表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

駅、東口にて同志を思う

作者: 三角

バスの発着が盛んで人通りも多い西口と違い、東口は静かで閑散としている。

洒落た店もない。有名チェーンはいくつかあるが、駅前だからという理由「だけ」という感じがする。


駅からほんの少し離れればあとはもう地元の花屋や古びたスーパーくらいしかないのである。

並べれれば並べるほどろくでもない感じがするが、この東口の空気を僕は愛している。


「ずっとここで暮らしたいよね」


かつて、僕のことを同志と呼んだあの人はそう言った。


「『士』ではなくて『志』のほうだよ」


そう言っていたあの人。

小説を読むことが好きで、書くことも好きだったあの人。

『志を共にするということは友情よりも身近で、愛情よりも深い』あなたはそう言っていたけれど、僕は恥ずかしくて「親友」と呼んでいた。けれど、間違いなくあなたは同志だった。


あれから数十年が経った。

僕は今もこの町にいて、あなたが好きだった安いコッペパンを東口の店で買い、あの頃と同じように公園でそれを食べ、図書館へ通っている。


あなたがこの町を出て、ずいぶんになる。

最後に食事をしたあと、交換した連絡先にメッセージを送り何度かやり取りはしたが、それもなくなった。


「あの頃は楽しかったよね」


……あなたは最後にそう言った。

僕にとって、「あの頃」は過去ではない。

今も続いているのだ。だって、僕らは煌びやかな世界が苦手で、あの駅の東口のような閑散とした、けれど静かで寂しい美しさの中でしか生きられないと知ったから。


あなたは東京へ出た。

最初の頃、あなたは「東京はまさに『東京』という感じで馴染めない」と言っていたけれど、しばらくしたら「この町には面白いことがたくさんある」と言うようになった。

面白さより刺激がほしいという言葉を思い出した。それは、東京へ出る前にあなたが言っていたことだ。刺激は見つかったのかい? 口から発しそうになった危うい問いを僕は無理やり飲み込んだ。


それからさらに日が経った。

あなたには恋人ができたという。

あなたはビジネス書の面白さに気付いたという。

それを否定するつもりはない。だって、それが正しいと僕も気付いているから。


けれど、僕はいまもこの町に生きている。生きたいと思っている。

あの時、あなたが僕を同志と呼んでくれたから、僕は僕の生きたい道を肯定して歩むことができている。

感謝の方が大きい。だから、あなたのことを変わったとは言わない。「成長」したのだと言いたい。


栄えた西口でバスを降り、地下通路を通って東口に出る。

外へと続く階段に、いまでもあなたの幻を見ることがある。


今日もまた、東口はもの悲しく、静かで美しい。

かつての同志よ。僕はいまも、この町にいる。

あなたが愛して「いた」この町を、変わらず僕は愛して「いく」。

ありがとう、同志よ。

幸せに暮らしてください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ