カヨちゃんとこっくりさん
カヨちゃんは、ちょっと変わった女の子です。でも、自分では何か違うのか、よくわかりません。
カヨちゃんは、読書が好きな女の子でした。それが何故か、他の女の子にとっては気に入らないらしく、ネクラだネクラだと罵られ、体育の授業では、時々固いバスケットボールをぶつけられてしまいます。カヨちゃんは体育が苦手なので、床に転んでしまいますが、そこを、クラスメイトの女の子たちは笑いながら通り過ぎてしまいます。
カヨちゃんは、普通の女の子になりたい、と思いました。そうすれば、そんな風な仲間外れには遭わないはずだからです。
頑張って、大好きな本をランドセルに仕舞って、他の女の子とのお話に混ざろうとしますが、みんな、カヨちゃんを空気のように扱います。カヨちゃんはポツンと、教室の中で居場所を失ってしまいました。
日に日に、カヨちゃんは学校に行くのが辛くなりました。何日か、お腹が痛くて休んだのですが、続けて休もうとすると、普段は声をかけてこないクラスメイトの女子が、登校時間に家を訪れます。
カヨちゃん、一緒に学校に行こう。
カヨちゃんは頑張ってランドセルを背負いますが、家が見えなくなると、途端にみんなは駆け出して、いなくなってしまうのでした。カヨちゃんは、一人きりで、学校に向かわなければなりません。
ひとりきりの時、カヨちゃんは泣いてしまいます。でも、一人きりのときですから、誰もその涙には気づいてくれないのでした。
ある日の放課後のことです。カヨちゃんがおばあちゃんからもらったお小遣いで買った本が、ビリビリに破られていました。カヨちゃんは呆然として、本の惨状に目を疑います。
おばあちゃんからもらったも同然の本なのに……カヨちゃんはとうとう、泣き出してしまいました。周りからは、押し殺したような笑い声が聞こえてきます。初めてカヨちゃんが、自分のせいではなく、人のせいにすることを覚えた瞬間でもありました。
カヨちゃんは、復讐を考えました。何日も何日も悩んで、とうとう、一つの方法を思いつきました。
それは、こっくりさんです。
カヨちゃんの家のすぐそばに、お稲荷さんが祀られています。とても小さなお社ですから、地元の人でも滅多に足を運びません。けれど、そこに祀られているからには、キツネに関する何かがいるはずだと、カヨちゃんは考えました。
キツネが祀られている神社で、こっくりさんをする。そうすれば、お稲荷さんを呼び出せるかもしれない。カヨちゃんは、そう考えたのです。
早速カヨちゃんは、こっくりさんの一式を揃えて、神社に出かけました。たそがれ時、神社は赤く、オレンジ色に染められて、不思議な雰囲気になっています。
カヨちゃんは、お小遣いの中から5円玉を取り出して、こっくりさんを呼び出しました。
しかし、一向に5円玉は動いてくれません。カヨちゃんは指を置いたまま、どうしよう、と途方に暮れました。このまま帰るのか、と思った瞬間、今までの痛みや、苦しみや、憎しみが、ぶわっと溢れ出ました。
何もしていない自分をあんな目に遭わせた他の女子たちが、毎日毎日笑顔で通ってきて、自分はネクラらしく、笑みを消して、「空気が悪くなる」顔で学校にいる……カヨちゃんは、一瞬、頭が真っ白になりました。
その時です。5円玉が、勝手に動き出しました。
「カヨの、クラスメイト、復讐する」
カヨちゃんはビックリしましたが、お願いします、と張り裂けそうな声で言いました。
「カヨも、死ぬよ?」
カヨちゃんの思いは変わりません。だって、カヨちゃんは、既に、心を踏みにじられていたからです。心を踏みにじられた人間にとって、死は一種の救いにも思えます。その後、後悔するかどうかまでは、カヨちゃんにもわかりませんが。
「じゃあ、やって、あげる」
こっくりさんは、そう言って、動かなくなりました。
次の日、カヨちゃんが学校に行くと、やはり、何も変わっていません。カヨちゃんが学校に来たことで、クラスメイトの女子は、ヒソヒソと笑い合っています。
カヨちゃんはお守り代わりの5円玉を、ぎゅっと握りしめていました。
四時間目は、体育でした。急いで体育館に向かう途中に、チョロチョロっとネズミのように、カヨちゃんに迫る影がありました。
小柄なクラスメイトは、カヨちゃんを階段から、突き落とそうとしたのです。
次の瞬間、キャッという悲鳴が聞こえ、カヨちゃんが振り向くと同時に、女の子はものすごい勢いで階段を落っこちていきました。あちこちの角で体をぶっつけて、床に叩きつけられた時、腕がおかしな方向に曲がっていました。
女の子が泣き叫び、辺りが騒然となる中、カヨちゃんは逸る気持ちを抑えて、体育館に向かいました。
バスケットボールの試合が始まると、やっぱりカヨちゃんはひとりぼっちです。でも、今はこっくりさんがついています。そう思うだけで、カヨちゃんは無敵になった気がしました。
そんないつもと違うカヨちゃんの様子を気に入らないのは、やはり共に、そこそこの時間を過ごしてきたクラスメイトです。いつものように、バスケットボールを、偶然を装ってカヨちゃんにぶつけようとします。
次の瞬間、女の子はものすごい勢いで転びました。床にころんだ彼女の頭は割れて、血が飛び散っています。カヨちゃんがゆっくりと頭上を見上げると、千切れた配線がブラブラと揺れています。照明の一部が落っこちてきて、クラスメイトの頭を砕いたのでした。
すぐさま授業は中止となりました。全校生徒が緊急で、自宅に帰るように指示されます。事故の内容が伏せられていたので、急な学校の休みに、喜んでいる生徒もいました。
さて、カヨちゃんと同じ方向に帰る女子はこの2連続の事故を、事故だとは思いませんでした。何かわからないけれど、カヨちゃんが呪いのようなものを仕組んで、その結果、二人の女子がひどい目にあったのでは?
呪いがあるかないかなど、誰にもわかりません。先生だって、法律の専門家にだってわからないでしょう。でも、呪いというのはあるかもしれません。だからこそ、ありえないような事故が立て続けに起こったのです。
ねえ、カヨちゃん、と、クラスメイトが久しぶりに話しかけてきました。カヨちゃんは彼女の方をちらっと見て、無視しました。
それに腹を立てたクラスメイトは、カヨちゃんの肩を掴んで、振り向かせようとしました。
その時でした。女の子が目の前で吹き飛び、遅れて何か白いものが、カヨちゃんの眼前を通過しました。その白いものはすぐ近くの家の垣根に激突して、耳障りな音と共に止まりました。
それは白い軽トラックでした。女の子は轢かれて、潰れたカエルのように地面に広がっています。集団下校をしていた上級生が、うわっ、と声を上げ、下級生が血を見て、悲鳴を上げました。カヨちゃんは、走って、一人でおうちに帰りました。
家に帰って、カヨちゃんはこれまで起こった出来事を、冷静に振り返ります。階段から転げ落ちたクラスメイト、照明で頭が割れたクラスメイト、そして、車に轢かれた子。
その末路を見ても、カヨちゃんは何も感じませんでした。そう、何も感じなかったのです。嬉しいとか、ざまあみろとか、ビックリしたとか、とんでもないことをしたとか、そんなことも思いませんでした。
あ、誰か死んだ。その程度でした。
だというのに、クラスはまるで、親戚の死に出くわしたように沈痛な顔をしています。担任の先生は、カヨちゃんへの嫌がらせに気づかなかったくせに、泣きながら、死んでいった女の子たちがいかに優しい女の子だったかを説きます。これからたくさんの可能性があったのに、と泣いています。
すると、一人のメガネを掛けた男子が立ち上がりました。すべて、カヨちゃんの仕業じゃないか、というのです。みんな、カヨちゃんの近くで起こっている。カヨちゃんは呪われているんじゃないか。
カヨちゃんはどきりとしましたが、すぐに、鈍感な担任が飛んでいって、男の子を叩きました。カヨちゃんは安心して、男の子を睨みつけました。
職員会議が行われている間、カヨちょんの周りに、少しずつ、女子が集まってきました。カヨちゃんが、なあに、と尋ねます。
「ごめんなさい!」
女の子たちは言いました。
もうあんなことはしないから、こんなことはやめてほしい。確かに行き違いはあったけれど、あんな目に遭うなんて、おかしい。今からでも、仲直りをしよう。
カヨちゃんはムッとして、女の子たちのリーダーを、睨みつけました。
べたん、とリーダーが、尻餅をつきました。両手が汚れるのにも構わず、後退りします。カヨちゃんの方を見て、きゃぁぁ、と悲鳴を上げて蹲ります。クラスが騒ぎ始めました。
誰かが教師を呼びに行きました。急いで戻ってきた教師は、泡を吹いて倒れた女の子を、急いで保健室に連れていきました。
とうとう、謝罪すら許されず、これまでカヨちゃんに嫌がらせをしてきた女の子は、こわごわとお互いに顔を見合わせました。
錯乱した女の子は、カヨちゃんの後ろに、凄まじい形相をした化け物が、こちらを睨みつけていた、と繰り返し繰り返し言っていたのでした。
呪いというものなど、あるはずがありません。ですが、バカな男子がそんな指摘をしたものだから、クラスは確実に、呪いを信じるようになっていきました。それは、男子を咎めた担任ですら例外ではありません。
日に日に、担任がやつれていきます。授業の合間にも、ボリボリと二の腕を掻いています。焦点は合わず、目は虚ろで、時々ビクッと痙攣して我に返ると、甲高い声で出席を取り始めます。
男子の一人は、熱を出して休みました。三日三晩熱に悩まされて、平熱に戻った頃には、ガリガリに痩せて、目だけが爛々と光っていました。
女子には相変わらず、不幸が続きました。図工の時間の彫刻刀で、一人が手から腕に渡って、スパッと血管を切ってしまいました。掃除の最中、頭上の蛍光灯が突然割れて、女の子の首筋に突き刺さりました。教室で、校舎で、あちこちで血が流れます。
ある日、放課後になっても、女の子がひとり帰ってきません。教師がくまなく探すと、彼女はトイレの個室で首を吊っていました。すぐに全校集会が開かれましたが、別にそれが救いになるわけでもなく、学校は、特にカヨちゃんの教室は、嫌な雰囲気に包まれてしまいました。
そんな中、ただカヨちゃんだけが平然としていたのですが、カヨちゃんは少し前から、不思議な夢を見るようになっていました。
夢の中で、カヨちゃんはクラスメイトを呪った神社にいました。そこには大きなキツネがいて、そのキツネはカヨちゃんに向かって怒っています。何か言われているのですが、カヨちゃんには聞き取れません。
担任がとうとう入院し、クラスメイトが一人転校し、女子がもう一人、なぜかプールで溺れて死んだ頃、ようやくその夢が明らかになりました。
いつものように夢の中で、カヨちゃんは神社に出かけます。そこで、鳥居の前で怒っているキツネに出会います。
「私の家に、勝手に上がり込んだやつが神様を気取って居座っている。お前、ここで何かしただろう」
あなたを呼び出しました、とキツネに言うと、キツネはますます怒って、
「馬鹿者め、そんな児戯で呼び出されるような者が、本当に神だとでも思ったのか。私はもっと位の高い神なのだぞ。お前が地獄に落ちるより前に、ここのお社を清めないと、お前だけでなくお前の家族も地獄に落ちることになるぞ」
カヨちゃんはハッとして、目を覚ましました。
その頃には、個々人の家で、神社やお寺でお祓いをしてもらっているクラスメイトがいたのですが、一向に効き目がありません。
それどころか、呪いに効くという壺など、誰のお小遣いでも買えないようなとっても高いものを、誰かから買ったとか、そういう話が普通に教室に飛び交うようになっていました。
カヨちゃんの家も神社に行きましたが、神主さんに怖い顔で怒られてしまいました。
神主さんは清めの塩と、御神酒をカヨちゃんに押し付けて、無言で去っていきました。困惑する両親をよそに、カヨちゃんはその顔にハッとしました。
神主さんは、夢で見たキツネと、どこか似ていたのです。
早速カヨちゃんは、近所の稲荷神社にそれを持ち込みました。社をお塩で囲い、御神酒を捧げ、半分くらいを、そっと地面に染み込ませました。地面から、少し、煙のようなものが立ち込め、すぐに消えました。
カヨちゃんは改めて、神様にお祈りしました。ごめんなさい、という言葉が、するりと口から出ました。どこかで、鈴が鳴る音がしました。
それきり、学校で人が死んだり、おかしくなったりすることは起こりませんでした。けれど何もかもが元通りとはいきません。
カヨちゃんが街を歩くと、いかにもおかしくなったようなおばさんから、人殺し!と言われることがあります。地獄に落ちろ、と罵られることもあります。けれど、カヨちゃんは怖くありません。だって、自分が地獄に落ちることなど、カヨちゃん自身がよく知っていたからです。