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第20話 『デビュー曲』

 新年が明け、正式にメジャーデビューが決まった私は、兎に角忙しかった。

 佐伯さんから「沙耶ちゃんの曲と歌詞はいいんだけど、歌い方がまだ少し素人感があるのよね」との事で、学校が終わると直接スタジオへと向かい、人生初のボイストレーニングを受け、その合間にデビュー曲の書下ろし作業から、関係各所への挨拶。更にはセカンドシングルの手直しと、編集を同時にするという、私まだ学生だよ? と本気でいいたいほど兎に角忙しい。


「それじゃ沙耶ちゃん、セカンドシングルの方もお願いするわね」

 お願いするわね、じゃないってーーー!!

 佐伯さん約束が違うよと、本気で叫びたい。


「でもホントにこれでいいんです?」

 セカンドシングルに選ばれたのは、私が初めて『SASHYA』としてVtuberで流した曲。『|Jewel the Heart《ジュエル ザ ハート》 ー 心の宝石 ー』。

 どうやら4月から始まるドラマのイメージにピッタリだそうで、ドラマのプロデューサーから、ぜひ使わせて欲しいとオファーがあったのだという。

 私のデビューはまだ公式には発表されていないが、1枚目の曲は既に3月14日に決まっており、その約一カ月後に2枚目の曲の発売が決まっている。


「何言ってるのよ沙耶ちゃん、この『Jewel the Heart』は、いろんなところから問い合わせがあるのよ。このまま埋もらせるなんて事は出来ないわ」

 確かに『Jewel the Heart』は、私が配信している動画の中ではダントツの再生回数を誇っており、現在ではVtuber『SASHYA』の代表曲として、そこそこ有名だったりもする。

 私としては既に作り終えた曲なので、ホントにこれでいいのかと不安になるが、Vtubeとして既に流していた曲は、夏休み前に発売予定のアルバムに収録されると予定なので、結局は『Jewel the Heart』を含む全ての曲が、CD化されることとなる。


「取り合えず当面の予定はこんな感じね」

 そう言いながらプリントアウトされた大まかな予定表を確認すると、セカンドシングルとアルバムの間に、しれっとサードシングル(新曲)という項目が追加されている。

 もしもし、学業優先って話はどこに行ったんですか?


「大丈夫よ、沙耶さちゃんになら出来るわ」

 昨年の夏から年末にかけて、Vtuberで発表したのは全部で5曲。どうも佐伯さんは私を過大評価しているようで、そのペースで書けるなら「行ける行ける」と発破をかけてくるのだ。

 結局私は、仕方ないなぁという感じで、現在学校とスタジオと家をぐるぐると回る毎日を過ごしている。




「ユキー、疲れたー」

「お姉ちゃんおかえりー」

 今日も打ち合わせとボイストレーニングを終え、ようやく自宅へ帰還。

 キッチンの方から美味しそうな匂いと共に、沙雪の声が聞こえてくる。

「お姉ちゃん、今日もボイトレ?」

「そう、最近は結構いい感じになって来たって褒められてるわ」

 ボイストレーニングが終わらない事には、レコーディングが始められない。そもそもデビュー曲もまだ完成しておらず、私は連日お父さんの仕事部屋に入り浸りの状態。

 ただ一つ助かっている点は、既に芸放への入学が決定しているので、クラスのみんなが頑張っている験勉強が、完全に免除されている事だろう。


「そういえば佐伯さんがユキの進捗状況はどうだって聞いてたわよ」

 私のファーストシングルは、限定版と通常版の2パターンが用意される予定で、その限定版には沙雪のイラストBOOKが付くことが決まっている。

 つまり、私のデビュー = 沙雪のイラストレーターデビューとなっている。(ちょっと言いすぎ?)


「私の方は順調だよ。元々書き溜めてるものもあるし、Vtuberで掲載してたイラストもあるから、指定された枚数はもう超えちゃってるの」

 うぐっ、という事は遅れているのは私だけという事になる。


「お姉ちゃん、デビュー曲の方はどこまで進んでるの?」

「曲は出来てるんだけど歌詞の方がねぇー」

 今回のイメージコンセプトは『現代風の眠り姫』

 お姫様の眠りを少女の弱さに置き換え、苦しみと絶望の中でも賢明に生きる少女と、偶然にも少女の弱い部分を見てしまった、心優しい王子様の出会いと恋を歌ったもの。

 曲調はPOPさの中に、やさしいメロディー含んだVtuber『SASHYA』としては、6番目の曲となっている。


「主人公の女の子は、どんな苦難にも挫けない心の強い女の子なんだけど、実は家族を守るために強がっているだけで、王子様はそんな女の子の弱い部分を偶然見つけちゃうの。そこから二人の淡い恋が始まっていくんだけど…」

 女の子はどうして王子様に恋におちたのか、王子様は女の子の弱い部分を見てしまって、どうして支えようと思ったのか。

 もう一つ何かが足りない気がして、上手くまとめきれていない。


「うーん、女の子の恋心かぁ」

 そういえばあれから蓮也さんとは会えていないなぁ。あのライブハウスに行けばまた会えたりするんだろうか?

 そんな関係のない事をぼんやり考えていると。

「つまりお姉ちゃんと蓮也さんを歌った曲って事?」

 ぶふっ。

「なんでそうなるのよ」

 食事中だというのに、思わず食べていたほうれん草のおひたしを吹き出しかける。


「だってその女の子、お姉ちゃんそのままじゃない。だったらその王子様って蓮也さんでしょ?」

 何言ってるのよと、ややあきれ顔の沙雪が、物語の本筋を教えてくれる。

 あれ? 私ってそういうキャラだっけ?

 うーん、自分では強い女の子のつもりなんだけど、弱いところなんて見せたことは…………あるわね。寧ろ泣きまくった挙げ句、聖羅に救われたことすらある。

 えっと、じゃこの物語に足りないのは友情? うーん、それは何か違う気がする。じゃ他に足りないものはライバル? 裏切り? バカ王子? 私はいまどう思っている?


 ……片思い…せつなさ、会えない日々……


「ごめんユキ、ご飯あとで食べるからラップしといて」

「ちょっとお姉ちゃん!?」


 その日私はお父さんの仕事部屋から出ることはなかった。

 そして翌日、私のデビュー曲が完成した。

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