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第22.5話 『外伝 聖羅編2』

 中学から高校へと進学するための春休み、私達『Snow rain』のメンバーは、マネージャーでもある『五十嵐 葵(いがらし あおい)』さんに呼び出され、Dean musicの事務所の方へとやって来た。


「急に呼び出してごめんなさいね」

 五十嵐 さんは私達をスカウトした『Snow rain』のマネージャー。厳しいながらも学生の身分である私達に、優しく接してくれている。


「今日集まって貰ったのは貴方たちのセカンドシングルについてなの」

「!?」

 それは以前からずっと言われ続けてきた言葉。

 結局半年以上も新曲を出せずに至っているが、流石にそろそろ限界が近づいているとは感じていた。

 私達だって別に遊んでいた訳ではなく、何度か自分たちで曲を作ろうと努力はしてきたが、最初の曲『friend's』の壁が、余りにも高くそびえ立っており、いまだ一曲も出来ていないのが実情だ。


「すみません、その…」

「大丈夫よ、別に責めるために集まって貰ったんじゃないの。勿論貴方達で、『friend's』を超える曲が出来るにこした事にはないけど、学業優先では仕方ないわ。受験で急がしかったでしょうしね」

 五十嵐さんはそう前置きをしながら、一枚のCDを取り出し机の上へと置く。


「芸放って知ってるかしら?」

「芸放ですが? 勿論知っていますが」

 先月の卒業式で見送った一人の友人を思い出す。

 一樹の方を見れば視線を泳がしているが、それは元カノの事を思い出しているのではなく、自身の学力を見誤り、無謀にも試験に望んで砕け散った、過去の痛みを思い出しているのだろう。


「その芸放のデジタルミュージック科にね、今年すごく優秀な女の子が入ったのよ。これはその女の子が入試用に提出した曲で、試験官全員が最高評価を出してね、このまま入試用として眠らせておくのは勿体ないと思って、うちの会社がその子と楽曲の契約をしたってわけ」

 五十嵐さんはケースからCDを取り出すと、近くにあるデッキにセット。そのまま再生ボタンを押す。


 部屋の中に流れてくるメロディー。五十嵐さんが言うだけはあって、確かに心に響いてくる何かがある。だけどこれは沙耶の曲じゃない?

 どうやらそれを考えたのは私だけではなかったようで、皐月も視線だけで私に訴えてくる。

 つまりこの曲を作ったという女の子は、沙耶が作った曲を超えていると、学校側は判断したと言う事だろう。 


「どう? いい曲でしょ?」

 少し複雑な気分だが、私達もプロとしてこの世界に身を投じている。沙耶がデビューしたのなら、いずれはこう言う日もやって来てくるのではと、覚悟はしていた。

 ただ私達が考えていたより思いの他早くやって来たわけだが、ここで引き下がるようでは沙耶に顔向けができない。


「この曲を俺たちが歌ってもいいのか?」

「えぇ、そのつもりで提案しているのだけど、どうかしら?」

 一樹は夏目と九条の反応を伺い。

「ありがとうございます。これでもう一度TOPを取りにいきます!」

 はぁ、まぁそうなるわね。


「それじゃこの曲がセカンドシングルと言うことで進めるわね」

 全員一致で「はい」と賛同するが、ひとつどうしても気になる点が。

「五十嵐さん、どうして私達なんですか? 他にもこの曲を欲しがるバンドはいっぱいいるんじゃ?」

 Dean musicには、比較的若いバンドやミュージシャンが多く所属しているが、これほどの曲ならば、私達じゃなくてもいいのではないだろうか。


「その事ね、貴方達は知っしているかしら? 先月Kne musicから大型新人がデビューしたのを」

 たぶんそれは沙耶…いや、『SASHYA』の事だろう。

 未だメディア出演は一切ないが、その人気度は現在のTOPと言っても過言ではない。


「『SASHYA』の事ですよね? もちろん知っていますが」

「実は彼女、うちからも何度か勧誘していたんだけど、結局は取られちゃってね。最初はうちに来なかった事を後悔させてやるって、いきがっていたのだけれど、正直あそこまで脅威になるとは思わなかったのよ」


 『SASHYA』は元々Vtuberで注目を浴びていた事もあり、彼方の会社もデビューから宣伝に力を入れていた。

 その結果、新人ながらも初登場で週間ランキングで1位を取り、その後3週連続で1位をキープし続け、今月には早くも2枚目のCDを発売することが決定している。


 本人曰く、2枚目のCDはVtuber時代の曲らしく、デビューシングルより早く、発売が決定していたのだと言っていたが、まさか今月から始まるドラマの主題歌に選ばれた、とまでは聞いてはなかった。


「つまり私達は『SASHYA』に対抗するため、と言う事ですか?」

「その認識で間違っていないわ。会社も貴方達に期待しているし、何よりあの佐伯 香に負けたのが腹立だしい」

「えっ?」

「いえ、なんでもないわ」

 なんだか最後の方がよく聞き取れなかったが、流していたCDを片付け、私達に差し出してくる五十嵐さんに夏目が尋ねる。


「それで歌詞は?」

 そう、いま聞いた曲には歌詞がなかった。元々がデジタルミュージック科への入試用だったので、歌詞までは必要なかったのだろう。

 そして私達は知っている、一樹の書く歌詞がとんでもないレベルだと言うことを。


「一樹君に書いてもらうつもりだったのだけれど、今は入学準備で忙しいかしら?」

 五十嵐さんは、『friend's』の歌詞を書いたのは一樹だと信じているため、疑うことなく頼んでくる。だけどそれは絶対に阻止しなければいけない事を知っているメンバーは。


「五十嵐さん、その歌詞の話なんですが」

「勿論書かせて…」

「歌詞の話はその方に…」

「出来ればその曲を作った方に」

 同時に夏目、綾乃、九条、そして一樹の声が見事に重なる。


「どうしたの急に?」

「いえ、みんな曲が良かったから興奮しているんです」

 気持ちは皆同じ。せっかくの曲が、一樹の歌詞で台無しになるのは、余りにも悲しすぎる。

 私は今しかないと思い、皆の気持ちを代表して提案する。

「五十嵐さん、歌詞の件ですが作曲をした方に頼めないでしょうか?」

「えっ、どうして? 一樹君に書いて貰う方がいいんじゃ」

 五十嵐さんにとっては意外な提案だったのだろう。だけどここで引けば一番後悔するのは恐らく本人。


「おい聖羅、俺が…むぐっ」

 一樹の口を塞いだ夏目に、心の中で「ぐっじょぶ!」と褒め称え、そのまま考えていた言葉を続ける。

「以前一樹が言っていたんですが、曲を作るにあたりコンセプトを設けるらしいんです。ですが私達はこの曲がどのようなコンセプトで作られたのは知りませんし、作曲者以上にこの曲の知ることは出来ませんので、一度お願いできればと思いまして」


 以前沙耶に聞いた事をそのまま使わせて貰ったが、この際なりふり構ってはいられない。私達が協力しあって歌詞を書くのも考えたが、やはり完成度から再び一樹へと振られると目にも当てられない。

 沙耶にはまた平謝りすることになるが、一樹の書く歌詞の酷さは一番よく知っているはずなので、笑って許してはくれるだろう。


「そう言う事なら一度聞いてみるわ」

「ありがとうございます。私達はこの曲を元にアレンジなどを付け加えますので」

「えぇ、お願いね」

 そう言って部屋から出て行く五十嵐さんを見送る。

 一樹が最後までふて腐れていたが、そんな事は知ったこっちゃ無い。




「ふぅ、疲れたわ」

 打ち合わせも終わり、休憩がてらに綾乃と皐月と一緒にジュースを飲みながら談笑する。


「私思ったんだけど、沙耶の曲がTOPじゃないって、世間は広いわよね」

「私も思った。沙耶の曲が負けていると思えないが、確かにあの曲の完成度は凄いと感じた」

 やはり皐月も同じ事を考えていたのだろう。私だって沙耶の曲が負けているなんて思ってはいないが、芸放の教員が沙耶より勝っていると判断したのならそうなのだろう。


「綾乃、皐月、分かっていると思うけど、手を抜くことは沙耶が一番嫌うことよ」

「わかってるって。これでも一応業界の先輩になるんだしね」

「私もさーやんをがっかりさせたくない。本音を言えば私達が作った曲で勝負をしてみたかったけど、今の私達じゃ勝敗は明らかだしね」

 綾乃も皐月もよく分かっている。私達は親友でもあると同時にライバルでもある。簡単には勝たせてはくれないだろうが、私達の成長した姿をみせるのにも丁度いい。


 私はもうすぐ来るであろう、『SASHYA』との初の対面に心を躍らせるのであった。

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