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第34話 『曲の行く末』

 創立祭より約1ヶ月、あれから美羽はすっかりおとなしくなり、私がSASHYAだと言う話も広まってはいない。

 どうやら彼女には親しい友達もおらず、彼方こちらのグループでも問題を起こしていると聞いていたので、一度心配になって話しかけた事もあるのだが、逆に文句を言われて逃げられてしまった。

 あの時別れ際に呟いていたことを聴きたいのだが、未だ実現はしていないのが実情だ。


「自業自得でしょ、放っておけばいいのよ」

 鈴華が冷たいような言い方をするが、それにはある理由が存在する。

 元小学生アイドル(仮)の鈴華は、入学当初こそ話題を集めて人気だったが、彼女の性格上徐々にその数を減らし、最後は虚勢を張ることでしか、クラスメイトと会話が出来ないほど孤立してしまった。

 その後私達の方へと合流したのだが、本人は一人が好きだったのだと言い張っている。


「鈴華が言うと説得力があるわ」

「貴女ねぇ…、でもまぁいいわ」

 そう言いながら鈴華が食べ終わったお弁当箱を片付け始める。


「そういえば今週なんだっけ? 『アイドルプロジェクト』の決勝があるの」

「決勝じゃなくて準決勝ね」

 とある番組の企画で始まった『アイドルプロジェクト』。大体半年ほどのサイクルで、1つのグループが完成するまでの企画で、予選から決勝までの内容を毎週取り上げ、結成後はデビューするまでの練習風景や、仲間達との間で築かれる友情などを放送する、いわるゆアイドルのリアリティドラマ。

 現在そのオーディションに勝ち抜いているのが親友のみちるである。


「でもよく残れたわね、結構人数が多かったんじゃないの?」

 何万人だったか忘れたが、書類選考から地方でのオーディションまで、結構な人数が集まったとは聞いている。その人数を勝ち抜いてきたというのだから、みちるの実力も本物なのだろう。

「えへへ、あと2つ勝ち残れば、私も晴れてアイドルになれるの」

 3人の中で音楽業界に入れていないのはみちるだけ。若干鈴華が羨ましそうに見ているが、そこは彼女の心情を察して触れないようにしておく。


「頑張ってね、応援しとく」

「応援だけじゃなく、投票もよろしく!」

 相変わらずちゃっかりしているわね。

 みちるが言う投票とは、決勝にのみ用意されているシステムで、最後は視聴者からの投票数で決められるというもの。つまり決勝戦を勝ち残るには、実力と運とアピール力が必要となる。


「私と妹、あと多分鈴華も投票するから、準決勝は勝ち抜きなさいよ」

「ありがと沙耶、あとついでに鈴華も」

「なんだか最近私の扱いが雑に感じるんだけど?」

「これも一種の友情?」

「どんな友情なのよ。でもまぁ、入れてはあげるわよ、その…友達なんだから…」

 鈴華は相変わらずツンデレだなぁ。

 照れている姿に私とみちるからは笑顔が漏れ、益々顔を染めてしまう鈴華。

 取りあえずこれで3票は確定しているが、何万という中の3票なので、どれだけ効果があるかは微妙である。






 その日の放課後、急に佐伯さんからの呼び出しで、私はKne musicの本社へと足を運んだ。


「ごめんね、急に呼び出しちゃって」

「いえ、大丈夫ですけど、今日は一体何の打ち合わせで?」

 夏休みを目前を控え、現在私が進めている仕事は4枚目の新曲作りのみ。先週発売された初のアルバムも順調に売り上げを伸ばしており、今年の夏休みはのんびり過そうかな、とすら思ってた。


「前に預かった例の曲なんだけど」

 あぁ、恐らく創立祭に渡した曲の事をだろう。一ヶ月も前の事だったからすっかり忘れていたわ。


「実はあの曲を何かに使えないかと思って、会議に提出していたのよ。そしたら今日、ある番組のプロデューサーから使わせて欲しいって打診があってね。沙耶ちゃん、『アイドルプロジェクト』って番組は知っている?」

「『アイドルプロジェクト』ですか? 知っていますけど」

 まさに今日、学校で話していた内容だ。


「その『アイドルプロジェクト』でまもなく決勝が行われるんだけど、その中で彼女達のデビー曲として、沙耶ちゃんの曲を使えないかって、相談されているの」

 佐伯さんが言うには、番組を盛り上げるために、決勝を勝ち抜いた瞬間、番組内で『デビュー曲はSASHAの作詞作曲』と告知したいらしく、あちらのプロデューサーが是非ともと頼んできたのだという。

 しかしよりにもよって『アイドルプロジェクト』とは…


「佐伯さん、そのお話断れませんか?」

「えっ、どうしたの? 何か不都合でも?」

「実は…」

 私は学校の親友が、『アイドルプロジェクト』のオーディションに参加しており、現在準決勝まで残っていることを佐伯さんに話した。


「なるほど、沙耶ちゃんは自分の曲が使われることで、その子が優遇されていたんじゃないかと、疑われるのが嫌なのね」

「はい」

 そんな事実は存在しないのだが、いつどこで私の正体がバレるとも限らないし、こんなくだらない事でみちるが批判されようものなら、私は彼女になんて謝ればいいのか検討もつかない。


「そう、実はね、前に沙耶ちゃんが言ったような事が実際に起こったのよ」

「そうなんですか?」

 初耳だわ、まさか既に似た様な事例が実際に起こっていただなんて。

 聞けば、番組関係者のお孫さんが最後まで残ったらしく、彼女を疎ましく思った一人の男性が、SNSで有ること無いことを呟いたらしい。


「勿論番組側にもそんな事実は無かったんだけれど、予想以上に大きく拡散されちゃってね」

 佐伯さんの話によると、結局広まった噂は収拾も付けられず、彼女が所属したアイドルグループは、活動休止にまで追い詰められてしまった。

 そのあと噂を流した本人が特定され、逮捕された事で一定の理解を得られらしいが、そこまで1年以上の期間を要してしまったのだという。


「だから番組側も同じような事を起こさないようにって、対策されているのよ」

「対策ですか?」

「えぇ、決勝の仕組みって知ってる?」

「あっ、だから視聴者投票なんですか?」

 そこまで言われて初めて気がついた。今まではなんで決勝だけ聴者投票なんだろうとは思っていたが、まさかこの為の対策だったなんて。


「沙耶ちゃんが心配なら、番組内でもその辺りの説明を流して貰うから、どうかしら?」

 確かにこの方法なら、個人の力も企業の力も大きく影響を及ぼさず、公平さを見せるにはまさにうってつけ。番組内でもその辺りを警戒しての聴者投票だと説明して貰えれば、余程のことが無い限りトラブルは回避できるだろう。

 私はよく考えた末、この話を受けることを了承する。


「分かりました、お願いします」

「ありがとう。それじゃこの企画を通すように手配するわ。それで他に確認したいところはあるかしら?」

 確認したいところか…、だったら一つ。


「あの、曲を少し直してもいいですか?」

「直す? あれでも十分なんだけど」

 あの曲はざっくりなイメージ像で書き上げたもの、『アイドルプロジェクト』なら私も番組を見ていたので、もう少しイメージを固めやすい。

 それにもしみちるが勝ち抜くような事があれば、私は少しでも出来る事はやってあげたいと思っている。


「そう、沙耶ちゃんの曲に対してのプライドと言ったところかしら」

「すみません」

「いいわよ、クオリティが上がるのは悪いことではないのだし、何よりまだ時間は十分にあるわ。番組のプロデューサーにも私の方から説明しておくわ」

「ありがとうございます」

 あとは歌詞の方だが…。


「あともう一つ、我が儘を言ってもいいですか?」

「いいわよ、聞ける範囲は聞いてあげるわ」

「もし可能なら、彼女達の練習風景を見学させていただく事はできますか? 出来れば休憩の合間にお話なんかを聞きたいのですが」

 歌詞を書くに辺り、私は彼女達の事は何も知らない。勿論番組の方は知っているが、それは多くの人達が映った中のごく一部にすぎない。

 オーディションからデビューまでの唄という手もあるが、ここはやはりフレッシュなアイドルらしい歌詞の方がいいだろう。


「分かったわ、それもプロデューサーに相談してみる」

「ありがとうございます」

 これで『アイドルプロジェクト』の話はおしまい。あとは情報解禁までは友達にも話さないよう釘を刺され、一通りの話はまとまった。




「さて次の話ね」

「まだあるんですか?」

 私はこれで終わりだと思っていたが、どうやらもう一つ打ち合わせをしなければならない話があるんだとか。


「沙耶ちゃん、ライブをするつもりはない?」

 ぶふっ、余りにも予想外の内容に、思わず自分の耳を疑ってしまう。

「ラ、ライブですか? また唐突に」

「別に驚く事ではないでしょ? アルバムの売り上げも順調だし、先月から始めたファンクラブだって、もう8万人を超えちゃってるのよ。このままライブを行わなかったら、逆に暴動が起きちゃうわよ」

 いや、流石にをれは言い過ぎでしょ。

 でもライブかぁ、始は今のままでいいとは思っていたが、Snow rainや、Ainselがテレビなんかに映っていると、私も同じステージに立ちたいという、欲望が沸いてきた事もまた事実なのだ。


「沙耶ちゃんの人気だと、間違い無くチケットは完売するわ。別に全国ツアーを開こうっていうわけじゃないから、学業にもそれほど負担はかからないし、学校へは会社の方から通知を出すから単位にも影響を出さない。どうかしら、一度考えてみてはくれないかしら?」

 うーん、確かにそれなら出来なくもない…かな?

 都内ならば移動の負担も殆どないし、リハーサルの事も考えると休みも1日程度で済むはず。あとやはり心配なのは私だとバレることだが…


「あのー、実はまだ顔を出すのは少し抵抗があるんです」

 何だかんだと周りにはバレ始めているが、やはり一樹達に気づかれるのは出来れば避けたい。ただでさえセカンドシングルの売り上げが不調で終わり、かなり荒れているという話なので、そこに私の方が実は人気でした、なんて知られると、聖羅達にどう当たられるか想像すらしたくない。

 その事を素直に言うと。


「大丈夫よ。そう言うだろうと思って色々用意はするつもり」

「用意ですか?」

「そう」

 佐伯さんはそう言うと、幾つかの案を教えてくれた。


「まずはステージを暗くして、シルエットのみで行う場合ね」

 会場全体を暗くし、ステージ上の一部のみにスポットを当て、白いカーテンなどにシルエットのみを映し出すんだとか。


「他にスモークを炊いて、SASHYAのイラストを動かす方法ね。ただその場合、SASHYAの3D映像を作らないと行けないから、予算的には厳しいわね」

 よく聞くボーカロイドとかいうものだろう。どういう原理かは知らないが、コンサート会場に映し出されたキャラクターが、そこにいるように動いて歌うとかいう、大層お金がかかりそうな仕組みらしい。


「で、これが私のお勧めなんだけど」

 佐伯さんはそう前置きをしながら、SASHYAのイラストを出してくる。

「沙耶ちゃんってSASHYAに似てるでしょ? いっその事コスプレしてみない?」

「コスプレですか!?」

 その発想はなかったわ。

 確かにSASHYAのイラストは、私を元に沙雪とお母さんがデザインしたもだ。似ていると言えば似ているのかもしれない。

 よくSNSなどでコスプレをされている写真なども見かけるが、とても本人だとは気づけない。それにライブだけに絞れば、私だと気づかれる心配は殆どないのかもしれない。


「どうかしら? 少しはイメージがわいてきた?」

「そう…ですね。それなら行けそうな気もしますが。私、似合うかなぁ」

「だったらこの後少し試してみる? そっくりそのままと言うわけには行かないけれど、今ある道具でもある程度行けると思うわ」

 私は少し考え、試しにメイクをしてみることを受け入れる。

 その後佐伯さんが呼んでくださったメイクさんに、あれやこれやと顔と髪をいじられ、約1時間後にSASHYAが現実に現れた。


「まぁ、今ある道具だとこの辺りが限界かなぁ」

 そういいながらメイクさんが自慢げに手鏡を渡してくださる。

「うそ、再現度がヤバイんですけど」

 鏡で映る範囲を見ているが、画面の中のSASHYAをリアルにした姿がそこにある。

 確かにこれだとパッと見は私だとは分からない。


「本番には専用のウィッグに衣装、アクセサリーやカラーコンタクトも用意するから、今以上にSASHYAに近づけられるわよ」

 これでも十分だというのに、追求すればするほど私だとは分からなくなるらしい。

 プロのメイクさんって本当に凄い! と変身した自分に興奮していると、佐伯さんが「仕上げはコレね」と変わったマスクを渡してくる。


「なんですかコレ?」

 渡されたのは目の周りだけを隠すもので、ベネチアンマスクとも少し違う、立体型のレースで出来た、機能性よりもデザイン性を重視したような仮面?


「あのー、こんなの付けてもバレバレだと思うんですけど」

 どう見ても隠している部分が少なく、こんなものを付けた程度ではごまかせない。

 そんな否定的な言葉を話していると、佐伯さんは「いいから付けて見なさい」と催促してくる。

 私はどうせまた遊ばれてるんだろうなぁ、と思いながらもマスクを付けてみると。


「!?」

「どう? こんなものでもガラリと雰囲気が変わるでしょ?」

 馬鹿にしていたこのマスク、メイクやウィッグの効果もあるのだろうが、正直言って自分でも私だとはわからない。

「これならアップの映像がスクリーンに映ったとしても、沙耶ちゃんだって分からないはずよ」

 鏡に映った私の姿、SASHYAのイラストにはマスクなんて付けてはいないが、これは間違い無くリアルのSASHYAだ。


「どうしよう佐伯さん、ちょっとワクワクして来ちゃいました」

「ふふ、よかったわ。それじゃライブは開催する方向で進めてもいいわね?」

「はい!」

 ここまでして貰えれば断る理由もない。

 私はやや興奮気味にライブの承認を返事する。だけど…。


「それじゃ予定は今から4ヶ月後のクリスマス、会場は東京ドームを押さえてあるからよろしくね」

「…………………………はいぃ?」

 その瞬間、私は考えることを拒否するのだった。

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