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第18話 『あやしいDM』

「ねぇ、ユキ。また佐伯(さえき)さんって人からDMが来てるんだけど」

 二人っきりのクリスマスパーティーから、好みのケーキの争奪戦を敗北で終えた私は、事前に告知していた通り、クリスマス配信の準備をするため、お父さんのパソコンの前へと座る。そこでいつも通り視聴者からDMダイレクトメッセージを確認していると、目に付いたのは最近よく来る悪戯メール。

 なんでも自分は大手レコード会社の関係者とかで、私と一度会いたいから連絡が欲しいという内容。

 私は沙雪と相談し、「うん、悪戯メールだね」という事で無視を決め込んで無視をしていたのだが、この佐伯さんだけ、やたらと熱心に勧誘してくるのだ。

 さすがにこう毎日毎日文章を変えながらDMを頂くと、なんだか一度くらい会ってもいいんじゃない? と思えてしまうから不思議なものだ。


「お姉ちゃん開いちゃダメていったでしょ」

 沙雪の言っていることは間違ってはいない。私だって怪しいとは思うのだけれど、DMの文章を見る限りでは、どうも悪戯メールのようには感じられない。

 なんて説明していいのか分からないが、とても熱意のようなものが感じられるのだ。

「でもね、文章を読む限りでは悪い人には思えないんだけど」

「もうお姉ちゃん! それが相手の罠なんだよ、会ってホテルとかに連れ込まれたらどうするのよ!」


 うーん、沙雪の言っている事は何もかもが正論。私よりしっかりしている妹は、何かにつけて頼りになる存在。

 私は別に有名になりたいとか、アイドルになりたいとかの願望はなく、このDMがスカウトだったとしても、正直どうでもいいというのが本音。

 ならばどうしてここまで抵抗するのかと言うと、佐伯さんの文章の中に、私が書いた歌詞について懇切丁寧に評価をくださっているという点。

 中にはここの表現はこちらの方がいいとか、アドバイスをくれるほど熱心なのだ。その表現は私も最後まで迷っていたフレーズだった為、妙に気になってしまった。


「ねぇ、一回だけ! 一回だけでいいから返信させて」

「もうお姉ちゃんは、どうなっても知らないからね!」

 別に会う訳でもないし、返信して怪しい感じだったらブラックリストに入れてもいい。沙雪をなんとか説得し、「じゃ一回だけだからね」という事で、返信を一度だけ送ることにする。

 すると翌日。


「ちょっとお姉ちゃん、このひと本物かも!」

 帰ってきたDMには複数の画像が付いており、その中の一つに私でも知っていいる有名ミュージシャン、『KANAMI(カナミ)』とのツーショット写真が添付されていた。

 しかかもその写真、昨日沙雪と見ていた音楽番組の合間に撮られたのか、着ている衣装から映りこむ背景まで、スタッフしか入れなそうな場所で撮られているとなれば、信じたくもなるだろう。


「どうする? 一度会いたいみたいな事かかれるんだけど」

 この佐伯さんという人、本物のレコード会社の人という可能性は非常に高くはなったが、実際に会うとなればやはり警戒してしまう。

 私は沙雪と色々思案し、一つの方法として私達が直接会社の方へ出向くという形を提示した。


 佐伯さんが勤めているというレコード会社、それは日本の大手でもある『Kne| music Entertainment《ケニー ミュージック エンタテインメント》』。先に紹介した『KANAMI』も所属しているレコード会社で、もし佐伯さんが本物だとすれば、直接会社の方へ出向いて、受け付けで『呼ばれて来たんです』とか言えば、騙されているかどうかは一目瞭然。

 本物ならそのまま会えばいいし、悪戯だったらスミマセンとかいって帰ればいいだろうと言うことで、メッセージを送り返してみた。

 そして今…。


「来ちゃったけど、どうしようユキ」

「どうしようって言われても、私だってわかんないよ」

 目の前にそびえ立つ大きなビル。そこには『Kne music Entertainment』と書かれている。

 結局一人じゃ怖かったので、妹も同席していいですかと伝え、無理矢理巻き込んだのだが、改めて一人で来なくて良かったと安堵してしまう。


 私と沙雪は恐る恐るビルの中へと入る。

「ねぇ、約束の時間までまだ15分もあるけど、もう少し待った方がいいのかなぁ」

「もうお姉ちゃん、それもう3回目」

「いやだって」

 待ち合わせ時間というのは早くても遅くても、相手にいろいろ気を遣わせてしまう。かといって、ピッタリの時間じゃ変に警戒されそうだし、早ければ早いで、相手がまだ食事中だったんじゃないかとか、妙に気になってしまう。

 その結果、時間をつぶして15分前にやってきたのだが、やはりもう5分ほど後のほうが良かったのではと考えてしまう。


 姉妹そろって怪しい動きをしていると、不振に思われたのか、近くにいた警備員の男性が近づいてくる。

「本日はどのようなご用件で?」

「えっ、えっと…、佐伯さんって方と面会の予定がありまして」

 予め聞いていた台詞を警備員さんに伝えると、「それじゃ彼方の受付で」と案内され、改めて受付の女性の方にもう一度同じセリフを伝える。


「では此方の用紙にお名前とご連絡先をご記入ください」

 代表して渡された用紙に名前を書き終えると、何やら電話でやり取りをしてくださった後に、近くにある待合スペースへと案内された。

 そして待つこと数分。


「お待たせしました、Kne musicの佐伯 香(さえき かおる)です。ようやくお会いすることができました」

 私達に佐伯 香と名乗られたこの女性、ようやくお会いすることができたと言うのは、恐らく私が最後の最後まで警戒心をみせていたことによる言葉だろう。


「えっと、雨宮 沙耶です。こちらは妹の」

「雨宮 沙雪です」

「沙耶さんに、沙雪さんね。あぁ、だから『SASHYA』なのね」

 なんだか妙に納得されてしまったようだが、今更チョコレートの『紗々』からなんです、とは言いにくい。

「一応確認なんですが、お姉さんの方が『SASHYA』さんで間違い無いかしら」

「あ、はい。動画配信をしているのが私で、イラストを描いてくれてるのが妹です」

 『SASHYA』の動画には、所々でイラストが挿絵のように貼り付けられている。それらは演出の一つとして全て沙雪が描いたもの。一応動画配信でもその辺りには触れていたので、一部では沙雪のファンも付いている程人気が高い。


「そうだったわね」

 佐伯さんはそう前置きをしてから。

「それで沙耶さん、単刀直入に言いますと、私達に『SASHYA』のプロデュースをさせて頂けませんか?」

「プロデュースですか? それってどういう?」

 プロデュースと言われても正直ピンッとこないと言うのが本音。直訳すれば作品を企画や制作をするという意味だが、この場合わたしの動画配信の企画・指導をしてもらえるって事なのだろうか?

 私が頭にハテナを浮かばせていると。


「早い話が『SASHYA』のメジャーデビューを手伝わせて欲しいって事ね」

 ぶふっ

 思わず口を付けていた紅茶を吹き出しそうになる。

「私がメジャーデビューですか!?」

「何も驚く事はないでしょ? あれだけネットで騒がれていて、今までどこのレコード会社から声が掛からないなんて、逆に珍しいわよ」

 それは…

 思わず沙雪と顔を合わせて、渋い顔を見せ合う。

 いやね、実はそれっぽいDMはいくつも来ていた。だけど私達は「またこんな悪戯を」と、その全てを無視してきたのだ。

 その全てが本物だとは言わないが、まさか本当にスカウトのお誘いが来ていたとは思わなかった。

 そんな私達の様子を見ていた佐伯さんは。


「ふふ、その様子じゃ心当たりがある見たいね」

 どうやら佐伯さんも、私達が警戒していると思われていたようで、いろんな手段を使いながら、何とかコンタクトを取ろうと試みていたんだそうだ。

「沙耶さんから初めて返信があったとき、ここだって思って『KANAMI』にお願いして、写真を撮らせてもらったのよ。どうやら随分と怪しまれていたようだし」

「そ、その…、すみません!」

 結果的にあの写真が決定打となったので、佐伯さんの目論見は見事的中したと言えるだろうが、まさかここまでして頂いてたなんで思ってもいなかった。


「いいのいいの、お陰で他の会社に取られずに済んだのだから、結果オーライよ」

 佐伯さんはこの程度の苦労なんてといいながら、ふふふと笑って返してくれる。

「それで沙耶さん、今すぐ返事が欲しいって訳ではないんだけど、前向きに考えてはくれないかしら?」

「そう…ですね、一度帰ってからユキ…妹と相談してみます」

 ここでは言いにくい事もあるし、私の今後の事もあるので、一度持ち帰ってゆっくり考えてみた方がいいだろう。


「ありがとう。出来ればうちの会社で考えて貰えると、もっと嬉しいのだけれど」

「ふふ、ちゃっかりしていますね」

「そこは沙耶さんの大きな壁を切り崩したって事で」

「分かりました。私もお願いするとしたら、たぶん佐伯さんにお願いすると思いますから」

「嬉しいこと言ってくれるわね」

 その日は穏やかな雰囲気で初の顔合わせを終える。

 帰り際にお互いのLINEを交換し、帰りのタクシーまで用意してくださった。

 一介の学生がタクシーで帰宅なんてと、なんだか別の世界に紛れ込んだようで、不思議な雰囲気さえ感じられたが、それだけ私達の事を大事にしてもらえるんだと考えると、どこか高揚した気分さえ感じられた。

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