第2話 『No Title』
「さーやん、クラスが分かれちゃったよぉ」
そう言いながら私に抱きついてくるのは、親友の『皇 綾乃』。新学期を迎えた中学3年の春、2年連続同じクラスだったという記録が止まり、悲しみに暮れる親友の頭を優しくなでる。
彼女とは中学に入ってからの付き合いだが、お互い音楽好きという共通点から、幼なじみの男の子を紹介してもらうほどの親しい関係。おかげで楽しい学生生活を過ごしている。
「こればかりは仕方がないね」
そう言いながら、張り出されているクラス分け表の名前をもう一度追うも、同じクラスに親しい名前は見つからない。
うーん、自分で言った言葉ではあるが、この先1年間の事を考えると、若干憂鬱になってしまう。
一樹ともクラスが分かれちゃってるし、噂じゃ高校受験を控え、親しい友人や交際関係の人間は、バラバラにされるという都市伝説は、本当だったのかと疑いたくもある。
「まぁ、今年は高校受験もあるんだから割り切るしかないわね」
いまだ抱きついたままの親友を引き離し、せめて互いの教室まではと言うことで一緒に向かう。その道すがらで、綾乃が周りの視線を気にしながら話しかけてくる
「もう、そんな事言ってるから聖羅が調子にのるんだよ」
「聖羅? 聖羅がどうしたの?」
「いっくんにもうアタックしてるんだって、さーやんも知ってるでしょ!」
聖羅とは綾乃達が組んでいるバンドのメンバーの一人で、本名『神代 聖羅』、私とはそれほど接点はないが、付き合っている一樹が、そのバンドのボーカルを務めている事もあり、全く知らないという間柄ではない。
そんな聖羅だが、どうやら一樹が気になるようで、私がバンドに顔を出した時でも、ワザと見せつけるように寄り添う姿を見せつけてくる。
紹介が遅くなったが一樹とは本名『京極 一樹』、バンド『Snow rain』のボーカルであり、現在私が付き合っている彼氏でもある。
元は綾乃の幼なじみで、何度か顔を合わせている内に付き合う事になっていた。これは後で聞いた話しだが、どうやら一樹が私を好きになり、綾乃に紹介しろとせがんだのだという。
ちなみに綾乃は妙なあだ名を付けることが多く、『いっくん』とは一樹の事で、『さーやん』とはこの私『雨宮 沙耶』のことである。
「聖羅かぁ、根は悪い子じゃないんだけどなぁ」
「またそんな甘い事を言う。そんな事を言ってると、そのうち聖羅にいっくんを取られちゃうよ」
綾乃は聖羅の事を毛嫌いしているようだが、私からすれば正面から堂々と挑んでくる彼女に、そこまで悪い感情は持っていない。寧ろ陰でこそこそ悪口を言ってる子の方が性に合わない。
綾乃が言うには「いっくんがいるからバンドに入ったんだよ」、とのことらしいが、ワザワザ敵の本拠地に乗り込み、一騎討を挑んでくる聖羅は、可愛いとさえ感じてしまう。
それだけ一樹の事が好きだという訳だし、一樹が心移りしたなら、それは私に魅力を感じられなくなったとう事なので、その時は潔く身を引く覚悟でいる。
まぁ、負ける予定は今のところ全くないが。
「この際だからさーやんもバンドに入ったら? 今なら一樹のオマケつきだよ!」
何がオマケなんだか分からないが、一樹達のバンドは既に定員オーバー、私の入るパートはどこにもない。そもそも人様に聞かせるほど楽器の扱いには長けていない。
「無理よ無理、綾乃みたいにベースは弾けないしギターも無理、コーラスで入れって言われても、人前でなんて歌えない」
「そこをなんとか! さーやんピアノ習ってたって言ってたじゃん」
「そらぁピアノのなら少し弾けるけど、キーボードは聖羅がいるでしょ」
「キーボードとピアノのコラボとか?」
「だれが運ぶのよ、ピアノを」
綾乃の提案に思わず何を言っているんだこの子はと、あきれ顔を返す。
確かにキーボードとピアノは別の楽器だが、バンドのメロディー的にもピアノ伴奏はミスマッチ。例えそれが可能だったとしても、一体誰が重たいピアノを持ち運ぶのか。
綾乃も自分言っておきながら、「うーん、ピアノは持ち運べないなぁ」とか呟いている。
「ありがと綾乃、心配してくれて」
こんな無茶な話をしてくるのは私を心配してのこと。
綾乃にお礼を言ったところで目的の教室にたどり着く。
「さーやん、私さーやんの作る曲は好きだよ。もしバンドに入るのが嫌だったら、私達に曲を作ってくれるとかどうかな?」
曲作りは私が唯一のめり込んでいる趣味。楽器の扱いは苦手だが、パソコンの音楽ソフトを使いながら、自分なりに楽しんでいる。
元々はテレビ番組の影響で始めた楽曲制作だったが、今では将来は音楽関係の仕事につければと、思えるほどにはのめり込んでいる。
そんな曲作りだが所詮は素人、あくまで趣味低度なので、家族を除けばこの趣味を知るのは綾乃だけである。
私はペシッっと軽く綾乃にチョップを食らわせ…
「曲作りのことは内緒だっていってるでしょ。それに今年は高校受験も控えてるし、提出用の作品も作らなきゃいけない。知ってるでしょ? 私の志望校」
「芸放だよね、知ってる知ってる」
正式名称は『東京芸術放送高等学校』、通称芸放は、いわゆる芸能関係の予備校ともいわれている私立の学校。先に断っておくが、別に芸能人を目指しているわけではなく、その高校にあるデジタルミュージック科が、私の第一目標となっている。
「じゃさ、提出用じゃなくて趣味でつ作った方でもいいからさ。いっくんも喜ぶと思うんだ」
またそんな適当な事を…。
綾乃が言う通り、今まで作った曲はいくつかある。以前私の趣味を知った綾乃が、どうしてもとしつこくせがむので、出来ている曲のいくつかを聞かせてあげた。恐らくその曲のことを言っているのだろうが、正直誰かをイメージしてつくった訳ではないので、綾乃達のバンドに合うとは限らない。そもそも私は人様に提供できるようなレベルではないだろう。
「ダメったらダメ。それに曲だったら一樹がいま作ってるはずじゃなかったっけ?」
確か今年の初め頃にそんな話をしていた記憶が蘇る。
「あー、あれね…」
綾乃の反応を見る限り、あまり良い進捗状況ではないのだろう。
「綾乃もプロを目指してるんだったら、自分でもそろそろ曲作りの勉強を始めなさい」
「えぇー、さーやんが作ってくれる曲じゃなきゃ、やる気がでなーい!」
もう、ホント我がままなんだから。
本音を言えば、受験の前に周りの反応を見れるのは悪くないとは思うが、根本的な部分で私が作る楽曲と、綾乃達が演奏する楽曲では大きく違う部分がある。
私が手がけるのは、あくまでデジタル上で用意された楽器の音を、メインのメロディーに肉付けしたもの。
ボーカル以外の全てがデジタル上で簡潔してしまうので、綾乃達のような、リアルのバンドで弾くことを想定していないのだ。
「一応言っておくけれど、私が作れるのはデジタルミュージックよ、綾乃達が個々に演奏できる曲なんて作った事がないわ」
「そんなの一緒だって、さーやんならいけるいける!」
なおも諦めきれない綾乃はここでもかという勢いで詰め寄ってくる。
だからデジタルとリアルは違うんだってば。
「じゃ聞くけど、楽譜もコードもない生の音源を渡されて、綾乃達は弾ける自身はある?」
「うっ…、さすがにコードが分からない曲はちょっと…」
これがプロのバンドなら、メロディーを聴いただけで勝手に弾いてくれそうな気もするが、生憎と綾乃達にそこまでの技術を求めるのは、難しいだろう。
ようやく現実を分かってくれたのか、綾乃は少し悲しい顔をしながら。
「大丈夫、さーやんになら出来るから!」
まだ諦めてはくれなかった…。
私はもはや疲れたように一言ため息をこぼしながら。
「その疑いようもない根拠は?」
「愛の力?」
「なんで疑問系なのよ」
綾乃からすれば私への気遣いだろうが、生憎と今はまだ楽曲を提供できるだけの自信はない。
いったいどれだけの間この場で立ち話をしていたのか、5分前の予鈴が鳴り響いたので、さすがにどちらともなく笑い合うと、「じゃまた後でね」と、私はたどり着いた教室へ入り、綾乃は自分のクラスへと向かっていった。