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第16.5話 『外伝 聖羅編1』

「どうすんだよ!」

 所属会社用意してくれた練習用のスタジオで、今日も一樹がメンバー達に当たり散らす。


 やはりこうなったか。


 デビューから4ヶ月が経過した。

 私達『Snow rain』は沙耶が作ってくれた曲で、メジャーデビューを果たした。当初は私を含め、メンバー全員が浮かれていたんだと思う。

 発売当初こそ低かった順位も、3週目で週間ランキング1位を取り、雑誌やテレビ局の取材には、新進気鋭の中学生バンドとして大きく取り上げられた。

 だがよくよく考えてみれば、ただ沙耶の作った曲と歌詞がずば抜けて高く評価されただけ。そこに私たちの実力は明らかに伴っていないかった。

 その結果、次に続く曲が未だに出せず、所属会社からはもうそろそろ新曲をと、催促される毎日。

 今だまだ学生という立場にいるため、許されている部分もあるが、それもいつまで誤魔化せるか、怯える日々となっている。


「いっくんもう辞めて、皆で頑張って曲を作ればいいじゃない」

 綾乃が一樹をなだめるようにするが、それは返って逆効果だ。元々一樹に作詞作曲ができる実力はなく、バンドのリーダーとしてのカリスマもない。

 前は沙耶の存在が上手く緩衝材として機能していたが、彼女が私達から離れて以降、バンドの雰囲気は悪くなる一方。

 せめて『friend’s』の作詞作曲を沙耶にしておけば、もっと別の選択肢があったかもしれないのに。


「くそっ! 大体お前が沙耶の奴を引き留めていないから、こうなったんだろうが!」

 全くなんて醜い男なのだろう。私は一時でもどうしてこんなクズ男を好きになってしまったんだと、なんど後悔してもしきれない。


「いい加減にしなさい一樹、綾乃に当たっても仕方ないでしょ」

 余りにもひどい様子に思わず口を挟んでしまう。

 嘗ての私なら傍観を決め込んでいただろうに、どうやら悪い友人のおせっかいが移ってしまったようだ。

「なんだ聖羅、俺に逆らうのか!?」

「貴方のそういう態度がみっともないって言ってるのよ」

「なんだと!」

「もう辞めていっくん」

 私に飛びかかろうとする一樹を、綾乃が必死にしがみつきながら止める。

 私達、もうダメかもしれないわね。


「なぁ、俺思うんだけど。雨宮にもう一度作って貰ったらダメなのか?」

「俺もそう思っていた。なんだかんだと言って、雨宮の作る曲は売れるんだよ」

 何を今更…。

 そんな事は、私も皐月も知っている。

 恐らく沙耶の事だから、私達が必死に頼めば作ってくれるのかもしれない。

 だけどその条件は、一樹が今までのことをすべて謝罪し、精神誠意頼んでいる姿を見せなければいけないだろう。

 だが、残念な事に当の一樹が一番分かっていない。


「沙耶か…、だがどうやって説得する?」

 一樹も沙耶に対して何をしたのかを覚えているのだろう。

 生半可な説得じゃ沙耶は首を縦には振らない。


「一樹がまた付き合ってやるとか言えば、案外いけるんじゃねぇか?」

「俺たちも結構有名になったしな」

 バカ共が。

 さっき自分たちの実力で有名になったんじゃないと、分かりかけていたと言うのに、結局は自分たちの実力を理解できていない。


「そういえばクラスの連中が話しているのを聞いたんだけど、雨宮って前に芸放に行けなくなったって言ってただろ? あれって例の事故で親が亡くなった事が原因らしいぜ」

 沙耶にどうやって曲を作らさせるかの話の中で、夏目がいきなりとんでもない事を話し出す。

「それはそうだろ、妹と二人で暮らしてるって話だから」

「夏目、お前何が言いたいんだ? 今更沙耶に同情でもしているのか?」

「いや、そうじゃねぇよ。芸放諦めたのって結局は金の問題だろ? だから曲を作れば金が入るとか言えば、案外行けるんじゃないかと思って」

 この男は!!

 それは今、沙耶にもっとも言ってはいけないキーワード。沙耶がどんな思いで芸放を諦めたのか、この男はまるでわかってはいない。


「なるほど、その手があったか」

「俺たちの取り分は減るが、その辺はこの際しかたねぇだろ」

 ホントこいつらはどこまで…!!!

 もう我慢の限界だ。思わず止めようと声を上げかけたその時。

「ホント! 沙耶ちゃんホントに芸放にいけるの!?」

 突然綾乃が夏目の話に賛同する意思を見せ始める。


「綾乃、待って! 沙耶はそれを望んでないはずよ」

 綾乃を止めようと慌てて声を上げるも。

「何言ってるの聖羅、沙耶ちゃんの夢がかかってるんだよ?」

 綾乃の様子がおかしい。

 恐らく沙耶に対する謝罪心が、彼女を動かしているんだとは思うが、そこに沙耶の気持ちがまるで乗っかっていない。

 一樹達がやろうとしているのは一種の脅し、芸放という餌をぶら下げて、沙耶を飼い慣らそうとしているだけ。

 もし沙耶がこの話に乗ってしまった場合、あの子は卒業するまで一樹達の言いなりに、なり続けなければいけないのだ。そんな事すら分からなくなっているなんて。


「綾乃よく聞いて、私達が沙耶に何をしたかもう忘れたの? それをあの子の夢を囮にして曲を書かせるだなんて、以前の貴女なら言わなかったはずよ」

 一樹達がいま何をやらそうとしているのかを分かって貰うため、綾乃を必死に説得しようと試みるも。

「聖羅に何がわかるの! 沙耶ちゃんと仲が悪かった癖に!!」

 逆に感情を逆なでさせただけで、話を聞いて貰えない。

 皐月に視線だけで助けを求めるも、いまは何を言っても無理だと言わんばかりに、首を左右に振ってくる。

 ダメだ、私には綾乃は止められない。


「綾乃、沙耶に連絡を入れろ」

「私…、沙耶ちゃんの新しい番号知らない…」

「クソが、使えねぇ」

 例の事故で壊れてしまった沙耶のスマホ。彼女は何故か電話番号からLINEのIDまで、すべてを新しく作り直した。

 最初は綾乃達と連絡を絶ちたいのかと思ったが、どうやら親族関係に問題があるらしく、話しづらそうにしていたことを思い出す。


「おい聖羅、皐月でもいい、沙耶に連絡を入れろ」

 綾乃が無理と知ると、一樹が今度は私と皐月に振ってくる。

 教えるわけないでしょうが。

「私だって知らないわよ。いま綾乃も言ってたでしょ、私とあの子は仲が悪いって」

「私も最近沙耶とはご無沙汰でね、彼女の新しい番号は聞いていないんだ」

 皐月が視線だけで合図を送ってくる。

 綾乃は本当に知らないだろうが、私と皐月は連絡先を聞いている。


「どいつもこいつも使ねぇ!」

 一番使えないのは貴方よ。

「もういい、沙耶の家まで行くぞ。綾乃、案内しろ!」

 一樹はそういうと、綾乃達と共に借りているスタジオを後にする。

 私は皐月と視線だけで合図を送り、仕方なく一樹の後を追いかける。

 今の私達じゃ一樹も綾乃も止めることは不可能だ、だからせめて沙耶の盾になろうと心に決意し、皐月と共に沙耶の元へと向かうのだった。


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