第26話 『Ainsel』
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〇登場人物紹介 その3
★佐伯 香 27歳
担当は『KANAMI』と『SASHYA』
Kne music所属のマネージャー。
『SASHYA』を口説き落とした敏腕マネージャー?
★三島 翔吾 23歳
Ainselの担当マネージャー
佐伯さんの後輩。
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「もう佐伯さん、蓮也さんが困っていたじゃないですか」
Kne musicの本社へと着き、蓮也さんと別れた後に、打ち合わせの為に無人の会議室へと入る。
あの後、私がSASHYAだと名乗ると、蓮也さんは大層驚かれていた。
「沙耶さんがあのSASHYA? えっ、本当に?」
現在注目を浴びている新人ミュージシャンで、Kne musicが一番と言っていいほど売り出し真っ最中のSASHYAが、まさかまさかの隣にいるとは流石に思わないだろう。
蓮也さんは「沙耶さんの作る曲は凄いとは聴いていたけど、まさかあのSASHYAだったなんて」と驚きつつも、だからSASHYAなんだね、と妙に納得されてしまった。
その後佐伯さんから名前の由来はお菓子の紗々よと、からかいのネタに繋げられたのは、もはや定番の流れである。
結局会社に着くまで佐伯さんにいいように遊ばれてしまい、最後は「二人とも他人行儀ね、もういっそ呼び捨てで呼び合えばいいんじゃない」とか言われる始末。
佐伯さんには私が隠している淡い恋心を知られているので、多分面白さ半分、お節介半分で、こんな事を言っているのだろう。
その後お互い顔を真っ赤にしながら蓮也、沙耶と呼び合ったのはご想像にお任せする。
「沙耶ちゃん、また呼び方が蓮也さんに戻っちゃてるわよ」
「うぐっ」
佐伯さんは「せっかくお膳立てをしてあげたのに」と、悪びれる様子さえ見せずに呟いてくる。
いやまぁ、ちょびとは嬉しいけど、行き成り呼び捨ては難易度が高すぎるというか…。
そんな私の様子を察したのか。
「別に変じゃないでしょ? ファンの子達は皆呼び捨てじゃない。それとも沙耶ちゃんは、SASHYA様とか言われたい派?」
いやいや、様って何よ様って。
でも言われてみると私もSASHYAと呼ばれている訳だし、蓮也さんもファンの人達に呼び捨てで呼ばれていたのも見ているので、そう考えると変ではない? のかとすら思えてくる。
「いいんですかね?」
「ふふ、いいのいいの。それじゃ打ち合わせを始めましょうか」
なんだかいつものように誤魔化された気がしないでもないが、やっぱり恥ずかしいので言えません、では蓮也さん…蓮也にも失礼なのかもと考えてしまう。
結局答えがよく分からないまま、当初の予定通り打ち合わせを始める。
「それじゃ沙耶ちゃん、アルバムはそんな感じで進めちゃって」
「分かりました」
夏休み前に発売するアルバムの打ち合わせも終わり、会議室を佐伯さんと一緒に出ると、そこには見知らぬ男性と一緒にいるAinselのメンバー達。
向こうもどうやら打ち合わせが終わったのか、私と蓮也はお互いお疲れ様と声を掛け合う。
「あれ? この子って確か…」
「あっ、前に蓮也がナンパしてた子だ」
えっと、そういえばそんな事を言われていた事もあったわね。
名前は知らないが、二人の男子が私の顔を見るなり声を掛けてくる。
「えっと、雨宮 沙耶です」
ペコリと、頭を下げつつ自己紹介をする。
以前お会いした時には、全くと言っていいほど会話も交わしておらず、お互い名乗りもしなかったので、寧ろよく私の事を覚えていたなぁと感心すらしてしまう。
「沙耶ちゃんか、俺は右京 晃、こっちが…」
「白羽 凍夜」
「俺は葉山 次郞」
「で、リーダーの」
「佐久馬 雪兎だ」
「蓮也は…ナンパされたから知っているよね」
なんだか酷い言われようだが、晃さんの先導でメンバー全員と自己紹介を終える。
うーん、覚えられるかなぁ。
「それにしてもなんで沙耶ちゃんがここに?」
晃さんの中では私は蓮也にナンパされた女の子という扱いなのだろう。見れば蓮也が渋い顔を向けているので、何となく楽しい気分になってしまう。
さて、本日はこれで3回目となる訳だが、どうやって正体をバラそうかと悩んでいると、思わぬところから助けが入る。
「コラお前達。沙耶さんはお前達の先輩にあたるんだから、その口の利き方は失礼だぞ」
そう言いながら晃さん達を注意するのは、この中で唯一知らない男性。
状況的に考えると、恐らくAinselのマネージャーさんなのだろう。
「へ? 先輩?」
うん、その反応もさっき蓮也で見たわね。
「沙耶ちゃんって何者?」
この様子に佐伯さんはくすくすと笑い、蓮也を除くAinselのメンバーからは怪しい視線を向けられ、私と蓮也は何とも言えない表情を浮かべてしまう。
そしてトドメの一撃は、Ainselのマネージャーさんから飛び出す。
「こちらの沙耶さんが、いま人気のSASHYAさんだ。失礼の無いようにな」
その一言でAinselのメンバー達…、主に晃さんと凍夜さんの大声が廊下に響き渡る。
「うそうそうそ、沙耶ちゃんがあのSASHYA!? 俺色紙持ってきてない、ペンペン、ペン無かったっけ」
「マジか、俺めっちゃファンなんだけど。雪兎ペン貸してくれ!」
晃さんと凍夜さんが私からサインをねだろうとし、その場で書くもの探しだす。だけど残念、私は人前には出るつもりがないので、サインは考えていないのだ。
「コラお前ら、今迷惑を掛けるなっていったところだろう」
「でも三島さん、あのSASHYAですよ! ファンとしてはサインを貰わないと失礼じゃないですか」
そんな失礼はないと心の中で呟きながら、「私はまだ新人なので、サインは考えていないんです」とやんわり断るも、名前だけでいいのでと迫られ、仕方なく彼らの持ち物に『SASHYA』とだけ書かせてもらった。
「すみません沙耶さん、こいつらには叱っておきますので」
「いえ、大丈夫です。以前皆さんには助けて頂いた事もありますので」
実際は蓮也に助けて貰ったのだが、この程度で叱られるのもかわいそうなので、こっそり救いの手を差し伸べておく。
「たく、なんで教えてくれないんだよ」
「俺だってさっき知ったんだって」
取りあえず場所を移動しようと言う事になり、近くの休憩場で飲み物を飲みながら談笑する。
ちなみにここは自分が奢るからと、三島さんが全員のジュース代を出してくださった。
「そういえば芸放に通っているのって蓮也だけなんですか?」
メンバー全員が芸放ならば、蓮也が一人で帰る事はないだろう。
「あー、それね」
そう言いながら答えてくれたのは佐伯さん。
どうやら蓮也も私と同様の特待生枠だったらしく、会社から推薦出来る枠の関係、作詞作曲を担当している蓮也にだけに、白羽の矢が突き刺さったのだと教えてくれた。
「じゃ、さっき合否を聞いたときに、沙耶…が言いにくそうにしてたのって」
「試験を受けていないから少し気まずくって」
「あぁー、俺と同じか…」
どうやら似た様な感情を持っていたようで、先ほど言いにくそうにしていた原因を理解してしまう。
「沙耶ちゃん、それに蓮也君もだけど、気まずいなんて思わなくてもいいのよ」
「そうだぞ。子供には分からない大人の事情がだな、イテッ」
佐伯さんの言葉に続くように、三島さんが話し出すも、その直後に佐伯さんの拳が三島さんの頭に直撃する。
「バカなこと言ってるんじゃないわよ。いい? 沙耶ちゃんはプロのなの。そのプロが素人…いえ、この場合はあえてアマチュアと呼ぶけど、その中で同じ試験を受けてみなさい。未来ある子の夢を潰すことに成りかねないでしょ」
佐伯さんが言うには主席入学する子が、私の登場で繰り下がってしまえば、その子は永遠に主席で入学したという事実を手に入れられず、来るはずであった華々しい高校デビューが、悔しい結果として残ってしまう。
そう言われると確かにその通りかもしれない。
私や蓮也は既にデビューが決まっているが、芸放に通う生徒は本気でプロを目指している人の方が多く、入学の成績は今後に繋がる大事な評価。
それを私達が潰してしまうのは、やはり違うんじゃないかと思えてしまう。
「流石先輩ですね。説得力があります」
「バカ、このぐらい自分の頭で考えなさい」
佐伯さんが後輩の指導をしているのが何とも新鮮だけど、よくよく考えれば、私を口説き落とした熱意は今でもよく覚えているので、ホントに凄い人なんだなぁと、今更ながらに思えてしまう。
最近はからかわれてばかりだけど…。
「まぁ、さっき蓮也君達にも言ったけど、沙耶ちゃんの方が経験も豊富だから、何か困った事があれば頼りなさい。この三島より余程頼りになるわよ」
「先輩それひどい」
あはは、皆で笑い合いながら、そろそろ仕事に戻らないとと言う事で、それぞれ帰宅するように動き出した時、三島さんが思い出したかの様に私に話しかける。
「そういえば先輩の言葉で思い出したけど、沙耶ちゃんって動画配信をやってたよね? よかったら彼らにもやり方を教えてくれない?」
「動画配信をですか? 別に構いませんが、なんでまた?」
聞けばデビューに向けての宣伝の一環らしく、いまどき動画配信もしやっていないようじゃ言う事で、蓮也達にも進めていたらしいのだが、残念な事に全員その手の知識が無いらしく、どうしようかと話していたんだという。
そういえば蓮也ってデジタルミュージック科じゃなく、楽器から曲を作り出す音楽科だったわね。するとパソコンなどの近代機器には疎いのかもしれない。
「沙耶ちゃんが教えてくれるの!?」
「おい、これ以上沙耶に迷惑を掛けるな」
「だけど蓮也、動画配信とかどうすんだよ」
「うっ」
蓮也が私を気遣ってくれるが、知識が無いと言うのはやはり厳しいのだろう。
ここは私の…というか、沙雪の出番だろう。
「家の方に来て貰えれば簡単なレクチャーは出来ると思いますよ。主に妹が」
「妹? 沙耶ちゃん妹がいるの?」
私に妹がいるのがそんなに珍しかったのか、妙に食い入る晃さん。
思いの他迫られてしまったので、思わず後ずさってしまう。
「そうね、ユキちゃんなら適任かもね」
「いいんですか先輩。女の子達の家に男達が押し寄せても」
「大丈夫よ、問題が起これば切られるのは売れてない方だから」
佐伯さん、それフォローになってないです。
案の定、その言葉を聞いた晃さん達は、急に背を伸ばして硬直してしまっている。
まぁ、現状売れてる売れてないで言えば、私の方に軍配が上がってしまうので、デビューを控えている彼らにとっては望まぬ結果であろう。
佐伯さんの了承も得ることが出来たので、そのあと日程の調整の為に連絡先を交換して、その日はお開きとなる。
別れ際、佐伯さんが耳元で、連絡先が聞けて良かったわねと囁かれ、一人顔を真っ赤にしていたのは、是非とも見逃して欲しい。




