表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/59

第17話 『望まぬ再会』

「沙耶?」

 駅まで方向が同じならばと、蓮也さんと共に最寄り駅へと向かっていると、突然聖羅の声で名前を呼ばれた気がしたので、何気なく振り向く。

 するとそこに居たのは聖羅や綾乃を含めた『Snow rain』のメンバー達。

 私はその中に嘗ての恋人であった一樹の姿を見つけると、自分でもわかるほどの嫌な表情を浮かべてしまう。


「沙耶、久しぶりだな」

 一樹が代表して私に対して話しかけてくる。

「偶然ね、元気そうで何よりだわ」

 若干警戒しつつも、無難な言葉を選びながら挨拶を返す。

 これが一樹一人なら無視して通り過ぎてもいいのだが、奥に聖羅や皐月の姿も見えるので、流石にそのまま通りすぎる訳にはいかないだろう。

 どうやら練習か何かの帰りのようで、一樹以外は全員何かしらの楽器を背負っている。


「それで、その男はなんだ?」

「えっ?」

 その男と言われ、隣を振り向くとそこには蓮也さんの姿。なんだか前にもこんな事があったなぁと思いながら、簡単に説明しておく。


「蓮也さんよ、貴方達も知ってるでしょ? その…あのバンド…」

 はっ! 私蓮也さんのバンド名忘れちゃってる!

 隣を見れば、苦笑いの蓮也さんが私の状況を理解したのか、自ら名乗りをあげてくれる。

「こうして話すのは初めてかな、『Ainsel(エインセル)』のボーカルをしている結城 蓮也だ。(あま)…コホン、沙耶さんとはそこのケーキ屋で偶然会ってね、帰り先が同じだったので駅まで一緒に向かっていたところだ」

 蓮也さんには先ほど一樹とは別れたとは伝えているが、変に誤解されないよう、出会った経緯から今の状態まで、簡潔に状況を説明してくださる。


「ふん、まぁいい。沙耶話がある、少し付き合え」

「話?」

 全く予想外のお誘いに、思わず聖羅の方を見て確認してしまう。

 すると彼女は私の視線に気づいたのか、顔を左右に振って何かの合図を返してくる。


 うーん、よくわかんないなぁ。

 さすがに出会いは偶然だとは思うが、一樹の意図がわからない。

 私に話があると言うのなら、聖羅か皐月に頼めばいい。それをしないで私と話したいと言うからには、偶然に出会ったついでか、私と直接話をしなければいけないほどの重要な案件か、それとも二人が連絡を取ることを拒否したか。

 私はエスパーではないので、聖羅が何を伝えたいのかまるでわからないし、聖羅もまさかそれで全てが伝えられるとも思っていないだろう。

 ただ一つ確かな事があるとすれば、一樹に付いて行ってもろくな事はないという点だけ。


「悪いんだけど、このあと予定があってあまり時間がないのよ。ここでは話せないの?」

 予定があるのはホント。このあと帰って沙雪と夕食を作り、クリスマスパーティーをした後に、クリスマス配信をする事が決まっている。

 ただまだ時間に余裕はあるが、そこは早くこの場から立ち去りたいとい事で、見逃してほしい。


「ちっ、まぁいい」

 一樹がそう言いながら、少し人気の少なそうな路地を示す。

 これが人目のつかない裏路地とかだったら全力で断るが、どうやら単純に邪魔にならない場所に移動したいだけの様子。

 私は仕方ないわねぇと諦め、蓮也さんに先に帰って貰うように伝えると。


「悪いけど、俺も同行してもいいか?」

「でも、あまり楽しくない話だと思いますよ?」

 十中八九気分を害する内容か、思わずぶん殴りたいほど、怒りを仰いでくるかのどちらか。間違ってもよりを戻そうとかの話ではない。

 だけど蓮也さんは、「流石にこの状況で女の子を一人には出来ないからな」と、自ら同行を名乗り出てくれる。

 私もそういう事ならと、お礼を言って動向をお願いするも、こちらの話を聞いていた一樹は「お前部外者だろうが!」と猛反対。


「確かに部外者には違いないが、君が俺の立場なら同じことをしないか?」

 たぶん一樹なら「好きにしろよ」とか言って、一人で帰るんだろうなぁと思いつつ、この状況で「そんな事しねぇよ」とでもいえば、一樹の株は大下り。例え言ったところで蓮也さんは引き下がらないと思うし、この状況を引き換えに帰ることだって可能なはず。

 そんな事を考えていると、すかさず聖羅から蓮也さんにフォローが入る。


「一樹、そのぐらいいいじゃない。こちらは6人、沙耶は1人なのよ。警戒されるのは当然じゃない」

 聖羅が一樹に見えないところで、こちらに微笑みかけながらウィンクを送ってくる。

 なにか辺な誤解が入っていそうだが、ここは二人の好意に感謝するべきだろう。

 一樹が「まぁいい」と言うので、蓮也さんにお礼を伝えて場所を移動する。


「それで話って?」

 沙雪を待たせている事もあり早く帰りたい。私は早速用件を聞き出そうと話しかける。


「沙耶、もう一度俺たちに曲を作れ」

「………」

 はぁ、その話か。

 全く予想していなかったわけではないが、本当に頼んで来るとは思ってもいなかった。

 変にプライドが高い一樹の事だ、自分達でなんとかすると考えていたのだが、どうやら私に頼まなければいけな状況にでもなっているのだろう。

 だけど一樹はまず私にしなければならない事があるはずだ。


「一樹、その前に私に言う事はないの?」

「はぁ? 俺がお前に何を言うってんだ」

 この男は…。時間が経てば、全てが許されるとでも思っているのだろうか?

「答えはNoよ」

 もとより一樹の為に書くつもりはないし、今の答えで益々書く気も起らなくなった。

 だが一樹は「そんな事言ってもいいのかよ」と、自信ありげに前振りをしならがとんでもないことを言い出す。


「沙耶、お前芸放に行きたいんだろう? だったら行かせてやるよ。お前が曲を書いて俺たちが歌えば、自然とお前に金が入る。今度はちゃんとお前の名前にしてやるぜ」

「………」

 はぁ…………。私は今日一番の重いため息を一つ。

 一樹は最強の切り札とでも思っているのか、その様子からは明らかに自信があふれ出ている。

 だけどその程度の餌は返って私の不快感を高めるだけ。


「えっと、自信にありふれているところ申し訳ないんだけど、答えは変わらないわ」

「なに!? 芸放に行かせてやるって言ってるんだぞ!?」

「いや、だからね…」

 その辺りを説明してあげようとするも、突然綾乃が…

「沙耶ちゃん、芸放に行けるんだよ! 沙耶ちゃんの夢だったじゃない、それなのに諦めちゃうの!?」

 綾乃の急変に思わず後ずさってしまう。


「どうしたの? 綾乃、ちょっと落ち着いて」

「落ち着けないよ、私さーやん…沙耶ちゃんの気持ちを踏みにじった、だからせめてなにか罪滅ぼしがしたくて、いっくんが沙耶ちゃんの夢を叶えさせることができるって言うから、私は…」

 あぁ、そういう事か。私の呼び方が変わっているのは前々から気づいていたが、やはり私への謝罪の気持ちからか。

 よく見れば少しやつれたようにも見えるし、どこか思いつめているようにも感じられる。

 恐らく今まで自分を苦しめ、傷つけて来たのだろう。私は少し罪悪感を感じながら優しく支えてあげる。


「綾乃、よく聞いて。わたし芸放を受けられる様になったの」

「えっ?」

 それは私が『SASHYA』として動画配信を始め、しばらく経ってからの事、沙雪が収益化の条件をクリアできたとかで、色々設定を変えてくれたことがあった。

 そして初めて振り込まれた額を目にした時、私は思わず恐怖すら味わったのだ。


「ちょっといいアルバイトが見つかってね、予想外の収益が手に入ったのよ」

 生憎と推薦はもう締め切られた後だったが、幸いにもまだ一般入試が残っている。

「ホント? ホントに沙耶ちゃん芸放に行けるの?」

「試験に合格したらだけどね」

「よかった、よかったよぉー」

 突然泣き出す綾乃を、私は周りを気にしながら優しく抱きしめる。

 私は彼女の為と思い、バンドを…夢を辞めるなと伝えた。だけど彼女にしてみれば、私が夢を諦めたのに、自分だけが夢のステージにいてもいいのかと、苦しみ続けて来たのだろう。


「綾乃、私はまだ夢を諦めていないよ。だからもう自分を傷つけないで、自分の為にバンドを頑張って。それが私の望みだから」

「沙耶ちゃん…、さーやん!! うあわぁぁぁん」

 泣き叫ぶ綾乃を介抱する私、そこへ完全に取り残されてしまった一樹は。


「おい、勝手に話を終わらせるなよ、俺の話はまだ終わってねぇ!」

「一樹、そういう事だから曲作りの話は断るわ」

「お前、ふざけんなよ!!」

 自分の思い通りに行かなかった事が許せなかったのか、一樹が物凄い勢いで怒り出す。

「ふざけんなよって言われても、頼んで来る以上、こちらにも断る権利はあるはずよ。そもそもそんなくだらない理由で人を釣ろうだなんて、私をなんだと思っているのよ」

 一樹が言っている事は、馬の前に人参を垂らして走らせてるだけ。例え動画配信の収益がなかったとしても、私がそんなくだらない理由で頷く筈がない。


「もういいかしら? 帰ってユキと夕飯をつくる約束をしてるのよ」

 せっかくのクリスマスイブだというのに、どうしてこんなくだらない話を聞かなければいけないんだ。

「待てよおい!」

 尚も一樹が抵抗しようと私に掴み掛かろうとするが、蓮也さんが間に入る前に、彼の行動が危険と判断した夏目君と九条君が、引き留めに入る。

「落ち着け一樹、これ以上は無理だ」

「事務所からも問題を起こすなって言われるだろうが」

 騒ぎが大きくなって困るのはあちら側。しかも無抵抗の女性に手を挙げたとなれば、週刊誌のいいネタになること間違いなし。


 綾乃のことは気掛かりだが、一樹がこの状態ではゆっくり話が出来る雰囲気ではない。後は聖羅に任せて明日にでも一度連絡を取ろう。

 そう思い聖羅の方を見えると、向こうもこちらの意図が伝わったのか、こちらに近づいて来てくれたので、泣いてる綾乃をそのまま聖羅の方へと引き渡す。


「後は任せておきなさい。あとアルバイトの事、今度ゆっくり聞かせてもらうから」

 へ? 綾乃を受け渡す傍ら、聖羅が耳元で囁いてくるが、その内容の意図が分からない。まさか動画配信の事がバレてるとは思わないし、叱られるような事もしていない。

 いったいどういう意味? 聖羅の言葉が妙に引っかかるが、今は一樹が動けない間に帰る方がいいだろう。

 見ればまだ怒っているようには見えるが、夏目君と九条君が暴れ出さないよう一樹を抑えているし、こちら側には蓮也さんが庇える位置待機してくださっている。


 私は蓮也さんに「それじゃ行きましょうかと」と告げ、一樹の事を警戒しつつ駅の方へと歩み出す。


 帰り際、蓮也さんに今回のお礼とお詫びを告げ。駅までの道中でいろんな話を交わした。

 中には私のアルバイトの事で妙に気を使わせたが、動画配信の収益だと告げると、顔を真っ赤にして謝られてしまった。どうやら如何わしい仕事をしていると思われていたらしい。

 そんなことはしません! と必死に誤解を解きながら、聖羅の最後の言葉を思いだす。どうやら聖羅もそっち方面で誤解されているのだろう。

 帰ったらLINEでメッセを送ろうと誓うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ