第12話 『沙耶が描くの曲』
「少しは落ち着いた?」
まだ多くの生徒が残る中、私は大声を上げながら大泣きする姿を見せてしまった。
そんな私を気遣い、聖羅は人気が少ない中庭へと誘導する。
「綾乃は帰らせたわ、今は会いたくないでしょ?」
聖羅の気遣いに感謝をしながら、返事を返すように小さく頷く。
正直頭の整理が追い付いていない。今までの友情がすべて嘘だったのか? 私が一方的に勘違いをしていたのか? はたまたこれは悪い冗談なのか?
ただ一つ言えることがあるとすれば、これは現実に起こったと言う事実だけ。
気持ちが徐々に落ち着くにつれ、一樹が語った内容が鮮明に思い出されていく。
「ねぇ、聖羅。私は一樹と綾乃のなんだったのかなぁ」
一樹は言った、私はバンドの曲をつくるための道具なのだと。一樹はこうも言った、私と付き合っていたのは綾乃に頼まれたからだと。そして曲が作れない私はお荷物だといって、あっさり捨てられた。
「しっかりしなさい。一樹はともかく、綾乃と沙耶の関係は、絶対偽物なんかじゃない」
偽物なんかじゃない。偽物なんかじゃないなら、なぜあんな事を? 私との約束は一体なんだったの?
一樹の話から推測すれば、私の趣味をバラしたのは一樹と付き合う前のはず。それじゃこの間のアレはなに? 只の演技?
「沙耶、私も貴女に謝らなければいけない事があるの」
聖羅はそういいながら、私の知らない話を教えてくれる。
「メジャーデビューの話が出た時にね、私はすごく喜んだの。ううん、私だけじゃない、綾乃も一樹も皐月たち全員が喜んだ。でもその時思ってしまったのよ、沙耶が曲を作ってくれれば、もっと先にまでいけるんじゃないかって」
それは…、その夢は…、私も状況が違っていれば、見ていたかもしれない別の未来。
私が曲を作り、綾乃達が歌いながらステージ上で輝く姿。そんな光景を私はステージの脇から応援する。恐らくもう叶うことがない、そんな未来。
「でもそれは…、私が壊してしまった…」
「そうじゃない、そうじゃないだってば!」
俯きながら再び目に涙が滲む。そんな私を聖羅は両手で私の肩を起すように。
「いい? よく聞きなさい。沙耶のせいじゃない。沙耶の置かれた状況を理解出来ずに、自分たちの気持ちだけが先行して、貴女の心を置き去りにしてしまった。多分デビューが決まったという喜びから、みんな浮かれてしまっていたんだと思う。だから沙耶なら喜んでくれる、沙耶なら協力してくれるって、勝手に思い込んでしまった。貴女が苦しく藻掻いているいるとも知らずに、だから本当にごめんなさい」
聖羅の言っている事は誰しも抱く感情だろう。私だって綾乃達の立場なら、浮かれて一緒に喜んでいた筈だ。
あの日、あんな事故さえ起らなければ、私だって今頃は…
「それはもういい。メジャーデビューが目の前にあるんだから、必死になるのは仕方がないことだと思う…。でも一つだけどうしてもわからない」
私は聖羅に向き合い、純粋な心で問いかける。
「なんで? なんで私が作る曲が必要なの? 一樹はともかく他のメンバーが作ってもいいんじゃいの? もしメンバーの誰もが作曲が作れないって言うなら、もっと別の人に頼んでもいいんじゃないの?」
大体の経緯はつかめた。今回揉めた最大の原因が、私の作る曲にある事も理解した。
だけど一つだけ不思議なことがあるとすれば、なぜ皆そこまで私の曲にこだわるのか? 初めてのオリジナル曲という事で、皆が興奮したことは理解できる、だけどそこまで私の曲に拘る理由がわからない。
聖羅は重く一度深いため息をつき、私と向き合いながらこう言う。
「全く理解していないようだから教えてあげる。沙耶の作る曲はそれほど魅力的なの。綾乃だってそれは考えは同じ、やり方は間違ってるけど、沙耶が作る曲は誰もが喉から手が出るほど欲しいの。勿論そこには、沙耶の気持ちを一番に考えなければいけいない。今回私達は、最後の部分を見失ってしまったのだけれど…」
そういいながら、聖羅は今までライブハウスを回って来た様子、スカウトされた時の状況なんかを教えてくれる。
一樹の先輩に誘われるまま、聖羅達はいくつものステージへと上がった。時には小さなライブステージに、時には市民会館でのステージに立ち、その知名度を徐々に高めていった。そしてある日、インディーズのバンドが集まるフェスで、前座の演奏をしたのだという。
当初観客たちは、自分たちが見に来たバンドの盛り上げ役だと思い、騒めきのなか聖羅達の演奏を聞いていた。それが曲がはじまるとすぐに観客は一斉に静まり返り、中には歌詞に感動したのかすすり泣く人達まででる始末。そして演奏が終わると同時にその日一番の大声援送られた。
「その後、前座がメインを食って何やってるんだ、ってものすごく怒られたわ」
どうやらその時に業界関係者の人が見に来ており、後日スカウトの話が来たらしい。
「そんなに私の歌が?」
正直信じられないというのが率直な感想。
勿論聖羅達の演奏がよかったという事もあるが、元は私が作った曲であることには違いない。
「言っとくけど、歌詞を書いたって思っているのは一樹だけだからね。彼奴、自分が曲の歌詞を書いたんだって、言いふらしてたのよ。ホント最低のクズだわ」
ふふふ。
一時は一樹を挟んでの恋敵だったと言うのに、聖羅の酷い感想に思わず笑いが飛び出してしまう。
「いいの? 一樹が好きだったんじゃないの?」
「もう冷めたわよ。私の大切な友達を傷つけたのよ? どうしてそんな奴を好きになれるっていうのよ」
大切な友達って…私?
「なにポカンとした顔をしているのよ。友達だと思っていたのは、私だけって言うんじゃないでしょうね」
聖羅から飛び出した友達という言葉に、私の瞳から再び涙が滲み出る。
「ちょっと、なに泣いてるのよ。これじゃ私が泣かせたみたいじゃない」
慌てふためく聖羅の姿になんだか心が癒されていく。
「泣かせたみたいじゃなくて、今のは聖羅が泣かせたのよ」
もう、といいながら聖羅が差し出してくれたハンカチで私は目元をぬぐった。
「それじゃそろそろ私は病院にいかないとだから」
随分時間をとってしまったが、沙雪の様子をみに行かない事には一日が終わらない。
「沙耶、綾乃達の事は私に任せて一旦距離を置きなさい。貴女も今は会いにくいでしょうし、綾乃にも考えさせる時間が必要だわ」
「うん、ありがとう聖羅」
「それともう一つ、その…さっき貴女が言ってたことなんだけど、芸放を諦めたってホント? …やっぱり家の事が関係しているのよね?」
最後にこれだけは確かめておきたかったのだろう。
私は以前、聖羅に自分の夢を言い聞かせた。それなのに私はさっき感情を抑えきれず、芸放への入学を諦めたと口走ってしまった。それは同時に夢を諦めたことに繋がってしまう。
「ごめんね心配してくれて。このさき妹と二人で生活していくことになってね、それで公立の高校に進路を変えようかなぁって」
私が目指していた芸放は私立。最近じゃ高校の授業料無償化、なんて制度があるみたいだが、教材や制服といった経費までは保証されない。
芸放では授業の一環で、実際の撮影現場や、専門の企業を見学する事もあるらしいので、交通費やらなんやらで結構かさばると聞いたことがある。
流石に沙雪の進路の事もあるので、姉である私がいきなり無駄遣いをするわけにはいかないだろう。
「そう、家庭の事は流石に部外者が口を挟めないわね」
「気持ちだけで十分だから。それじゃもう行くね」
私たちは所詮まだ中学三年生、大学まで行けばアルバイトが出来るだろうが、高校生では時間も出来るバイトも限られてくる。
流石にこの辺りは聖羅ではどうしようもないので、気持ちだけありがたく受け取っておくことにする。
「沙耶、忘れないでね、貴女が作る曲は素晴らしいの。例え目指す高校が違っていても、貴女の夢が途絶えたわけじゃないんだからね」
「聖羅…」
私の夢…、そうか…。私は芸放を諦めた事で、勝手に自分の夢を諦めていたんだ。
そんな簡単な事まで忘れているなんて。
「ありがとう聖羅。今は無理だけど、きっと…、必ず夢を叶えるから」
「絶対に叶えなさい。綾乃もきっとそれだけは望んでいる筈よ」
聖羅の言葉が心にしみる。
そっか、そうだよね。だったらこれだけは伝えておかないといけない。
「聖羅、一つ綾乃に伝言を頼める?」
「いいわよ、何でもいいなさい」
私は一度目をつむり、今の綾乃に必要な言葉を考える。
「絶対にバンドを辞めないで。私にした事を少しでも悔やんでいるのなら、絶対に辞めないで。そして私の曲がメジャーでも通用する事を証明して。それが私への最大の謝罪だと思ってと」
綾乃の事だから、私を傷つけたとか思っているかもしれない。
今はまだすべてを許せる気分ではないが、綾乃の夢が間もなく叶うのだ。そんな時に私への後ろめたさからバンドを辞めましたでは、今度は私は自分をゆるせなくなる。
「分かったわ。必ず伝える」
「ありがとう、よろしくね。それじゃまた」
「えぇ、また」
私たちの関係はこれで終わりじゃない。まだこれから先があるのだと約束をし、最後にとびっきりの笑顔を返して聖羅と別れた。




