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第10話 『母の秘密』

 事故か約一ヶ月、私は無事に退院し、ようやく両親達と暮らしてきたマンションへと帰ってきた。


「どうぞ、上がってください」

 私はようやく慣れてきた松葉杖にもたれながら、器用に玄関を開けて客人を招き入れる。

 予め伝えていた退院の日、どうしても仕事から抜け出せないという大輝さんの変わりに、奥さんでもある佳奈さんが車で迎えに来てくれた。

「お邪魔します」

 送ってくださった佳奈さんをリビングに案内し、飲み物を出そうとキッチンに向かうも、「沙耶ちゃんは休んでいて」と、自ら給仕をかって出て下さるのでお任せする。


 あの日、私の前に現れた大輝さんと佳奈さんは、まず最初に私に頭を下げて謝罪された。

 聞けば大輝さんはお母さんの弟さんで、お母さんが実家を出た後も、唯一連絡を取り合っていたのだという。

 その大輝さんだが、事故当日は佳奈さんと共に海外の方へ出張しており、事故の知らせを聞くなり、急ぎ仕事を切り上げて戻って来て下さったが、その時には既に祖父母を含めた親族達が、私の元へと現れた後だった。

 その当時の様子を病院関係者から聞かされていたらしく、当初は私の事を気遣った医師に、面会を拒否されてしまったのだと後で聞かされた。


「沙耶ちゃん、こんな時だと言うのに、大輝さんがこれなくて本当にごめんなさいね」

「いえ、お仕事が大変なのは分かっていますから、そんなに気を遣わないでください」

 本当なら佳奈さんだって忙しい筈なのに、わざわざ時間を作ってまで退院の準備を手伝ってくださったのだ。お礼こそ言わなければいけないのに、どうして非難など口にできるだろうか。


「それで、今後の事なんだけど…」

 それは残されてしまった私達姉妹の生活の事。

 入院中に大輝とは大まかな話を終えているが、やはり叔父叔母からすれば、私達姉妹を引き取れない事に、後ろめたさがあるのだろう。


「大丈夫です、両親のお墓やこの家の事までして頂いているうえ、これ以上のことは流石にご迷惑を掛けすぎてしまいます」

 大輝さんは病院のベットから動けない私に、少しずつではあるがいろんな事を提案してくださった。

 これがもし心が荒んだ状態の時に話されていれば、私は大声で騒ぎながら拒絶していた事だろう。だけど大輝さんは私の閉ざされた心の氷を徐々に溶かしていき、体調に合わせて少しづつ、少しづついろんな事を話してくださった。

 だからこそなのだろう、半ば壊れきっていた私の心は、次第に光を取り戻せつつあった。


「本当なら私達が二人を引き取れればよかったのだけど、お義父さん達の事もあるから」

「分かっています。寧ろ祖父母とは関わり合いたくないので、大輝さんが提案してくださった事にはすごく感謝しているんです」

 大輝さんの提案、それは今まで通り私達姉妹はこのマンションで暮らすこと。

 祖父母に嫌われている私達は、大輝さんに引き取られたとしても、いい環境にはいられない。

 少なくとも引き取られるという事は、周防家の敷居をまたぐと言うことなので、その後に関わる財産や、大輝さんが経営する会社の事なんかも関わってしまう。

 さらに私達姉妹は、お母さんが受け取るはずの祖父母の財産が来るらしく、このうえお二人の養子にでもなれば、とんでもない額の財産が転がり込んで来るのだと、大輝は包み隠さず全ての事情を教えてくださった。


 つまり私の元へとやってきた周防家の関係者というのは、私達姉妹をどうにかすることで、いずれ入るであろう祖父母の財産が目当てだったというわけ。

 私はそんな財産など興味もないし、財産目的で引き取られるのもまっぴら御免。どうせそんな人たちに引き取られても、いい思いは出来ないだろうし、最悪妹と別れる可能性も十分考えられる。

 だから私は大輝に提案された、今まで通りこの家で暮らすという案を受け入れた。


「沙耶ちゃん、大輝さんからは当面の生活費はいけるみたいだとは聞いているけど、無理はしないでね」

「ありがとうございます、両親が残してくれた預金もありますので、なんとか高校を卒業するぐらいまでなら行けると思いますので」

 幸いといっても良いのか、両親が残してくれた預金と、望まぬ形で入ってきた両親の保険金。

 さらに大輝はそれだけでは心もとないと言いながら、両親のお墓の費用から、残されていたこのマンションのローンまで、すべて一括で返済してくださったというのだから、頭が上がらない。

 流石にこれ以上望むのは申し訳なさすぎて、どう恩を返していいのかと本気で悩んでしまう。


「なにか困った事があれば相談して、大学のことも心配しなくてもいいからね」

「ありがとうございます、お気持ちだけで十分です。大輝さんにもよろしくお伝えください」

 一人じゃ大変だろうと、簡単に食事がとれる食材や、今夜の料理まで用意してくださり、佳奈さんは帰って行かれた。

 いまは預金があるとはいえ、今後の生活の事を考えれば厳しくなる。

 大輝も佳奈も、学費や生活費の事は気にしなくていいとおっしゃっていたが、やはりそう言う訳にはいかないだろう。

 それに私はもう、芸放への進学を諦めているのだから…。




 退院した翌日、私はほぼ一ヶ月ぶりに学校へと登校した。

「沙耶、大丈夫だった?」

「雨宮さん、大丈夫? ご両親の事はホントなんて言ったらいいのか」

「元気出してね沙耶」

 皆も既にニュースで事情を知っているのか、私を励まそうと次々暖かい声をかけてくれる。

 私はその一人一人に対し、元気な姿を見せようと無理に笑顔を作りながらお礼を言う。

 だけどその中に綾乃や一樹の姿はなかった。


「さーやん!」

 私が綾乃と聖羅に再会したのは翌日の放課後、私が帰り支度をしているときだった。

「沙耶、その…なんて言えばいいか」

 二人とも私の事情を知って気を使ってくれる。

 そんな二人に対し、クラスの友人達に返したのと同じ作り笑いで、「心配してくれてありがとう」とお礼を返す。


「何度か連絡したんだけど全然繋がんなくて、病院にも行ったけど部外者はダメだって合わせてもくれなくて、もうどうしていいのかホントわからなったんだから!」

「ゴメンね綾乃、スマホは壊れてしまって。病院の方も色々あって面会が出来ないようになっていたの」

 そういえばスマホがまだ壊れたままだった事を思い出す。

 一応警察が回収してくださった持ち物は返却されたが、その中にあったスマホは折れ曲がっており、未だ電源すら入らない状態。おまけにどうやって知ったのか、周防家の関係者と名乗る人達の中には、私と沙雪の携帯番号やLINEのIDまで知られており、新しいスマホの購入が先延ばしになっている。


「面会謝絶って、そんなに怪我が酷かったの? ニュースじゃお姉さんの方は比較的軽傷で、命には別状ないって言ってたから」

「バカ、そんな分けないでしょ。沙耶は1ヶ月も入院してたんだから」

 綾乃らしいと言えばらしいが、聖羅の言うとおり、ニュースに出ていたのは命に別状はないという文言。怪我の具合も妹の方が酷かった事もあり、私の方は比較的軽傷だとでも放送されていたのだろう。

 実際は半月ほどベットから立ち上がれず、今も松葉杖がないとまともに歩けない状態が続いている。


「ちょっと面会が出来ない事情があったの」

 連日押し寄せる周防の関係者と名乗る人物に、被害者のコメントを取りたい雑誌の記者さん達、それらを一切断るため、大輝さんが病院の方へ話を通してくださった。

 本来なら綾乃達のような学生は通してもらえそうだが、周防の関係と名乗る人たちの中には、自分の子供を使ってでも近寄ろと考える者がおり、実際に失礼極まりない少年がやってきたことすらあったほどだ。

 流石にそんな家庭の事情は話せないので、ただ言葉を濁す程度で答えておく。


「そっか、でも元気そうな顔がみれてよかったよ」

 綾乃達にもずいぶん心配をかけたんだと思うと同時に、今までと変わりの無い様子でどこか少しだけホッとする。

「それで今日はスタジオの方へ来れる? 実はさーやんに伝えたいことがあって」

「伝えたいこと? ここじゃ無理なの?」

「えっとね、出来ればサプライズ的な?」

「何よそれ」

 ふふふと笑いながら、今日は行けないけどそのうち向かうねとだけ答えておく。


「沙耶、今日もこれから病院?」

 別れ際に松葉杖で苦戦している私を支えながら、聖羅がこの後の予定を尋ねてくる。

「うん、まだユキが…妹が入院してるから」

「そう、妹さんは大丈夫なの?」

「もう大丈夫、最近じゃやることが無いって、ボヤいてるくらいだから」

 私より重傷だった沙雪は、事故から3日目に意識を取り戻した。

 今では順調に回復へと向かっており、もう半月もすれば退院出来るんじゃないかと言われている。


「それじゃ二人とも、今日はありがとう」

「さーやん、スタジオ練習の予定今度送っとくから連絡してね」

「バカ、沙耶のスマホはまだ壊れたままでしょ」

「そうだった!」

 綾乃と聖羅の夫婦漫才にくすりと笑い、スマホが使えるようになったら連絡するとだけ伝え二人と別れる。

 恐らく彼女達はこの後バンドの練習に向かうのだろう。二人の明るい姿に救われるも、同時に眩しすぎる姿に、どこか苦しみを感じるのだった。

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