第33話 『創立祭』
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〇登場人物紹介 その8
★五十嵐 葵 27歳
Dean music所属のマネージャー。
『Snow rain』は彼女が見つけて来て、現在のマネージャー。
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時は進み、まもなく創立祭を迎えようとしていたとき、事件が起こった。
「終わったー!」
「どうしたの沙耶?」
創立祭に向けた曲が完成し、展示の許可をもらいに職員室へと向かったのだが、そこで聞かされたのはまさかの評価対象外の告知。
なんでも私は既にKne musicと契約を結んでおり、そんな状況で来客からスカウトされようものなら、学校としても大問題になるからダメと、キッパリと断れてしまったのだ。
ただ救いは展示の許可だけは貰えた事だが、当日私の試聴コーナーには、『評価対象外』『Kne music所属』と書かれたプレートが張り出されるらしい。
「当たり前でしょ、貴女プロなんだからスカウトされてどうするのよ」
「あー、言われて見ればそうなるねー」
鈴華とみちるが納得と言わんばかりに、追加のダメージを加えてくる。
「うぅ、これで私の負けが決定したー」
勝敗の有無は、創立祭で教師陣と来賓とで付けられる、評価の多さで競い合う形になっていたので、私は自動的に不戦敗となってしまう。
「自分でも結構いい出来の曲に出来上がったんだけどなぁ」
授業で作ったとは言え、出来は十分に満足がいく曲に仕上がっている。
せっかく頑張って作った曲なのだから、やはり他人からの評価は欲しいというもの。このまま展示だけでお蔵入りは、なんだか悲しすぎるではないか。
「だったら沙耶が歌えばいいじゃん」
みちるは多分SASHYAとして発表しとろ言っているのだろう、だけどそれは少々難しい。今回作ったこの曲は、私が歌うイメージでは作っていないのだ。
「この曲はね、アイドルグループが歌うイメージで作ったのよ」
「アイドルグループ?」
きっかけは大したものではないのだけれど、いつもとは違うイメージで作りたかったのと、みちるがアイドルを目指していると言う事から、彼女とその仲間達が未来で歌うイメージで作ったのだ。
まぁ、恥ずかしくて本人には言わないけどね。
「そっかぁ、じゃ私がオーディションに合格したらその曲が歌えるんだ」
「所属会社が同じオーディションだったらね」
みちるが語る夢を、鈴華がバッサリと切り伏せてしまう。
「えー、同じ会社でないと歌えないの!?」
「当たり前でしょ」
一部例外はあるが、有名ミュージシャンが別のミュージシャンに楽曲提供する場合、その大半は同じレコード会社に所属している場合に限られる。
私の場合は私が作る曲全てが、Kne music側に最初の選択権があり、私が誰かにあげたいと言ったところで会社がダメだと言えば、楽曲提供は行えない契約となっている。
「ゴメンね、曲の優先度は私じゃ決められないのよ」
勿論強い希望を出せば、佐伯さんの事だからある程度融通は利かせてくれるとは思うが、他のレコード会社やただの友人程度では、認めてはくれないだろう。
「まぁ、仕方ないね。私は私が出来る事を頑張るよ!」
少しやる気が出たのか、意気込みをみせるみちる。
「今、順調に残ってるんだっけ?」
「そう、最後は『アイドルプロジェクト』の番組内で決まるの!」
アイドルプロジェクトとは、全国で予選を行い、そのオーディションの内容を番組内で放送し、半年ほど掛けて1組のアイドルグループを作るという、若者の中では大変人気の番組。
みちるはそのオーディションに応募し、現在順調に勝ち残っていると言う話だ。
「実は鈴華も受けてたんだよねー」
「う、うるさいわね」
鈴華の場合、所属事務所との契約が属託のようなものらしく、移籍などをする場合でも移籍費用が掛からない内容らしい。
ただ残念な事に、鈴華は既に予選で敗退してしまったらしい。
うんうん、私がなぐさめてあげよう。
「こ、子供扱いするな!」
抱きしめて頭をなでなでしていると、なぜか叱られてしまう可哀相な私。
「それよりまずは沙耶の事でしょ」
「そうなんだけど…」
話がズレてしまったが、問題は私が美羽に負けてしまうと言う事。
最近はおとなしくはなっているが、この結果を気に、あの迷惑娘が再び騒ぎ出すとも限らない。
みちるも鈴華も美羽には頭を悩ませているので、私としても何とかしたいところではあるのだけれど。
「まぁ、なるようにしか成らないか」
「そうね」
「うんうん」
考えた末、結局良い案も浮かばないのでどうしようもない。
ただ一つ気になる事があるとすれば、あの週間ランキングの発表以降、急におとなしくなったことだが、知る方法もないし知りたいとも思わないので、特に気にする必要も無いだろうと放置した。
そして創立祭当日を迎える。
「あれ、沙耶も展示曲の視聴?」
創立祭当日、今日は学校が臨時休校という事で、一人学校へとやって来たのだが、そこで同じ目的であろう蓮也と偶然出会う。
「実は作った曲を展示してて、どんな様子なのかを見に来たの」
創立祭の展示閲覧は、基本来賓側がメインだが、私達学生も制服を着ていれば閲覧は可能で、今も彼方こちらに学生が展示された曲や作品を見て回っている。
「沙耶が曲を展示って、大丈夫なの?」
その質問は恐らく所属会社的に大丈夫か、と言う意味だろう。
その答えは当然No。
「ダメだった…」
少し考えればわかった事だが、あの時は美羽への対抗心が強くて、自分の置かれている状況をよく考えていなかった。だから気楽に評価ぐらい貰えるだろうと、甘い考えを抱いていた訳だが、結局展示は許されたが『評価不可』のプレートを張られてしまった。
その事を蓮也に説明すると、「沙耶らしい」と爆笑され、私は恥ずかしさの余り両手で顔を隠してしまう。
結局せめて様子だけでも見ようと思い、やって来たと言う訳だ。
「せっかくだから一緒に見て回るか?」
「そ、そうだね」
蓮也からの提案に、若干ドキドキしながらも一緒に回ることに。構内はまだ午前中にも関わらず、来賓の数は多そうで、彼方こちらで話す声が聞こえてくる。
「1年の展示エリアはここみたいだね」
今回の展示は映像部門と作曲部門とに分かれており、そこから各学年ごとに教室が分けられている。
いま私たちがたどり着いた教室には、『1年生作品』と書かれているので、恐らくここに私や美羽の作品が、視聴できる形で展示されているのだろう。
「意外と人が少ないのね」
「1年生の作品だからね」
他の教室にはそれなりに人いるのだが、1年生という事もあり、正直視聴している人は多いとは言えない。
蓮也が私の曲を聴いても良いかと聞いて来るので、どうぞと良いながらヘッドホンを差し出す。
「いつも思うけど、よくこんな良い曲を書けるよね」
「えへへ、それはどうも」
蓮也に褒められるのも何だか新鮮な気分になって、少し照れてしまう。
どうせなら美羽や他の生徒の曲も聴こうと言う事になり、各々展示されたブースを順番に回っていると、そこへやって来たのは美羽本人と見知らぬ女性。
「貴女も来ていたのって、蓮也様!?」
あー、そういえばこの子って蓮也に気があるんだっけ。
前に一度蓮也と一緒にいるとき、私を嘘つき呼ばわりした挙げ句、私から蓮也を引き離そうとしていた。その時からどうも怪しいとは思っていたが、どうやら予感は的中していたようだ。
「春日井さん、ここでは騒がないように」
騒ぎ出す美羽をたしなめるのは、一緒にいる若い女性。見た目の年齢は20代半ばといったとこだろうか?
「貴方確かAinselの子よね? ここの学生だったのね」
流石と言うべきか、蓮也の知名度はそれなりに高い。だけど驚いたのはその後で、女性は自らをDean musicの人間だと名乗った。
「五十嵐 葵よ」
そう言いながらお互い名前だけを名乗り合う。
「結城君に雨宮さんね。2人がここにいると言う事は、貴方達の書いた曲もここに?」
「俺は出していませんが、沙耶の方が」
蓮也に説明され、少しは興味が沸いたのか、私の方を向く五十嵐さん。
彼女はせっかくだからと言って、私のブースに足を運び、そのままヘッドホンを付けて曲を視聴される。途中自分の方が先だと言う美羽が、少々うるさかったが、五十嵐さんの2度目の「静かになさい」の一言で再びおとなしくなる。
「貴女…、雨宮さんだったかしら? Kne musicに所属しているの?」
曲を聴き終え、恐らく貼られたプレートを見られたのだろう。私の方を振り向くと、そのまま話しかけて来られる。
「はい、昨年の末に契約しまして」
「そう…」
五十嵐さんは少し考えるように悩まれると、「他にも作った曲はあるのかしら?」と尋ねて来られる。
「有りますけど…」
それを言うと私がSASHYAだとバレてしまう。
同じ業界関係者ならバラしてもいいが、ここには美羽もいるので出来ればそれは避けたいところ。
そんな言いよどんでいる姿を勘違いしたのか、美羽が「どうせ大した曲でも無いんでしょ」と煽ってくるも、五十嵐さんはそれさえ無視して、私に向き合う。
「よかったら聞かせて欲しいのだけれど」
うーん、どうしようかと蓮也に助けを求めるも、蓮也もどうして良いのか分からないようで、何とも渋い顔を返されてしまう。
何とも煮え切らない姿に、五十嵐さんは更に提案してくる。
「もし貴女の作る曲が良ければ、ウチに来る気はない? 場合によっては好条件を出してもいいわよ」
それはつまり体のいい引き抜きだろう。
だけど残念だが、私は所属会社に不満は感じていないし、何より佐伯さんには恩義がある。例え好条件を出されたところで、引き抜きに応じるつもりは全くない。
「申し訳ございませんがお断りします」
「そう残念」
案外あっさりと引き下がる五十嵐さん。
どうせサウンドミュージックでも作っていると思われているのだろう。
「気が変わったらいつでも連絡を頂戴」
そう言いなが私に名刺を渡してくる。
前に佐伯さんに言われたのだが、業界関係者が名刺を渡してくる時は、何らかの思惑があると教わっており、受け取っていいものかと悩んでいると、そこへ一人の女性は教室に入ってくる。
「沙耶ちゃん、受け取る必要はないわよ」
声を掛けて来たのは佐伯さん。事前に私も曲を展示していると伝えているので、わざわざ足を運ばれたのだろう。
「香…、貴女が何故ここにいるのよ」
「それはこちらのセリフよ。ウチの子を引き抜こうとするなんて、礼儀しらずも甚だしい」
あれ? 佐伯さんと五十嵐さんって知り合い?
「沙耶ちゃん、遅くなったわね」
「いえ、別に時間とか決めていたわけではないので」
元々ここで会う予定はなかったので、恐らく五十嵐さんへの牽制か何かなのだろう。
それにしてもこの二人、仲がいいという雰囲気にはとても見えない。
「あの五十嵐さん、大変失礼だとは思いますが、こちらの名刺は受け取れません」
佐伯さんの手前もあるが、やはり引き抜こうとされている方の名刺は受け取れない。
五十嵐さんは嫌な顔もせずにただ一言、「礼儀正しい子は好きよ」と言いながら、差し出した名刺を戻される。
「早速だけど、沙耶ちゃんが作った曲を聴かせて貰える?」
「どうぞ、こちらです」
私の言葉に満足されたのか、佐伯さんは私のブースへと行き、五十嵐さんは美羽の曲を聴くため、ブースを移動される。
その間全員が同じ場所にいるのだが、私達以外誰もいないせいで、教室内の空気がより重く感じてしまう。
やがて佐伯さんの方が先に聞き終えたのか、私に向き合い話しかけてこられる。
「相変わらず良い曲を書くわね、これのコピーって残ってる?」
「はい、元々佐伯さんに渡そうとしていたので」
そう言いながら、私はカバンに入れていたUSBメモリを佐伯さんに渡す。
「一応聞くけど、沙耶ちゃんが歌う予定は?」
「ありません。曲のコンセプトも違いますし、単純にいつもとは違う感じの曲を作りたかっただけなので」
先にも述べたとおり、元々が美羽との勝負ようだったのと、みちるがアイドルグループで歌ってくれればと、勝手な想像で作っただけなので、私が歌う想定ではつくってはいない。
「だと思ったわ」
「分かるんですか?」
「ふふ、私がどれだけ沙耶ちゃんの曲を聴き直していると思っているのよ。この曲には沙耶ちゃんが歌うイメージは沸かなかったわ」
普段の姿だと忘れがちだが、佐伯さんの洞察力はやはり凄い。恐らく私が見えていない部分まで見えてるのだろう。
佐伯さんはこの後、他の生徒のブースも回るというので、一人教室から出て行こうとするも、そこに立ちふさがったのは美羽。なんでも自分の曲も聴いて欲しいと言ってくる。
「沙耶ちゃんこの子は?」
「Snow rainのセカンドシングルを書いた子です」
「あぁ、この子が」
佐伯さんの中でもSnow rainは無視できない存在。その大半が私がらみだが、どうやら美羽の曲にも興味があるようで、良いわよと言いながら曲を試聴される。
「どうでしょうか? 私もプロとしてやっていく自信があるんです」
佐伯さんがKne musicの人間だと判断したのだろう、ここぞとばかりに自分を売り込もうとする美羽。
彼女のブースにはプレートが一枚も貼っていないので、正式にDean musicとは契約は結べていないのだろうが、五十嵐さんが側にいると言うのになんて失礼な。
「いい曲ね、でももう少し冒険心が欲しいわね」
「冒険心ですか?」
じつは私も似たような事を感じていた。美羽の作る曲は決して悪くはないのだが、正直Snow rainに提供した曲に似ているのだ。
恐らく前の曲が教師陣から高く評価されたゆえ、今回も似た様な感じで作ってしまったのだろう。その結果、前回の曲と変わり映えのしない平凡な曲に仕上がってしまった。だから佐伯さんは、新たな曲調にチャレンジしなさいと言っているのだ。
「もう良いかしら?」
「ま、待って下さい」
「まだ他に?」
佐伯さんの中ではもう完結しているのだが、どうしても諦めきれない美羽は再び引き留めてしまう。
「私の曲の何処がダメなんですか!? 私なら絶対売れる曲を作って見せます!」
気持ちは分かるが、売れる曲を作ると言っている時点で既に三流。佐伯さんにそんな言葉は通じないだろう。
「貴女、沙耶ちゃんの曲を聴いたことは?」
「あ、ありませんけど」
「じゃ、丁度良い機会だから今聴いてみなさい。それで分からなければプロにはなれないわよ」
佐伯さんに言われ、渋々という様子で私の曲を聴く美羽。五十嵐さんもこちらの様子が気になるようで、黙って佐伯さんの姿を見守っている。
「……」
私の曲を聴き終えた美羽が黙ってヘッドホンをブースに戻す。
「何か見えたでしょ? 沙耶ちゃんの作る曲は聴く人の想像を膨らませる。だけど貴女の曲に感じられたのは、ただ自分の曲を良く見せようという意思だけ、そこには歌う人への気持ちや、聴く人への想いが感じられない。それが沙耶ちゃんとの差よ」
まさか佐伯さんが、そこまで私を評価してくださっていたなんて、思ってもいなかった。
この言葉は美羽にも響いたようで、悔しそうに歯を食いしばっている。
「葵、後は任せるわよ」
「また勝手なことを。ここまで言うんだったら最後まで面倒をみなさいよ」
一体二人の過去に何があったのだろうか。短い言葉だというのに、どこか通じ合うところもあるようで、お互い顔も会わせず別れていく。
「春日井さん、帰りましょうか」
「五十嵐さん、私は…」
五十嵐さんがいる手前で、他社の人間に自分を売り込んだのだ。美羽なりに心が痛むところもあるのだろう。
だけど五十嵐さんはそんな素振りを一切見せず、やさしく美羽の肩に手を添える。
「自分を売り込む事は悪いことじゃないわ。ただ今回は、比べる相手が悪かった、それだけの事よ」
「悪かったって…、五十嵐さんも私の方が負けてる言いたいんですか!?」
五十嵐さんにも負けていると言われ、余程悔しかったのだろう。大粒の涙を流しならが何かを訴えてくる。
「雨宮さん、春日井さんには何も?」
「言ってません」
ここまで来れば、私の正体にも気づいているのだろう。美羽を納得させるには、もう私の事を言うしかない。
元は美羽自身が招いた事だが、佐伯さんとの件もあるので、ここは委ねるしかないだろう。
「五十嵐さんにお任せします」
「そう、ごめんなさいね。他言はさせないようにするから」
五十嵐さんはそう言うと。
「春日井さん、慰めにはならないけれど、彼女はSASHYAよ」
「…えっ、SASHYA? でもSASHYAって…、えっ?」
まぁすぐには信じられないわよね。
美羽は私と五十嵐さんを交互に眺め、最後は蓮也の方に顔を向けると、彼の頷く姿をみて目を見開く。
「う、嘘よ、そんな筈はない、貴女がSASHYAだなんて…、信じないわよ!」
「嘘ではないわよ、香…さっきの女性はSASHYAのマネージャー。この曲聞いた時には分からなかったけれど、間違い無いわ」
美羽にとっては信じたくない事実だろう。今まで私が裏入学で芸放に入ったと言い続けて来たのだ。その事実がいま完全に崩れ去った。
「そんな…、違う…、だってこの女は…お父さんの会社を…、嫌ぁーー」
一体彼女は誰に何を吹き込まれたのか、よく分からない言葉を呟きながら、最後は逃げるように立ち去ってしまう。
残された私達は五十嵐さんに謝罪をされ、美羽を追うように出ていく姿をただ見送った。




