第29話 『女子会』
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〇登場人物紹介 その4
★涼風 鏡華 (すずかぜ きょうか)
東京芸術放送高等学校の一年生
子供の頃に小学生アイドルとしてデビューした経緯があるが、成長するにつれメディア出演が減っていった。
同学年の生徒に対し何かと先輩視線。
一応小さなプロダクション会社に所属している。
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ゴールデンウィーク前半、待ち合わせ場所に行く前に、駅で集まろうという事になり、私とみちるは急遽参加が決まった涼風さんと共に、目的地でもある喫茶店へと向かう。
「私この辺り来るの初めてで迷っちゃった」
この辺りは都内でも人気スポットが少ないエリア。
私にとってはSnow rainがよく練習に使っていたスタジオがあり、ちょくちょく通っていた場所ではあるのだが、同じ年代の子には余り馴染みがない場所なのかもしれない。
「こんな場所よく知っていたわね、貴女達はよく来るのかしら」
周りをキョロキョロしながら、涼風さんが尋ねてくる。
「最近は少なくなったけど、この辺りって練習スタジオが多くてね。それでなんどか足を運んだことがあるだけよ」
「あぁ、そういうこと」
周りを見渡せばオフィスビルが立ち並び、一つ路地に入れば昔馴染みの飲食店や古いお店が立ち並ぶ、ここはそんな働くお父さん達が連日通うオフィスエリア。
本来ならば人通りは多いはずなのだが、今がゴールデンウィーク中だという事もあり、人の往来はほとんど見かけない状態となっている。
「ほらあそこ。私達がよく行く喫茶店」
見えて来たのは如何にも個人経営と思わせる小さな喫茶店。お昼時や帰宅時間にはそれなりに混んだりもするのだが、学生には優しい価格設定のうえ、店内のもの静かな雰囲気が好きで、昔からよく利用しているお店でもある。
カランカラン
ドアに付けられた鐘の音が鳴り、3人で店内へと入って行く。すると私達に気づいたのか、奥のテーブルから手招きする聖羅の姿が目に入る。
「お待たせ」
「私達もいま来たとこ、綾乃は少し遅れるって」
迎えてくれたのは聖羅と皐月の2人、綾乃はどうやら電車に乗り遅れたとかで、少し遅れると言う話だ。
私は取り合えず聖羅達に二人を紹介し、3人で向かいの席へと座る。
「元気そうで何よりだわ」
「聖羅も皐月も変わりがないようで安心した」
変わらないってなによ、と笑いながらも2ヶ月ぶりの再会を懐かしむ。
聖羅と皐月は同じ高校だが、綾乃だけは一人離れてしまった。
まぁ、そこは本人の学力不足なので、私ではどうしようもないのだが、それなりに高校生活を楽しめているとは聞いているので、その辺りは心配してはいない。
「あ、あの! 聖羅様のファンなんです、さ、サイン貰ってもいいですか!」
聖羅には事前にファンの子を連れていくとは言っていたので、笑顔で対応はしてくれるが、予想以上の反応を見せられたせいか、若干笑顔が引きつっている。
そんな聖羅の一面が見れてしまい、ついつい笑いが漏れてしまう。
「ちょっと沙耶、なに笑っているのよ」
「ごめんごめん、聖羅がかわいくって」
「可愛いって何よ」
以前の姿を知る者にとって、今の聖羅はどう映るのだろうか。彼女はある日を境に、カッコイイ大人の女性へと路線を変更した。
みちるが聖羅の事をカッコイイというのも、デビュー後の姿しか見ていないからである。
「まぁいいわ」
そんなやり取りをしていると、遅れてきた綾乃がやってくる。
「ごめんさーやん、家を出る前にいっくんから電話がきちゃって」
「一樹から電話? 何かあったの?」
聞けばどこで聞きつけたかは知らないが、今日私達と会う事を知った一樹は、自分も連れて行けと言って来たらしい。
綾乃も私が一樹を毛嫌いしている事を知っているので、当然断ってやって来たのだが、中々しぶとくて苦労したと言う話だ。
「ごめん多分私かもしれない」
皐月が申し訳なさそうに、LINEのやり取りを九条君に見られた事を教えてくれる。
元々秘密にもしていないので、皐月を責める理由にもいかないだろう。
「何考えてるのかしら彼奴」
「沙耶とよりを戻したいとか?」
「ないない、あの一樹だよ? 今更自分から頼み込むとか絶対あり得ないわ」
「そうね、沙耶には蓮也さんがいるのだしね」
えっと、さり気なく私の恋心を暴露しないで貰いたいわ。
そんな再会トークを楽しんでいると、すっかり蚊帳の外へ置き去りにしてしまった二人が、不思議そうに尋ねてくる。
「えっと、蓮也さんって、Ainselの結城 蓮也だよね? 沙耶と付き合っているの?」
「いやいや、先に突っ込むのはそっちじゃなくて一樹の方でしょ。よりを戻すって…まさか貴女達付き合っていたの!?」
あー、そこから説明しないといけないか。
私達4人にとっては当たり前の事だったが、初の顔出しとなる二人にとっては初耳の情報。
とりあえず辺りさわりのない範囲で、これまでの経緯を簡単に説明する。
「軽く目まいがするわ」
涼風さんが情報量の多さに頭を抱えながら、私に問いかけてくる。
「Snow rainのメンバーと親しくて、デビューが決まっているAinseとも知り合い、おまけに一樹の元カノって。それでよくただの知り合いだとか言えたわよね」
まだ先日誤魔化したことを根に持っているのね。
「まさかとは思うけど、特待生の噂も本当なの?」
「特待生?」
涼風さんの質問に、今度は逆に聖羅達が反応する。
そういえば聖羅達にも言ってなかったわね。
「えっとね、実は私、芸放の試験を受けてないのよ」
「えっ?」
以前は受験をパスした事に後ろめたさを感じていたが、佐伯さんに言われてからは考えを改める事ができた。
私はその辺りの事を説明すると、なぜか妙に納得される。
「じゃ入学の時に提出したとかいう作品は?」
「出してないの、私の実績がそのまま反映されたって感じ?」
この場ではあえて口にはしないが、その言い回しだけで聖羅達には伝わるだろう。
聖羅は綾乃と皐月の顔を交互に見ると、なぜか深いため息をひとつ。
「おかしいとは思っていたのよ、沙耶の作る曲が負けるはずがないって」
「ゴメン、実は私もそう思ってた」
「やっぱり皆もそう思ってたんじゃい。さーやんの曲が負けるわけがないって」
「何のこと?」
私の知らないところで聖羅達3人が妙に納得している。
「待って、本気で頭が追い付いてこない」
特待生の噂が本当だと知り、益々頭を悩ませる涼風さん。
私が親のコネで特待生になったと噂しているのは、迷惑娘一号ご本人。否定しようにも否定する材料もなく、騒ぎ出すと返って相手のツボにハマってしまうため、私はただ傍観するしかなかったのだ。
おそらく彼女も、迷惑娘一号から何かしらの嘘を吹き込まれたのだろう。
「じゃ特待生っていうのは本当なのね?」
「本当だけど、親のコネなんかじゃないわよ」
「それじゃどういう理由で?」
流石にここまでくればその理由は知りたいだろう。
聖羅達は私がSASHYAだと知っているので、大筋の予想は付けられるが、涼風さんだけは納得するだけの情報は教えてはいない。
私はどう彼女を納得させようかと考えていると、聖羅から助け船が差し出される。
「貴女確か私達の先輩に当たるのよね?」
先輩と言うのは恐らく音楽業界の事を示しているのだろう。
「えぇそうよ、私の方が業界の事は詳しいわよ」
聖羅に先輩呼ばわりされたのがうれしかったのか、何処となく得意げな涼風さん。
「そんな先輩を信頼して言うけど、沙耶は私達と同じ業界の人間よ」
「ちょっと聖羅」
思わぬ言葉に反論しようとするも、聖羅は任せておけと言わんばかりに、私を止めに入る。
「業界の人間ってどういう事?」
「『friend’s』の曲は知っているかしら?」
「Snow rainのデビュー曲よね、当然知っているわ」
「あの曲を作ったのは沙耶よ」
ぶふっ
余りにも予想外の暴露に、思わず飲んでいたジュースを吹き出してしまう。
綾乃なんて「もうさーやんは大げさすぎ」とか言いながら、テーブルを一緒に拭いてくれる。
「嘘でしょ、だってアレは一樹の作詞作曲だって」
「本当の事よ。詳しい事情は話せないけど、あのクオリティの曲を、沙耶は幾つも生み出しているわ。それがどれだけ凄い事なのかは、言わなくても分かるでしょ?」
何ともまぁ、思い切った内容を話したものだと思ったが、それだけ聖羅達にも覚悟があるのだろう。よく見れば、皐月も綾乃も聖羅の発言を止めようとはしておらず、このまま黙って状況を見守ろうとすら感じられる。
「沙耶、あとでサイン頂戴」
こんな時だというのに全くブレないみちるである。
言っとくけど、私のサイン = SASHYAになるんだからね!
「いいの聖羅? 話しちゃって」
「前々から3人で決めていたのよ、沙耶が困るような事になれば話そうって。私たちはもう二度と貴女の悲しむ姿は見たくないからね」
「聖羅…」
私はなんていい友人を持ったのだろうか。この情報が洩れて一番困るのは聖羅達。
勿論私の友人? 達を信頼しての事だとは思うが、その思いが純粋に嬉しく思える。
「悲しむ姿って、貴女なにやらかしたのよ」
「沙耶ってけっこうやらかしてるよね」
をい!
二人にとっては知らない過去とはいえ、まるで私がやらかしたように言われるのはなんだか納得がいかない。
「丁度一年前の事よ、沙耶は家族旅行の帰りに事故に巻き込まれて、ご両親を失っているの。それなのに私達は、沙耶の気持ちを顧みず酷いことをしてしまってね」
聖羅が補足するように説明してくれる。
「亡くなったって、沙耶、ご両親いないの!?」
「一年前……ゴールデンウィークに起こった事故って…、確か飲酒運転の車が車線をはみ出して、対向車にぶつかったっていう、アレ?」
流石と言うべきなのか、情報には敏感な涼風さんが、当時流れていたニュースを教えてくれる。
「まさかあの事故の被害者が貴女だったなんて」
「だから私たちは、もう二度と沙耶に悲しい顔をさせたくなくてね、身勝手なお願いだとは思っているけれど、貴女達にも沙耶が置かれている状況を少しでも知ってほしくて、話せるは範囲はすべて話しているつもりよ」
そういう事か、3人は予め決めていたのだろう。
私が新しい生活で孤立しないよう、少しでも助けになればという思いを込めて、2人に秘密を話してくれた。だから2人の同席をあっさり認めてくれたのだと。
「言われなくても誰にもしゃべらないわよ」
うすうすは感じていたが、涼風さんってやはりいい子なのだろう。
私の過去を知ったという事もあるのだろうが、彼女はそんなこと関係なしに話さない気がしてしまう。
「涼風さんって、意外といいところがあるのね」
「意外って何よ意外って」
「いや、だってほら、私達まだ友達になる前じゃない?」
「あ、貴女ねぇ…」
私のストレートな返しに、額を押さえる涼風さん。
「普通に名前で呼びなさいよ」
名前って言われてもなぁ。
「鏡華さん?」
「はぁ、なんで私だけさん付けなのよ。鏡華でいいわよ、あと…秘密を知っちゃったんだから、その…わ、私も仲間に入れなさいよ」
少し頬を染めながら、視線を外して照れを隠そうとする鏡華。
おや、鏡華って聖羅と同じツンデレ属性?
そんなやり取りが面白かったのか、聖羅達がクスクスと笑いながらこちらを見ている。
「沙耶らしいわね」
「どういうこと?」
「昔から変わらないって事よ」
なんだか褒められている気はしないが、3人が納得してくれていそうなので黙っておく。
「それで本題なんだけど」
一通りの話は終わったからと、聖羅が今日私を呼び出した本当の目的を話し出す。
「実はね、話そうとしいたのは私たちのセカンドシングルについてなの」
聖羅が言うには、今月の中頃に発売予定新曲が、実は芸放の入試用に提出された作品なのだという。
その曲を聖羅達が編曲し、Snow rainの2枚の目のシングルとして発売されるんだとか。
「私たちはてっきり沙耶より高く評価されたんだって思っちゃって。一樹なんて沙耶を見返してやるって、意気込んでいたほどよ」
「あぁ、だからさっき特待生と聞いて驚いていたのね」
それにしても他人が作った曲で、私を見返してやろうだなんて。もしかして今日私に合いたいとか言っていたのは、この事にも関係するんだろうか?
「ごめん、なんか変に期待させちゃって」
「いいわよ別に。あの曲がいいことには違いないし、私達も全力で取り組んでいるから後悔もない」
「うん、次こそ初週売り上げ1位を取りに行くんだから!」
「そうだな、沙耶とは競い合えないけど、私達も凄いという所を見せないとな」
3人とも以前と比べるとすごく明るくなっている。彼女たちが頑張る姿は自分を励ましてくれるようで何とも力強い。
「それじゃ私も負けないように頑張らないとね」
「いや、さーやんはもっと控えめの方が」
「貴女が出てきたら勝負にならないでしょうが」
「ごめん、さっきの嘘。私達の初週1位が遠のくからやめて」
なぜか3人から泣きつかれた。
でも私の3枚目のシングルってもう少しで発売なのよね。
「2枚目の発売日っていつだっけ?」
「えっと、今月の15日だったかな」
「15日かぁ」
私の曖昧な返事に綾乃がすぐに反応する。
「15日に何かあるの?」
「いや、大丈夫」
私の3枚目の発売日と重なるかと思ったが、半月ほどずれているので少しほっとする。
そんな私にピンときたのか、みちるがすかさずフォローしてくれる。
「そういえば、お菓子のCMにSASHYAの歌が使われていよね」
「あー、みたいだね」
その言葉に聖羅達3人が反応するも、状況がまるで分かっていない鏡華が声を上げる。
「確か来月だったわよね? SASHYAの新曲」
突然何を言い出すのよといいながらも、しっかりと答えてくれる鏡華。
「よく知っているわね」
「当り前でしょ、だれがいつ新曲を発売するかは全部把握しているわよ」
情報通だとは感じていたが、まさか新曲の発売日を全て網羅しているとは思っていなかった。
「それでなんて曲なの? SASHYA新曲って」
発売日が重ならないと分かり、少しホッとしている聖羅が尋ねる。
「ホワイト・ブリムよ。なんでもコンセプトは『手作りお菓子』だったはずよ」
ホワイト・ブリム、直訳ではメイドさん達が頭に付けるカチューシャの事だが、お菓子づくりならやっぱり可愛いエプロンドレスだよね、って事で沙雪が命名した。
「詳しいわね」
確かに動画配信でそう発表はしているが、そこまでの情報となれば余程のファンでなければ知らないだろう。
「もしかして鏡華って、SASHYAの隠れファン?」
みちるがドストレートに尋ねるも、それに対し鏡華が真っ向から反論する。
「何よ隠れって。私は純粋にSASHYAのファンなの! 何か悪い?」
えっと、まさかのファン宣言で若干恥ずかしくなってしまう私。
そんな様子を生暖かく見つめる聖羅達3人は、再びくすくすと笑いかけるのであった。




