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第14話 『SASHYA誕生』

 お父さんが残してくれたパソコンを、数ヶ月ぶりに機動させる。

 日頃から掃除は欠かしていなかったが、やはり細かな部分まで行き届いておらず、キーボードにうっすらホコリがかっている。

 私は近くにあるディスク用のハケを使ってホコリを払い、愛用の音楽ソフトを立ち上げた。


 さて、久々過ぎてソフトの扱い方を忘れていなければいいけど。

 まずどの様なイメージに仕上げるか…、私はパソコンの前で両目をつむり、先ほどまで沙雪と話していた内容を思い出す。




「でもねぇ、この時作った曲って、綾乃達が演奏するイメージで作ったのよね。だから何か目的っていうか、誰かが歌っているイメージ? みたいなのが欲しいのよ」

 その時までわからなかったが、綾乃達のために作った曲と、それまで目標もなく作った曲とでは、明らかに完成度が違っていた。

 作っていたときも楽しかったし、時間を忘れてしまうほど集中出来ていた。


「つまりはお姉ちゃんがいい曲をつくるには、誰かが歌っているイメージがほしいって事? だったら簡単じゃない、お姉ちゃんが歌えばいいのよ」

「私が? 無理無理」

 私の夢は私が作った曲を、多くの人達に聞いて貰うこと。

 綾乃達がデビューしたことである意味私の夢は実現しているのだが、あれはもう私の曲ではないし、私が描いていた未来でもない。


「もう、またそんな弱気なことを言って。お姉ちゃん自分で変わりたいっていってたじゃん。別の人間になりたいっていってたじゃない!」

「いや、言ってないけど?」

 頭を捻りながら思い出そうとするも、そんなセリフを言った覚えも無ければ、考えた事も無い。

「細かいことは気にしなくていいから! いい!? お姉ちゃんは変わるの! 古いお姉ちゃんはもう卒業するの! いいね!!」

「は、はい!」

 



 ふふふ。さっきは沙雪の勢いで返事をしたが、そろそろ私も弱い自分から変わらないと行けないのかもしれない。

 私が自分で歌うイメージ………。


 その後のことはよく覚えていない。

 分かっていることはただ我武者羅にパソコンへと向き合い、ただ一心不乱に曲作りにのめり込んだ。まるでいままで溜め込んでいた想いをこの曲に込めるように。

 それから一週間後、私の為だけの曲が完成する。




「もう出来たの!?」

 曲を作ると決めて約一週間。バイトから帰っては部屋に閉じこもり、バイトが休みの時は一日中部屋に閉じこもり、毎日沙雪から「まだやってるの?」と呆れられながら、完成したこの曲。『Jewel (ジュエル)the() Heart(ハート) ー 心の宝石 ー』

 私と沙雪、そして今もどこかで見守っていくれている両親との、家族愛を歌った曲。

 この歌を聴いた沙雪は。

「お姉ちゃん、やっぱりお姉ちゃんは凄いよ、絶対お父さんもお母さんも喜んでいるよ」と言いながら、大粒の涙を流した。


「ん~~、楽しかった! これでちょっとは前進かなぁ」

 沙雪からの評価も上々みたいなので、大きく背伸びをしてやり遂げた事に安堵する。


「何言ってるのお姉ちゃん、これからでしょ」

「へっ?」

 これからってなに? 別にこの歌をどこかのオーディションに送る予定もなければ、誰かに聞かせる予定もない。

 それにいくらいい曲が出来たからと言って、芸放を諦めた事実は変わっていない。


「後は任せて」

 沙雪はそう言うと、自分の部屋から何やら機材を持ち込み、お父さんのパソコンに何やらデータをコピーしていく。

「こっちはこれでよし、次はお姉ちゃんスマホ貸して」

 半ば強引に私からスマホを奪うと、慣れた手つきでロックを解除。そのまま何やら操作をつづける。

「ってコラ、なんでさらっと私の暗証番号知っているのよ」

 我が家に暗唱番号を共有するルールはなく、ましてや沙雪に自分の暗証番号を教えた記憶もない。

 そんな当事者でもある沙雪は、まったく悪びれた様子もなく、「お姉ちゃん、いい加減元カレの誕生日は変えた方がいいと思うよ」などどほざきながら、着々と何やら準備を進めていく。


「う、うるさいわね。単純に邪魔くさかっただけよ」(真実である)


 やがて準備が終わったのか、スマホを持ち込んだ可動式のスタンドに乗せ、私のをパソコンの前へと座らせたあと、マイクの付いたヘッドホンらしき物を頭にセットされる。

 そしてパソコン画面に映し出される、上半身だけの可愛いイラスト。


「可愛いじゃない、ユキが書いたの?」

「うん」

 そのキャラは白を基調とした衣装に身を包み、透き通るような肌の白さに、輝くようなシルバーの髪、淡い緑色のかわいらしい髪飾りがついた、天使のような可愛い女の子。その女の子が何かに同調するかのようにコミカルに動く。

「ちょっ、動いたよユキ!」

「当たり前じゃない、動くように作ったんだから」

 さも当たり前のように言う沙雪に対し、まるで鏡を見ているように動く女の子に、私は一人興奮する。


「これってもしかして私と同じ動きをしている?」

 画面に映しだされる女の子は、私が右を向けば左を向き、上を向けば同じように上を向く。

「すごい、何これ、かわいい!」

 いまだに興奮が冷めない私に、沙雪は「はいはい、そうだねー」と適当な返事をしながら、何やら微調整をくりかえしている。


「ね、ねぇ、これなに? 私なにさせられるの?」

 余りの新鮮さに浮かれていたが、翌々考えれば、沙雪は私に何かをさせるために準備をしている。

 これが沙雪自身がメインなら、私はただ傍観していればいいのだが、ヘッドホンが私にセットされている事を考えると、対象は間違い無く私だろう。

 やがて一通りの調整が終わったのか、「お姉ちゃん何かしゃべってみて」などと言ってくる。


「しゃ、しゃべるって何を、うわっ」

 私がしゃべる同時に画面の中の女の子が口を動かせ、同時に私の声がヘッドホンを通して聞こえてくる。

「どう? ちゃんと聞こえてる?」

「うん、聞こえてるけど、何するの?」

 いまの他愛もない返事にも、画面の女の子は同じように口を動かす。まるで私が画面の中にいようで不思議な感じだ。


「私もお姉ちゃんを手伝うって言ったでしょ?」

「言ったけど、それがこれ?」

「そう、お姉ちゃんにはこれから『Vtuber(ブイチューバー)』として活躍してもらいます」

 と、笑顔でとんでもないことを言い出すのだった。


「まってまって、『Vtuber』ってあれよね?」

 YouTubeの知識に疎い私では、どう説明していいのか分からないが、中の人が自分の代わりと言うべきキャラを動かし、日常的な事をしゃべったり、何やら難関なゲームをやったりと、視聴者と一緒に盛り上がっていく、いわゆる動画配信。

 それを私がやる? ないない。


「お姉ちゃん、このキャラを書いたのは私だけど、動かせるようになったのは、お父さんとお母さんに手伝ってもらったからなの」

「えっ、お父さんとお母さんが?」

 沙雪が言うには、私がいつか自分の作った曲で、動画配信すると言い出すんじゃないかと思い、お母さんと一緒に私をモデルにしたキャラを考え、お父さんの知識を借りながら動かせるように作ったのだという。


「だからお姉ちゃん、ガンバ!」

 コラまてーー!! いま途中までいい話だったよね!? なんで最後だけそんなに軽いのよ!

 でもまぁ、沙雪がここまでしてくれたんだ。頭ごなしに拒むことは出来ないだろう。


「じゃ説明するね」

 沙雪はそう言いながら、いろいろな事を説明してくれた。

「まずお姉ちゃんがいま付けているヘッドセット。ヘッドセットとしての機能は勿論だけど、お姉ちゃんの頭の動きをトレースして、このスマホに情報をおくっているのね」

「スマホに? パソコンじゃなくて?」

 素人の私には分からないが、沙雪が言うのだからそうなのだろう。

「そう。いまスマホにお姉ちゃん顔が写っているでしょ? 頭の動きはそのヘッドホンがトレースしているけど、口の動きと瞬きは、こっちのスマホで認識しているのね、ここまでは大丈夫?」

「うん、そのぐらいならなんとか。ようはこのスマホの画面からハミでちゃダメなのよね?」

「絶対にダメってわけじゃないけど、キャラ動かなくなっちゃうから気をつけて」

「わかった」

「そして次にこれ」

 沙雪はそう言いながら今度はキーボード触り出す。

 するとパソコンに、よく見る再生ボタンや録画ボタン、アップロードやライブといったボタンが、ずらりと並ぶ画面に切り替えられる。


「大体は見ての通りだけど、お姉ちゃんは基本ライブ放送をやって」

「ライブ? 生放送って事よね? なんで?」

「面白いから」

「コラ!」

 沙雪は冗談冗談と笑いいながら、理由を説明してくれる。

「ちょっと前に調べたんだけど、ただ素人が作った曲を配信しても、見てくれる人が少ないのよ。お姉ちゃんもどうせなら大勢の人に聞いて貰いたいでしょ?」

「まぁ、そうね」

 せっかく頑張って作った曲だ、私だって聞いて貰えるのなら大勢の人に聞いて貰いたい。


「それで考えたの。作った曲をただ流すだけじゃなくて、作っている経緯や、作っていた時の感想を、面白おかしくしゃべりながら、動画配信したら面白いんじゃないかなぁって。それにこれならお姉ちゃんだってわからないし、キャラを演じる感じで話せば、緊張もしなくていいでしょ?」

 うーん、緊張するかしないかといわれれば、話しているが本人なので緊張しそうな気はするが、沙雪が言いたいことも確かに分かる。

 これが素顔での出演なら何が何でも断るが、この女の子を演じろと言われれば出来ないこともない…かな?


「とりあえず分かったわ。あと注意点とかあれば教えて」

「そうだなぁ。ライブ中に悪口を言われても過剰に反応しないとか、リアルな情報…、本名とか暮らしの風景とか、あとどこかの学校に通ってるとか言うのは絶対NGね。最悪ストーカー被害に遭う人がいるみたいだから」

 それは良くニュースなんかでみるアレだろう。何気なくSNSに上げた画像や情報から、学校や自宅を特定されて被害に合うとか。

 その辺りは私も日頃から注意しているので、我を忘れない限り大丈夫だろう。


「あと、登録者数が1,000人以上と、再生回数・総再生時間が一定以上になれば、収益化もできるから」

「お金入るの!?」

 がめついと言うなかれ、収入が全くない今の私達には、床に落ちている10円だって見逃せない。

 衝撃の事実に思わず沙雪の両肩をつかんで興奮する。

「まっ、まってお姉ちゃん、すぐには無理だから!」

 聞けば収益化の条件は色々敷居が高いようだ。


「そんなに甘くはないよね。じゃ取りあえず目標はこのお菓子を買うことで!」

 私の曲作りのお供というべき、可愛い箱に入ったチョコレート。私は一度夢中になると部屋に籠もる癖があるため、脳に染み渡るあまーいチョコレートを好んで食べる。


「お姉ちゃんもそれ好きだよね」

「もう大好き!」

 思わずチョコの入った箱に頬ずりしてしまう。


「これで準備万端。もう動画配信始められるんだよね?」

 一通りの説明を聞き終え、試しに録画モードで簡単な動画テストをしてから、いよいよこれからが本番と意気込む。

 もうここまで来たら覚悟を決めるしかないだろう。

「まってお姉ちゃん、最後にここ。ハンドルネームを決めないと」

「あぁ、そういえばそうね」

 うーん、名前、名前ねぇ。

 ハンドルネームと言えば、自分の名前と同じようなもの。これから先、動画配信を続けて行くなら、共に歩んでいく大切なものだ。

「どうしよう? 本名じゃまずいし、変な名前付けちゃうとこの子がかわいそうだし」

 ハンドルネーム = 私の分身ともいえる画面の女の子。

 せっかく沙雪が可愛く描いてくれたのだ、変な名前は付けられない。


「別にそんな深く考えなくても」

「でも、この子がかわいそうじゃない」

「もう、考えすぎ! こんなの適当でいいんだよ適当で」

「例えば?」

 適当と言われても、その適当な名前が思いつかない。

 沙雪は一度「うーん」と唸って。

「例えばこれ」

紗々(さしゃ)?」

 それは先ほど私が頬ずりしてしまった大好きなお菓子。

「いや、流石にその名前をそのまま使うのはどうかと」

 それに沙耶と紗々じゃ、近しい友人だとバレてしまうかもしれない。

 沙雪はさらに「うーん」と唸り。

「じゃちょっと文字ってサーシャってのはどう?」

「サーシャねぇ」

 安易すぎない? とか私が呟くと、沙雪は「もう、じゃこれ!」と言いながら、直接パソコンの画面にこう入力する。


SASHYA(サーシャ)』と

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