第13話 『姉妹の想い』
すみません、予約の時間間違えてました。
「お姉ちゃんおかえりー」
自宅へ帰ると、部屋の奥から沙雪の声が聞こえる。
季節は変わり学校も夏休みへと入った私は、気持ちを一新させるために、夏休み限定ではあるがアルバイトを始めた。
「ただいまユキ。ん? いい匂い、今日はビーフシチュー?」
「そう、スーパーで切り落とし肉が安かったの」
長い間入院を余儀なくされていた沙雪は、私に遅れる事約半月で無事退院。当初は車椅子での生活を余儀なくされていたが、今じゃすっかり完治しており、以前のような元気な姿を見せている。
「いただきまーす」
二人っきりの食卓。沙雪が退院するまでの間、たった一人きりだったと言う事もあり、気持ちが随分沈みがちだった私も、沙雪のお蔭で今では徐々に元気をとりもどしつつあった。
「お姉ちゃん、最近は随分明るくなったね」
「えっ? 私そんなに沈んでた?」
多少の自覚はあるもの、妹にまで心配されているとは思ってもいなかった。
「お姉ちゃん、やっぱり気づいていなかったんだ。あれはいつ頃だったかなぁ、お姉ちゃんが目を真っ赤に腫らして病院に来てくれたとき」
うぐっ、思い当たる節がありすぎる。
あれから綾乃達には一度も会ってはいない。一度皐月から聖羅経由で連絡をもらい、学校の外で会うことがあったが、それ以来はお互い避けていたという事もあり、廊下ですれ違う事もほとんどなかったぐらいだ。
「ま、まぁ、そんな時もあったわねぇ」
「別に詳しく聞かないから安心して」
目元を腫らしていれば、大泣きした事はバレしてるだろうし、頻繁にやり取りをしていた綾乃や一樹から、最近連絡が来ていない事ぐらいは気づかれている筈。
流石に曲云々のことまでは気づいているとは思わないが、なにが起こったのかぐらいは悟られていることだろう。
私が言いにくそうにしていると、出来た妹は悟ったように流してくれる。
「ユキ、片付けは私がするから休んでて」
家事は曜日を分けて行う様にしているが、夏休みに入ってからは、私がバイトを始めた事もあって、最近じゃ沙雪が夕食を作る方が多くなっている。
私はせめて洗い物だけでもいう事で、あと片付けを申し出る。
カシャカシャカシャ、ジャァーーー。
「ユキ、先にお風呂に入ってきてー」
洗い物をしながら、そろそろお風呂を回さないとと思いつき、リビングでテレビを見ている沙雪に声を掛ける。
その時。
「お姉ちゃんテレビ! 綾乃さん達がでている!」
「えっ?」
沙雪に言われ、慌ててテレビ画面が見れる場所へと移動。
するとそこに映っていたのは綾乃を含めたメンバー6人。
久々にみる皆の姿に何とも不思議な気分を味わうも、思っていたほど嫌な感じが沸いてこない事に安堵する。
「すごい、これ生放送だよね?」
毎週金曜日に放送される人気の音楽番組。新人から熟練のミュージシャンまで、いま旬のアーティスが出演する歌の番組だ。
沙雪が感動する気持ちを抑えきれず、テレビを食い入るように見つめていると、司会者からの紹介を終えた綾乃達がスタンバイと入って行く。
「中学生バンドだって、CDとか出るのかなぁ」
「それは出るんじゃないの?」
テレビに出ているという事は、無事メジャーデビューを果たした訳だし、もしかして私が知らないだけで、すでに発売されているのかもしれない。
隣でスマホを触る沙雪が「明日だって、CDの発売日」、と教えてくれる。
そっか、よかったわね。
綾乃達と距離を取ったお蔭か、今は素直に皆の姿に感動できる。
やがて準備が終わったのか、再び綾乃達が映し出され、彼女たちのデビュー曲が流れ始める。
「あれ? お姉ちゃんの名前が出てないよ?」
何を言ってるのか一瞬分からなかったが、画面の中央に曲のタイトルが出ており、その下に出ている作詞作曲の名前が、『京極 一樹』と書かれている。
あー、うん。まぁそうなるわよね。
もし私の作った曲でメジャーデビューした場合、著作権の問題うんぬんで、レコード会社から何かしらの連絡は入るだろう。
それが今日まで来なかったと言うのは、私の曲を使わなかったか、作詞作曲のところを書き換えたかの二つに一つ。
そして今流れている曲は、間違いなく私が作った曲だ。
「ねぇ、これお姉ちゃんが作ってた曲だよね? なんで元カレの名前がでてるの?」
元カレっておい。
お姉ちゃん、一樹と別れたなんて一言もいってないわよと、心の中でツッコミを入れ、どう説明しようかと頭を悩ませる。
「うーん、手切れ金みたいなもの?」
よし、我ながら上手いことを言った!
自分でも改心の答えだと自信をもって沙雪に伝えるも、妹の返事は「ふーん、まぁいいけど」と、あいまいなもの。
どうせ出来た妹は、お姉ちゃんの古傷には触れないわよ、とか思っているんじゃないだろうか。
やがて綾乃達の歌が終わり、入れ替わるように別のミュージシャンへと画面が変わっていく。
そして当の妹はというと、お風呂へも行かずに自分のスマホをいじり出す。
私はまたスマホをいじって、と思いつつも、残りの洗い物を済ませるために再びキッチンへ。やがて全てを片付け終わると、いまだスマホを触っている沙雪の隣りへと座り直す。
「ユキ、そろそろお風呂に…」
と言いかけたところで、沙雪が「見て、お姉ちゃん」と自分のスマホ画面を見せてきた。
「どうしたの? なにこれ?」
沙雪からスマホを受け取り、表示されている画面を覗くと、そこに書かれているのは、今なおリアルタイムで流れていく何かの評価。
『めっちゃいい曲』
『私、泣いちゃった』
『昔に喧嘩わかれした友達を思い出した』
『地元の友達から急に連絡はいった、向こうもTV見ていたっぽい』
などなど、比較的高評価なコメントがずらり。中には『楽器なれしてないね』や、『ボーカルが生意気そう』などといった、辛口な書き込みも見られるが、ざっと見た感じでは概ね評価は高い感じがする。
「へー、すごいわね。誰の歌なの?」
少しボーカルが生意気そうというコメントに、自然と笑みが浮かんでくる。
「何言ってるの、お姉ちゃんの曲だって!」
「へっ?」
まさかと思いながらスマホの画面を上のほうへとスクロールすると、そこには今見ている歌番組タイトルに、綾乃達のバンド名『Snow rain』の名前が書かれている。
つまり妹はエゴサーチをしていたのだ。
「ユキ、お姉ちゃんとしては他人の評価をエゴサするのは、良くないと思うんだ」
「もう、エゴサなんて皆やってるよ! それより今はお姉ちゃんの作った曲だよ!」
私のお説教を軽く流し、興奮気味詰め寄る妹。
「これで分かったでしょ? やっぱりお姉ちゃんは曲凄いんだよ、絶対曲を書くべきだよ」
うーん、でもなぁ。
可愛い妹に褒めてもらえるのは嬉しいが、これはあくまで綾乃達の評価だ。それがイコール私の曲と言うわけで無い。
「でも良いっていっても、綾乃達の評価よ?」
「もう、お姉ちゃんはどこ見てるのよ! いい? ほら、評価の大半が曲や歌詞のことばかりでしょ! 綾乃さん達のバンド評価じゃなく、これはお姉ちゃんが作った曲の評価なの! 分かった!?」
やや妹の迫力に、ソファーの端へと追いやられるものの、改めてよく見れば、沙雪の言うとおり大半の評価は曲や歌詞の事ばかり。どきどき見られる辛口コメントは、主にバンドの演奏やボーカルの態度を非難している。
「…そう…みたいね」
なんだか信じられないが、このサイトの書き込みを見る限りはその通りなのだろう。
「お姉ちゃん、今まで我慢してたけど、やっぱりお姉ちゃんは曲を作るべきだよ。お姉ちゃんの夢はまだ終わってないの!」
沙雪のその言葉を聞いた気と、ふと友人が口にした言葉が脳裏に浮かぶ。
『紗耶、忘れないでね、貴女が作る曲は素晴らしいの。例え目指す高校が違っていても、貴女の夢が潰えたわけじゃないんだからね』
聖羅…。
あれからまだ二ヶ月程度だが、なんだか懐かしくさえ思えてくる。
私はまた曲作りをしてもいいのかなぁ、お父さんとお母さんは許してくれるかなぁ。私はまた、自分の夢を抱いてもいいのかなぁ。
「お姉ちゃん、作ろう! 私も手伝うから!」
あぁ、沙雪にも随分心配をかけちゃってたんだなぁ。
希望していた芸放への進学を諦めたと口にした日、沙雪は泣きそうなほど悲しそうな顔をしていた。私がお父さんの仕事部屋を占拠していたとき、お母さんはあきれ顔を向けながら微笑みかけてくれていた。お父さんはいつも私の味方で、私が作った曲をいつも褒めてくれていた。
「ねぇユキ、私、もう一度自分の夢をみてもいいのかなぁ」
自然と瞳から大粒の涙がこぼれ出すと、沙雪は私に抱きついて「当たり前じゃない。お姉ちゃんは私の自慢なんだから」と一緒に泣いてくれる。
私はその日、ようやく止まっていた歩みを始めるのだった。




