7-ナナリエーラ・アルボンドゥルグの終わり
剣がわたしの首へと振るわれる。
「生きたい」
わたしの微かな声は誰にも届かない。目をつぶり斬られるのを待つことしかナナリエーラにはできなかった。
・・・・・・せっかく、生きようと思ったのに。他のみんなの分も生きようと思ったのに。こんなすぐに死ぬの? みんな、ごめんね。わたしすぐみんなの元へ行くみたい。お父さまごめんなさい。
ドンッ!
勢いよくドアが開く音が聞こえた。外の風が部屋に入り髪が勢いよくなびく。
「ねえ、褒賞の話はまだですか?」
そこへ絶対に居るはずのない声が響いた。
・・・・・・嘘!?
「誰だ貴様」
・・・・・・だって、彼は門に連れていかれた。ここは警備が厳重なロードの城なのだ。居るはずがない。
「えーと、彼女をここへ連れてきた護衛て言えば分かる?」
ロードが振るった剣をアルが片手で受け止めていた。
「どうしてここに?」
「えーと、門に連れていかれたんだけど特に何もなく待つだけで、特にすることもなかったから話を聞きに」
アルの赤い目が水色に光る。
「来ちゃった」
騎士たちが一斉に剣を抜く。
「警戒せよ、こやつただ者ではないぞ」
「ねえ、ロード・ションディキュート。褒賞の話をしましょうよ。平和的に」
「其方にくれてやるのは侵入による罪だけじゃあ」
「僕から離れるなよ」
後ろと右から騎士2人が剣を私たちに向け迫る。アルはナナリエーラを抱きよせ、離れないように言い攻撃を躱す。
「速いっ」
「君たちが遅いだけなんじゃないの?」
部屋の右へと回り込みロードと対面する。
「この子を僕にくれないかな」
「お前ら2人とも処刑だ」
前からくるロードの突きを跳んで躱し後ろに回る。部屋の最奥、前にはロード、左右には騎士。逃げ場をなくされた。
「じゃあ、取引だ。、アルボンドゥルグ家も劣りつぶし、ナナリエーラ・アルボンドゥルグは死んだことにする。そして、僕がこの子を貰う」
「黙れ!」
騎士一人が飛び掛かってくる。
「あ、そういえば自己紹介がまだだった」
小柄なのを活かし素早く騎士の胸もとへ入り、飛び掛かってきた騎士の胸をアルが殴る。鎧は砕け、騎士は左胸から鮮血をまき散らし倒れた。
「僕は魂喰。殺し屋さ」
部屋の時が止まった。先ほどまでの動いていた騎士とロードが動きを止める。私たちは倒れた騎士から少しずつ離れ彼らと距離をとる。
「何を言っている。魂喰は2年前に死んだ」
「うん2年休業していたの。また営業再開します」
「だったら、もう一度死ね!」
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・・・・・・いったいどうなっておる。魂喰だと。
ロードであるセラフィメルは驚く。魂喰は2年前に冠位十三階位から名前が消えた。もう死んだと言われている。それなのに自分の前に突然現れるなどありえない。
セラフィメルは自身の騎士に目線で合図を送る。
テーブルに置いてあるティーポッドを持ち魔術を発動させる。中のお茶が勢いよく飛び出し弾丸となって2人を襲う。
しかし、アルは左右上下と移動してお茶の攻撃を躱す。
・・・・・・速い。しかし。
攻撃は誘導。万全の準備をした騎士の元へと送らせるための。
アルは攻撃を躱しながらも殴ろうと拳を引く。
・・・・・・バカめ、あやつは土属性そんな無理な態勢からかち合ったタイミングでやれるものか。
2人は待った。アルが騎士の元へ到達するのを。しかし、到達する前にアルの拳は騎士へと振るわれた。
「ぐっ」
騎士が倒れる。まだ2人は騎士の元へ到達していない。誘導中に倒されたのだ。
・・・・・・この攻撃、こやつ風属性の魔術師か。
一連の行動を思い出す。アルは突然やってきた。誰にも気づかずに勢いよくドアから。一人で。その自慢の速さで警備をすり抜けたのだろう。先ほどの攻撃も拳の衝撃波を遠くへ飛ばしたのだろう。
五属性で最も戦いに優れた属性と言われる風属性。その属性ゆえに一人でも相手どれると思われているのだろう。
・・・・・・なめられたものを。私は帝国貴族のロードであるぞ。
お茶の弾を床へ放つ。
「ここは私の城だ。私のフィールドだ」
床から勢いよく水が飛び出してきた。
この応接室、下には下水道が流れている。セラフィメルは水属性の魔術師だ。床へ攻撃して部屋を水で満たすことで自分のフィールドを作り上げようとしたのだ。
・・・・・・ここは私の城だ。好き勝手にはさせん。
セラフィメルと2人の間に水の壁ができる。これでもう2人は逃げられない。部屋の2人側がどんどん水で充満していく。このまま水で満たし水圧で押せばセラフィメルの勝利が確定する。
「とどめだ」
床の魔法陣を起動させる。水は増幅され充満するスピードがもっと速くなる。すでに水位は2人の身長を超えている。
勝利のビジョンが見えたことにセラフィメルの口角が上がる。
「にちゃるのはまだ早いよ」
背後からの声。
気づいたときには遅かった。右腕につけていた魔術具が壊され、壁まで殴り飛ばされた。
壁に後頭部を打ち付け痛みがはしる。
「取引ってのは生きているからできる。死んだらもう取引できない」
アルがセラフィメルの元まで迫ってくる。
・・・・・・本物なのか。
ありえないと思った。だって、2年前に消えたのだから。
「あなたはまだ命がある」
一歩足音が聞こえるたびに恐怖が増す。
ここの支配権はもう城の主にはなかった。セラフィメル・ションディキュートはこれまでの50年の人生で最も恐怖した。圧倒的だった。そして、思った。
倒れた2人を見る。1人は水に浮かびあがって死んでいるもう1人は床に倒れて死んでいる。
・・・・・・ああなるわけには。
自分の肩には領民たちの命、この家の名誉も乗っているのだ。自分が殺されることはこの家の名誉を傷つけられるということ。跡取りも急な領主交代で困り領民全体が困る結果となる。
「わかった。取引を受け入れよう」
「懸命な判断ありがとうございます」
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「あの騎士たち殺さなければならなかったの?」
ナナリエーラとアルは馬車に揺られていた。あの後、アルとロードは取引し、無事ナナリエーラの命は助かった。
取引の内容はアルボンドゥルグ家の取りつぶしとナナリエーラ・アルボンドゥルグの処刑の偽装、今日あった出来事を口外しないこと。そして、2人に旅の資金を渡すこと。
アルはロードからお金だけでなく、馬車と食料に服を貰い無事街の住民には気づかれないよう街を脱出することができた。
「彼らは死んでないよ」
「でも、血が」
「あーあれ、トマト」
そう言って、アルは御者台から後ろを向いて右手に持つトマトを顔のところに持っていく。
「トマト?」
「そう。君と別れた後ね、門まで行ったんだけど、道中八百屋があってさ。いや、いいトマトだと思ったの。赤みがいいと。で、トマト買ってきたわけ」
「あ、じゃあどうして城にこれたの?」
「それは、……秘密」
あの騎士が突然後頭部から血を流したのはそういうわけだったのかと感心する。トマトだったようだけど。
「ありがと」
「ん?」
「助けに来てくれてありがとう」
「君のお父さんに依頼されたからね」
「でも、それはロードのところへ連れて行くまでじゃ」
「いや、連れて逃げてくれとだけ言われたから。どこまでとは明言されてないの」
「・・・・・・。フフッ、随分優しい殺し屋さんね」
ナナリエーラは笑った。もう笑えないのかと思っていたが笑えた。まさか、御伽話の怪物が、世界中の恐怖の対象がこんなに優しい少年だったなんて。きっとこんなことを知ったら世界中がびっくりするだろう。
「別に僕は優しくないよ。これから一人の貴族を殺さなければいけないんだから」
「え?」
びっくりする。今まで守ってくれた存在が急に自分を殺すと言っているのだ。どうゆうわけか意味が分からない。
「どうゆう」
「ナナリエーラ・アルボンドゥルグは死んだ。アルボンドゥルグ領滅亡の責を取って処刑された。だから、君は今後アルボンドゥルグの姓を名乗れない。もう、貴族ではない。ナナリエーラの名前も使えない」
「どうゆうこと?」
アルボンドゥルグの姓を名乗れないことは分かる。でもナナリエーラの名前も使えないことがわからない。
馬車が止まる。アルがこちらに体を向けてきた。
「君は僕が貰った。だから、これからは僕の弟子として来てもらう」
「ええ」
「僕についてきてもらうにはナナリエーラ・アルボンドゥルグという名前はいらない」
「名前を捨てろってこと。どうして?」
「長すぎるから」
「へ?」
「君の友達の名前は?」
ナナリエーラは友達の名前を思い出す。ニノ、ジュン、ショウ。みんな短い。
「短い」
「ああ、そうだ。平民の名前は短いんだ。そうだな、君がこれから名乗る名前はうーん。・・・・・・ナナ。うん、ナナだ」
「ナナ……」
「もうこれから前の名前で名乗ることを禁ずる。大丈夫だと思うけど、貴族だからというわがままも禁ずる。平民の生活になってもらう」
「わかったわ。ナナ。わたしは平民のナナ」
「よろしく、ナナ」
「よろしく、アル」
2人はそう言って握手した。契約の握手を。
こうしてナナリエーラ・アルボンドゥルグは死んだ。これからは新たにナナとして生きていく。
第1章終了です。面白かったら★やブクマ、感想お願いします。
2人の旅はここから始まりますのでこれからも読んでくれてら幸いです。