第15話 『歌に込めた想い』
「お姉ちゃんヤバイ、ねぇ起きてよお姉ちゃん」
「うぅ、あと5時間…」
昨日の初配信のあと、あまりの恥ずかしさに私は全然寝付けなかった。そして朝方ようやく睡眠を手に入れたところで、沙雪が部屋へと押しかけてきた。
「もう、バカな事いってないで」
「もぅなに? まだ6時半じゃない」
ベッドの近くに置いてあったスマホを見れば、時間はまだ早朝といってもよい時間。
沙雪に抱きついていた布団を取り上げられ、仕方なく眠たい目をこすりながら上半身だけ起き上がる。
「コレ見てコレ」
そう言いながら見せてくるのは、昨日の動画配信が映った沙雪のスマホ。
私は思わず昨日の事を思いだし、ベッドの上でのたうち回る。
「えっと、初めまして? ねぇ、これもう映ってるの? ちょっと、痛いって、えっ? 私に話しかけるなって、あ、もう始まってるの?」
そんな言葉から始まった、『SASHYA』の記念すべき初の動画配信。
画面の中にいる天使のような女の子が、素人丸分かりのしゃべり方で、画面には映っていないはずの家族らしき人物に叱られながら、自分が手がけた曲を歌うという、なんの変哲もない普通のライブ配信。
始まった当初は一桁台だった視聴者も、配信者が天然すぎて面白いとでも広まったのか、その数は少しずつではあるが増えていった。
そしていよいよ本人が作ったという曲が流れ始め、画面に映りだした女の子が歌い出すと、今まで流れていた生暖かな応援コメントが一変、賞賛する内容に全てが変わった。
「もう、いつまで恥ずかしがってるの!」
「もう無理、私はもうお外を歩けないよ」
「何言ってるのよお姉ちゃん、お姉ちゃんは映ってないでしょ」
「そ、そうだった」
別に素顔をさらけ出したわけではないし、声色も電話に出たときのようなよそ行きの声で誤魔化した。
何よりあれは私ではない。
「いや、素のお姉ちゃんって、あんな感じだから」
「……いやぁーーーー」
そして再びベッドでのたうち回る。
「それでユキは私の恥ずかしい初動画を見せて、私を恥ずかしめたいの?」
「そんな訳ないでしょ」
ようやく気持ちが落ち着き、起きてしまったものは仕方がないと、私服に着替えながら沙雪に尋ねる。
「ここ見て」
そう言いながら示してきたのは、昨日ライブを放送した動画再生回数。
そこに31,241回と表示され、その数は今尚急激に増え続けている。
「へぇー、結構見てくれてるんだ…、私の恥ずかしい動画を…」
もう、これ以上見ないでと言わんばかりに、なんの意味をなさないのに両手で顔を隠してしまう。
「もう! なんでそんなに反応が薄いの! 3万だよ、3万! これって凄いんだよ!」
沙雪が言うには無名の、しかも誰からの後ろ盾もない初心者が、たった一晩だけでこの再生回数は異常なんだと、懇切丁寧に説明された。
「じゃ、収益化は?」
「うーん、それはまだまだ無理かなぁ」
「そっかぁ」
凄いんだよと、言われたらついつい収益化の事を考えてしまうが、お金にならないんだったら30回も3万回も、私にとっては同じ事。
私は特に関心を持つことなく、その時はやり過ごした。
動画配信を初めてから3週間。
夏休みも残すところ後1日となり、期間限定のアルバイトも今日で終わり。趣味で始めた動画配信も、その数はついに二桁に到達した。
「それじゃ今日はここまでになります! 皆さん聴いて下さってありがとうございます。SASHYAでしたー、またねー」
10回を越すと慣れたもので、私のVtuberぶりも随分様になってきた。
コメントの中には初々しさのSASHYAの方が良かった! とか嘆きの声も見られるが、そこは成長したのだと褒めて欲しい。
「ふぅ、今日もたのしかったー」
動画配信の終了を、大好きなチョコを食べてお祝い。
くはぁー、仕事のあとのチョコは格別だぜー、とかおじさんクサい台詞で浸っていると、。自分の部屋で私のライブを見ていたであろう沙雪が、勢いよく扉を開けて押しかけてきた。
「ユキおつかれー」
「おつかれー、じゃないよ。あれだけ注意していたのに、何しゃべってるの!?」
「へ? なにかダメなこと言ったっけ?」
どうやら私は「明後日から新学期が始まるんです」とか、しゃべっていたらしい。。
「それぐらいいいじゃない」
「もうお姉ちゃんは何も分かってないんだから。いい? 新学期って言えば学生でしょ! これでSASHYAは学生だってバレちゃったの!」
妹に怒られる姉の図、というのは何とも恥ずかしいもので、せめて少しぐらい反論してみようと試みるも、。
「が、学生かどうかぐらい…」
「ダメに決まってるでしょ! もう一度説明するけど、特定される表現は一切ダメ! 明後日から始まる学校は多いと思うけど、始業式がズレている学校はこれで候補から外れるし、社会人や始業式がない大学なんかも候補から外れる。本人を特定しようとする人は、こういった情報を集めて特定するんだよ! 注意してよね」
私はただ、しゅん…と、妹に叱られる。
実は沙耶が妙に気遣うのには訳がある。
どうやら私の動画は人気があるようで、動画配信を始めて3週間、チャンネル登録数は5万人を超え、動画の総再生数は60万を超えていた。
「沙耶おはよう」
「おはよう沙耶」
夏休み明けの初日、クラスに入るなりあちらこちらで聞こえる挨拶の合唱。久々の再会なので、夏休みの思い出などの会話が聞こえてくる。
「あれ、沙耶。何か雰囲気変わった?」
「えっ、別に普通だけど?」
「いや、少し前と変わってるって」
「私もそう思う。なにか前より少し明るくなったって感じ」
自分では特に変わったところなどないとは思うのだが、1学期を共に過ごしたクラスメイトが言うのだからそうなのだろう。
「もしかしてバイトのせいかなぁ」
「バイト? 沙耶、バイトしてたの?」
「うん、ちょっと気分を変えたくってね」
「そっか、うん、いいと思うよ」
クラスメイトは私が経験した悪夢の事を知っている。しかも自分で言っておいてなんだが、その後の状態は見るに堪えなかったことだろう。
そんな私の雰囲気が少しでも変われば、と思い始めたアルバイトだったが、どうやら成功したようだ。
「そういえば沙耶の元カレのバンド、テレビに出ていたよね?」
「あ、私も見た見た。歌ってる曲、めちゃめちゃいいじゃん。沙耶を傷つけた事は一生許さないけど」
「なによそれ」
あははは。
あの時はこのクラスの前で騒いじゃったから、翌日はクラスメイトから質問攻めの嵐だった。
でも結構な人が内容を聞いていたらしく、一時は「一樹、許さん!」などと物騒な単語が飛び回っていたのも、今じゃいい思い出。
それにしても結構な人が一樹達が出ていた歌番組を見ていたらしく、耳を澄ませばあちらこちらで、その話題が聞こえてくる。
まぁ、このクラスに限ってなのだろうが、結構批判している子の方が多いようだが。
やがて朝礼のチャイムが鳴り、眠くなる始業式も無事終了、今日はこれで帰れるという時にLINEの着信音が鳴る。
「どうしたの? 元カレ?」
「絶対ないわ、えっと…聖羅からだ」
そこには『この後少し会えないか』というお誘いの内容で、場所の指定が書かれていた。私は『大丈夫』と返信を返し、指定されたファストフード店へと向かう。
「お待たせ、聖羅。あれ、皐月も一緒?」
私より先に到着していた聖羅は、同じバンドメンバーである皐月と一緒だった。
私は皐月に「久しぶり、元気にしてた?」と挨拶をし、念のためにと辺りをキョロキョロ。
そんな様子がおかしかったのか、聖羅が「綾乃なら呼んでないわよ」と教えてくれる。
「沙耶、なんだか随分と明るくなった」
「やっぱり? クラスの皆からも同じ事言われた」
それぞれレジで注文し、人が比較的少ない二階の端の席へと座る。
「よかった、しばらく会えなかったから少し心配していたのよ」
聖羅にも改めてお礼を言わなくてはいけないだろう。彼女が支えてくれなければ、私はこんなにも早く立ち直れなかったはずだ。
「それでね、今日来て貰ったのは、沙耶に謝罪しなければならない事があるからなの」
そう言いながら聖羅はこの1ヶ月ほどに起こった出来事を教えてくれた。
聖羅達はデビューが正式に決まると、各々のパートを確かなものにするため、連日練習に明け暮れていた。
そしてレコーディングも無事終わり、ジャケット撮影なんかも終わった頃、一つの重要な項目に驚愕したらしい。
「知らなかったの。気づいたらもう印刷も、公式発表も全部終わっていて、沙耶の名前が全部一樹の名前に変わっていた。ホント、なんて謝っていいか」
「私からも謝らせてほしい。聖羅から聞いたけど、入学用の大切な曲を、こんな形で壊してしまうなんて。言い訳しても許されることじゃない。本当に申し訳ない」
二人が言っているのは、『friend’s』に書かれている作詞作曲名のことだろう。
聖羅には以前、芸放へ入学するため作品の話をしていたので、余計に責任を感じているはずだ。
「聖羅、皐月、その事はもういいのよ」
「でも沙耶!」
聖羅が熱くなりすぎていたので、大声を出しすぎよと言う意味を込め、人差し指を聖羅の口元へと近づける。
いま私達が話しているのは非常に危険な内容。わざわざ人が少ない端の席へと陣取っているのに、大声を出しては意味がない。
「あの曲は聖羅達のものよ。芸放にも行けなくなったし、二人が気にする必要はどこにもない」
「でも、それじゃあなたは…」
まぁ、二人にしてみれば納得はいかないわよね。
「私ね、少し前から新しい曲を作り始めたの」
きっかけは聖羅達がテレビに映ったあの日、そして私に再び夢を追いかけるよう支えてくれた大切な妹。そして私の事を気遣ってくれた優しい友達。
「聖羅が言ってくれたのよね、目指す高校が違っていても、私の夢が潰えたわけじゃないって。あの時、すごく嬉しかった。私は諦めたんじゃない、ただ逃げていたんだって気付かされた」
今ならハッキリとわかる。私はいろんな理由を付けて、自分を誤魔化して逃げていたのだと。
「多分私は怖かったんだと思う。両親を亡くしたばかりで、自分だけ趣味の曲作りで楽しんでもいいのかって。だからね、この抱いていた想いを込めて曲を作ったの。妹なんて涙を流して「いい曲だね」って、褒めてくれたんだから」
あの歌は私達家族の事を歌った曲。楽しかった事、苦しかった事、そして訪れたであろう、幸せな未来の事。そんな思いを込めて書いた曲。
「今はまだ皆に聞かせるのは恥ずかしいけど、いつかは聞いてくれると嬉しいかな」
私の話を聞き終えた聖羅は、ただ一言。
「そう、沙耶は新しい道を見つけたんだ」
「うん、それに『friend’s』を私が作ったって認識しちゃうと、私の夢が叶っちゃうじゃない? せっかく新しく歩み出したって言うのに、それじゃ少し寂しいわよ」
「ふふ、確かにそうね」
私の夢は自分が手掛けた曲を大勢の人に聞いてもらう事。
それをこんな形で叶えてしまうなんて、勿体なさすぎて悲しくなってしまう。
別れ際、聖羅と皐月は綾乃の事を少し教えてくれる。
「本当は今日、あの子にも少し声を掛けたの。だけどまだ会えないって、合わす顔がないって」
「綾乃、今回の事が分かった時、真っ先に一樹に食いついたのよ、これ以上沙耶の心を傷つけるなって」
やはりまだ苦しんでいるのか。私が直接会って、もういいよと一言かけてあげればいいのだが、それは綾乃を逆に苦しめてしまう。
せめて私の想いが伝わるようにと、バンドを辞めるな。と伝えてもらったが、どうやらまだ上手く伝わっていないのだろう。
「聖羅、綾乃に伝えてあげて、貴女が歌っている曲は、偽物なんかじゃないって」
「わかった、伝えておく。それじゃ何時か沙耶の作った曲を聞かせてね」
それじゃまた。と別れ、私は二人の後ろ姿を見送りながら、今でも苦しんでいるであろう嘗ての友を思い出す。『friend’s』、私と友たちを歌った曲のことを。




