第35話 『アイドルオーディション』
「お疲れ様ですー」
Kne music本社にある練習用のスタジオエリア、現在Ainselが貸し切っているしているスタジオへ、私は声を掛けながらソロリと入る。
蓮也達は現在新曲の演奏中、私がスタジオへと入った来たと気づきつつも、最後まで曲を弾き続ける。
「少し休憩しようか」
雪兎さんの一言で全員が背伸びをしつつ、ひと時の休憩へと入って行く。
最近見慣れたこの風景、最初は蓮也達に誘われるまま、こちらに顔を出していたのだが、夏休みに入ると本社へと来ることが多くなり、その都度差し入れを用意しながら遊びに来ている。
「おっ、今日はマフィン?」
「ユキの手作りですよ、晃さん嬉しいでしょ」
早速と言わんばかりに沙雪の手作りマフィンに手を伸ばす晃さん。
他のメンバーもそれぞれマフィンに手を伸ばし、各々口に運んでいく。
「いつも悪いな」
「好きでやっている事だから大丈夫ですよ」
蓮也が紙コップを受け取りながら話しかけてくる。
私も蓮也達もこの会社では新参者、知り合いらしい知り合いもおらず、話し相手もいないと愚痴っていたら、皆がここに案内してくれた。
それ以来会社へと足を運ぶ時には、ここへ顔を出すようにしているのだが、今ではすっかりこのの住人となりつつある。
「それにしても専用のスタジオっていいですね」
「期限付きだけどな」
数階に渡り小さく区切られた練習用のスタジオ。Kne musicに所属していれば誰でも使用することは出来き、申請さえ出せば長期的に独占することも可能。
現在Ainselは、新曲を練習する為にこのスタジオを独占している。
「そういえば三島さんに聞いたんだけど、今度ドームツアーをするんだって?」
「そうなの、なんか上手く騙されちゃって」
「?」
不思議そうにする蓮也に、数日前に起こった出来事を説明する。
私は最初、都内のどこかで2daysぐらいの簡単なライブだと思っていた。だけど蓋を開ければ東京ドームの3days。しかもチケットの売れ行き次第では、翌年に追加公演があるとか言われてしまい、軽く目眩を起こしてしまった。
まったく佐伯さんは、人を言いくるめるのが上手いんだから。
「なるほど、それで騙されたってわけだ」
「そうなんです、ちょっとSASHYAのコスプレで、気分が上がっちゃった私も悪いんだけど…」
「それが佐伯さんの作戦だったんだろ?」
「みたいです。完全にやられました」
だまし討ちみたいな形にはなったが、そこまで嫌な気分にならないのもまた事実。
こうして蓮也とも普通に会話できいるのも、私がSASHYAにならなければ実現しなかったと考えると、やはり佐伯さんには感謝しなければいけないだろう。
「それにしてもドームか、相変わらず凄いな。俺たちなんてサマーロックに出れるだけで喜んでいるっていうのに」
「それだけでも凄いと思いますよ? 出れても新人じゃメインステージには立てないって聞きますし」
毎年夏に行われる、Kne music主催の野外サマーロックフェスティバル。
Kne musicの主なアーティスト達が、エリア内に設置された複数のステージに分かれ、来場客はその時その時で好きなステージへと移動し、屋台やグッツ販売などを楽しむ、一種のお祭りのような音楽イベント。
その中で特に一番大きなメインステージには、今が旬のアーティストが選ばれるとあり、大変人気のステージとなっている。
「沙耶は出ないの? ドームツアーをするぐらいなら、リハーサル感覚で出てもいいんじゃ?」
「それが佐伯さんに『沙耶ちゃんをそんなステージで安売りできないわ』って言われて」
ドームツアーが決まった時、流石にいきなりドームのステージじゃ怖いと思い、やんわり蓮也達が出るサマーロックの事を聞いてみた。だけど返ってきた答えは、あんな大勢が出演するライブで安売り出来るわけないでしょ、だそうだ。
決して蓮也と同じステージに立ちたいとかいう、甘い考えからでないとご理解頂きたい。
「サマーロックが安売りのステージって、沙耶ちゃんちょっとおかしくない?」
「俺もそう思う」
話を聞いていた晃さんと凍夜さんが話の間から突っ込んで来る。
だから私が言ったんじゃないんだってば。
その後蓮也達が練習を再開するとかで、私は邪魔にならないよう帰ることに。
「あれ? 今日は練習見ていかないの?」
「すみません、今日はちょっと見たいテレビがるんです。『アイドルプロジェクト』って番組なんですけど、学校の友達が決勝まで残っていて」
「あー、あの番組。俺も見たことある。へー、沙耶ちゃんの友達がでてるんだ」
残念がるAinselのメンバーに挨拶をしてスタジオを後にする。
私も蓮也達の練習を見ていたいが、そう頻繁に見学していても邪魔になるだけだし、この後友達の夢が叶うかどうかの大切な日なので、今日は早々に帰らせてもらう。
最後にサマーロック頑張ってねと声を掛け、スタジオを後にした。
「そろそろ始まるわね」
夕食の後片付けを終え、沙雪と一緒に『アイドルプロジェクト』の放送が始まるのを待つ。
現在決勝まで勝ち残っている女性は全部で22人。その中には親友であるみちるの姿があり、この中から視聴者投票で7人まで絞られる。
視聴者投票は既に始まっており、途中経過は本日の0時以降から非公開に変更、結果は今夜の番組後半で発表される事となっている。
『皆さんこんばんわ、今夜は『アイドルプロジェクト』の結果を発表する特別な生放送。まずは今までの経緯をダイジェストでお楽しみください』
司会者の案内で、映像がオーディションの風景や、合格した人達の様子、落選して涙を流している人達の映像と共に、先週放送された準決勝の様子が映し出される。
そして最後に事前に収録したものだろう、勝ち残った22人の女性達が、それぞれ意気込みや、応援してくださった人達に感謝の言葉を贈り、画面が再びスタジオへと切り替わる。
『この後、ここまで勝ち残ったアイドルの卵達の登場となりますが、まずは皆様に、過去に起こった不幸な出来事を紹介いたします』
司会者の人がそう言うと、以前起こったというSNSのフェイク記事から、当時活動休止にまで追い詰められたアイドル達が紹介され、最後に投稿した青年が逮捕された所まで、短い映像が映し出される。
その後司会者の方が、このオーディションは如何に公平に行われて来たかを熱心に説明され、いよいよ本番の決勝戦が始められる。
恐らくこれは私がお願いしたことによる、番組側の配慮なのだろう。正直ここまでして頂けるとはホントに感謝してもしきれない。
『では登場していただきましょう』
司会者の一言で、ステージにここまで勝ち抜いた22人の女性達がずらりと並ぶ。
この中途半端ともとれる22人の数だが、決勝まで合格人数を絞っておらず、とにかく合格ラインを越えたとされる人たちを選んだ結果なのだと言う。
「お姉ちゃん、この人だよね?」
「そう、みちるって言うの。応援してあげて」
沙雪はまだみちると出会ったことがないため、確認のために聞いてきたのだろう。
私も沙雪も既にみちるに投票しており、後は結果を待つだけ。
番組はそのまま22人の女性達が最後のアピールを映し出され、カウントともに投票が締め切られた。
『ではまず、得票数1位で勝ち残った方から』
司会者の案内でステージ上の照明が落とされ、一灯のスポットライトが、ステージを右へ左へと移動する。
そして定番の効果音と共に一人の女性へとスポットが当てられる。
『得票数108,728票、星乃 澪!』
会場内に沸き起こる拍手と共に、スポットライトを当てられた女性が、歓喜の余り涙をこぼす。
「こういう時の紹介って1位からなんだ」
「1位から3位までは、大方の予想が出来てるからじゃないの? 最後に残されるより、早く言って欲しいだろうし」
「あー、言われてみれば確かにそうね」
投票結果が表示されていた時には、トップの3人は抜きんでた数を出していた。
SMSでもトップの3人はほぼ確定だろうと囁かれており、4位以下は10人ほどが横並びで、誰が勝ち残っても不思議ではない状況。
その中でみちるは8位の位置に付けており、あと一つ順位が上がれば晴れて入賞が決定する。
番組は1位で通過した星乃さんにタスキと花束が贈られ、司会者が心境をインタビューしている様子が、画面いっぱいに映し出される。
「あれ? 私この人見た事ある気がする」
「見たことがあるって、どこで?」
「うーん、思い出せないなぁ。でも何処かで見た事があるのよね」
私が必死に思い出そうとするも、全然何も引っかからない。
なんだかモヤモヤする気持ちを持ちながら、番組は次々勝ち残った人達を紹介していく。
そして残り2人と言う所で…。
「お姉ちゃんあと2人!」
「分かってる、あと2人」
番組で紹介された順位は、そのままステージで立つ位置にも関係してしまう。
1位から3位までの人はメインボーカルとして、4位から7位の人は歌を歌いつつも、後方でのダンスやハモリなどを担当することになるらしい。
それでもやはり残って欲しいと思うのは本人も私も同じで、ドキドキしながらその時を待つ。
やがて音楽と共にスポットライトが移動し、映し出されたのはみちるの姿。
「ちょっとお姉ちゃん、みちるさんが選ばれたよ!」
「う、うん。見てる」
ステージ上で沸き起こる拍手、画面に映されたみちるの顔は、いままで見た事もないような涙顔で、こちらまでもらい泣きをしてしまう。
6位という後方の位置での合格だが、友人の夢が叶った瞬間をみて、嬉しさのあまり、涙を流しながら沙雪に抱きついてしまう。
「よかった、よかったよーー」
「おねえちゃん、ちょっと泣きすぎ。あと鼻水拭かないで」
お風呂に入る前だからそのぐらいいいじゃないの。
そして最後の7人目が選ばれ、番組内には喜ぶ人と悲しむ人へと別れてしまう。
司会者の人も想定していたのか、残れなかった人達には全員実力があることだと説明され、会場内から拍手の嵐が贈られる。
『皆さん、本当におめでとうございます。これからの道は決して楽な道ではないでしょうが、貴女達は大勢の方の夢の上にいる事を忘れないでください』
司会者の方がそう言うと、再び拍手の嵐がわき起こる。
『それでは番組より勝ち残った7名のアイドルにプレゼントです。後方のスクリーンをご覧下さい』
司会者がそう案内すると、壮大な効果音と共にステージの後ろに設置されたモニターに、大きな文字が映し出された。
『新アイドルグループ『Shu♡Shu』、ファーストシングル=楽曲提供SASHYA』
その文字と共に私が作った編集前の曲が流され、会場内から歓声が飛び交う。
『実は今流れているのはSASAHYさんによって書かれた新曲です。こちらは番組のプロデューサーがSASAHYさんに頼み込み、実現したものではありますが、この残った7名の為ならという事とで、更なる編集を重ね、デビュー曲に仕上げて頂くこととなりました』
実際は私ではなく佐伯さんなのだが、そこは演出を盛り上げるための方便だろう。
私が楽曲提供することは初めてで、これがどれだけ凄いことなのかと案内される中で、ステージ上で抱き合いながら喜ぶ女性達。
みちるへのサプライズとなったが、映し出される彼女の口の動きが、「ありがとう」と言っている様にも感じられた。




