第30話 『5月15日』
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〇登場人物紹介 その5
★佐久馬 雪兎 (さくま ゆきと)
バンド『Ainsel』のリーダーでギター担当
冷静沈着の性格で、蓮也の一番の理解者&幼なじみ。
メンバーが揉める時には押さえ役でもある。
★右京 晃
バンド『Ainsel』のベース担当
お調子者、i-SHYAの大ファン。
★葉山 次郞
バンド『Ainsel』のギター担当
クール系とみせて奥手な性格、女性への面識が皆無。
(人数が多すぎて会話を省くための設定では決してない?)
★白羽 凍夜
バンド『Ainsel』のドラム担当
おもに突っ込み役、晃とはセット扱い。
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「本日は取材にご協力頂きありがとうございます。私は週刊マンデー担当の佐々木と言います」
「同じく編集担当の小林と言います」
ゴールデンウィーク後半初日、かねてより依頼があった雑誌の取材を受けるため、Kne musicの会議室にて二人の女性と面会する。
彼女らが名乗った週刊マンデーとは基本は漫画の雑誌なのだが、その冒頭にあるアイドルやら、グラビアモデルやらを特集するコーナーで、今回ぜひSASHYAの特集をしたいと言う事で依頼を受けた。
本音を言えば個人的にはお断りしたかったのだが、会社からすればただで私を宣伝をしてくれるようなも。佐伯さんも上からの指示じゃ、断るに断りきれなかったのだという。
「初めまして、SASHYA担当マネージャーの佐伯です」
「雨宮 沙耶です」
佐伯さんが名刺を交換し、その後に私が挨拶を返す。
「取材を受ける前に、こちらからお送りしました要望のすり合わせをしたいのですが」
「もちろん構いません。こちらとしましても、SASHYAさんの事情は存じておりますので、全面的にご協力させて頂きます」
佐伯さん言うすり合わせ事項とは、事前にこちらから要望した約束事。
今回の取材を受けるに対し、私は佐伯さんと相談しながらいくつかの要望をお願いした。
一つ、写真撮影は禁止とする。
一つ、私の容姿の事は記事に書かない。
一つ、私が学生だとは記載していいが、学年までは秘匿すること。
一つ、私の名前の由来は本名ではなく、お菓子の紗々であることを記事に入れる事。
上の3つは私がメディア出演をNGとしている為のもので、4つ目に関しては最近問題になっいるSASHYA探しを考えてのこと。
先日聖羅達と遊んだとき、あちらの学校でも名前が似ているというだけで、SASHYA探しがあるらしく、何人もの生徒が迷惑を被っている聞いては、何かしらの対処はした方がいいという結論にいたった。
一応Vtubの方では前々から伝えていたのだが、私の動画配信を見ていない人達からすれば、伝える方法が無いということで、今回取材を受ける条件の一つとして、佐伯さんが提案してくださったのだ。
「では、全て了承頂けたという事で、改めて取材をお受けさせて頂きます」
「ありがとうございます、それではボイスレコーダーを起動させますね」
そう言いながら、先方の佐々木が取り出した、ボイスレコーダーの録音機能を作動させる。
「それにしてもお話はお伺いしていましたが、本当に学生さんなんですね」
「えっと、よく言われます」
「沙耶さん…、あっ、お名前は伏せますので、この場は沙耶さんと呼ばせて頂きますね」
「はい」
「沙耶さんが音楽を始めた時期はいつからなのでしょう?」
「音楽を始めた時期ですか? えーっと、両親の希望で小学生の低学年あたりからピアノを初めて、デジタル音源に興味を持ちだしたのは5年生あたりだったかなぁ…」
このような調子で取材が進んでいき、途中見かねた佐伯さんから「沙耶ちゃん堅すぎ」と笑いも起こりながらなんとか予定の時間までこなしていく。
さすがにネタが尽きたのか、最後の方は取材とは関係のない雑談になりかけていたが、思ったより楽しい時間を経験した。
「では印刷の前に原稿をお送りいたしますので」
「分かりました、確認出来次第返信させていただきます」
私の役目はこれでおしまい。後は佐伯さんに任せていいと言う話なので、お任せすることにした。
「沙耶ちゃんもう少しトークに力を入れた方がいいわね」
「すみません、初対面の人だとどうも緊張してしまって」
それでも最後の方は普通にしゃべれたとは思うのだが、やはり佐伯さんからすればまだまだなのだろう。
「もう少し慣れてくれないと、コンサートのMCで困るわよ」
「いやいや、コンサートなんて開く予定はありませんから!」
突然出てきた佐伯さんの言葉に、全力で否定せてもらう。
何を言い出すのだこの人は。
「まぁいいわ。それでこの後なんだけど…」
「沙耶ちゃーん」
取材が終わり、廊下を二人で移動していると、突然私の背後から抱きついてくる人が約一名。
「KANAMIさん!?」
私を背中からハグしてきたのは、同じ会社に所属するKANAMIさん。
担当のマネージャーが同じと言う事で、所属する会社の中で一番面識の多い方でもある。
「KANAMI、打ち合わせはもう少し後でしょ?」
「沙耶ちゃんの初取材があるって聞いたら早めに来ちゃった」
KANAMIさんはKne musicを代表するソロのミュージシャン。テレビなんかで映る姿はカッコイイイメージなのだが、一度スイッチがOFFになると、今の様な感じに変貌してしまう。
「取材はもう終わったわよ」
「えー、楽しみにしてたのに!」
「来ても部屋に入れるわけないでしょ」
やはり長年の付き合いと言うべきなのか、二人の関係は私よりも深い。
若干羨ましくも感じるが、こればかりは時間を掛ける必要があるので、気長に関係を深めていくしかないだろう。
「そういえば今日ユキちゃんは?」
「ユキは家でお留守番ですよ?」
同じ担当マネージャーと言うことで、私は妹の様に可愛がってもらっており、妹の沙雪も随分KANAMIさんになついている。
「ざんねん。今度食事にでも行こうね、お姉ちゃんがご馳走してあげる」
「ありがとうございます。ユキにも伝えておきますね」
その後KANAMIさんと少し会話をし、佐伯さんと打ち合わせがあるとかで、二人と別れる。
さて帰るか。
本当なら佐伯さんが家まで送って下さる予定だったが、突如KANAMIさんの登場で打ち合わせが早まり、私はタクシーチケットを頂き一人で帰る事に。
勿体ないから電車で帰りますと言ったのだが、何かあったらどうするのよと、無理矢理チケットを渡されてしまった。
佐伯さんってちょっと過保護過ぎるのよね。
少し休憩してから帰ろうと思い、自動販売機が置いてある休憩スペースへと行くと、そこには見知った男性達と再開する。
「おっ、沙耶ちゃんも打ち合わせ?」
「お久しぶりです、今日は雑誌の取材なんです」
先客は蓮也を含むAinselのメンバー5人。簡単に挨拶を交わし、お気に入りのジュースを買ってから彼らの近くの椅子に座る。
「蓮也、この前はすみません」
「いや大丈夫だ。それにしても沙耶は毎回トラブルに巻き込まれているよな」
人をトラブルメーカーみたいに言うのはやめて貰いたい。
私だって望んでトラブルに巻き込まれている訳では無いと、口を大にして反論したい。
「学校で何かあったのか?」
尋ねて来たのはAinselのリーダーでもある雪兎さん。
「いや、学校の帰りに沙耶と一緒になったんだが、変な女子が絡んで来て」
蓮也が何ともいえない表情をしながら当時の様子を語り出す。
その変な女子というのは、私と同じクラスメイトでもある迷惑娘第一号。
私の有りもしない噂をばらまき、人を落とし入れようとする何とも迷惑きわまりない人物。
あれは確かゴールデンウィークに入る少し前、帰り際に偶然蓮也と出会い、心うきうき…コホン、再開を楽しんでいると、そこへやって来たのは迷惑娘。
一体何が気に入らなかったのか、私が蓮也をたぶらかせていると騒ぎだし、蓮也の腕をつかんで私から引き離そうとかする始末。
そういう類いの女子が苦手な蓮也は、なんとか逃げだそうとするも、ホールドされた腕が抜けず、話してくれと声をかけるも、私に文句を言い続ける迷惑娘には聞いて貰えない。
私は打ち合わせがあるので急いでいると言うのに、なんとはた迷惑な子なのだろうと本気で思ってしまった。
大体蓮也も同じ特待生だというのに、私は親のコネで、蓮也は実力だから関係ないとか、何というご都合主義なのか。そもそもこの学校に、親のコネとかお金を積めば入れるとか、そんな裏入学など存在しないと、何故わからないのか。
「それで結局どうなったんだ?」
「騒ぎを聞きつけた教師がやって来て、そこの子を生徒指導室まで連れて行った」
「なんだそれ」
ホント「なんだそれ」だ。
たぶん大声で裏入学がどうだとか話していたから、先生達も迷惑娘を連れて行ったのだろう。
教師陣には私がコネではなく、Kne musicからの特待生だと通知が行っているだろうし、中にはSASHYA本人だと知っている人もいるはず。
そもそも堂々とコネで特待生とか騒がれては、学校側も放置するわけにはいかないだろう。
「沙耶さんも災難だったね」
「いえ、私はともかく蓮也に迷惑を掛けてしまったのが申し訳なくて」
元をたどれば私がらみのトラブル。蓮也さんは単純に巻き込まれただけなので、申し訳なくて何ともいえない。
「いや、寧ろ巻き込んでやってくれ。蓮也もいい加減その手の女子の対処には慣れて貰わないと」
「おいおい、勘弁してくれよ」
「だがな、これからは今まで以上に増えていくんだぞ。それに沙耶さんをそのままにはしておけないだろう」
雪兎さんが言う事も確かに一理はある。
蓮也達は派手なメイクこそしていないが、女性ファンの多いビュジュアル系のバンド。
インディーズの時でさえ、女性のファンが付いていると言うのに、メジャーデビューした後など、更にファンが増える事だろう。
心の中で私を気遣ってくれている部分に、雪兎さんに感謝しておく。
「あー、くそ。俺が蓮也の立場なら沙耶ちゃんを守ってあげられるのに」
「晃さんの場合、私を守って見返りにユキへの印象をよくするって願望が見えてしまうんですが」
「そこは寧ろお付き合いを前提に…イテッ」
晃さんが最後まで言う前に、蓮也からの拳が頭に突き刺さる。
「晃さんもブレませんねぇ」
「おうよ!」
ふふふと私は笑い、蓮也達からは呆れ顔を向けられる晃さん。
男性だけのグループだからこそ、こんなバカな話が出来るのだろう。
「沙耶、何かあったら相談してくれ」
「ありがとうございます、蓮也」
何というか、ちょびっとだけ恋人同士のような関係に、心がドキドキしてしまう。
「なんかお前ら付き合ってんの?」
な、な、な!
私達の様子をみていた晃さんが、突然とんでもないことを言い出す。
「いやだってホラ、沙耶ちゃん蓮也だけ呼び捨てだし、蓮也だって沙耶ちゃんのこと沙耶って呼んでるからさ」
「晃、そういうのは分かっていても言うもんじゃない」
いやいや雪兎さん、そんな冷静にフォローされても、恥ずかしいだけですから!
「コホン。そういえば皆さんのデビューってまもなくなんですよね」
このままじゃマズいと思い、強引に話題を変えていく。
若干生暖かい笑みが雪兎さんから向けられるが、そこは気づかないふりをさせてもらう。
「おう! 5月15日、俺たちAinselの結成した記念の日にデビューだ」
「目標は初週売り上げ1位! それで華々しくデビューを飾るのが俺たちの夢だ」
「あ、そうだったんですね。おめでとうござい…ま…す?」
あれ、5月15日…
「どうしたの沙耶ちゃん?」
私の様子が気になったのか、凍夜さんが尋ねてくる。
「あ、いえ、5月15日って何かあった気が…あーー!! Snow rainのセカンドシングルの発売日だ!」
すっかり忘れていた。
先日聖羅にあったとき、確かに今月の15日に発売されると言っていたはず。
するとSnow rainの2枚目と、Ainselのデビュー曲の発売日が被る事になる。
「Snow rainって、マジか」
「friend'sみたいな曲が来たらヤバいな」
蓮也達にとってはSnow rainは先を行く言わばライバル。彼方には週間売り上げ1位の実績があり、Ainselはまだ世間一般には知れ渡っていない新人バンド。
そもそもSnow rainのデビュー曲だって、初週のランキングはかろうじて10位以内に入れたぐらいだ。
「今更ビビっても仕方ねぇ、当たって砕けろだ」
「いや砕けたらダメだろう」
「あー、えっと、その1週間前にKANAMIさんの新曲もでます」
「おわったー!!」
私の追加情報にその場に崩れ落ちる晃さん。
こればかりは私にはどうしようも無いからね。更にその2週間後には私の新曲で出るのだが、そこは黙っておいた方がいいだろう。
「沙耶ちゃん、1位とったら何かご褒美ちょうだい! でないと頑張れない!」
「ご褒美ですか?」
晃さんが何やら泣きながらすがって来るので、なんだか可哀相になってしまう。
まぁ確かに、発売日まで出来ることはたくさんあるし、まだ負けた訳でもないのだから、ご褒美を餌にやる気を出して貰うのもいいかもしれない。
わたしは「うーん」と悩み、一つのご褒美を提案する。
「じゃ初週で1位を取ったら、お祝いのホームパーティーを開いてあげます」
「まじ? ユキちゃんの手作り!?」
「いや、そこは私の手作りで喜んで貰えると」
でも沙雪も一緒に作る事になるので間違えではないのだけれど。
「沙耶さんいいの?」
「大丈夫ですよ。この間皆さんと食事をしたときも、ユキが楽しそうにしていたので」
やはり二人きりの食事より、賑やかな食事の方が楽しいのだろう。
「ちなみに、1位をとれなかった場合は反省会に変更しますので」
「そこは残念会じゃないの?」
「反省会です!」
もちろん同じように食事は用意するつもりだが、そこはやる気を出して貰うための方便だとご理解してもらいたい。
その後少し雑談しながら、後日ホームパーティーの日程を決めると言う事で私は帰宅する。
なんだか成り行きパーティーを開く事になったが、心が躍るのは自分の中だけで留めておこう。




