第36話 『Girlish』
夏休みも中盤に差し掛かった頃、私に会いたいと言う子がいると聖羅から連絡を受け、いつもの喫茶店まで足を運ぶ。
「初めまして雨宮さん、一葉 卯月といいます!」
やや緊張しながら元気に自己紹介をしてきたのは、皐月の妹である卯月ちゃん。
なんでもうっかり私がSASHYAである事をしゃべってしまったらしく、会いたい会いたい会いたいと、姉である皐月におねだりされてしまい、今日の女子会が急遽開催された。
「それにしても皐月に妹がいただなんで、知らなかったわ」
卯月ちゃんがサインをくださいと言うので、受け取ったCDケースにサインを書きながら、皐月に話しかける。
「さっきーは自分の事を余り話してくれないものね、せーらん」
「そうね、私達も最近まで知らなかったもの」
あれ? 綾乃が聖羅に対する呼び方が『せーらん』に変化している。
綾乃は親友と認めた子には、変なあだ名をつける癖がある。Snow rainのメンバーだと一樹と皐月だけだったのだが、どうやら私の知らない処で二人に何かがあったのだろう。
学校が離れてしまったとは言え、親友の変化を嬉しく思える。
「別に話すような事じゃなかったからね」
私の小さな驚きを気にする様子はなく、皐月が理由を教えてくれる。
彼女は中学時代別の学校だったという事もあり、私生活の話しはほとんどした記憶がない。それはどうも聖羅達も同じだったようで、最近まで卯月ちゃんの事は聞いてなかったのだという。
これは私の勝手なイメージだが、皐月はカッコイイ、クール系な女性という感じで、妹の卯月ちゃんは可愛くて、どことなく運動系といったイメージが強く感じられる。
「卯月ちゃんって今中学3年生なの?」
「はい! 来年受験で、お姉ちゃんと同じ高校に行くつもりなんです」
聖羅と皐月が通う高校は、この辺りじゃ平均よりかなり上の学力が必要だったはず。すると卯月ちゃんもそのぐらいの学力はあるのだろう。
若干綾乃が可哀そうに思えるが、そこは本人の努力次第なので、しっかり勉強しなさいとしか言わざるをえない。
「雨宮先輩も妹さんがいらっしゃるんですよね?」
卯月ちゃんが沙雪の事を聞いてくるも、雨宮先輩と言う呼ばれ方に、なんだか違和感を感じててしまう。
「卯月ちゃん、沙耶でいいわよ。親しい友人はみんな下の名前で呼ばれてるから」
「いいんですか!? それじゃ沙耶先輩!」
うん、先輩はついてくるんだ。
まぁ、間違いではないし、体育会系ぽい卯月ちゃんらしいと言えばらしいが、慣れない呼ばれ方でなんだかむず痒い。
「それで妹の話だったわね。えぇ、いるわよ」
「沙耶先輩の妹さんって、確かイラストを書かれてるんですよね?」
「よく知っているわね」
この場でE-SHYAと呼ばないのは、周りを気にしての事だろう。
卯月ちゃんは「姉妹揃って既にプロだなんて、ホント尊敬します!」と、私と沙雪の事をベタ褒めしてくれる。
「卯月ちゃんも何か目指してるの?」
皐月の妹だからといって、音楽関係とい事もないだろう。私のイメージが正しければ、将来はトップアスリートと言ったところだろうか?
「私の目指しているものですか?」
私の質問が意外だったのか、一旦皐月や聖羅達の顔を見ながら予想外の事を言ってくる。
「私の夢…っていうか、いま目指してるのは、お姉ちゃんたちと一緒にライブをする事です」
ん? ライブ? お姉ちゃん達と一緒に?
「あー、沙耶。えっとね…」
私が一人頭を悩ませていると、何か言いにくそうに聖羅が話に割り込んでくる。
「沙耶、驚かないでね」
聖羅はそう前置きを置き、本題を口にする。
「私達いま、4人でガールズバンドを組んでいるの」
「………えっ?」
4人でガールズバンド? いや別に変じゃないけど、Snow rainと並行して出来るものなの?
「せーらん、それじゃさーやんが益々混乱しちゃうよ」
「そ、そうね。でもちょっと言いにくくって」
んんん? この様子じゃどうやら知らないのは私だけのようで、珍しく聖羅が言い淀んでいる。
「沙耶、ホントに驚かないでね」
「うん、それはさっき聞いた」
余程言いにくいことなのだろう、再び聖羅は驚くなと念押しをしてくる。
そのあと深呼吸を3回ほどしたのち、聖羅は理由を教えてくれる。
「私達、Snow rainを脱退したの」
「………えーーーーーーーっ!!!!!!!!!!」
いま脱退したっていった? それってつまりDean musicを辞めたって事よね!?
「沙耶、声が大きいって」
はっ! 思わず大声を出してしまい、店内にいるお客さんから視線を浴びてしまう。
私はスミマセン、スミマセン、と周りに頭を下げ、おとなしく元の席へと座りなおす。
「沙耶もセカンドシングルの事は知っていでしょ?」
「それはまぁ、何となくは」
Snow rainのセカンドシングルは、結果的に初週ランキング12位と、不本意な結果で終わってしまった。
ただ不本意とはいえ、12位という順位は決して悪くはなく、CDの売り上げとしても合格ラインは越えており、契約更新の条件はクリアしているのだとは聞いていた。だから余計に、脱退したと言う言葉に驚いてしまったのだ。
「あの後一樹がすごく暴れてね。私達の演奏が悪いだの、提供された歌が悪いだの、挙句の果てに、沙耶が作った曲を盗んで来いと言い出してね。流石にもう我慢の限界で、バントを脱退して契約更新もしなかったのよ」
聖羅が言うには、私が昔に作った曲を、自宅に遊びに行ったように見せかけて、データを盗んで来いとか言って来たらしい。
一樹は私がSASHYAだとは気づいていないから、いま曲を書いているかどうかも知らなかったのだろう。
仮に昔の曲を盗んだところで、『friend’s』には遠く及ばないと言うのに。
「でも良かったの? メジャーデビューは3人の夢だったんでしょ?」
私はずっと練習を見ていたから、3人が目指していた場所もよく知っている。
それがようやく叶ったと言うのに、この様な形で手放すなんて、余程の覚悟があったに違いない。
「そんな顔をしなくてもいいわよ」
「そうだよさーやん、確かにそこは目指していた場所だったけど、全然楽しくなかったもの」
「そうね、演奏の練度を上げられたり、知らなかった世界を知れた事はよかったけれど、毎日がただ苦しいだけだったわ」
SNSでの心無い誹謗中傷、評価サイトでは辛口のコメンで埋め尽くされ、中学生だからだとか、態度が悪いだとかで、結構精神的に苦しかったのだと教えてくれた。
私はそういったコメンをは見ないようにしているが、はやり気になる人は気になるものなのだろう。とくに聖羅達はセカンドシングルが中々出せず、時間だけは十分あったせいで、余計にSNSなどのでコメントを見てしまった。
そこへ一樹の八つ当たりが加われば、もういっそ全てを捨てて、一からやり直したいと思っても不思議ではないだろう。
「それで4人でバンドを組んだのね」
ベースの綾乃、ギターの皐月、キーボードの聖羅に、そして新しく加わったドラムの卯月ちゃん。
どうやらメインボーカルは皐月が担当しているらしく、それだけ揃えばバンドとしては十分にやっていける。
「今は丁度みんなで曲を作っていてね、まずはライブハウスで演奏をしようって事で頑張っているのよ」
聞けば私に教わった方法で、自分達なりに曲作りを頑張っているのだという。
元はSnow rainの為に学んだ曲作りだったが、このような形で役立つとは何とも皮肉なものだろう。
「そう、少し…じゃないわね、かなり驚かされたけど、夢を諦めていなくてよかたわ」
唯一の救いはまだ3人が夢を諦めていないという事。少し遠回りはしてしまったが、私たちはまだ高校一年生。時間はまだ十分すぎるほどあるのだ、懸命に頑張っていればチャンスはいくらでも舞い込んでくるだろう。
「それで一樹達はどうしてるの? 流石にギターとドラムだけじゃ音は出せないでしょ?」
残っているのはギターの九条君、ドラムの夏目君、そしてボーカル一樹の三人だけ。せめて一樹がベースかキーボードの、どちらかが弾ければなんとかなるのだが、流石に楽器2種類じゃバンドとしては成立しない。
「さぁ? 私は全く連絡をとっていないから知らないわね。興味もないし」
「私も、どうなろうと関係ないわね」
「うーん、私もいっくんとは全然連絡をとってないからなぁ。お母さんなら何か知っているかもだけど、今のところは聞いてないかなぁ」
嘗ての古巣だというのに、よほど一樹達に愛想が尽きたのだろう。あの綾乃ですら既に一樹とは距離を取り始めている。
一樹の事だから流石にそのまま解散、という事はないとは思うが、メンバーが補充できるまでは動きがとれないだろう。
まぁ、私としては聖羅達さえよければ、一樹達の事なんてどうなろうを知った事ではない。聖羅達が離れた事で、私への連絡手段は完全に断たれたわけだし、心配する項目が減ったことは素直に嬉しい。
それにしても曲を盗んで来いとは、彼はどこまで落ちれば気が済むんだと、呆れてしまう。
「そうだ、4人のバンドってなんて名前なの?」
楽曲提供は出来ないけれど、せめてライブハウスに見に行くことぐらいは構わないだろう。
「『Girlish』 私達の新しい夢の形、Girlishよ」




