第23話 『紗々』
本日から二章となります。
今回の話は序章の外伝扱いなのですが、話数を上手く考えられず、そのままにしております。
また舞台が高校へと変わってしまった為、所々の冒頭で、キャラの紹介を入れさせて頂く事をご了承ください。
尚、1章に登場したキャラは、活動報告の方に乗せておりますので、気になった方は覗いてください。
「沙耶ちゃん、『SASHYA』の名前の由来ってお菓子の紗々だったの?」
佐伯さんの運転に揺られながら、『SASHYA』が生まれた経緯を説明していたのだが、話を聞き終えた佐伯さんが、初耳だと言わんばかりに尋ねてくる。
「そうですよ。名付けたのはユキですけど」
目的地でもあるスポンサー様会社へと向かう途中、佐伯さんが時間があるからと言い、『SASHYA』の生まれた経緯をせがまれた。
『SASHYA』の3枚目となるシングルは、現在向かっているスポンサー様のCM主題歌で、今回はあちら側から是非にと依頼が舞い込んで来たのだという。
「私はてっきり沙耶ちゃんの名前からだと思っていたわ」
そういえば佐伯さん、以前そんな事を呟いていたんだっけ?
あの当時はまだ出会ったばかりだったし、わざわざ訂正する必要もないと思っていたので、会えてそのままにしていたのだが、佐伯さんにとってはどうやら寝耳に水だったそうだ。
「でも丁度よかったわ」
「よかった? それはどう言う…」
「着けば分かるわ、ほら見えてきたでしょ」
何が丁度いいのかは分からないが、目に見えてきたの大きな工場。その看板を見た瞬間、佐伯さんが言わんとした意味が少し理解出来た。
「あの佐伯さん…これってまさか…」
事前にスポンサー様に会いに行くとは聞いていたが、その企業名までは聞いていなかった。そして今目の前に見える工場と、佐伯さんが先ほどいった『丁度いい』という言葉から考えると。
「初めまして、ラッテの広報担当の大西といいます」
そう言いながら挨拶をされてきたのは、20代後半と思える女性スタッフ。その手には今回の資料と思われる分厚いバインダーを持参されている。
「初めまして、Kne musicの佐伯です」
「えっと、初めまして雨宮 沙耶です」
余裕の態度を見せながら名刺の交換をする佐伯さんに対し、初心者まるだしの挨拶をしてしまう悲しい私。
以前デビュー前にお得意様への挨拶回りはしたのだが、今回は正式にお仕事を頂くいわゆる営業活動。その責任の重要性からしても、背負っている重さは格段に違う。
「ふふ、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」
大西さんと名乗られた女性は軽く微笑むと同時に、私達に席を勧めめながら、早速と言わんばかりに机の上に資料を並べられる。
「今回のお仕事をお受けして頂き、ありがとうございます。それにしてもまさかあの『SASHYA』さんが、学生の方だなんて思ってもいませんでした。その節は大変失礼しました」
ご丁寧な挨拶とともに、今日の予定の事を謝罪されてこられる。
実は当初の予定では午前中の打ち合わせだったのだが、私の入学式とバッティングしてしまい、何とか無理を言って午後へとずらしてもらった。
私のVtuberを見ていれば、大体の年齢は想像出来たのかもしれないが、デビュー後から知った人からすれば、中の人の年齢など各々の想像だけで止まってしまう。
恐らく大西さんも後者ではないだろうか。
「ウチの若手ホープなんです。今後ともご贔屓にしていただけると」
「それは勿論。今回も社内アンケートで、『SASHYA』をイメージキャラにという声が多くて、お願いすることになったんですよ」
二人の営業トークに、大人って凄いと思いながら状況を外側から見守る。
ぶっちゃけ社会経験ゼロの私に、どうこうできる自身は一切無い。
「それで今回お願いするのはこちらの商品なんです」
そう言いながらテーブルに出された数枚のイメージイラスト。そこには私の大好きなあのチョコのパッケージに、私…というかSASHYAのイラストが可愛く描かれている。
あぁ、やはりそういうことか。
佐伯さんの言葉と、ラッテの看板を見たときからもしかして、という思いが沸いていたのだ。
それがどうやら正解だったようで…。
「当社の『紗々』とSASHYAさんの名前が似ているという事もあり、今回の企画が決まったんです」
似ていて当然でしょ。だってSASHYAの名前の由来は紗々なんだから。
チラリと佐伯さんの方を見てみると、なにやらニコニコの笑顔が隠せない様子。どうせバラされるだろうなぁと思いながらも状況を見守る。
「どうでしょうか? 沙耶さん…、SASHYAさんのイメージは崩さないようにデザインしてみたのですが」
話を振られたので、どう答えようかと思案していると、佐伯さんがこちらの方を見つめてくる。
つまり私が好きに答えていいと言う事だろう。
「えっと、凄く可愛いと思います! 寧ろ部屋に飾っておきたいくらいです!!」
私は興奮する気持ちを抑えながら、丁寧に言葉を偉いながら返答する。
隠れ紗々ファンとしては、是非ともGETしたパッケージ。流石に中身はおいしく頂くが、パッケージを部屋に飾るぐらいは許されるだろう。
「よかった。SASHYAさんのイラストはお一人の方が描かれていると聞いていたので、勝手に描いてしまって、お叱りを受けたらどうしようかと思っていたんです」
あぁ、うん。沙雪はそういうの大好きだから、別に自分以外がSASHYAを描いたところで、怒ることはまずない。むしろあの子のパソコンには、他人が書いたSASHYAのイラストが保存されているので、寧ろ逆に喜ぶんじゃないかとすら思っている。
「ではこのパッケージ案で進めさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、沙耶ちゃんが問題なければ、当社としても異論を唱えるつもりはありません。後はイメージソングの方ですが」
そうだった。紗々のパッケージに少々浮かれていたが、今日私がここに来た最大の用件は、3枚目となるシングルの話。
今回はスポンサー様のイメージに合わせる事になっており、その打ち合わせの為にやって来たのだ。
「そうですね、SASHYAさんの曲は2曲とも聴きましたが、どちらも凄くいいですね。ですので、今回も曲のイメージはそのままで、歌詞に甘いお菓子の事なんかを入れて頂ける助かるのですが」
紗々のイメージか。
軽く目を瞑ると紗々は長年共にしてきた言わばパートナー。どれだけ部屋に籠もろうとも、いつもあの子がそばにいてくれた、最愛の彼女だ。
すると今回は男性目線で、チョコを彼女に見立てて書く? いや違うな。紗々が女の子という擬人化も面白いが、ここは思い人を想像しながらのお菓子作り。バレンタインとは随分季節がズレてしまうが、お菓子作りに季節の関係は一切無い!(言い切った)
それじゃ今回のコンセプトは「甘い恋心を抱きながらのお菓子作り」といったところか。
「甘い恋心とお菓子作りですか。いいですね」
「恋の甘さをお菓子作りに見立てるのね。よくある話だけれど、沙耶ちゃんが書く歌詞は心に染みるからね」
またどうせ蓮也さんの事でも想像してるんでしょ、とでも思っているんだろうなぁ。
今回のイメージソングは私の大好きなお菓子とあって、決して手を抜くことは許されない。
私は心の中でだけ、ガッツポーズを取りながら気合いを入れ直す。
そのあと今後の予定をすり合わせを行い、私は曲作りの方へと進んで行く。
「それではパッケージの見本が刷り終わりましたら、サンプル品をお送りしますね」
「えっ、貰えるんですか!?」
別れ際、大西さんの一言に思わず興奮を隠しきれずに反応してしまう。
「沙耶ちゃん、一応言っておくけど会社の方にね」
「うぐっ、そうですよね」
思わず反応してしまったが、企業同士の契約なので、直接私に送られてくるはずはない。
おねだりすれば1枚ぐらいは貰えるかもしれないが、流石に取引先の前では言いにくい。
「ふふ、そんなに気に入って頂けたのならいくつか余分にご用意しますよ」
「本当ですか!?」
大西さんの優しい心遣いに再び興奮があふれ出す。
「すみません、沙耶ちゃんは紗々の大ファンなんです。名前も紗々から取るぐらいに」
「さ、佐伯さん!」
「いいじゃない、別に隠す必要もないでしょ?」
最後の最後で秘密を暴露され、若干頬が火照ってしまう。
そんな私の様子が気に入ったのか、大西さんが…。
「そうだったんですね。実はそうじゃないかって話が部署内でも出ていたんです。でもお名前を聞いた時には、やはり違うんじゃないかと思ってしまって…」
まぁ、佐伯さんもさっきまで同じだったので、今更感はあるが、流石に沙耶がSASHYAでは安直すぎないかと、疑問を抱いてしまう。
「その…、勝手に名前を使ってしまってすみません」
流石に著作権云々の事までは言われないと思うが、勝手に使ってしまったことは事実に違いない。ここは素直に謝っておく方が賢明だろう。
「そんなに謝って頂かなくても大丈夫ですよ。寧ろSASHYAさんお気に入りのお菓子としても箔がつきますから」
大西さんは笑いながらそう答えてくれると、SASHYAパッケージが出来上がったら中身入りで送りますねと、約束して下さりその日はお開きとなった。
後日、ダースで送られて来た紗々に、ダンスを踊りながら歓喜したのは言うまでもあるまい。




