第16話 『望む再会』
私が『SASHYA』として動画配信を始めて早数カ月、チャンネル登録者数は80万人を越え、総再生数も計算が嫌になるほど伸び続けた。
そして季節は廻り、今日は12月24日。
「さぶっ!」
授業も今日で終わり、いよいよ明日から冬休み。
今年は沙雪と二人っきりのクリスマスイブなので、せめて今日ぐらいは贅沢をしてもいいよねて事で、学校帰りに少し離れた評判のいいケーキ屋さんまで足を運んでいた。
「うわ、めっちゃ並んでる」
スマホで人気店ランキングを調べ、比較的近いお店へとやってきたが、やはりクリスマスイブという事で、お店の前には女の子達の行列。中には男性の姿もちらほらと見えるが、その大半は彼女の付き合いだろうか? そのほとんどがカップルのようにも見える。
私は可愛い妹のためだと言い聞かせ、寒空の中、列の最後尾へと足をむけた。
ん?
「「あっ!」」
目の前にいた何とも居心地の悪そうな男性が、なにげなくふり向くと同時に、お互い声を上げる。
「えっと、その節はありがとうございました」
そこに居たのは、以前ライブハウスで倒れそうになった私を助けてくれた蓮也さん。
もう半年ほど前だと言うのに、お互い覚えていたことに驚く。
「いやこちらこそ、その…君のお友達に変な誤解をさせてしまったようで、気になってたんだ」
それは私と蓮也さんが一緒にいたことに不信感を抱いた一樹が、ずっと蓮也を睨みつけていたこと。
あの時は焼きもちでも焼いているのか思ったが、今となっては大事なおもちゃに近づくな、とか思っていたんじゃないだろうか。
「あの時は本当にすみません。なんて言うか、彼には変な虚勢感みたいなのがあって」
元々一樹は自信過剰なところがあり、気に入らない事があれば誰であろうと、無意味に人を睨みつける癖があった。
恋人同士の時は何度か注意することもあったが、注意するたび彼は虚勢を張り、言いすぎると拗ねるという、何とも心が成長しきれていない部分があるのだ。
「まぁ、変な誤解がなかっただけ良かったよ」
「ホントに」
ふふふと、お互い当時の事を思い出し笑いあう。
「蓮也さんはこの店よく来るんですか?」
取り合えず列の先頭はまだまだ先の様なので、ここはせっかくなので世間話でもしならが時間潰しをと、思ったのだが…。
「あれ、俺の名前…名乗ったっけ?」
あっ! そういえば自己紹介もまだだったことを思い出す。
私はたまたま蓮也さんの友達が、そう呼んでいたから知っていただけだけで、蓮也さんはまだ私の名前を知らない筈。
私は改めて自分の名前を名乗る。
「すみません、お友達の方がそう呼ばれていたので。改めまして雨宮 沙耶、東旭中の三年です」
「俺は結城 蓮也、神城中の三年。なんだか今更感はあるよな」
「そうですね」
お互いあははと笑い、奇妙な再開を喜ぶ。
「でも正直助かったよ、周りが女性ばかりでどうしようかと思っていたんだ」
あー、やっぱりこの状況は居心地悪いよね。
「そうでしょうね、逆の立場でしたら私も同じだったと思います」
蓮也さんはその後、「それでさっきの答えなんだが…」と前置きをしてから、先ほど私が質問した答えを教えてくれる。
「妹にせがまれてね、クリスマスぐらいここのケーキが食べたいって」
聞けば蓮也さんの家は神奈川にあり、ライブの帰りに時々このお店で、妹さんのお土産として買って帰ることが多いのだと言う。
そういえばこのお店って、初めて蓮也と会ったライブハウスの近くだ。
もうずいぶんと前の事だと言うのに、よく一目で蓮也だと分かったものだ。
「雨宮さんは彼氏さんと?」
さっき私が一樹の事を彼氏と匂わす発言をしたから、多分勘違いされたのだろう。まぁ、実際当時は付き合っていた訳だし、間違いでないのだか、ここはキッパリと否定はしておいた方がいいだろう。
「残念ですが、今年は妹と二人っきりでのクリスマスです。あのバカとは別れましたので」
我ながらまったく未練がないんだなぁ、と改めて実感する。
「別れたの? 確か彼って『Snow rain』のボーカルだよね?」
「よく知っていますね、って当然か」
驚く蓮也さんに、改めて一樹たちがメジャーデビューしていたことを思い出す。
「少し色々とありまして。あっ、彼がメジャーデビューした事は関係ないですよ? どちらかと言えば私が彼の本性を見抜けず、その後捨てられた感じですので」
「捨てられた? 雨宮さんを?」
「まぁ、そんなところです」
事実『曲を作れない私はお荷物だ』と言われ捨てられた。今となってはこちらから願い下げだと突き返してやりたいが、一樹の言い分では自分が捨ててやったとでも思っている事だろう。
「なんて言うか、見る目のない人だったんだろうね」
「蓮也さんもそう思います?」
蓮也さんが気遣ってくださるのが妙に居心地がよく、思わず冗談交じりにクルっと回って、可愛くポーズを取りながら笑顔で返す。
だけど蓮也さんは「あぁ、そう思うよ」と、真面目に返して下さるので、思わず真正面から赤面して固まってしまう。
「雨宮さん?」
私の様子に異変を感じたのか、蓮也さんが尋ねてくるが、私は思わず顔を両手で隠しながら「ごめんなさい、ちょっと悪ふざけのつもりだったんです」と、恥ずかしさのあまりバカ正直に答えてしまう。
「あっ、その…違うんだ!」
ここに来て、私の発言が冗談だったと伝わり、お互い顔を真っ赤に染めながら視線を外す。
蓮也さんにすれば冗談を真顔で返したとは思っていなかったのだろう、お互い羞恥心にさいなまれながら藻掻き苦しむ。
ちょっと、どうしたの私!?
急に高鳴る心臓の鼓動。火照ってしまった顔は未だ冷めず、まともに蓮也さんの顔が見られない。
後ろの方からは『ふふふ』とか、『可愛らしい』とかの言葉が聞こえてきて、益々染め上がる私の顔。
とどめの一撃は、これからお店に入る前のお姉さんに、『頑張ってね』と耳元で囁かれる始末。
穴があったら入りたいとはまさにこの事だろう。
「次のお客さんは…ふふふ、お二人共ご一緒にどうぞ」
お店の中へと案内する店員さんが、私達二人の様子からなにかを悟ったのか、二人同時に店内へと案内される。
「えっと、取り合えず入ろうか」
「そう、ですね」
いったいどこの新婚さんだと、心の中で突っ込みながら、後ろのお客さんを待たせるわけにいかないので、蓮也さんと共に店内へと入る。
落ち着け私。
すーはー、と深呼吸をしてから蓮也さんの後を追う。
店内はかき入れ時という事もあり、あちらこちらから甘い匂いが漂ってくる。
私は蓮也さんとは違う店員さんに、「これとこれ、あとこっちの二つをお願いします」と、ショーケースに飾られた美味しそうなケーキから、私と沙雪が好きそうなものを4つ選ぶ。
「終わった?」
「はい、今お会計をしているところで」
蓮也さんも同じタイミングで終わったようで、先にお会計を済また蓮也さんが、私を待っていてくれた。
帰り際、向かう駅が同じという事で、どうせならばと一緒に雑談をしながら向かう事に。
するとケーキ屋さんで私が選らんだケーキの数が気になったのか、蓮也さんが尋ねてくる。
「雨宮さん、ケーキ4つも買ったの?」
今日は妹と二人っきりと言ったのに、ケーキを4つも買った事を不思議に思ったのだろう。
別に隠す必要もないので、素直に答える。
「両親の分なんです、結局食べるのは私と妹なんですけどね」
「えっ、それはどいう?」
まぁ、いいわよね。
私は少し迷ったものの、別にいいかと思い答える。
「あのライブの後に、家族旅行にいったんですが、帰りに事故に合っちゃって」
「それはその…、なんていうかごめん。辛いことを聞いてしまって」
やっぱり気を使わせちゃったかと、少し反省。「今はもう前を向いて歩いているので、気にしないでください」とだけ返しておく。
「雨宮さんは強いね」
「そうですか? これでも当初はボロボロだったんですよ?」
「今の雨宮さんからは想像できないけど、多分そうだったんだろうね」
まだ二回目だと言うのに、なんだか蓮也さんと話すのはすごく楽しい。
「そうだ蓮也さん、私だけ下の名前で呼ぶのはなんですから、沙耶って呼んでもらっていいですか?」
「それはいいけど、雨宮さんはそれでいいの?」
楽しいひと時なんだけど、雨宮さんって呼ばれるのは、なんだかこそばゆい。
「私が勝手に結城君の事を、蓮也さんって認識してしまったせいで、気安く下の名前で呼んじゃってますから、蓮也さんも私のことを沙耶って呼んで貰える方が、しっくりくるっていうか。友達もみんなそう呼んでくれてるんで」
「そうか、わかった。じゃ…沙耶…さん」
「はい蓮也さん」
お互い意識して下の名前で呼び合ったせいか、急に恥ずかしくなりついつい顔を逸らしてしまう。
「なんか意識してしまうと恥ずかしいな」
「そ、そうですね…」
って、これじゃ恋人同士みたいじゃない!!
そんな恥ずかしいい思いをしているとき…。
「沙耶?」
突然名前を呼ばれたので何気なく振り向くと、そこには綾乃を含めた『Snow rain』のメンバー達がいた。




