だと言うのに、各々驚きの声を上げる。

 みちるの反応は当然だが、よもや澪にまでバレているとは思っても居なかった。

 これは後で聞いた話だが、澪は創立祭で私の曲を聴いており、私が練習の現場に現れた事で確信を持ったのだという。


「えへへ、サプライズ成功!」

 一人得意げなみちるが何やら口走っているが、ここは軽くチョップを加えてから、どうして回りくどいやり方を取っていたかを説明。

 その後全員で、私自信が歌ったデモ曲を流し各々の感想を待つ。


「すごい、SASHYAの歌声だ」

「ねぇこれ、ホントに私達が歌ってもいいの?」

 歌詞カードを配っているとは言え、歌い方をわかりやすくするため、自宅で自分の声で歌を吹き込んだ。

 この後は彼女達が各パートに別れ、自分たちの歌へと仕上げて行く事になるわけだが、どうやら評判は悪くはない様子。


「ねぇ、この曲名は何て言うの?」

 曲を聴き終えたみちるが私に尋ねてくる。

「曲名は『きらら』 皆の想いを私なりに書き上げたつもりです」

 今回の曲のコンセプトは『星』、少し子供っぽいタイトルになったしまったが、自然とこのフレーズが頭に浮かんでしまった。


 私は一度姿勢を正し、この日まで我慢し続けていたこの言葉を口にする。

「改めまして、皆さんオーディション合格おめでとうございます。これは私、SASHYAから皆さんへのプレゼントです。願わくばこの曲が皆さんの代表曲になるよう、全身全霊を注いだつもりです。この曲で華々しくデビューを飾ってください」

 そう言葉を綴り、私はそっとみちるに近づく。


「SASHYAは皆さんにとって公平な立場にいます。ですからこれは私、雨宮 沙耶個人の想いとして見逃してください。…みちる、おめでとう。夢が叶ったね」

「沙耶…」

 涙が浮かべるみちるそっと抱きしめる。

 本来公平である立場ではあるのだが、このぐらいは許して貰えるだろう。


 後日番組内で、アイドルグループ『Shu♡Shu』のデビュー曲が発表される。

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