第22話 『卒業』
「はぁ…、大体の経緯はわかったわ。まさか沙耶があの『SASHYA』だったなんてね」
話を聞き終えた聖羅が、ため息をつきながらあきれ顔を向けてくる。
ファミレスでは話しにくいと言うことで、場所をカラオケBOXに変え、これまでの経緯を伝えた。
皐月以外は私を『SASHYA』だとは思っておらず、綾乃なんてさっきから興奮しまくりで、サインまでねだってくる始末。いや、私まだ発表しただけでデビューすらしてないんだけど。
「皐月、一応ききたいんだけど、どうして私だって思ったの?」
私は動画配信の時、『SASHYA』というキャラクターを演じている。沙雪に言わせれば、普通に素がでているよとの事だが、実際クラスの皆からも、名前が似ているというだけで本人だとは思われていない。
「歌だよ。『SASHYA』が作る曲と歌詞が『friend's』に似ているんだ。こう何て言うか、雰囲気が」
うーん、そんな事があるのかと思うが、現に皐月はそれで私だと特定した訳だし、言われて見ると確かに同じ方法で曲をつくっている。
『friend's』皐月たちにとっては言わば代表曲。今まで私以上に演奏しているだろうし、想いの方も人一倍すごいのだろう。
ちなみに聖羅は、『SASHYA』の事は知っていたが、動画配信は見ておらず、綾乃は『SASHYA』の大ファンだったのにも関わらず、全く気づいてはいなかったそうだ。
「でもそうなると、一樹達の反応が少し怖いわね」
昨日のライブ配信で、私はメジャーデビューすることを発表している。
恐らく聖羅は私がテレビなどに出演し、その姿を一樹達に晒してしまうこと危惧しているのだろう。
「それは多分大丈夫だと思うわ」
「どういうこと? CD出すんでしょ?」
既にデビューを果たしている聖羅は、CDのジャケット撮影などを経験しているので、その辺りのことを言っているのだろうが、生憎とCDジャケットは『SASHYA』のイラストだし、顔出しは今まで通りやらない方向ですすんでいる。
「聖羅は『SASHYA』の動画を見たことある?」
「いえ、クラスの子達が話しているのを聞いただけよ」
私が答える前に皐月が聖羅に説明し始める。
「『SASHYA』はVtuber、つまりアニメのようなキャラクターなんだよ。だから多分これからも顔を出さずにやっていくんだと思う」
そう言いならが私に視線を振ってくるので、正解だという意味を込めてうなずいておく。
どうやら聖羅はVtuberの事を良く理解しておらず、私の動画配信も音声のみだと思っていたらしい。
最近じゃ顔を出さずにデビューしている人も多いので、私のようなタイプは別段変わり種というわけではない。
「そういうこと。なら一樹が気づくはずはないわね、学校も離れちゃうわけだし」
「そういえば一樹って何処の学校に行くの?」
一樹の学力は綾乃より低かった筈なので、どこに行くのか少し気にはなていた。流石に全て落ちたということはないと思うが、通学途中でバッタリなんて事になると嫌なので、警戒の意味も含めて確認しておく。
「一樹は多摩川東よ」
「多摩川東って、東京の端っこの方よね?」
多摩川東と言うのはかろうじて東京都に位置しているが、実質神奈川に近いとされる高校。学科は確か普通科と商業科がある、私立の学校だったと記憶している。
すると私が行く芸放とは全くの真逆となるので、これで益々接点が少なくなる事が決定した。
「一樹ったらはじめ、芸放の音楽科を受けるっていってたのよ」
聖羅はこれは追加情報よと言わんばかりに、とんでもないことを教えてくれる。
「へ? 音楽科?」
芸放には私が行くデジタルミュージック科の他に、歌手や音楽家をめざす音楽科が存在する。
私は完全にデジタル派になるのだが、音楽科はどちらかと言うとアナログ派。勿論ボイストレーニングのような授業もあれば、各種楽器の教育に作曲の授業まで、幅広いカリキュラムが用意されていると聞いている。
そこにあの一樹が?
「でも一樹の学力じゃ推薦を貰っても厳しいでしょ?」
私のように所属会社から特待生制度を利用できればいいが、一樹の所属会社が同じように利用出来るとは限らないし、推薦枠を貰えたとしても学科試験で落とされてしまう。
それに音楽科の試験には作品提出ではなく、直接楽器の演奏や歌唱で判断されるため、実質一樹の実力次第となってくる。
「えぇ、結果は言わなくても分かると思うけど、ものの見事に落ちていたわ」
さっき多摩川東に行くって言ってたんだから、当然落ちた事になるが、いったい何を思って芸放を受けたのか。
「どうせメジャーデビューしてるんだから、自分が落ちるわけないとか思ってたんでしょ」
それが本当だったとしたらなんて安直な。
芸放はその専門性の授業から、東京都内だけではなく日本全国から集まる人気の学校。ただメジャーデビューしたからといって、受かるほど簡単な学校でない。
「まぁ、一樹の事は考えたってしかたないわ」
「それもそうね」
この話はこれで一旦終了、皆の進路が聞けたのは幸いだった。
「それで前に言ってた『Snow rain』の新曲の話だけど、あれから進捗はあったの?」
クリスマスの時にはまだ新曲の目処もついていなかった筈なので、あれから1ヶ月半ほど経つが、その後の進展は少し気にはなっていた。
聖羅達は一度お互いの顔を合わしたあとに、今日私と会った本当の理由を教えてくれる。
「その事なんだけど、実は今日、沙耶に曲の作り方を教えてもらえないか、お願いするつもりだったの」
どうやら一向に進まない曲作りに、聖羅達は自ら曲作りの知識を得ようと、私に頼むつもりだったという。
その位ならお安いご用よ、と言いたいところなのだが、生憎と私はデビューに向けて忙しい日々を送っており、今日みたいなたまの休みなら手伝えるが、本格的な指導となると、難しいと言わざるを得ないというのが本音。
「大丈夫よ、沙耶の言いたいことは分かってるわ。私達だって一度メジャーデビューを経験しているのだから、今がどれだけ忙しいかは分かっているつもりよ」
「ごめん聖羅」
私がメジャーデビューすると知ったのはつい先ほど、聖羅にとってはまさかの事態だったに違いない。
だけどせっかく聖羅達がやる気を出しているのに、私が力になれないというのは心苦しいので、簡単なレクチャーと、私がいつも曲作りで心掛けている方法を教えておく。
「つまり日頃から浮かんだフレーズを録音しておくって事?」
「そう、近くに楽器がなかったら鼻歌でもいいの。後は私の場合なんだけど、デジタルで曲を作ってる際、書き直したりするでしょ? すると書き直す前のメロディーは消すことになるんだけど、私はそれも残しておいて、別の曲を手がける際に聞き直したりしているわ」
要はメロディーのストックを貯めておくのが、曲作りの第一歩だと私は思っている。
「他には?」
「あとはコンセプトね。当然の事だけど、これが一番大事。作っている途中でコンセプトがズレる事もあるけど、極力崩さない方がいいわね」
『friend's』のコンセプトが友情であるように、イメージが強い方がよりよいフレーズが浮かんでくる。
「じゃ歌詞の方もいいフレーズが浮かんだら、書き留めておいた方がいいわね」
「そうね。私の場合、歌詞は物語を描く感じで書いているから、小説や漫画、自分の経験を元に書いている感じかな」
私のやり方が正解ではないので、聖羅には聖羅の一番会うやり方で作る方がいいだろう。
「大体こんな感じかな」
「参考になったわ」
「何か迷ったらいつでも相談して。時間が出来たら音楽ソフトの扱い方なら教えられるし」
聖羅の場合はキーボードが扱えるので、直接弾いたメロディーを音楽ソフトに取り込むことも出来る。後は本人次第の努力にはなるが、慣れてくれば徐々に楽しくなってくるはずだ。
「分かったわ、私達も沙耶に負けないように頑張ってみるわ」
最後にお互い頑張ろうと励まし合い、その日はお開きとなる。
そして数日が過ぎ、今日はいよいよ卒業式。
「沙耶、音楽がんばってね」
「美雪も進学がんばって」
式も終わり、校門前で親しかったクラスメイト達と別れを惜しむ。
私はこの後参列してくださった大輝さんと佳奈さん、そして沙雪の4人で、卒業祝いの食事をする予定となっている。
「沙耶! よかった。もう帰っちゃったんじゃないかと」
「聖羅、綾乃」
やってきたのは私の大親友とも言える聖羅と綾乃。
元は一樹をめぐって恋敵だったというのに、今じゃ掛け替えのない親友へと繰り上がり、綾乃とは一度修復不可能なほど気まずい関係となっていたが、今じゃ徐々にではあるが以前のような関係に戻りつつある。
「綾乃、ほら。沙耶に言いたいことがあるんでしょ」
綾乃の様子が少しおかしいと思っていたが、どうやら私に伝えたいことがあるのだろう。聖羅が背中を押すように綾乃を促す。
「沙耶ちゃん、その…」
綾乃が言いたいことは大体の予想はつくが、私は急かすことなく黙って綾乃の言葉を待つ。
「いっくん…ううん、沙耶ちゃんを傷つけたこと、本当にごめんなさい。何を言っても言い訳になるんだけど、沙耶ちゃんの事を騙そうとか、利用しようとか思った事は一度もないの」
綾乃は一言一言丁寧に言葉を選びながら、話してくれる。
「いっくんに沙耶ちゃんと付き合うように進めたのは本当。だけどそれは沙耶ちゃんの作る曲が目当てじゃなくて、沙耶ちゃんといっくんが付き合えばお似合いだなと思っただけで、やましい気持ちは全くなかった…とは言い切れないんだけど…、いっくんは違ってて…」
綾乃が言っているのは本当の事なんだろう。
ここで全くやましい気持ちは無かった、なんて言われても疑いが消えるわけではないが、綾乃は迷いながらも本当の事を話してくれる。
誰しも打算の心は抱くだろうし、それがダメだと突っぱねる気も更々無い。
当時の私なら信じなかったかもしれないが、綾乃が苦しみ壊れかけている姿を見ているため、素直に謝罪を受け入れられる。
「綾乃、話してくれてありがとう」
「…さーやん」
目に涙を貯めている綾乃をそっと抱き寄せる。
お互い通う学校は違うけれど、私達の関係が崩れる訳ではない。これからは同じ業界で競い合いながら、高め合っていけばいいのだから。
「綾乃、聖羅卒業おめでとう」
「沙耶も卒業おめでとう」
「さーやん、これからも頑張ってね」
この日私達は、3年間通い続けた中学校を卒業した。
残り外伝1話を挟み、1章終了となります。
2章の1話目は冒頭(序章)の続きです。




