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第3話 『Snow rain』

「さーやんゴメン!」

 始業式があった翌日、出席番号の都合上、初日から掃除当番に当たった私は、ひとり綾乃達が練習をしているレンタルスタジオへと辿り着く。

 そこへいきなり謝りながら抱きついてきたのが綾乃だった。


「今度は何をやらかしたの?」

 綾乃が勢いのまま謝ってくるのは、何もこれが初めてではない。

 私は慣れた手つきで彼女の頭を優しくなでながら、謝罪される原因を促す。

「さーやんが曲を作れるってバラしちゃった」

 ごるらぁ!!!

 心の中で男前に叫びながら、少々きつめのチョップを食らわす。

「いたひ」

「痛いのは当たり前でしょ、なんでバラしてるのよ」

 今回は本当に痛かったのか、両手で額を抑えながら若干涙目で訴えてくる。

 2年間も付き合ってきた彼女の事だ、理由もなしに親友の秘密をバラすわけはないし、うっかりしゃべってしまうほど口は軽くはない。若干軽すぎる性格に不安がなくもないが、そこは友人特典として信じることにする。


「で、なんでそんな状況になっているわけ?」

「それがね、売り言葉に買い言葉で…イタッ」

 私の友人特典返せ! と心で叫びながら、再度チョップを追加する。

 彼女らのバンド『Snow rain(スノー レイン)(一樹命名)』は、今まで世間で流れている曲の、いわゆるコピーバンドとして活動してきた。

 それがどうして私への『ゴメン』に繋がるのかと言うと、一樹が作ると言っていた例の曲が出来上がり、メンバー全員で視聴したらしい。だがその余りの出来の悪さに、「さーやんの作った曲の方は数倍いいよ!」と、綾乃がほざきやがったのだと言う。


 綾乃とは約2年、一樹に至っては1年と少しの間付き合ってきた訳だが、彼女達が書く夢と努力はずっとそばで見てきたので、自分たちのオリジナル曲を作りたいという気持ちは分からなくもない。

 世間は今じゃ、高校生でメジャーデビューすれば成功、中学生デビューを果たせば大成功という、何とも話題性をアピールさせたい、大人の都合感が広まっており、私達も今年で中学三年目、チャンスを掴みたい人達からすれば、残り一年間しかないと焦る気持ちもわかるというもの。

 昨日やけに綾乃が私に食いついて来たのも、その辺りが関係しているのかもしれない。


「はぁ、もういいわよ」

 半ば諦め気味に、うっかり屋さんの謝罪を受け入れる。

「それで作れるのか?」

 私と綾乃との話に区切りが付いたと思ったのか、現在恋人の関係にある一樹が話しかけてくる。


「うーん、作る、作れないって答えならば作れるけど、私でいいの?」

 私は聴いてはいないが、仮にも恋人が頑張って作った曲がある。

 そもそも私はバンドメンバーではないわけだし、他のメンバーのモチベーションにも関わる。

 もし誰かひとりでも、部外者である私が曲作ることが気に入らない、とかになれば、これから先は見学と称して、スタジオに近づきずらくなるかもしれない。

 私はチラリと聖羅の方に顔を向けるも、とうの本人は知らん顔。つまりはこの件に関しては「好きにすれば?」という事か。


「文句があれば、俺の曲で決まるだけだ」

 うわぁ、説得力ありすぎる。

 バンドメンバーの様子を伺うも、誰一人として声を上げるものがおらず、むしろ「助けて」という様に、手を合わせてみせる人もいる。

 一体どんな曲を作って来たのよ。


「まぁいいわ、それでどんな感じの曲を作ればいいの?」

「とびっきり弾ける曲で頼む!」

 は、弾ける曲って…、なんて抽象的なイメージなのよ。

 私は一瞬考えて。

「ちょっとイメージがつかめないから数日待てる?」

「待つのはいいが、何かあるのか?」

 一樹のイメージが余りにも伝わらないので、何か見本曲のようなものが必要だろう。

 どんな形であれ他人が歌う曲を作るので、大体の路線を決めない事には、出来上がって気に入りませんでした、では話にならない。


「直接編集画面を見せた方がイメージしやすいと思うのよ、今度スタジオを借りてるのって週末よね?」

「うん、土曜日の13時からかな」

 綾乃がスマホのスケジュール帳を確認しながら教えてくれる。

「じゃその日にノートPCを持ってくるから、曲の方向性を決めましょ」

 音を出す関係、ファミレスや喫茶店では都合が悪い。カラオケなら多少の防音効果はあるが、隣の部屋から歌声が聞こえてくれば、気が散る事だろう。誰かの自宅という手が無いこともないのだが、流れ的に私の家とかになればシャレにならない。


 私も年頃の女の子だからね、一樹にすら自宅に上げていないというのに、バンドメンバーだからといって、男子を連れ帰るには抵抗感がある。


「OKいいぜ、沙耶に任せる」

 何処が「OK」で、何が「いいぜ」なのかは知らないが、取りあえずバンドのリーダーでもある一樹の許可は下りた。後は他のメンバーだが…。

「一応勝手に予定を決めちゃったけど、皆は大丈夫?」

 後で揉める原因になると困るので、念のために確認をとる。


「私は大丈夫よ。それにしても紗耶が曲を作れるなんて初めて知ったわ。何でいままで教えてくれなかったのよ」

「暗いイメージがあって恥ずかしかったのよ」

 話かけてくれたのは、ギター担当の一葉 皐月(ひとつば さつき)

 わりと最近入ったメンバーで、唯一別の学校に通う中学三年生。私からすれば、綾乃の次に話しやすいメンバーの一人。


「綾乃は無条件でいいとして、九条(くじょう)君と夏目(なつめ)君も大丈夫?」

「なんで私は良いことになってるのよ」

 ぶぅーと、可愛らしく頬を膨らませてくるが、元をただせば私を巻き込んだ張本人。これでダメとか言われたら、頭グルグリぐらいではすませない。


「俺は大丈夫だ」

「俺も問題ない。寧ろ助かった!」

 一樹の友人である二人の男子に了承を終え、残り一人は聖羅のみ。

 何か言われるかなぁ、とか思いながらも聖羅に尋ねるも。

「貴女がいいなら私もそれでいいわ…、って何よその顔」

 おっと、ついつい驚きの感情が表情に出ていたようだ。

 てっきり嫌もの一つでも言われるかと覚悟はしていたが、他のメンバー同様あっさり了承が得られてしまう。


「ごめんごめん、反対されるかもって思って」

 流石に嫌みを覚悟していたとは言えず、適当な言葉を選んで返す。

「別に反対はしないわよ。一樹もいいって言ってるんだから、私が反対すると思う?」

 それはごもっとも。

 一樹に気がある聖羅が、一樹に嫌われるような事を言うはずもない。彼女も一樹の夢を知っているし、メンバーの一員としてはやはり自分達の曲は欲いのだろう。

 これで全員の許可が得られたのだが、問題はまだいくつか残っている。


「取りあえず曲作りは引き受けるけど、作詞までは描けないわよ?」

 私が出来るのは作曲まで。もちろん各楽器のパート別までは用意するつもりだが、作詞にいたっては全くのド素人。

「えー、さーやん出来ないの?」

「出来るわけないでしょ。私はデジタル専門よ、歌詞なんて描いたこともないわよ」

 ちょっとぐらい自分たちでも頑張りなさいよ、という意味も込め、歌詞に関しては丸投げにする。

 最後まで綾乃が渋っていたが、一樹が「じゃ俺が書くよ」と言い出したので託すことにする。


「それで期限とはあるの? 私もバンドの曲なんて作るの初めてだから、少し時間が掛かるわよ」

 これで今月末まで、とか言われたら全力で断る自身があるが、返って来た答えは。

「いや、別にいつまでとかはないけど、出来るだけ早めだと助かる」

 ならば別段引き受けても問題無いだろう。

 受験提出用の曲には、必ず『未発表曲で』なんて決まりはなく、中には既にレコード会社に所属しており、作った曲が世間に流れている、なんて人も昔にいたとか聞いている。

 早い話がこれは私にとってもいい経験になるという事だ。

 若干、昨日まであんなに後ろ向きだったのにと考えると、なんだか綾乃の思い通りに進んでいるのが妙に悔しい。

 今度クレープでもおごらせてやると心に決め、時間がきたので全員でスタジオを片付け、駅へ向かう。


「さーやん、曲ってどれくらいで作れるものなの?」

 やはりなんだかんだと言っても、初めての自分たちの曲と言うことで、綾乃自身も気になるのだろう。

 スタジオを出て駅までの道すがら綾乃が尋ねてくる。

 私は今までの経験考え…

「うーん、イメージが掴めれば曲自体は2週間ってところかなぁ。そこからアレンジとかを付け加えていくから、編集にプラス2週間、あと私はデジタル音源しか作ったことがないから、楽譜やコードに起こすのはちょっと時間がかかるかも…」

 若干、最後の項目だけはどうしても弱気になってしまう。もしかしていま使っている音楽ソフトにそんな機能があるのかもしれないが、無ければ曲をデジタルでつくっておいて、誰かにお願いするという手も考えられる。

 その辺りも含めて明確な期間は示せないのだ。


「じゃ長くみて2ヶ月ぐらいかぁ。その後みんなで練習をして、夏休みぐらいには新曲でライブとか出来たら嬉しいなぁ」

 不定期ではあるが、綾乃達もライブハウス等のステージに立つことはある。今までは有名曲のコピーを歌っていたが、やはり自分たちの曲という事で、喜びも人一倍なのだろう。

 そう思うと、彼女達の夢の手助けをしていると考えれば、案外悪い気がしないのだから不思議なものだ。


「そうだ一樹、今夜にもいくつかピックアップした音源をおくるから、イメージに合う曲を選んでおいて」

「了解」

 事前にある程度の方向性が分かっている方が、今度の打ち合わせもスムーズに進むだろう。

 若干聖羅から恨めしい視線を感じるが、そこはいつもの事なので気にしない。

 その日は駅で別れて帰宅した。

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