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第28話 『お昼休みのひと時』

「えっ、取材ですか?」

 3枚目の曲作りも順調に進み、まもなくゴールデンウィークを迎えようとしていたある日、お昼休みのタイミングを見計らい、担当マネージャーでもある佐伯さんから電話が掛かってくる。


『そう、沙耶ちゃんメディアへの顔出しはNGでしょ? だからずっと断っているんだけど、先方から取材だけでもいいから受けてくれないかって』

 デビューして約1ヶ月半、世間で騒がれつつあるSASHYAだが、未だどこのテレビや雑誌にもその姿は現さず、先日には2枚目のCDが発売され、その注目度は今や最高潮に達するほど。

 今週の売り上げランキングには、1枚目、2枚目の曲が同時にランクインするなど、なにかと世間を賑わせ続けている。


「あの、お断りは出来ないのでしょうか?」

『沙耶ちゃんならそう言うと思って、何度も断ってはいるのよ。でも向こうも諦めきれないのか、何度も条件を変えながら頼まれてね。上の方からも取材ぐらいは受けさせろって言われちゃって』

 佐伯さんの話では、デビューから現在に至るまで、連日関係各所から出演のオファーが続いているらしく、何処かのタイミングで、顔以外の露出はしておいた方がいいとは言われていた。

 恐らく今回の取材も、そろそろメディア側のガス抜きをしろとのお達しなのだろう。


「わかりました。でも写真はNGでお願いします」

『ありがとう助かるわ。それじゃ先方にもそう伝えるから、日程が決まったら連絡するわね』

 佐伯さんはそう言うと、通話が終了する。


「沙耶、仕事の電話?」

「そう、取材だって」

 電話が終わり、この学校で唯一…じゃないや、蓮也を除けばただ一人、私の秘密を知るみちると共に、食事の続きを再開する。

「取材って、メディアの出演はNGじゃなかった?」

 一応周りを気にしてくれているのか、私にだけ聞こえるように、声のトーンを落としながら話しかけてくる。


「そうなんだけど、出演オファーの依頼が多いらしくって、そろそろ何かしらの露出はしなさいって言われてるのよ」

 正確に言うとメディア出演ではなく、顔出しがNGなだけで、それ以外は要相談という事にはなっている。

 ただ佐伯さんが私の事を気遣い、今まで防波堤の役割をしていてくれだだけで、電話越しにお断りの話をしているのを何度も目にしている。


「沙耶は売れっ子だからねぇ、会社も放置出来ないんでしょ」

 こちらとしても会社あっての私なので、出来る限りの要望には応えたいが、一樹の事もあるので、顔出しだけは何があっても避けなければいけない。


「そういえば沙耶、例のあの子…、なんだっけ?」

「あぁー、あの子ね」

 みちるが言うあの子とは、恐らく私に有りもしない事実を突きつけ、ひたすら文句を言ってきた例の迷惑娘の事だろう。

 そういえば未だに名前すら覚えていなかったわね。


「あれから何か言ってきた?」

「今のところは平和かな。少し前に蓮也と一緒にいるときに何か言ってきたけど、その時私急いでいたから」

 みちるには蓮也達がデビューする話は避けつつ、以前ライブハウスで知り合った経緯などは伝えてある。

 若干個人的な恋愛関係を疑われてはいるようだが、いまのところは至って平和だ。


「沙耶も大変ねぇ、仕事に学校に迷惑娘と、よりどりみどりじゃない。私からすればうらやましいわよ」

 いやいや、アイドルを目指しているみちるにとっては、仕事がらみはうらやましいだろうが、他の二つは関係ないでしょとつっこみたい。

「それで創立祭に出す曲は進んでいるの?」

「うーん、それがねぇ」

 曲作りの方は進んでいるのは進んでいるのだが、自宅で使っている音楽ソフトと、学校で使っている音楽ソフトでは使い勝手が違っており、正直苦戦しているのが実情だ。


「あぁ、それは私も思ってた。多分プロを目指すなら学校が用意しているソフトの方がいいだろうけど、機能が多すぎてよく分からないよね」

「そうなのよ」

 今はまだソフトの扱い方を習っている最中なので、全ての機能を生かし切れていないのが実情。

 もう少し慣れてくれば大丈夫なのだろうが、創立際の日程は決まっているので、「間に合いませんでした」では通じないだろう。


「まぁ、取りあえず頑張るわ」

「力には慣れないけど、応援だけしく」

「ありがと」

 食事も丁度いいタイミングで終了し、お互いお弁当箱を片付けていると、クラスの中から何やら甲高い声が聞こえてくる。


「えぇー、涼風さんってSnow rainの一樹と話した事があるんですか?」

 思いもよらぬ場所で、これまた思いもよらぬ人物の名前を聞いていしまい、一瞬冷たい流しながら凍り付いてしまう。


「うそ、Snow rainってあれだよね、私達と同じ学年でデビューしたっていうバンド」

「知ってる知ってる、私デビュー曲いまだにスマホに入っているもの」

 話が聞こえてくる方を見ると、そこには1人の女性が数人の女性と向き合っている姿が…。そしてその中の一人に私は見覚えがあった。


「ねぇ、あれって例の小学生アイドルだったっていう」

「えっと名前がたしか涼風 鏡華(すずかぜ きょうか)だっけ?」

 同じクラスメイトとはいえ、私はまだ話したことはないが、入学式の時に少し騒ぎになっていたので覚えている。

 それにしてもまさかこの学校で一樹の名前を聞くなんて、今日に至るまで思いもしなかった。


「ねぇみちる、彼女ってなんでデジタルミュージック科なの?」

 普通アイドル活動をしているなら、音楽科の方を受験するはず。

 みちるのようにデジタル音源にしか知識がなく、仕方なくデジタルミュージック科を受験したなら納得もいくが、彼女はすでにデビューした程の実力者、ならば音楽科への受験も問題ない気はするのだが。


「さぁ? 私もそれ程詳しくないからなぁ。元小学生アイドルって言っても最近は見かけないから、路線を変えたんじゃないの?」

 うーん、そう言われると確かに不自然ではないが、みちるのような例もある事だし、本当の理由は当の本人に聞かなければわからないだろう。


「それにしてもSnow rainかぁ」

 何とも懐かしいやら、忘れてはいけないやらで、思わず声から漏れてしまう。

「沙耶ってもしかしてSnow rainのファン?」

 私から漏れ出た言葉にみちるが何やら勘違いしてしまう。


「いや、そうじゃなくてね。友達がバンドのメンバーにいるのよ」

 まぁ、ファンと言えばファンではあるのかもしれないが、そこは男性3人を省く女性3人の、と付け加えたい。


「えぇー!! 沙耶ってSnow rainに知り合いがいるのぉー!?」

 私にすれば何気なく答えたのだが、みちるにとっては衝撃の事実だったようで、クラス中に聞こえる音量で突然騒ぎ出す。

「ちょっと、声大きすぎ! みんなこっちを見てるじゃない!」

 徐々にではあるが、クラスの子たちとも交流は始まりつつあるが、その大半はまだ様子見の状態。そんな中で妙な噂が広まれば、この先の学生生活で変に注目を浴びてしまう。

 私は只でさえ隠し通さないといけない事実があると言うのに、こんなところで目立ちたくはないのだ。


「何言ってるのよ沙耶、あのSnow rainだよ! 私あのバンドの歌、超好きなの!」

 あぁ、friend’sね。あれ私が書いたのよ、とは流石に口が裂けても言えない。


「ね、ね、誰と知り合いなの? 私の推しは聖羅様なの、あのキーボードソロがカッコよくてね!」

 余程Snow rainのファンなんだろう、机を挟んだこちらにまで、物理的に迫られてしまう。

 それにしても聖羅『様』って。

 みちるがいうキーボードソロとは、聖羅の練習が間に合わないとかで、急遽冒頭に追加した部分のことだろう。結局あの演出が良かったのか、結構評判がいいとは聞いている。


「ね、ね! 聖羅様とは知り合いなの? それとも皐月様?」

「ちょっと落ち着いてって、知り合いっていうか、同じ中学ってだけよ」

 両肩をを掴まれ、頭を前後に動かすように揺さぶられながら何とか答える。

 私からすればSnow rainのメンバーは身近な存在だが、よくよく考えればみちるにとっては憧れの大スター。未だこちらの様子を伺う生徒もいるようだし、ここは無難な返事に抑えておく。

 だけど時すでに遅し、みちるの声に反応してしまった一人の生徒が、私達に話しかけてくる。


「自分が目立ちたいからって、いい加減な事は言わない方がいいわよ」

 話しかけて来たのは、先ほどまで女性達と話していた涼風さん。こちらが騒いでしまったとはいえ、いきなり声を掛けられるとは思ってもみなかった。


「いい加減というのは、同じ中学ってところ?」

「違うわよ、貴女さっき友達がメンバーに居るって言ってたでしょ。同じ中学ってだけで変に見栄を張っていると、後で後悔するのは貴女の方よ」

 すぐに誤魔化したつもりだったが、きっちり聞かれてしまっていたようだ。

 それにしてもこの学校って、自尊心の強い子しかいないんだろうか。


「そうですね。すみません、少し見栄を張ってしまいました」

 実際はどっぷり関係者だった訳だが、クラスの目もある事だからここは潔く誤っておく。


「そう、いい心掛けね。今後は注意しなさい」

 そう言うと何事もなかったかのように立ち去る涼風さん。

 そんな私に瞳を輝かせるみちるは、聖羅の写真は持っていないのかとせがんでくる。


「聖羅の写真? うーん、ちょっとまってね」

 私は自分のスマホを操作し、卒業式に撮った聖羅と綾乃とのスリーショットを画面に映し出す。


「すごい、本物の聖羅様だ!」

 余程聖羅の学生服姿が気に入ったのか、他にはないのかと催促される。

 私も喜ぶみちるに気分が向上し、写真をスライドさせながら他にもいろいろ見せてあげる。


「これは練習の風景ね、こっちは皆で遊びに行ったときで、これはライブハウスでステージに上がった時かなぁ」

 以前使っていたスマホは事故で壊れてしまったが、内臓されていたSDカードは無事だったので、当時の写真はすべて残っている。

 ただ一つ訂正するなら、それらの写真はすべてデビュー前になるわけだが、みちるにとってはさほど関係はないらしい。


 しかしこの行為が悪かった。

「ちょっと、なんでこんな写真を持っているのよ!」

 みちるとの会話に夢中になりすぎて、涼風さんの接近に気づけなかった。

 本来なら盗み見なんて礼儀知らずなと注意したいところだが、私は先ほどただの同じ中学出身だと誤魔化してしまった。さらに運の悪い事に、一樹達とライブ後の打ち上げの様子がスマホに写っている。


 あー、これはマズイ。私はあまり目立ちたくはないのだ。

「ぐ、偶然打ち上げに呼ばれちゃってね…」

「そんなわけないでしょ!」

 いやまぁ、肩を組合い、みんなではしゃいでいる様子は、とても知り合いだとは誤魔化せない。


「貴女本当に一樹たちの知り合いなの!?」

「えっと、ほんの少し?」

「とても少しの間柄には見えないけれど?」

「いやー、偶然って怖いですねー」

「偶然で誤魔化せるレベルじゃないと思うのだけれど」

「そこはほら…」

 涼風さんの追及にしどろもどろの私。みちるはそんな私にお構いなしに、自らスマホを操作しながら次々聖羅達の写真を楽しんでいく。


「すみません、めっちゃ知り合いです。なんでしたら今度聖羅達と会う予定です」

 結局みちるの操作で次々暴露されていくSnow rainとの写真に、最後は謝りながら白状してしまう。


「なんで最初からそう言わないのよ」

「だって涼風さんが怖かったし、目立ちたくもなかったから」

「あ、貴女ねぇ…」

 根は悪い人ではないのだろう。「別に怖がらせたかったわけじゃないわよ」と、自らの行為を謝ってこられる。

 そんな私たちの様子がひと段落ついたところを見計らい、みちるが会話に割り込んでくる。


「ね、ね、ね、聖羅様と会うのっていつ?」

「えっ? ゴールデンウィークの前半だけど」

「私も連れていって!」

「連れていくって、聖羅達の女子会?」

 うんうん、犬みたいに頷くみちる。そういえば聖羅の熱烈なファンなんだっけ?

 うーん、みちるなら私がSASHYAだとばらしているし、聖羅達にも気を使わぜずにはすむけど、こればかりは私の一存では決められない。


「じゃちょっと聞いてみるけど、ダメだったら諦めてよね」

「大丈夫、その時はサインで我慢する!」

 あー、サインはねだるんだ。

 まぁ、そのぐらいなら頼んだところで問題はないだろう。

 とりあえずLINEでメッセージを送り、約1分後、了承の返事が返ってくる。


「みちる、聖羅が連れて来てもいいって」

「ホント!? やったー!!」

 久々の顔合わせなのだが、友達がこれほど喜んでくれるのなら別に構わないだろう。私は決まっている日程と場所をみちるのLINEに送るも、今度は涼風さんが立ちふさがる。


「ちょっと、私にも場所と日時を教えなさいよ」

「えっ、涼風さんも来るの?」

「あ、当たり前でしょ。私だけ仲間外れにするつもり!?」

 いや、仲間外れもなにも、友達ですらないんだけれど。


「えーっと、学校からは少し遠いけど?」

「都内でしょ? 別に構わないわよ」

「ブラックコーヒーとかでる大人の喫茶店なんだけど」

「別にミルクと砂糖がつくでしょ?」

「実は聖羅はツンデレなんだけど」

「さりげなく友達をディスるわね」

 うーん、これは本気で付いてくる気だ。

 聖羅へのLINEは、友達を連れて行っていいかだけの確認なので、人数の事には触れてはいない。たとえ1人増えたところで断られはしないだろう。

 だけどなぁ…。


「涼風さん、本気? 一樹は来ないよ?」

「知っているわよ、さっき女子会っていってたじゃない」

「たぶん後悔するよ?」

「後悔ってなにによ」

「ほら、向こうは現役の高校生バンドだし、涼風さんは元小学生アイドルじゃない?」

「ち、違うわよ。現役よ現役!」

 あ、現役だったんだ。

 若干涙目の涼風さんに、どことなく申し訳なく感じてしまう。


 うーんでもなぁ。

 本気でどうしようと悩むも、その様子が拒絶されているとでも勘違いされたのか、涼風さんの瞳が徐々に涙ぐみ、ついには涙がこぼれてしまう自体に。

「もう、私もつれて聞きなさいよ! 仲間外れなんてしないでよ!」

 みちるからは「あーあ、泣かせちゃった」などと責められるし、クラスメイトからは何とも言えない視線を送られるしで、まるで私が泣かしてしまったようでいたたまれない。


「な、なんでよ、私だけ、仲間はずれにしないでよ、ぐすん」

「ちょっと、なにも泣かなくても」

「な、泣いてないもん。ぐすん」

 いやいや、すでにキャラ変わってますねよ。それに語尾の『もん』ってなに!?


「沙耶、この手の子は泣かせると負けだから」

 何かを悟ったように言い聞かせるみちる。

 結局このあと本気泣きをされてしまい、渋々連れていくことになりました。

 迷惑娘二号も、よくわからん。

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